第三十一話 感覚派と論理派
「あ、ハンナさん」
「おやまぁ! ずいぶん、賑やかだねぇ」
「失礼するぞ!」
「……ども」
「いつもすまない」
男四人……いや、五人。ぞろぞろと宿の入り口を入ると、受付で作業していたハンナさんに声を掛けた。
「ちょっと人数増えたんだが……」
「かまやしないよ!」
「恩に着る!」
常に全力のハルガさん。
礼を欠かさない人なんだな。……ちょっと声大きいけど。
「じゃ、こちらへ」
いつも通り、左へ曲がって食堂へ。
……そうだ!
今日から食べるときは一番奥の席を使おう。
『アニキ、なににしやす?』
「うーん。最近、ずっと鳥系の肉だよなぁ」
「ほぉ、なんの肉であるか?」
三人を席に誘導しながら、献立を考える。
ついでに窓を全開にすれば、風が吹き抜けた。
メナールはいそいそと指定席へ。
俺の隣にはアビー。
メナールの隣には、盾を壁に立てかけてハルガさんが座った。
「先日は火炎鳥、昨日は獄炎鳥を食べました」
「! 獄炎鳥!?」
「私と一緒に討伐依頼を引き受けてくださったんだ」
「なんと! やはりリシト殿は優れた付与術師……!」
『よっ! アニキィ!』
やばいぞ。
なんだか俺を持ち上げる役が一人増えた気がする。
「……あの」
「ん?」
隣から俺を見上げるアビー。
きれいな緑色の瞳は、俺と同じ色だというのにどこか澄んで見える。
「あなたの魔法について、うかがっても?」
「? あぁもちろん」
と言っても、ふつうの補助魔法が使えるだけなんだが……。
補助魔法には相手の魔力と自分の魔力が相互に関係するらしいから、魔法階級はないんだよな。
……だから人気ないんだけど。
「スキルは【鑑定】だから、全部後天魔法だ。
速度上昇の【流星のような瞬き】だろ。
力上昇の【雷のような猛威】。
魔法耐性上昇の【白の外套】に、それから物理耐性上昇の【黒の鎧】。あと──」
「うぇ!? ちょっちょっちょ!」
「ん?」
「え、えーっと。……まさか、それ全部一度に複数掛けできるとか言わないですよね?」
「? そうだが?」
「ひぇ」
「相手の魔力次第だがな」
あとは料理に掛けたり。こっちのが有用だったりもする。
「ほーう! 【黒の鎧】なんぞ、ここ数年見てはおらんぞ!」
「まぁ、人気なのは【流星のような瞬き】ですよね」
「だからリシトさんはすごいと、あれほど……」
「……あ」
そういえばアビーも、Aランクだよな。
回復術師だし、魔法職。
ベルメラに聞こうと思ってたこと、聞いてみるか?
「なぁ、アビー」
「……なぜ僕がこうも驚いているか、説明が必要ですか?」
「! よくわかったな」
すごい洞察力だ。
「はぁ、いいでしょう。……でも」
「ん?」
「お手数ですけど、先に料理を用意してもらえると助かります」
「それもそうだな!」
アビーの言うとおりだ。
ささっと作って、教えてもらおう。
「じゃ、シンプルに獄炎鳥のステーキにする」
『っしゃああああぁ!!』
「いいですね、美味しそうです」
「Aランク相当の魔物を、ステーキ! 贅沢であるな!」
「……おいしそ」
「まぁ、食材があんまりないからなんだけど」
果物も、パンも、野菜も。諸々欲しいな。
「じゃ、そんなに手の込んだ料理でもないし。三人は雑談でもしていて待っててくれ」
俺は魔素も十分な獄炎鳥の肉を使って、人数分の調理を開始した。
◆
『んめえええええ!!』
「ニンニクが抜群に効いてるのである!」
「いつもながら、とても美味しいです」
「……うまっ」
塩と胡椒で下味をつけた獄炎鳥のもも肉。
皮目を軽く包丁の先で刺して、柔らかく伸ばした。
オリーブオイルを垂らしたフライパンに皮面から焼き上げ、パリッとなったところをひっくり返す。……あとは火が通ったら、バターと刻んだニンニクを入れて味を馴染ませるだけ。
本当に手軽だが、めちゃくちゃ美味しい。
『は~。オレっち、毎日が幸せ……ッス』
「ツークはいつも食べるの早いんだよな」
「……なるほど、【収納】は彼ね」
「ん?」
「っ、いえ……」
ツーク以外はゆっくりと食べ進めている。
俺はさっそく切り出した。
