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第百十話 剣光、過去をも断ち切れ【メナール視点】


「どこからでも来たまえ、メナール・アイレ!!」


 芝居がかったかのような口調。

 彼は挑発するように両手を広げて私の出方を(うかが)っている。


「……では」


 ならば、遠慮する必要もない。


 【神速】を持つ祖父の姿を追うかのように、地面を蹴るつま先に神経を集中させる。

 心・技・体の和合。

 父からも、兄からも同様に教えを受け、例えるなら剣を自分の身体の延長であるかのように扱うとした。

 素早く取りまわした手首の軌道に合わせるように左手を添え、渾身の力を込めて打ち込む。


「! おっと」


 ミゼル殿が華麗に(ひるがえ)すマントは、まるで目くらましのようだ。

 黒と赤で視界が染められると、彼の次の手を読むのが遅れる。

 私は彼の下半身の動きでおおよその予測を立てると、即座に動く。

 予測通りに振り下ろされた剣を払うように下から切り払い、体勢を崩すことに成功した。


 だが。


「! ……一筋縄ではいかないか」


 ビリリと手に走った感覚が収まらない内に、ミゼル殿は弾かれた軌道を瞬時に修正して、私の死角からの斬り上げを狙っていた。


 一度距離を取る。


 ミゼル殿の動きは軽やかだ。

 それでいて、見た目では想像できないほど強靭(きょうじん)な肉体を持ち、体幹を安易に崩すことができない。

 恐らく普段は長槍を扱うためだろう。

 そこに演劇で手にした手元や足元の繊細な動きは、まさしく彼の持ち味を最大限に高めている。


「ふむ」

「もうおしまいか? なら──!」


 今度はミゼル殿が仕掛けてくる。

 身を屈めながら進む様は、普段の天をも仰ぎそうなほど堂々たる姿とは打って変る。

 紛れもなく戦いの場でしか見られない彼の本領だ。


「はぁ!」

「っ」


 華麗な。それでいて重たい。

 流れるような剣閃には対戦相手ながらも見惚れそうになる。


「守っているだけでは……何も得られはしない──!」


 上下左右から迫る流剣。

 その最中の突き。

 常人であれば思いもよらない軌道に一瞬怯むはずだ。


「!」


 だが、私はあえてそれを待っていた。

 喉元を狙った一撃が肩上を掠めると、私はその突きの勢いを利用して、入れ替わるように背後を取った。


「……」

「ふぅ。やるではないか」


 背中を取った──かと思いきや、彼は片足だけの軸で瞬時に反転し私の一撃を防いだ。


「やはり、全方位に隙も無い……か」


 一連のやり取りが一息つくと、途端に歓声が沸き起こる。


「褒め言葉と受け取っておこう」


 間違いなく、彼は自身でもそう言うように『強く』、そして『美しさ』を兼ね備える者だ。

 それは一朝一夕で得られるものではなく、日々の鍛錬の賜物(たまもの)だろう。

 だからこそ……私はどうしても不思議でならない。

 彼が自分で言うように、最も強く美しい者だと思っているとして。

 そのために努力を欠かさない者だとして。


 彼が追うべき姿は未来の自分……そして、倒すべき相手は昨日の自分であるはずだ。

 誰より自分が強いと思っているのだから、自分以外に比べる相手はいないはず。

 しかし、彼は同じく王都でAランクとして活動する私の家柄やスキル。それに度々言及する。

 自信に満ち溢れているはずの彼が、他人を羨む必要のない彼がそう言うのは……どこか矛盾していると感じる。


「一つ、聞いてもいいだろうか」

「?」


 先ほど彼は、『守るだけでは何も得られはしない』と。そう言った。

 常々そう考えているからこそ何かを得るために、強さ。そして美しさを度々口にして追い求めているのだろう。


 他の者には分からないかもしれないが、彼から兄と同じような感情を向けられるからこそ分かる。

 ミゼル殿は……まるで、言葉にすることで『強さ』と『美しさ』を、己に課しているかのようだ。


「なぜそこまでして、……強さ。そして、美しさをも追及するのだろう? 貴殿の実力とその見目の麗しさであれば、既に願いは叶えているようなものだと思うが」

「……」


 私の問いを聞くと、静かに息を吐きだしてミゼル殿は答えた。


「……言葉には、力があると思わないかい?」

「力?」

「ああ。『そうで在れ』と、願いを込めるかのように紡ぎ出されるその言葉は……たとえ魔力を伴わなくとも、魔法と同じ。人と言葉を交わす時もそうさ。たしかに言わなくとも伝わることはある。だが……言わねば、伝わらぬこともある」

