第十八話 回復術師の憂鬱【別視点】
「ハァ……」
気が重い。
ちょっとでも気を紛らわせたくて、ギルドのテーブルに顎を乗せて休憩する。
最近拠点にしていた西の地域を一通り周って、次の目的地を検討するために王都へ来た。
久々の王都ロムールは相変わらず居心地がわるい。
僕のスキルのせいだが、それにしたって人が多い。
それだけじゃない。
あっちで談笑する二人は、内心互いを見下しているし。
受付に並ぶ三人は……、初めてパーティを組むのかな。
緊張した面持ちだけど、誰もが自分を一番の実力者だと疑わない。
あーほんと、バカばっかり。
「やぁ」
「……ども」
ギルド職員から、回復術師を探している勢いに乗ったパーティがいる。アビーも会ってみるだけ、会ってみたらどうだ? と言われ、今日は顔合わせ。
約束の時間を十分過ぎたあたりで、話に聞いていた緑の髪の男が現れた。
……まぁ、まだ許容範囲かな。
「『風神の槍』リーダーのウェントだ」
「回復術師のアビケイン。アビーでいいです」
簡単に自己紹介を済ませると、向かいの席にウェントが腰かけた。
「うれしいよ。まさか、噂に名高い『治癒の書』に興味を持ってもらえたなんて。光栄だ」
あ、嘘だな。
「そーですか? 僕はわりと、いろんなタイプの人と組みますけど」
うーん。とりあえず、様子見。
「へぇ? 王都には長期で滞在しないと聞いたが、最近はどこに行っていたんだ?」
初対面にしてはずいぶんフランクな人だな……。
「西の方へ少々」
「ふぅん? 大変なんだな」
……今の会話、なんか意味あった?
僕の実力を相当疑っているようだけど。
「好きに旅してるだけなんで。……それで、回復術師、辞めたんですか?」
「いや、うちにはもともと回復術師はいなかった」
「! ふ~ん?」
それはそれは。Bランクと聞いていたけど、けっこーやるんだ。
ちょっとドヤ顔なのが地味にムカつくけど。
「あとで紹介するが、魔術師のリリムってのが初級の回復魔法を使える」
「初級……、ずいぶん戦闘に手慣れたパーティなんですね」
怪我をしないのか。
あるいはポーションを大量に持てる【収納】持ちがいるとか。
「そうなんだ!! 俺たちは、本当はとっくの昔にAランクに足を踏み入れていたはずなんだ!!」
「わっ、ちょ、声、大きいから」
急に興奮して大声になる。
周りの目が、こっちを気にし始めた。
やだな。注目とか、集めたくないんだけど……。
ぞわりとした感覚のあと、いつものやつがやってきた。
──まーた言ってるよ、ウェントのやつ。
──リシトも貧乏くじ引いたよな。お互い田舎の出だからって、気にしてやってたのにな。
──粋がるのもいいが、命を失ってからじゃ遅いんだよなぁ。この稼業。こつこつやるしかねぇっての。
「──っ!」
読むつもりもなかったのに。
勝手に頭の中に他人の心が流れ込んできた。
リシト……? って人が、前にパーティにいたのかな。
うーん。
この感じ、僕はさっさと逃げた方がよさそうだけど……。
「あぁ、すまない。つい。……実は、君の前任者は付与術師でね」
「そうですか」
補助魔法一本? いまどき珍しいけど。
最近の流行りは魔法職が兼任するんだよね。
「大して戦闘に貢献もしない。補助魔法は人並み。まぁ、そんな人だ。……俺たちは、二年で一気にEからBランクに駆け上がった。素質は十分のはず」
「それはすごい」
嘘ではないようだ。
「──なのに! 彼は、自ら去る道を選ばなかった!」
「…………は?」
なに言ってんだこの人?
「四十のおっさんが、俺たちと同じ伸びしろなわけないだろう? 俺たちがAランクに昇格できないのは、間違いなく彼のせいだった」
「……?」
いや、なんで? なんで決めつけた?
ふつうに、ギルド職員が「おまえたちにはまだ早い!」って、判断してるだけでは?
