第二十一話 上位互換
「「!!」」
現場に到着すると、俺とメナールは驚いた。
…………なんせ、俺たちの出番はなかったからだ。
「これは、いったい……?」
「さすがだな」
メナールはなにやら納得した様子で地に伏した盗賊たちの状況を確認する。
全部で八人。
けっこうな数だ。
どうやら道横の草むらに大胆に転がっている馬車は、盗賊たちのものらしい。
同じ商人を装って近づいたんだろう。
急に襲われたにしても、対処できている。
護衛の冒険者を雇っていたのか?
「──おや? ギルドが寄越した冒険者かい?」
脇に停まっていた、無傷の荷馬車からは一人の女性が降りてきた。
『ピピィッ!』
「フゥ、ありがと」
フゥが翼を広げて大喜びで彼女の肩にとまる。
「セレ」
「メナールかい? また、ずいぶん豪華な見張り役だね」
セレと呼ばれた女性。
メナールやベルメラよりはお姉さんに見える。
青いまっすぐなさらさらの髪は顔の周りで切りそろえられ、涼しげな目元は知的な印象を受けた。
それにしても、リリムとはまた違った露出度のたかさ……。
主に引き締まったお腹と太ももをさらけ出した格好は、若干目のやり場に困る。
「見張り?」
「盗賊に襲われたと聞いたが」
「あはは。あんた、わたしがなんのために毎回父さんと一緒に来てると思ってるんだい」
セレがそう言えば、馬車からひょっこりと俺より年上の男性が現れ手を振った。
「……? こちらは?」
紫の瞳が俺の姿を捉えると、まじまじと観察された。
「申し遅れたが俺はリシト。Bランクの冒険者で、メナールとは知り合いだ。最近ルーエ村に来たところだ」
「へぇ? 村に? 住んでるのかい? よくあの子が許したね」
「いや、さっそく小言を言ってきた」
「あはは。リシトさん、気を悪くしないでやってくれ。あの子もあの子で、いろいろあるんだ」
「アハハ……」
それはなんとなく分かるが、かといって毎回あんな調子だとちょっと傷つく。
「わたしはセレ。そこのメナールと同じ、Aランク冒険者さ。よろしく」
「あぁ、よろしく。気軽にリシトと呼んでくれ」
なるほど、自身がAランクの冒険者だったのか。
そりゃぁ、盗賊も敵わないだろうに。
「そうかい? じゃぁ、そうさせてもらうよ」
「……そうそう、こっちは相棒のツークだ」
『どうも! オレっちです!』
「!!」
それまで俺の襟足の中でコソコソとしていたが、名前を呼ばれた途端、ババーンと音でも鳴りそうな態度で胸を張るツーク。
そんなツークを見るや否や、冷静な印象だった彼女は急に取り乱した。
「っ!? まさか──、クロークテイル!? え、なに? リシト、クロークテイルと従魔契約してるのかい!?」
「え? あ、あぁ」
な、なんだか雰囲気がすっかり変わったぞ。
メナールは「はじまったな」と呟いて、荷馬車の中の男性の元へ向かった。
「うわー、すっごい! クロークテイルってば、警戒心が強くて人前に滅多に現れないのに!」
『そうなんですかねぇ?』
「おまえのことだぞ」
もはや他人事のツーク。
それにしてもセレはクロークテイルの生態に詳しい。
「ツークは生後間もない時に、仲間のクロークテイルが暴発した転移魔法に巻き込まれたらしいんだ。転移対象じゃなかったから、どうも予想外のところに飛ばされたみたいでな。空腹で倒れてたところ、俺が通りかかって……そっからの仲だ」
『アニキの飯、サイコー!』
「だから、ツークは自分の種族のこともあんまり知らなくて。ちょっと特殊かもな」
「……そうだったのかい。そりゃぁ……なんと言えばいいのか」
『アニキに出会えたんで、オレっち毎日幸せッス!』
「ツーク。俺に、じゃなくて、俺の料理に……だろ?」
『アニキの飯はもちろんサイコーですけど、アニキは痺れますぜぃ!』
「なんだそれは」
相変わらず変な言葉遣いだが、慕ってくれているのはよく分かる。
いい相棒と出会えて、俺もよかったよ。
「あはは、いい関係なんだね。安心したよ。……たまぁに、従魔を物のように扱う奴もいるからねぇ」
「それは感心しないな」
今まで組んできた冒険者にそういう者はいなかったが……。それこそ、ここに転がっている盗賊のような奴らの中には、そういう者もいるんだろうか。
「わたしにも頼もしい仲間がいるんだ。この子、フゥだろ? それと──ルゥ!」
セレが荷馬車に声を掛けると、シュタッと黒いなにかがセレの隣に降り立った。
「お、おおおお!」
『な、なにぃ!?』
初めて見る、黒い狼のような従魔。
真っ黒、というよりは紺色に近いもふもふの毛並み。瞳は金色で、キリッとした目つきも相まって高貴な印象を与える。
佇まいからも圧倒的な強者感を醸し出している。
正直……、かっこいい!