「……」


 脳裏に、兄から憎しみを含んだ眼差しを向けられた瞬間が(よぎ)る。


「君の疑問ももっともだ、メナール・アイレ。他人から見れば、おれは既に多くを手にした男と言えるだろう。だが……たとえどれほど美しく、名声を得ようとも。たとえ、どれほど強く信頼を置かれたとしても。多くの期待に応えることに慣れ過ぎれば、最も近い眼差しを見落とすこともある」

「……?」


 どこか様子の変わるミゼル殿。

 あれほどまでにあったはずの余裕が消え、何かを思い詰め、自分に言い聞かせているように見える。

 まるで私と同じように、今目の前にはない光景を視ているかのようだ。


「おれはそんな風にはならない。おれは誰よりも強く、そして……美しくなければ()()()()。そうして全部! 全部、自分の思うままに生きるのだ!!」

「──な」


 言葉の持つ力。

 少なからず共感を覚えたのも束の間、彼の己を表す言葉は徐々に煌びやかなものから、どこか執念のようにも思える仄暗さを感じた。

 これではまるで……、()()のようだ。


「思うがままに。でなければ……自分を(あざむ)いて放った一言が、人を変えてしまうこともあるのだよ」

「……‼」


 彼は、何かを。

 かつて、自分の心を偽ったことを……後悔しているのか?


「──そして!」

「っ」


 じりじりと静かに迫っていたはずのミゼル殿が、抑えられていた衝動を解放したかのように眼前に迫る。


「それを真実のものとするためには、君を倒す。誰の目にも分かりやすく、おれの(いしずえ)となるといい!!」


 激しい応酬。

 長柄の槍を得意とする彼らしく、上手く隙を生んでタイミングを読まなければ、その懐に辿り着くのが不可能に思える。

 まるで剣のマントを(まと)っているかのように死角がない。


「どうした! これまでおれの挑戦を上手く(かわ)してきた君も……ようやく、何かを望んだのだろう!?」

「っ!」


 そうだ──

 彼が何かを望むように……私も、望んだのだ。

 視界の端に見慣れた茶色の髪が見える。

 もう私は、冒険者に成り立ての頃とは違う。

 誰かと共に在るために、見えないものに振り回される……そんな自分を断ち切りたい!


 勝つんだ。


 たとえミゼル殿を慕う者に(うと)まれようと、騎士団の者が何を言おうと。

 兄さんに勝って、絶望してしまった自分を。

 絶望に(さいな)まれ、自分の努力をも否定してしまった自分を──振り切る!


「!」


 弾くのを止め、軽やかに見える重い一撃を受け止める。

 ぐっと手に込められる力が、どこか頼もしい。


「たとえこのスキルが無くとも──」


 思い切り振り払い、体勢が整う前に詰める。


「たとえ、あの時にこの剣があったとしても──」


 あっても無くとも、本来変わらないはずだ。


「私は──、自分に誓う!」


 この刃は、善にして敬虔なる目的のために振りかざすべし。


 敵を討ち、人を守り。

 誰かの偽善に惑わされることなく。

 そして、弱き自分をも──打ち払え。


「なっ!?」


 眼前に迫る──と見せかけ、彼の軽やかな動きを真似、翻るマントのように彼の背後を取る。

 後ろから首筋に這わせた刃は、陽の光を浴びてやけに輝いていた。


『これは……!』


 会場内は女性の悲鳴にも似た声で染まる。


『勝者……──メナール・アイレ選手!!』



ゆっくり更新で恐縮です。いつもお読みいただきありがとうございます。

おかげ様で書籍三巻作業滞りなく進んでおります。

リアルの都合と先々の展開を考える時間も必要になるため、3月中旬頃までゆっくり更新になりますがご容赦いただけますと幸いです。

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