第十六話 目標
「そんなことが……」
言葉がなかった。
王都にいた時も、いくら騎士団には派閥がある。と聞いたところで、そう目の当たりにしたことはなかった。
メナールはその誰かを己の手で守りたいという純粋な心を、地位や権力のような目に見えない力によって打ち砕かれていたんだ。
……なんと声をかけてあげればいいのか。
「今でこそ、Aランクという指標が私の実力を保証してはくれます。
ただ、騎士にとって強さも大切ですが、義を重んじることも大切。騎士への第一歩である入団試験。……ましてや実の兄に、不正で勝利したと今も思われている私は、騎士団内では笑い者なのですよ」
「メナール……」
悲しさ、というよりはどこか自嘲しているようにも見える。
それは彼が、もっと上手くやれたのではないかと過去の自分をあざ笑っているかのようだった。
「──冒険者になった私の心にも、迷いは付きまといました。
ここで、何を成す? 例え立場は違えど、人々を守る剣にはちがいない。だが、それは本当に幼い頃恋焦がれた、祖父と同じ道なのだろうかと。……アイレ家を捨ててまで、縋りつくようなものなのだろうかと。……そんな時です。私の経緯を知っていて心配してくれたギルド職員が、あなたを宛がったのは」
「まさか、そんな出来事の後だったとはな」
初めて会った時のメナールのことはよく覚えている。
美しい顔は陰り、胸の内に何かを秘めているというのは一目でわかった。
「あなたにお会いしていなければ、今の私はありません」
「えぇ? 大げさな」
気づけばツークは声を押し殺して泣いていた。
情に厚い男なんだよな。
「大げさなんかではありませんよ」
幾分か晴れた表情から、嘘ではないと分かる。
そんな大したことはしていないと思うんだが……。
「あの時、……スープを作りながら私に言ってくれた言葉。今でもよく思い出すんです」
「あの時か」
他の新人とも一緒に組んで、ある意味俺が引率を務める新人教育のような討伐依頼を受けていた。
その夜、二人で見張りをしながら冒険者の心得、野営する際の注意点。それから、ほんのちょっとお互いの話をした。
──へぇ、君は騎士の家系に生まれたのか
──はい。……いろいろありまして、家を飛び出したのですが。……私は、自分の騎士道というものを見失いました。私はただ、誰かを守る剣でありたいと。そう思っていただけなのですが
──? そうは見えないがな
──え?
──貴族という身分にも、騎士という地位にも拘らずに、冒険者としてその剣の腕を生かす。……それってつまり、忠誠を誓う相手を変えただけだろ? ……あ、依頼人に忠誠を誓うとか、大げさだな。例えがわるかったか?
──……っい、いえ
──俺なんて、あれだよ。今でこそ他人の役に立ちたいって気持ちが強いけど、元々は家族もいなくなって、食い扶持のために冒険者になったようなものだし。君ほど、強さに懸ける想いも強くはない。素直に尊敬する
──そ、そんなっ。私なんて! きっと、あなたの足元にも及びません
──ハハハ、謙遜しなくていいぞ。こう見えて人を見る目だけは確かなんだ。あ、【鑑定】を人に向けることは滅多にないがな? 君のその、誰かを守る剣でありたいという真っ直ぐな気持ちがあれば、俺なんかすぐに追い越すさ
「……かつて、兄に言われた言葉をあなたに言われた時、想ったのです。あの時の彼の言葉は決して嘘ではなかった。ただ、時としてあらゆる状況が複雑に絡み合うと、それが覆ることもある。……それだけなのだと」
「メナール……」
「兄とは残念ながら同じ土俵に上がれなくなってしまったので。今度は、新たに冒険者として越えたいという目標を、そこで見つけたのですよ」
「……? ……え、おれぇ!!??」
まさか、Aランク冒険者の目標にして頂いてたなんて。
夢にも思わないだろ!
「お、俺はべつに、剣の腕はふつうだぞ?」
「ははは! いえ、そうじゃないのですよ」
「?」
なぜだか吹っ切れたように笑い飛ばす。
「私にとって、兄はもちろん剣のライバルでもありましたが……」
遠い目をする彼は、過去の日々を見ているのだろうか。
「……彼は、よき友でもあったのですよ」
それは、過去のものとして。
すでにメナールの中で整理のついていたことのように、優しい声色で言った。
「でも、リシトさんもひどいですよね」
「えぇ? どのへんが?」
「あなたのランクを越えたら、パーティを組んでいただくことを目標にしていたのに……。まさか、私がAランクになったタイミングで彼らと固定を組んだのですから」
「あ、いや。その、たまたま……?」
俺と……組みたかった?
初耳なんだが。
「ふふ、冗談ですよ。私が勝手に思っていただけです。面倒見のいいあなたのことですから、彼らに可能性を感じたうえでのことでしょう。……まぁ、あいつらは結局バカだったわけですが」
いつか見た殺気を放つメナール。
せっかくおいおいと泣いていたツークが、ピャッと肩で跳ねた。
「もちろん、騎士団との関係性から……あまり他の冒険者と組まないようにしていたこともありますから。……目標は目標、ある意味心の支えのようなものです。あなたは冒険者にとって必要なものを、よく理解されていたので」
「それは?」
「……、その強さは、なんのために在るのか。冒険者でいえば、依頼を達するためなら、他人と協力し合い、時に影に徹することも厭わない。私はそこに、感銘を受けたのです。祖父は【神速】のスキルで有名ですが、時に伝令、時に囮といかんなくその力を発揮しました。剣の達人でもありましたが、……仲間に慕われたことが爵位を賜った一番の要因だったのですよ」
「へぇ……」
その人を目標としていたのなら。……たしかに入団試験のことは、彼にとってこの上ない失望だっただろうな。
騎士団に対しても、兄に対しても。
……そう言えば、『風神の槍』とのメンバーとは、こういった話……してこなかったな。
あいつら三人は幼馴染で、おっさんが割って入るのもなとどこか遠慮していた。
俺のことをどう思っていたかはともかく、俺からももっと話を聞くべきだったのか。
今となってはどうしようもないが、ある意味メナールのことを知れたのは、あのパーティを抜けたからでもある。
冒険者人生二十四年。
何が起きるか分からないものだな。
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最近は暑いですので、体調には十分ご留意のうえお過ごしくださいませ。