「ええと、それは早計というか」
──ふん、あんな雑用しかできないおっさん。もっと早いところ追放しておくんだったぜ。
おっと~。……なる、ほど。
まぁ、彼が仮に戦力的に不足していたとして。
追加で人入れればよくない?
パーティの他のことはやってくれたみたいだし。
それができない理由があんの?
──だが、家賃を払うやつがいなくなったのは痛かったな。来月の家賃、払えるかどうか……。
うわ、さいてーじゃん。
──こいつは金持ってそうだし、うまいこと引き入れないと。Aランクの回復術師、ぜってー逃がさねぇぞ。
え、ふつーに無理なんだけど。
「……? どうかしたか?」
「えっ?」
──なんだ? 俺たちの実力に感心したのか?
「いや、それはない」
「ん?」
「あっ」
うっわー、まっず。
ふだん依頼についての会話しかしないから、こういうやり取り、ボロでちゃうんだよなー。早く帰らせてよ。
「とにかく、君が入ってくれれば俺たちはパーティとして確実にAランクに上がれる自信がある。……一緒に、困難を乗り越えてくれないか?」
えぇ~~~~?
実力があるとしても、こんな性格の人とはやなんだけど?
ていうか演技に関しては超一流だな。
「えーっと、僕が加入しても、ギルドの査定方法は変わりませんよ? 僕はすでにAランクなので、あなた方三人に対しての査定になりますけど」
「もちろんだ。依頼をこなした数や依頼遂行時の素行、ありとあらゆる要素から、ギルド側から声を掛けるんだよな?」
分かってんじゃん!
え、なに? やっぱ、けっこー強いわけ?
うわー、ちょっと気になる。
一緒にはぜったい組みたくないタイプだけど、戦闘は見てみたいかも。
「しかし間違いなく依頼達成の難易度は下がるし、これまでより強い魔物とだって戦えるはず。……そうそう、君ともう一人、盾職の者にも声をかけてるんだ」
「そうでしたか。バランスのとれた編成ですね」
だったら最初から入れていればいいのでは……?
「Aランクにかける想いは、人一倍強いんだ」
──さっさと上にあがって、優雅な冒険者生活を送りたいもんだぜ。取り分が減ったら新しい武器の返済が追い付かないが……。まぁ、なんとかなるだろ。足りなきゃこいつに借りればいい。とにかくランクを上げる。それが最優先だ。
……。
うわぁ……。
口ではいいこと言ってるはずなのに、台無しだよ。
たしかに無駄に装飾に凝った槍だな……。
しかし、どうする?
今のところ、彼のパーティにまったく入りたいと思わない。
入ったところで、返ってこなそうな金を貸す未来しか見えないぞ。
けど、一度だけでも……。その謎の自信に溢れる腕前とやらを見たい!
「あ、あの~」
「入ってくれるか?」
「お試しって、できます?」
とりあえず、一回だけ。
その雄姿を目に焼き付けてから、王都からさっさと去ろう。
◆
「改めて、リーダーのウェント。槍術師だ」
「魔術師のリリムよぉ」
「剣士のレーデンスだぜ」
「アビケイン……アビーと。回復術師です」
「吾輩はハルガ、盾職である!」
ま、また濃いキャラの人来た……。
白髪の……、おじさん? おじいさん? 若々しいから、どう呼んでいいものか。
顔に傷あるし。大きい盾を背負った姿は、確かに頼もしい。
ちょっと暑苦しいけど。
「二人とも、一度お試しということで依頼に同行してもらったけど……。
ぜったいに、加入したいと思わせてみせる。期待していてくれ!」
「ハッハッハ! 若いのに豪胆、きらいではないぞ!」
意外とけっこー年がいってるっぽいおじさん。
だけど人はよさそう。果たしてどうなるやら……。
「しかし、まさか『治癒の書』と一緒とは……! たいへん光栄である!」
「ど、ども……」
悪気はないんだろうけど、声大きい。耳が痛い……。
「ふ~ん? こぉんな、おチビさんがねぇ」
「これでも十八歳ですけどね」
身長はリリムがヒールを履いて高いだけで、僕は平均よりちょっと低いくらいだけど。
「おお! アビー殿はお若く見えるな!」
僕、何歳に見えてんの?