「それで、アビー。さっきの続きなんだけど」
「はい。お答えします。……結論から言うと、恐らくリシトさんは魔力量が規格外ですね」
「え!?」
『アニキやっぱり!?』
「ほーう?」
「そういう見方もできるのか」
魔力、量。
……言われてみれば、確かに魔力切れを起こしたことがない。
だからこそ気にしなかったわけだが。
「そもそも、従魔契約できている時点でレーデ…………じゃなかった、ハルガさんより魔力量が多いと推測されます」
「ハルガさん?」
「吾輩は、後天魔法は初級の土魔法しか使えない!」
どーんと腕を組む。
「従魔契約というのは、魔力を通じて言葉が交わせるようになったり、強力な契約ですと感覚も共有できるらしいですから。契約を行っているだけで、普段からそちらに魔力が割かれているわけですね。この場合、適性は重要ではありません」
なるほど。
セレも魔力はあるが、適性がない。そう言っていたな。
「で、次になんですけど。スキルが【鑑定】。これで相手の魔力の認知がしやすくなっているのは間違いないです」
「たしかに以前言われたな」
「これは補助魔法と相性はいいですが……かと言って、認知していても、例えばメナールさんとハルガさん。二人に同時掛けはできないです」
「なぜだ?」
「補助魔法の特性は、相手の魔力に直接効果を促す魔法だからですよ。つまり、あなたがメナールさんに強化をもたらすならば、彼の魔力を『認知』して、メナールさんの魔力と『同調』しないといけないわけです。相手の能力を底上げするわけですから。そもそもリシトさんの場合、後天魔法の消費量ですので、本来同時掛けは無理です」
「へぇ……」
『アニキ、最初からできてたから……』
相手の魔力に訴えかける魔法というのは理解していたが……。
同調。そういう感覚を持ったことはない。
ただ、相手の力になれと。
どうせなら全員に掛けた方がいいと。
感覚でやってしまっていたからな……。
ふつうはそうなのか。
「……で。こっからが本題なんですけど!」
「あ、あぁ」
なぜか興奮してきたアビー。
「二人同時に『同調』できるってことは、あなたの魔力が有り余っているからに他なりません。あとは、使い込んできた結果でしょうね。…………っと。ここまでは、まぁ。百歩譲って! 付与術師一本の方なら、理解もしましょう。しかし、料理!
物体に補助魔法を掛けるなんて──あり得ませんから!!!!」
両手を広げ、声高に俺へと訴えかける。
まるで神の教えを説く神父のようだ。
「…………あれ? 俺、そのことアビーの前で言ったっけか?」
「……へ?」
たしかに『料理が得意』とは言ったが。
料理に補助魔法。誰か言ったっけ?
「……ぇ? ぁ、あ? えーっと、ほっほら! ハルガさんがそれに似たような感じのことを──」
「吾輩?」
「っ!」
「……言ったような、言わなかったような?」
「と、ともかくですよ! 相手の『魔力』に訴えかける補助魔法。魔力生成前の、ましてや機能していない『物体』に掛けるってことは、通常不可能。仮にできるというなら、制約の少ない先天魔法であるスキルでなければ!」
「……その」
控えめに手を挙げる。
「はい!?」
「魔力生成……、とは?」
「……!?!?」
魔力切れを起こしたことがない俺にとって、魔力が作られる仕組みを深く考えたことがなかった。
飯を作ってやった冒険者が、『魔力回復するから、魔素多いやつで作って~』と言っていたので、なんとなく魔素が必要なのは理解している。
だから料理を作る時も魔素がよく巡っている食材を使っているわけだが……。
両親のように、生活魔法しか使わない者はそこまで考えないからなぁ。
人にそういう機能が備わっているのは誰だって分かるが、その事象をきちんと『魔力生成』と言葉にするのは初めてだ。
これも冒険者のように、魔力の消費が激しい者ならではの知識なんだろう。
「あっ、あっ、…………はぁ」
「なんか、すまない……」
「いえ。慣れました」
わなわなと震えたと思ったら、大きく息を吐く。
意外と感情豊かなタイプなのかもしれない。
