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第二話 一日の始まりは、うまいメシ


『────ッカーーーーー!!!! オレっち、許せませんぜぇアニキィ!』

「ツーク、もういいって」


 二十歳の頃からの相棒、ツーク。

 見た目はリス。誰がどう見てもリス。

 愛嬌あるかわいい顔だが、額に紫色の魔石と、妙にモフっとしたながーい尻尾。

 いつも巻かれているそれは、空間魔法を使う時にピーンと伸ばされる。

 どうやらやる気を表しているらしい。


 ずっと昔に腹ペコで倒れていたところ飯を作ってやって、それ以来の仲。

 ずいぶん長生きだ。


 従魔契約して聞こえるようになった話し方は独特。

 かわいい顔との落差がとんでもない。さすがにもう慣れたが。

 なぞの細い葉っぱをいつも口に咥えていて、もしかしたら『脱・カワイイ』を目指しているのかもしれない。

 目標があることはいいことだからな。

 俺は触れずにそっとしている。


『いーや。アニキが許しても、オレっちは許しませんぜ』

「気持ちだけもらっとくよ」


 両肩を行き来して俺の不当解雇に異議を唱えるツーク。

 顎の下を()でてやれば、その口を閉じた。


 ひとしきり俺の撫でを堪能すると、再び口を開く。


『……にしても、アイツら。やっていけるんですかねぇ』

「俺も甘やかしすぎたかもしれんからな。強くは言えんよ」

『イヤイヤ、雑用もですけどね?』

「それこそ戦闘面なら、もっと優秀な若い奴が入るだろうさ」

『ウーン……。オレっちもアニキ以外のニンゲンはよく知らねぇですからな~』

「心配いらんさ。それよりツーク。考えるべきは、今後の俺たちだぞ」

『! オレっちのメシ代~~!?』


 ハウスを後にした俺たちは、当てもなく王都を歩いていた。

 ツークとあーだこーだ言いつつ、見慣れた道を歩く。


 さすがはベレゼン王国の中心地。

 ハウスのあったひっそりとした路地から大通りに出ると、大賑わいだ。

 道も広けりゃ、建物も多い。

 ざわざわとざわめく人混みと、馬車の音。


 所せましと身を寄せ合う建物には、多くの人が出入りしている。

 この街には同じくらい情報も出入りして、冒険者には欠かせない依頼も多い。


 田舎の村からここへやってきた俺は、初めて見た王都に圧倒されたっけ。


「……二度と会うことはない、か」

『アニキィ……』


 これだけ人が行き交う街だ。

 そう思うのも無理はない。

 だが、冒険者ギルドという施設を共に利用する以上、意図的にでもなければ二度と会わないということもない。


『あっ、アニキ! 机ならおっ、オレっちが作りますぜ!』

「その細腕でか?」

『タハー』


 ツークはイイ奴だ。

 彼がいるから俺はあんなに早く頭の切り替えが出来たんだろう。

 でなけりゃ、まだ彼らに(すが)りついていたかもしれない。


 それぐらい、『風神の槍』のメンバーには思い入れが深かった。


『! おっと』


 ツークの小さな体からは想像もできないほどの音が鳴る。

 耳元で鳴ったからか、余計に大きく聞こえた。


「お腹が空いたか?」

『ヘヘッ、体は正直で』

「そういや何も食べてないな。よし、どっか店にでも入るか」


 朝起きて、パーティ全員で一日の流れを確認してその日というのは始まる。

 俺の今日は、……きっとまだ始まっていない。


「なんかうまいもん食べたいな」

『イイっすねぇ~』


 だったら最低の一日の予感を、最高の一日になるよう自分で塗り替えてやるしかないな。



 ◆



 高くも安くもない、至ってふつうの飯屋に入るとツークは『オススメ』と書かれた看板メニューを早速希望した。


 テーブルにはカトラリー類が既にセットされていて、着席して今か今かと待ちわびる。


「──お待ちどぉ、グリーンラピィと香草のスープでさぁ」