──ふぅむ、アビー殿は若くしてAランクに上り詰めた逸材。学ぶことも多かろうな。
……でも、いい人なのは間違いない。
「まぁ、実力があればどんなヤツでも大歓迎さ」
剣士レーデンス、ね。
体は鍛えてそうだし、剣も大剣。
力が強いのかな? もしくは身体強化のスキルか。
赤い短髪は元気な印象とよくマッチしてるけど……、腹の中はどうだか。
──ったく。ガキにじじい? やってらんねぇぜ。おっさんの後にじじいとか、意味ねぇだろうがよ。ウェントのやつ、分け前の交渉がうまくいかなかったんだな? 先に言えっての。
「うわ」
「「「「?」」」」
「あ、いえ」
もー、こいつもクズじゃーん。
ていうか分け前交渉って、なに?
均等に人数で割るんじゃないの?
そういえば僕、分け前? のことは何も聞いてないけど?
はーもうヤダ、帰りたい。
「あたし初級の回復魔法しか使えないから、助かるわぁ」
最後、魔術師リリム。
ちょっと露出度の高いお姉さん。
ふつうでいい。
せめて一人くらい、まともなヤツがいてくれ……!
──も~ウェントったら。顔がいい男入れてって言ったのにぃ。たしかにおチビちゃんはちょっとかわいいけど、タイプじゃないのよねぇ。オヤジなんて論外。貢いでくれるなら、考えてあげてもいいけど。……でも、お金持ってそうじゃないわよねぇ。
「ひぇ」
慌てて口を塞ぐ。
もうやだ。
「? それじゃ、もう一度確認するぞ」
僕にとっては地獄の自己紹介を終え、お試しで組むことになった依頼内容を聞くことに。
「依頼はBランク相当。まぁ、ここは俺たちに合わせてもらってアビーには申し訳ないが。しかし、油断は禁物だ。今日の相手は──ヴェノムワームだからな」
「むう」
「……」
毒を持った魔物……か。
僕がいるからと背伸びしたね?
毒消しを持ち合わせていないのは分かってるから。
──アビーがいれば毒は怖くない。さっさと倒して、買い取ってもらおう。こいつは金になるらしいからな。……いや、待てよ? リシトはもういないのか。ちっ、辞めてまでも面倒なやつだ。ハルガに運ばせよう。
いや、面倒なのはどう考えてもあんただろ。
はぁ……。
変なやつと組むと、一人ツッコミで忙しい。
なるべく読まないようにしたいんだけどな……。
それにしてもリシトって人は【収納】持ちなのか、いいなぁ。
「出くわしたらどうする? 吾輩は真っ先に敵意を引き付けるとして」
「? そんなの、臨機応変に決まっているだろう」
「「!?」」
で、でた! 臨機応変!
固定ならともかく、僕とハルガさんは初めて組むメンバーだぞ!
パーティのリーダーなら、まずスキルと互いの持ち物の確認だろうに!
「ならせめて、スキルを──」
「ちょっと! あたしたち三人は互いのことを熟知してるの!
あなたはちゃんと自分の役割だけこなせばいいから! 時間のムダよ!」
きっつ~~。
なに、年上へのちょっとした敬意とかないわけ?
仮にも同じBランク同士なんだからさぁ。
もしかして、イケメンには優しかったりする?
やだなぁ。
「むぅ……」
あぁ、ハルガさん、しょんぼりしちゃった……。かわいそう。
目撃情報があったのは、王都から徒歩で一時間の距離。
森の手前の草原。目視ではわかりづらいけど、勾配のある斜面の下には小川が流れていて、どうやらヴェノムワームは水を飲みに来るらしい。
斜面があると分かっていなければ、遠目からだと対岸と地続きのように見える。
……ていうか僕はいいけど、なんで馬車使わないんだろ。
ハルガさん盾重そうなんだけどな。
一応全員に回復魔法かけたから、疲れは残ってなさそうだけど。
こういうのをムダって言わないの? リリム。
「気をつけろ、こういう地形はヤツの方が素早く動けるからな」
それは言えてる。
気をつけよ。
「っ!? ちょっ、ウェント!」
「どうしたリリム」
「あたしの靴が~!!」
うわ。
片方のヒールが、なんか融けて低くなってる。
アンバランスになって歩きにくそう。
ヴェノムワームの毒液を踏んだとか?