「えーっと……。魔力に魔素が必要なのはわかります?」
「なんとなく」
「空気中、水、大地、あるいは口にする食材。魔力の素である魔素は、あらゆるところに含まれています。僕たちはふだん、口からだったり皮膚からだったり。いろんな方法で外から取り込むわけですね」
「は、はい」
思わず敬語を使う。
「で、その魔素のままですと、魔法は使えません。雑然とした、あらゆるものからの情報ですからね。……伝説上の精霊とか、そんなんは別ですけど。
自分が利用するために、人には魔素を魔力に変換する機能が備わっています。…そのことを、魔力生成。この機能の良しあしを測るための言葉が、『魔力変換効率』です。……分かりました?」
「とても分かりやすいです」
アビーはまるで先生のように分かりやすく教えてくれる。
「魔物にはもともと魔力が含まれた魔石という器官があります。それが魔法の動力源です。人と同じように、魔石に魔力生成機能があるかは知りませんが……。人のスキルと魔物の特性が微妙にちがうのは、魔石が関係しているのでしょう。人の方が後天魔法を扱いやすいのも、それが理由ですね」
『兄さんたちが言ってたことは、これのことだったか……』
なにやらツークは納得している様子。
「で、料理ですけど。魔素は、もちろんありますよね?」
「はい」
「口にすれば、もちろん体内では魔力に変換されますよね?」
「は、はい……」
「では、なぜ魔力生成機能がない、魔物のように魔石もない。魔力のない料理そのものに、補助魔法が掛けられるのですか?」
「わ、っ」
分かりません────!!!!
『それだけ聞くと、アニキやべぇッスね』
「ふむ。言葉にすると非常に分かりやすい」
「吾輩もそうであるが、魔素の吸収量、魔力変換効率というのは、個人差も大きいのである。リシト殿の魔力量が多いというのであれば、魔素の吸収量・変換効率その両方が優れているんであろう」
「ハルガは魔素の吸収量が人よりも少ないのですよ」
「そのどちらかが欠けるだけでも、魔力欠乏症が起こりうる。重要な役割であるな」
そういう個人差もあったのか。
「あ。はい、先生」
「どうぞ」
「その理屈なら、ポーションとかはどうやって作るんだ……、ですか?」
あれも物体に魔法を付与するんだよな?
回復魔法は使えないから分からんが……。
「いい質問ですね。回復魔法は、魔力に作用するものもありますが、そのほとんどが肉体に影響を及ぼすものですから」
「じゃぁ、……魔法を掛けるってよりは」
「はい。補助魔法を物体に掛けていることが、おかしいんです」
『だから飯バフ屋、ないんッスねぇ~。補助魔法のスキルなんて、滅多に聞かないですし』
理解できた。
俺の補助魔法は、相手に魔力があろうとなかろうと掛けられる。
それがおかしいってことだ。
「食材に魔素が豊富なことが関係あるのか?」
「それは関係ないかと。むしろ、情報がたくさんあるわけですから逆効果では?」
「……だよな」
「あるいは、魔素の豊富な食べ物を食べてきたことが、リシトさんの能力に……? 【鑑定】とのシナジー?」
「うーん」
たしかに。スキルを使って良質なものを選んでいると、勝手に魔素が多い物になるんだよな……。
「や、待って? ……魔素の吸収量と変換効率。これがカンストしてる? 平均の変換効率は約三割。そのまま魔力になるってんなら、ふつうならどう考えてもキャパオーバー。……もしかして、余った魔力を分け与えてる……てコト? あり得ないんだけど」
なにやら自分の世界に入りだしたアビー。
セレと同じく、知識欲が旺盛なんだろうか。
「そういえば、私に【白の外套】を掛けてくださった時は、獄炎鳥の炎を消し飛ばしてくださいましたよね」
「あー。たまにあるんだよな、あの現象」
掛ける相手の魔力がすごいと、耐性がすごく上がるってことなんだろうけど。
「ええ……? それって、耐性上げすぎて無効化魔法になってんじゃないですか? 引くわぁ……」
「なにやらリシト殿、謎が深いお方であるなぁ! ワッハッハ!」
「あはは……」
俺だって、謎が解けたと思ったら、また謎が増えたよ。