「かっこいいだろ? ダークシーカーのルゥっていうんだ」
セレがもふっと頭を撫でると、尻尾が揺れる。
うれしい時に体が揺れるのは、どこの従魔も一緒だな。
「わたしの魔力そのものはそこそこあるんだけど、適性がからっきしでね。スキルも商人向きだし、魔法が得意な従魔に助けてもらってるんだ。フゥは風魔法、ルゥは闇魔法が得意だよ」
『ピピッ!』
元気に片翼をあげるフゥと、鳴き声もなく目を伏せ肯定を示すルゥ。
この子たちの性格がなんとなく分かるな。
『かっけぇ……!』
ツークは彼らになんらかの感銘を受けたらしい。
そのつぶらな瞳がキラキラと輝いている。
「──セレ、後方の荷台にある商品はわざと乗せていたのか?」
「ん? あぁ、そうしてバカどもを引き寄せるんだ」
戻ってきたメナールが示す方には、セレの父が乗っているものとは別に小さめの屋根がない荷台が連結されていた。
たしかにそこには商品と思われる荷物がいくつか並んでいる。
「この道行き来する冒険者が減ったって聞いたからね。一応」
「わざと、乗せる?」
「わたしのスキルは【鑑定】と【収納】。……どう考えても、商人向きだろ?」
「セレは二つ持ちなのか……!」
「戦闘向きじゃないから、そんな驚くようなもんでもないけどね」
スキルを二つ以上持つ確率は、千人に一人とも、一万人に一人とも言われる。
その組み合わせだってどうなるか分からないし、セレの場合は商人であれば成功を約束されたも同然のものだろう。
『あ、アニキィ……。なっ、なんと言いますか、キャラが被っているといいますか……!』
「……みなまで言うな、ツーク」
「「?」」
まるで俺とツーク二人分の能力を一人で担うセレ。
従魔の風魔法、闇魔法。
おまけに商人と思われる父の手伝いをしながら、Aランク冒険者。
もうあれだ、……完っっ全に俺の上位互換の存在だ。
『あ、アニキィ! アニキには料理の腕がっ──』
「いいんだ……」
言ってて悲しくなり、どんよりとした空気が肩に押し寄せた。
「「……?」」
セレとメナールは不思議そうに互いの顔を見合わせた。
「気にしないでくれ……。そっ、そうだ。見張りと言っていたが、こいつらをどう運ぶつもりだ?」
ツークの種族特性である【収納】。
生きた生物は入れられないんだが、人のスキルも同じだろうか。
「後ろの荷物を【収納】に入れて、そいつらをまとめてポイッ、さ」
「なるほど。俺たちはそっちに乗ればいいんだな」
「頼めるかい?」
「任せてくれ」
三人でぐったり横たわる盗賊たちを馬車にあったロープで縛り、後ろにぎゅうぎゅう詰めに乗せた。意識が混濁しているのは、ルゥの闇魔法のせいだろうか?
縛りながら観察していると、盗賊たちにはところどころ切り傷があった。
おそらくセレの腰にある短剣の仕業だろう。
「よし、こんなもんかねぇ」
「皆さん、ありがとうございます」
ニコニコと笑顔でセレの父親が俺たちの方に礼を言いに来た。
セレと同じ青色の髪を後ろに流している。たしかに血縁者だろう。
「いえ、ご無事でなによりです」
「私はシグレ。セレの父です。ふだんはハイケアにある自分の店で商売をしています」
「そうなんですか」
「リシトさん、宿の隣にある雑貨店。そこのオーナーですよ。店主はべつにいらっしゃいますが」
「あぁ! となりの」
メナールの言うとおり、たしかに宿とギルドの間には一軒店が並んでいた。
「支店なんですよ。毎月の一週間、ルーエ村の状況を見て次に必要な商品などを店長と話し合って決めています。娘が収納持ちで、たいへん助かっているんですよ」
「はいはい、どうもねぇ」
なるほど。
セレとシグレさんは店の持ち主で、実際に店に立つのは雇っている人ってことか。
「わたしは幼い頃から家に魔道具だの生活用品だの、物が溢れていてね。使い方だ製造方法だ、一個一個の話を聞くのが好きだった。知識欲が旺盛なのかね。……それだけじゃない。本で読んだ魔物、秘境、装備、素材……。とにかく、昔からなんにでも興味を持つ質でさ。だから冒険者になったんだけど、スキルは商人向けだしたまに家を手伝ってるんだ」
自分のやりたいこともやりつつ、親の手伝いもしているのか。
感心するな。
「まぁ、商業ギルドにも属していると、いろいろ便利だからねぇ」
「あ」
そうか。
モリクさんが言いかけたのはこのことだったのか。
冒険者としても、商売をするにしても参考になる意見を持っているセレ。
たしかに彼女がルーエ村に来たこのタイミングは、俺にとって非常にいいと言えるな。
「例えば、これとか」
「?」
自分の頭を指さすセレ。
頭には、……こういったのには疎いが、スカーフというのか?
白地に黒と緑の刺繡が入ったものを、細く折りたたんでカチューシャのように巻いている。
女性のファッションセンスは分からないが、俺から見てもおしゃれだ。
というか、セレはさすが商人の娘であって全体的にデザインがおしゃれな服装だな。
「火属性の耐性がアップするんだ、これ」
「え!? 魔道具なのか……?」
特殊な素材でできているようには見えないが……、糸が実はすごい素材とかか?
「魔石の動力源はないけど、自分の魔力が少しでもあれば発動するよ。似たようなもんさ」
「へぇ……」
今どきのおしゃれには、いろいろあるんだな。
俺は性能におしゃれさを備えた装備を買えるほど、稼ぎもなかったからなぁ。
至ってふつうの腰の剣に目を向ければ、ちょっとさびしそうにも見える。
出番があるのは基本、採取依頼の時なんだよな。
「ま、立ち話もなんだし。とりあえず、ギルドに向かうとするかね」
「それもそうだな。じゃぁ、俺とメナールは後ろに乗ろう」
「頼むよ。フゥ、付いてておやり」
『ピィ!』
片翼をあげたフゥは、後ろの荷台で何かあった時のためになのか。
セレから離れると、俺の肩にとまった。
右を見ればツーク。左を見ればフゥ。
……両肩に従魔。初めての体験だ。
「では、出発しますな」
御者台へと移動したシグレさんが合図を送ると、荷馬車が村へと動き出した。