「高かったのにぃ!」
「ぬ、ぬぅ……」
困惑している。ハルガさんが、困惑しているぞ。
そりゃそうだ。
どう見ても危険な、敵の有力な痕跡をそんな伝え方するなんて……。
互いを熟知してるんなら、「ウェント、毒よ! 気を付けて!」とか言ってあげたらどうなんだ。
「ヴェノムワームの毒液、か?」
「もぉ~~きもちわるい~~!」
いや、一歩間違えればあなた死にますけど?
とりあえず靴に面した部分だけでも足に解毒の魔法をかけておく。
意味あるかはしらないけど。
「気を引き締めねば、恐らく近くにやつが──」
「おい、アビー。魔力で辿れないか?」
「うーん……」
【鑑定】持ちなら、こういうのはパッと分かるんだけどなぁ。
「やってみます」
ヴェノムワームのものと思われる、紫色の液体。毒々しい。
草の上で無造作に撒かれたそれに、手をかざす。
「……」
──ちょっと、早くしなさいよ。
うるさいなぁ……。
──Aランクなんて、こんなもんか?
だったら自分がやればいいものを……。
──魔法職とはいえ、リシトはスキルがあったからな。さすがに比べてはいけないか。
え、なに? リシトって人は【収納】と【鑑定】の二つ持ちだったの?
やば。追放するとか、バカじゃん。
「…………はぁ」
あー、ダメだ。
僕のいつものわるい癖。
人と依頼を受けると、一人でいる時ほど集中力が出せないんだよなぁ。
スキルのせいとはいえ、僕もまだまだ未熟だ。
「どうだ?」
痺れを切らしたウェント。
もー、誰のせいだと……。
「……ちょっと魔力が細くてむずかしいですね。魔法の産物じゃないですし」
「チッ」
!?
レーデンス、舌打ちとかマジ?
「リリム殿はどうだ?」
「あたしぃ? 戦闘に向けて充電してんの!」
「は、はぁ……」
……やばい。
ギルドにいた人たちの心を読んだときに、ソッコー断り入れるべきだったかも。
過ぎた好奇心は身を亡ぼす。
まさに僕じゃん……。
「! 気をつけろ!」
あーだこーだ言ってると、森の奥から徐々に近づく音がする。
大きいものが草の上を這うような、さらさらとした音。
「お出ましですかな」
ハルガさんは背中の盾を構えると、真っ先に前へ出た。
頼もしい。
「ハルガ、大丈夫だ。俺がやる」
「?」
? どゆこと?
「俺とレーデンスなら大丈夫だから、リリムを守ってやってくれ」
「?? い、いや。吾輩は盾職で──」
「ちょっと! ウェントはリーダーなのよ!? 言うこと聞いてちょうだい!」
えええぇ?
僕の守りがしれっと無視されているのは置いといて、ヴェノムワームは人間の五倍くらいの大きさまで成長する。
盾職じゃないと尻尾で叩きつけられたら攻撃受けきらないと思うけど。
──【疾風の加護】があれば、何人たりとも俺を止めることはできない。
お。ウェントのスキルは風耐性向上と、風魔法を操るスキルだったか。
……ヴェノムワームが使う魔法は地属性な気がするけど。
音が目の前にまで迫ると、ボキボキという音も聞こえてきた。
枝を折るほどの巨体……。ヤバそう。
「っ! デカイ!」
いきなり木々の合間から、巨大な影が出現する。
移動する際は地を這ってきていたから、目視で遠くから確認するのは難しい。
対ワーム種で先手を取りづらい要因だ。
「わーお」
尻尾で立ち上がったらしいヴェノムワームの姿がとうとう目の前に現れた。
青光りした鱗、木々に負けず劣らずの高さから見つめる鋭い眼光。
口から飛び出す細長い舌。
帰りたい。
「いくぞ、レーデンス!」
「おう!」
あ、飛び出しちゃった。
「わ、吾輩はどうすれば……」
「あんたはあたしの前で攻撃防げばいいの!」
……本当に大丈夫か?