『ウオオオオォ!! キタキタァーー!!』

「どうも」


 ツークはなんでも食べる。

 どこにそんな入るんだ? ってくらい量も食べる。

 空間魔法の間違った使い方をしているんじゃないかと疑うくらいだ。


『アニキ! 先にいかしていただきやす!』

「あぁ、慌てて食べるなよ」


 テーブルに運ばれてきたのは、緑色をしたうさぎのような魔獣の肉を、野菜と一緒に煮込んだ料理。温かな湯気と共に広がる香りが食欲をそそる。

 俺たち冒険者にとっては馴染みある料理だが、この店オリジナルでまた一味違うようだ。


「! この香り」

『ウオオオオォォ! ウメエエエェェ!』

「ウェル草だな」


 ポーションなんかによく使われる植物。

 葉っぱの部分は無臭だが、青色の花をすり潰せば爽やかな香りが一気に広がる。

 魔力の源とされる魔素を十分に含んでいて、グリーンラピィの主食とも言われる。


「ラピィの生臭さがまったくない」

『ングッ、モグッ』


 尻尾を器用に使って夢中で食べるツークを尻目に、俺も料理に手をつける。


「ほろっほろだ!」


 野菜の旨みが十分に凝縮された透明なスープにはラピィの脂がにじみ出ていて、スプーンを表面から(すく)えばとろみも感じられた。

 一口サイズより若干大きく骨ごと煮られた肉には、ナイフの必要もない。

 スープと一緒にスプーンを通してやると抵抗もなく、まるで「ご一緒にどうぞ」と語りかけてくるかのようだ。


「ん! んまい」


 その言葉のとおり口に含んでやれば、ツルッとした皮の部分としっかりとした身の部分がスープと共にやってきて、口の中で再び一つになった。


 ──お帰り。


 そう言ってやりたい。


『っフゥ!』

「ハハッ。相変わらずはやいな」


 ツークは一足先に満腹で横たわる。


「ニンジン、ジャガイモ、……味付けは塩のみ?」


 海に面するこの国では交易も盛んで調味料には事欠かない。

 他国の品も手に入るし、戦がない限りは価格も安定している。


「……? もう一個、あるな」


 この店オリジナルだというのは、そこだろう。

 スープに(にじ)む脂。

 主にウェル草を食べるグリーンラピィにしてはどうも濃厚な気がする。


 もう一度スープだけを飲んでみる。

 目を閉じて味わい、舌で上あごと擦りあわせるように堪能する。

 吹き抜けるのは、ウェル草の爽やかな香りだ。

 かすかに野菜たちの気配もする。


 舌触りは……。やはりとろっとしていて、塩を加えることで野菜とラピィの旨みを引き出しているように思う。


 ん?

 さらっとした脂とはちがう、ドロっとした感触。

 見た目では混ざり合って分からなかったが、舌で押しつぶしたそこにはラピィのものとは思えない濃厚な脂があるように思う。

 これらは別物か……?


『アニキ、きっとこいつぁアレですぜ』

「アレ?」

『ベツの料理に使う肉を煮た汁で作ってるんですぜ、きっと』

「なるほど!」


 メニューを確認するために店を見回す。

 壁に掲げられたメニューの中に、人気メニューであろう大文字の肉料理があった。


「ワイルドボアか」


 メニューには、『ワイルドボアのシチュー、おいしいよ!』と書かれてあった。


『ヒュゥ! そっちもうまそうですねぇアニキ!』

「下茹でってことか。ワイルドボアも肉質が硬いからなぁ」


 俺はそっちの味も脳裏に描きつつ、スープを平らげた。



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[良い点] 第一声からツークにメロメロ [気になる点] ツークの可愛さと男前さのギャップの限界点 [一言] ツークを産み出してくれてありがとうごさいます
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