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第十二話 ぜったい美味しいやつ


「ハンナさ──」

「──ちょっと!! リシト!!」

「!?」


 宿に帰って、さっそく廊下を掃除していたハンナさんを見つけた。

 キッチンを借りようと話しかけると、ものすごい形相で詰め寄られる。

 な、なんだ。


「ど、どうしました?」

「どうしたもこうしたもないよ! いったい何したんだい!?」

「えぇ?」

『ど、どうされたんですかねぇ?』


 後に続くメナールがひょいっと俺の後ろからのぞくと、ハンナさんは「あらやだ」と落ち着きを取り戻した。

 さすがイケメン、対女性に強い。


「ハ、ハンナさんなら知ってるかな? こっちはメナール。今日、一緒に依頼を受けるところなんだ」


 メナールがお辞儀をすると、ハンナさんは感心した様子で俺の肩をたたいた。


「はぁ~。あんた、料理もできればAランクとも依頼を受けられるのかい? すごいねぇ」

「い、いや」

「リシトさんはご自分を過小評価しているようです」

「なるほどねぇ」

「ちょ」


 なぜか分かり合う二人。

 なんでだ。


「そうそう、リシト。あんた、何やったんだい?」

「というと?」

「あたしゃ、びっくりしたよ! 流し台の桶を抱えようとしたら、まるでパンかと思うほど軽かったんだからねぇ」

「……? あぁ!」

『きっと料理に掛けた魔法のことですよ、アニキ』


 力がアップする補助魔法、【雷のような猛威(ヴィス・サンダー)】。

 そういえば昨日つくねに掛けてたっけ。


「もしや、魔法を?」


 メナールは一瞬で見抜いた。


「あぁ。ハンナさん一人で宿を切り盛りするのは大変だろうと、ちょっと力がアップする魔法を料理に……」

「あれがちょっとなもんか! だいたい、あれから何時間経ってるってんだい!」

「えぇと」

「リシトさんはご自分の魔法が特殊だとわかっていないようですよ」

「はぁ……。あたしゃ、あんたの今後が心配だよ」


 なぜか今後を心配される俺。


「ご心配なく、私がおりますゆえ」

「まぁー! 頼りになるねぇ!」


 俺を置いて意気投合する二人。

 まったく着いていけない。


『やっぱアニキの補助魔法ってヤバイっぽいんですかね?』

「そうなのか……?」


 自分ではそう思っていないんだが……。

 『風神の槍』に入る前は依頼ごとにパーティを組んでいたし、特別指摘されたこともなかったんだよな。みんなスキルだと思ってたみたいだけど。


「うーん、まぁ誰かの役に立てれば、それで」


 それに尽きる。

 もし効果時間が長いというなら、いいことだろうし。


「それをご自身に掛けるという発想はなかったのですね……」

「アハハ……」


 長年サポートに徹していた俺がしゃしゃり出ても、迷惑を掛ける未来しか見えないからなぁ。スキルが【鑑定】で戦闘に自信があったわけでもない。ソロで討伐依頼を受ける機会もほぼなかった。


「とにかく、ハンナさん。彼に昼食を作ってあげたいので、キッチンお借りしますね」

「あいよ。遠慮せず使っとくれ」

「あ、それと今夜は帰らないかもなので、清掃はなしで構わないです」

「そうかい。気を付けて行くんだよ」

「はい」


 そう言うと、ハンナさんは再び廊下の掃除に戻った。


「じゃ、俺たちも行こうか」

「……! わ、私はなにか用意した方が……?」

「食材か? いや、大丈夫だよ」


 たしかまだツークの【収納(クローク)】には食材があったはず。


「では、手伝います」

「あぁ、頼りにしてるよ」

「はい!」



 ◆



 キッチンで一通り使いそうな食材や道具を出し終えると、さっそく調理に取り掛かる。


「よし、……やるか! 夜が本番らしいからな、腹持ちのいいものを作るぞ」

「よっ、よろしくお願いします!」

「服、汚さないようにな」


 今度料理用のエプロンも買わないとだな。


「今回作るのは、水で溶いたとうもろこしの粉を厚めに焼いて、肉とチーズを挟んで食べる料理。オムレツの卵を生地にした感じだな。……ちょっとちがうけど」

『イエーイ! オレっちそれスキィ!』


 というのも、これは俺の村でよく食べられていたもの。

 冒険者になってからもよく作っていて、ツークはけっこうな頻度でこれを口にしている。

 お気に入りらしい。

 中に入れる具材はなんでもいいが、人気なのは肉とチーズだったな。

 水を牛乳に変えて砂糖と一緒に溶いたものの中には、果物やジャムを入れたりしてデザート感覚で食べたりもしていた。

 村ではカチャパナって名称だったが、旅先で似たようなものもあり地域によってさまざまだ。


「私はなにをすれば……」

「じゃぁ、生地焼いてもらおうか?」

「!? で、できるでしょうか」

「だいじょーぶ、簡単さ」


 担当する工程を聞けば、一気に不安そうになるメナール。

 ふだんはどういうものを作っているんだろうか。


「まず、水で溶こう」


 ツークに出してもらった粉。

 大きめの瓶に入ったそれは、黄色味を帯びている。


「どのくらいでしょうか」

「そうだなぁ」


 大きなスプーンで一回分(すく)って、粉をボウルに移す。


「三……あ、いや。一応四人前作るか」


 聞くのを忘れていたが、ハンナさんも食べるだろうか。

 昼に食べなければ夜までもつだろうし、念のため。


「四回分掬って、とろみが残る程度に水で溶いてくれるか?