「アビー! 【雷のような猛威】をくれ!」
「ええ!?」
いや、ギリ使えますけどね?
でもそんなオーダー僕にしてなかったよね!?
「はぁ。……【雷のような猛威】」
渋々ウェントにかければ、なぜか怒られる。
「! おい、手を抜かないでくれ!」
「へ?」
「オレにも一緒にかけるんだ! そんなことも分からないのか!?」
「……へ?」
補助魔法。
対象内の魔力に働きかけ、対象が強化を得る魔法。
つまるところ、こっちが相手の魔力を認識して使うわけで。
同時掛けとか、スキル持ちだったり、全部の補助魔法が使える熟練者しか無理なんだけど?
レーデンスなんて、ほとんど魔力ないみたいだし。
「おっと」
『シュロロ』
真っ先にヴェノムワームの元へと到着したウェントを、敵認識したらしい。
ずいぶん長い尻尾の先を、ビターンと鞭のようにしならせ排除しようとする。
「!?」
「ウェント!」
第一波を難なく避けた……と思ったら、即次の一手。
ヴェノムワームは意外と器用で、次々に尻尾を繰り出す。
だからハルガさんを行かせるべきなのに……。
「【大地の槍】!」
「助かったリリム!」
地面から岩が隆起して、間一髪で尻尾からウェントを守る。
下から吹っ飛ばされた尻尾につられて、巨体がよろめく。
「はぁ!」
風を纏わせた槍がヴェノムワームを裂こうとする。
けど──
「!?」
純粋な力不足なのか、鱗には傷一つ与えられない。
「なんだ……?」
「こいつ固いぞ! オレがやる!」
今度はレーデンスが大ぶりの剣を薙ぎ払う。
あー、そんな悠長なことしてたら……。
『シャッ!』
「うわっ!?」
「【光の盾】」
案の定、両手が塞がり勢いよく振り上げたレーデンスには隙が多い。
ヴェノムワームはその隙を逃さずに毒を放った。
僕が防御魔法使えなかったらどうしてたんだ……。
「た、たすかったぜ……」
「あっ! 逃げるわ!」
「! させるか!」
「──あの~!」
ヴェノムワームは僕がいることで毒が通じないと悟ったらしい。
さっさと森の奥へ引っ込んでいった。
同じくさっさと追おうとするウェントを止める。
さすがにパーティ全体の危険を感じるので、提案した。
「ハルガさんが奴の攻撃を防いで、お三方がその隙に攻撃するのが一般的だと思うんですが」
ハルガさんが大きく頷いた。
あぁ、よかった。僕の感覚が一般的で……。
「……君は危険な目に遭っていないから、そう言えるだけなんだ」
……ん?
なんか僕、諭されようとしてる?
「俺たちはずっと盾職なしでもやれていた。ハルガはあくまで、リリムを危険な目に遭わせたくないから入ってもらったんだ。俺たちのやり方に口出ししないでほしい」
──なんだ……? 体が、重い。それに、あんな鱗、以前なら簡単に砕いていたぞ……? 今日は調子がわるいのか?
もしかして。
「え~っと、もしかしてなんですけど。あなた達が好き勝手できていたのは、付与術師さんのおかげだったのでは?」
「…………ハ?」
げ、レーデンスがキレそう。
ええい、どうせこの先一緒にやる予定はないし、言ってしまえ!
「だって、そうですよね? 僕、魔力量は多い方だと思うんですけど、同時に補助魔法かけるとかむりですよ?」
「それはあんたが専門職じゃないからだろ」
「もちろんそれもありますけど。……そもそも、補助魔法の性質、わかってます?
