閑話 『私の悲劇』【ミゼル視点】
更新大変お待たせいたしました……!m(__)m
現在は一度出来た先々のプロットを大幅に修正しているところです。
そちらが整うまで少し日常回が続くかと思います。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
不変の愛にも似た花を百本集め。
もし、一つだけ願いが叶うとしたら?
おれは何を願うのだろう──
「ミゼルさま!」
「お疲れ様でございました! 結果は、その……ですが! 相変わらず、素敵ですわ……!」
「ありがとう、マイローズたち」
久しぶりに訪れた交易都市ハイケア。
そこで行われた剣術大会では、メナール・アイレに勝ちを譲ることとなった。……しかし、この地におれの名を轟かせることには成功したに違いない。
おれの力をもってすれば、奴に勝つのも時間の問題だろう。
明日はリシトと合流し、このハイケアでモテ講座を行うこととなった。
あいつは王都に居る頃から身嗜みに気を遣っている様子はなかったからな。
仮にもBランク冒険者。
たまにはこのおれから、『自分がどう在りたいか』を示す手段の一つでも勉強してもらいたいものだ。
「ミゼルさま。こちら、ロベルタさまから……」
おれよりも随分と華奢な掌の上で差し出されたのは、ユルゲン領産の『夢の花』。
深紅の薔薇はおれを称えているかのように陽の光を受け、瑞々しく輝いている。
『夢の花』は西側でも特定の地域でしか咲かない枯れない花の総称。その内薔薇の品種を十輪の者に融通してもらい、舞台公演後や高ランクの依頼を達成した後にもらっている。
今回の分を合わせると、九十五本集まった。
「……ありがとう、マイローズ」
一輪の薔薇を手に取ると、思いのほか重く感じた。
まるでバラバラに砕けた自分の一部が還ってきたかのようだ。
もうすぐだ。
「? ミゼルさま? どうか、なさいましたか?」
「いや」
あと、五本。
あと五本で、きっとおれの存在はこの世界で確かなものとなる。
百本の薔薇はおれの存在証明となる。
かつて、母に永遠の愛を誓った男が手渡した花束は、文字通り無と還った。
まるでおれのスキルのように、初めからこの世に存在しなかったとでもいうように。
愛し、愛され。
その瞬間が永遠にも思えるような。
そんな日々を経てもなお、おれは知ってしまった。
──愛は、変質するんだ!!
舞台女優であった母の優れた演技力は、彼女の繊細な心を守ってはくれなかった。
王国随一の冒険者であった男の強さは、彼女の愛したものごと国を守るが、彼女の心の奥底に隠された寂しさだけは見抜けなかった。
不器用な男と繊細な女が紡いだ悲劇。
母にその存在ごと否定されたおれは、変わらぬ愛をもってして自分で自分を確立するしかない。
おれの公演ごとに薔薇を贈るようにと最初に手配したのは、『幻想の薔薇会』の総裁だという。
それが誰なのかは会員の誰も教えてくれない。知らないのかもしれない。
だが、かつてのパトロンであったユルゲン伯爵の現愛妾。そして思い出深いであろう百本の薔薇。
これらから導き出される答えは──、きっと彼女だ。
「……もうすぐだ」
「ええ、もうすぐ記念すべき百本ですわね!」
「お祝いは何がいいでしょうか?」
後悔からか贖罪のつもりか。
それは分からないが、皮肉なものだ。
愛されることに慣れ過ぎた彼女は愛し方を忘れ、こうした形だけの物に想いを託そうとする。
ならば、マイローズたちからの偽りのない愛を証拠としおれは彼女に問う。
この国で最も強く、そして美しいおれが生きていることは……何も間違いではないと。
おれは、この世界に間違いなく生きることを許されていると。
今は不安に押しつぶされることなく幸福に暮らすはずの彼女に、それを眼前に突き付ければなんと答えるのかは分からないが……。
少なくとも、かつてのようにおれに凶刃を向けることはないだろう。
いや。既にその刃から逃れる術を得たおれを守ろうとし、何かを失う者も居ないだろう。
おれは生まれたことで彼女の美しさを。
おれは上手く生きられなかったことで彼の強さを。
王国にとっての宝ともいえるものを奪ってしまった。
……だからといって、生きていてはいけないのか?
そんなはずはない──!
当初生まれた意味が、偽りのものとなった今。
おれは自分で自分を生かす。
たとえ誰に否定されようと、何を言われようと思うままに生きてみせる。
それが、おれなりの復讐だ。
かつて世界に否定されたおれの人生は一度終演し、再び新たな幕を開けた。
誰からも愛される『おれ』となり、舞台に上がるごとにかつてのおれは上書きされていく。
愛とは、憎しみの始まりだ。
それを不変のものとするためには、『理想』で在り続けるしかない。
不安など一片も感じさせないほどの、情熱的な存在で在り続けるしか。
リシトは陰で努力する姿も美しいと、そう言ったが……おれはそうは思わない。
そうしなければ誰かの望む姿では居られないという証左になるからだ。
誰かのような絶対的なスキルや地位があるわけでもなしに。
人間は移ろうものだからこそ不変的な愛や忠義、信頼の心に感動するのだろう。
彼女は夢を見せる側だったからこそ、理想と現実の狭間にて心を壊した。
だからおれは証明してみせる。
彼女がかつて否定したおれは、今やこの国で最も強く美しい男なのだと。
偉大な両親に気後れするおれはもう居ない。
人見知りで挨拶すらも声が裏返るようなおれはもう居ない。
舞台に上がる度に泣き出しそうなほど怯えるおれはもう居ない。
王国の宝同士の愛を壊したおれはもう居ない。
生まれたことにさえ疑問を抱くおれはもう居ない。
「──お祝いも兼ねて、そろそろ芸術の都であるユルゲン領にも公演に赴いてはいかがでしょう?」
「ちょっと、貴女! ミゼルさまは……」
「……それもまた、一興だな」
「え!?」
「まぁ!」
おれの存在を認めさせる、その時がきたら──
「彼の地で認められれば、王国一の称号を手にしたも同然だからな」
怒りなのか、悲しみなのか。
興奮、歓喜。あるいは別の何か。
小刻みに震える手を握りしめ、おれはその時がくるのを待ちわびる。