 水はあとから足せばいいし、自分が思うより少なめでいいぞ」

「やってみます!」


 よし。

 その間に俺は肉の用意だ。


「そうそう。ツークは火を見ておいてくれ」

『お任せぇい!』


 (まき)に火をつけ、全体に移るのを待っておく。


「あ、わるい。メナール、それが終わったら窓を開けてもらえるか?」

「お任せください」


 テキパキと準備を進めていく。


 今日の肉は、ブラウンゴート。

 茶色い毛が特徴の山羊(やぎ)に似た魔物で、土魔法をよく使う。

 備蓄としてはこれが最後の肉だ。


「スパイシーな感じに仕上げたいな」

『うっひょ~! イイっスねぇ!』


 少し辛めの肉に、あつあつのチーズでコクと塩気をプラス。

 シンプルに水で溶いたとうもろこしの粉はほんのり素材の甘みだけを醸し出し、二つを包み込むにはこれ以上にない存在だろう。

 うん、すでにうまそう。

 バターで焼いてもいいな。


「細長く切って……」


 ブラウンゴートの主食は草だが、食後に土を食べる。

 理由は不明だが、お気に入りの土を掘るためならば労力を(いと)わないらしく、筋肉質。

 赤い身は弾力があり、包丁が押し戻される感覚だ。


 抵抗をうまくいなして細長く切れば、完成へと近づく。

 ツークでなくとも高揚するな。

 それにスライスしたタマネギも合わせ、下味をつけていく。


「チリ、スパイス。ニンニク、……ええっと、元の香りが強いから柑橘系も入れたいな」


 元がやや野性味のある香り。

 焼き目のついたチーズがかき消してはくれるだろうが、口に入れた瞬間のツンっと昇ってくる感じは避けられないだろう。先に手を打っておく。


「ツーク、ライムはあるか?」

『ありまっせぇ!』


 ほんとうに何でもあるな。

 いつも持たせているし、ちゃんとツークのリクエストを聞いてあげよう。


「よし、肉の準備はいいかな」


 あとは生地と同時に焼いて、出来上がった生地に乗せたあとチーズが溶け出したら完成だ。


「リシトさん、窓も開けました」

「お、ありがとう。生地はどうだ?」

「こちらでよろしいですか?」


 ボウルの中を見れば、いい具合にどろっとしている。

 うん、いい感じだ。


「ちょうどいいよ、ありがとう」

「よ、よかった……」

「ハハ、そんなに緊張しなくても」


 真面目で几帳面なんだろうな。

 メナールの性格が垣間見える。


「じゃ、あとは焼くだけだ」

『イエーイ!』

「大きい鉄板があればよかったが……。まぁ、一つずつフライパンで焼こう。

 ツーク、人数分の皿を頼んだぞ」

『あいよぉ!』


 待ちきれないのか、徐々にメナールに慣れてきたのか。

 すっかりいつもの調子に戻るツーク。

 尻尾はピンッと立ち上がり、ゆらゆら揺れている。


「じゃ、そっちの方で生地を。俺は肉を焼くから」

「やってみます……! 薄く伸ばすのですか?」

「自分が思うより厚めでいいぞ。案外すぐ焼けるから」

「はい!」


 真剣に生地を焼き始めたメナールを横目に、俺も肉を焼いておく。

 オリーブオイルをフライパンで温めて、そこへ先ほどの肉を投入。


 一瞬、熱が通った瞬間あたりにはスパイスの香りが漂った。


「あつ」


 肉が勢いよく焼ける。

 熱い、というよりは痛い、が正しいのだろうか。

 熱されたチリの湯気が顔に当たると、ダメージを負ったかのような錯覚に(おちい)った。


『いっすねぇ~、食欲をそそると言いやすか』

「ツークにはたまらんだろ」

「なんと言っているのですか?」

「食欲をそそる香りだと」

「それには同意しますね」

「ハハハ。腹が減るのは人も従魔も変わらんからな」


 メナールとコンロに並んで焼き上がりを待つ。

 そんな姿だけ見れば、Aランクの冒険者とは思えないな。


「あ、リシトさん。どうですか?」

「いい感じだな。ひっくり返していいぞ」

「は、はいっ」


 木べらで慎重にひっくり返せば、黄色い生地のアクセントにちょうどいい茶色の焦げ目がついた。

 とうもろこしの甘い香りが焦げ目から漂い、ツークはそれだけでうっとりする。


「ツーク、チーズの準備」

『オレっちにお任せぇ!』


 俺の方もいい感じに火が通る。

 メナールの生地が完全に焼きあがる前に一緒に包まないとな。


「そろそろいいか」


 八割ほど焼けた生地の半分に、肉とチーズを乗せる。

 チーズは細切れにした。


『ふわ~~~ぉ!』


 熱を加えられたチーズが徐々に溶け出し、肉にしなだれかかり、生地にせきとめられる。


「っ」


 目でも鼻でも耳でも「おいしい」と主張してくる光景に、たまらずメナールの喉が鳴る。


「よし、最後の仕上げを頼んだぞ」

「はいっ」


 十分焼きあがったところで、何も乗っていない側の生地を折り返して、オムレツのような形に整えた。


「よーし、完成!」

「ふぅ。できた……」

『まちがいねぇヤツ!』

「あと三つ、冷めないうちに作ろう」


 人数分を用意し終えると、席に並べて昼食の時間となった。


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― 新着の感想 ―
リス…スローリリスの可能性が微レ存!?!?!
[一言] 親切心からなのはよく分かるけど、ご飯に強化魔法を付与しているのなら前回の食事前に その事を話しておくのが大人の対応かなとは思う。特に主人公は若者でなく結構な歳ではあるし。
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