レーデンスさんの内にある魔力では、一つ補助魔法を掛けるだけで精一杯の量ですよ?」
「……っ!」
──バカな。あいつは、ふだんから最低でも二つは重ね掛けしてたぞ……? 飯に掛けたとか言って、よく食べさせられたし。
えぇ……? 物体に補助魔法掛けるの? 引くわぁ。
その人何者なの。
「えっと……。つまりですね──」
「もう、いいよアビー」
「え?」
──はぁ。Aランクだというから期待したのに……。説教じみたこと言いやがって。これじゃぁリシトと変わらないじゃないか。
は~ん? リシトさんはしっかり忠告してきたのに、無視してきた結果がこれなのか。
ギルドでは彼が気にかけてたって言ってたから、よっぽど甘やかしたのかなと思ったけど。まぁ、ここまできたら……彼の責任ではないな。
「そんなに俺たちのやり方が気に食わないなら、今回の話はなかったことに」
「やっ──」
たー!!!!
……と言いそうになった。あぶない。
「や、やぁ、や~……やり方は、そうですね。ちょっと合わないかもです」
「……吾輩も同意見である」
あー。貴重な盾職要員を置物にしちゃうんだもんなぁ。
かわいそう。
「勝手にすればぁ? 後はあたしたちだけでやるから」
──ほぉんと、おチビちゃんもオヤジも、使えないヤツだったわね。
いや、あんたが言うな。
「吾輩は、互いを信用しあい、背中を預けることができる者としか組みたくはない。貴殿ら三人は、そのスキルすら教えてはくれぬ。吾輩たちを、仲間とは認めていないのであろう」
──そりゃぁねぇ、あたしの【二重魔法】はあんたには関係ないし。
へぇ。意外とレアなスキルなんだな。
……魔力足りてなくて【大地の槍】一本しか出てなかったけど。
魔素の吸収量、足りてないんじゃないか?
「時間をとらせて済まなかったな。もう帰ってくれていい」
──はぁ、金策の当てが外れたな。来月までにはなんとかしないと。
いやほんと、先にお金の管理なんとかしたら?
「吾輩はこれで。失礼する」
「じゃ、僕も」
──破竹の勢いでランクを駆け上がった若者たちを、この目で見ることができると楽しみにしていたが……。致し方あるまい。
……ほんと、この人いい人だな。
二人で王都までの道を歩く。
さっきまでの雰囲気がうそのように風が吹き抜けて気持ちのいい道のりだ。
時々疲れてないか聞きながら、回復魔法もかけてあげる。
うーん。
せっかく心の声を聴いても不快でない人と知り合えたのに、王都に着いたらお別れかぁ。残念。
「時にアビー殿」
「! はい?」
「吾輩、これからルーエ村に行くのだが、……一緒にどうだ?」
「え? 僕ですか?」
びびる。
まさか、そっちから誘ってくれるなんて。
「ルーエ村といったら、東の国境付近ですよね?」
「左様。吾輩、隣国の出身なのだが、村近くのハイケアからは船の定期便が出ていてな。最近、こちらの友人がルーエ村に行ったとギルドで聞いて、帰国前に会っておこうかと思っている」
「……国に帰っちゃうんですか?」
ちょっとかなしい。
「ハッハッハ! そう悲しい顔をされるな! 吾輩はふだんから両国を行き来しておる。魔物の動向が気になるからな」
「あぁ。もしや、……前回の魔物災厄に出征されていたんですか?」
それってほぼ英雄じゃん。
まさか、そんな人と会えるなんて。
「もう四十年前か……。吾輩は当時十五の若者。……そう役に立てたわけではないがな」
「いやいや、充分すごいですって」
「その時に活躍した英雄の姿を間近で目にする機会があってな。……吾輩の目標は、ずっとその者である」
「へぇ……」
隣国との国境でもある山脈。
その周辺一帯で起こった災いは、またいつ起こるとも限らない。
ハルガさんは当事者だったから、気になるんだろうな。
「それで、どうだ?」
──せっかくアビー殿と出会えたというのに、いまだその力の大部分を見せてもらっていない。強者の実力を見る絶好の機会を逃すわけにはいくまいて。
いや、ほんといい人だな。
本当はギルドでリシトって人のこと聞こうと思ったけど……。
まぁ急がなくていいか。
「もちろん、ご一緒します」
どこかのタイミングで、僕のスキルのことを打ち明けても……。
この人なら、怖がらないでくれそうだ。




