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第百八話 その理由【メナール視点】


「手加減すんじゃねぇぞ」

「こちらのセリフだ」


 控えの間より舞台上へと向かう最中、聞き慣れた言葉が飛んでくる。

 初戦、二回戦と順当に勝ち進み……次はいよいよ三回戦。

 相手は、近頃鍛錬を共にする者だ。


「はぁ。さっさとあの腹立つヤツ(ミゼルマイド)を下してぇんだが」

「……」


 舞台の目前まで来ると、開会時よりも強い日差しがより一層眩しく感じた。

 やはりというか、観客のアドル殿に対する反応は芳しくない。

 この地方において双子というのは、それほどまでに……?


「では、こちらを」


 試合前に、魔抗剣を受け取る。

 アドル殿と手合わせをする際にはいつも木剣を使う。

 普段とはまた異なる状況に、少し高揚感を覚えた。

 魔法を抵抗するというのに、黒光りに吸い込まれるかのような……どこか魅入ってしまう不思議な艶のある剣。

 もし()()()、この剣があれば──


「……」


 この剣があれば?

 どうなったというのだ。


 騎士団に入団し、兄と同じ道を歩んでいた?

 誰からも後ろ指を指されず、ただ前だけを見て生きていた?


 違う。


 仮に入団していたとして、兄の考えさえ変わらなければまた違う手段で陥れられたのかもしれない。

 そんなことを言いだしたら、『もし、リシトさんが風神の槍に入っていなければ』と。

 全ての選択肢において、私は過去を遡ろうとしてしまうだろう。


 過去には戻れない。どう足掻いても。


 人は常に選択を迫られ、どちらを選んだとしても……きっと、選ばなかった道へ想いを馳せ後悔する生き物だ。


 だが、それ自体が悪い事ではないのだと今は思う。

 大事なのは、囚われないことだ。

 過去を振り返った時、その後悔にばかり心を砕き、今や自分が選んだことへの責任をあやふやなものにさせる。それこそが危ういのだ。

 私が最も大事にしなければならなかったことは、兄に一つの道を塞がれたとしても、その悲しみを抱えつつも。夢を叶える手段とはそれだけではないと気付くことだった。


 騎士という道は護国の英雄である祖父に憧れた私にとって、確かに夢を叶えるために最善にして最短の道。しかし、幼い頃に憧れたもう一人の身近な存在……兄に、自分の志を。剣の腕を褒められたことも、私にとってはとても大切なことだった。


 騎士になることは目標の一つではあったが、騎士であれ冒険者であれ、成すことは同じ。

 誰かを、何かをこの剣で守ること。

 私は選んだ。

 きっかけは他人に(くじ)かれたが故なのかもしれないが、自分で騎士の志を持つ冒険者としての道を選んだ。

 大切なものはこの胸に常にあるのだと。

 大事なことを気付かせてくれたリシトさんに、今度は私が気付いてもらいたい。


 あなたのその、何気ない優しさや思いやりを孕んだたった一言が、人を救うこともあるのだと。


 だからこそ、この大会で私は勝つ。

 私自身が何よりの証明となるのだ。

 もし人々が私のことを『変わった』のだと称すのなら……そこには、一人の存在があるということを。


「ボーっとしてんなよな。なに考えてんだか」

「……」


 所定の位置につき、私を待つアドル殿。


「具材を」

「?」

「スープの具材は何になるのかと……考えていた」

「……ハァ? こんな時に小リスみてぇなこと言うのかよ」


 アドル殿は呆れた様子で剣を手元でくるくると回す。

 早く戦いたくて仕方のないといった様子だ。

 私は彼とは対照的に、あの名前を刻んだテーブルでの穏やかな食事風景を脳裏に描いていた。


「私も知らなかったのだが……。帰る場所があると、不思議と力が湧いてくるものだな」

「……ふぅん?」


 料理大会の会場で、自分も人々の一部であると感じた時のことが思い起こされる。

 笑い声。温かな食卓。

 昔リシトさんの言ったように、冒険者として人々のために剣を振るうことを『忠誠を誓う』と表すのは少々大仰ではあるが……だが、今は自分が守るべきものが何かが、容易に想像できる。


 私も、彼も。その一部だ。


『それでは試合──、開始!!』

「特に、美味しい料理が待っているのなら……なおさらな」

「そりゃイイ──なっ!」


 騎士と違い主も、誓いを立てる相手もいない。

 『何のため』に強く在ればいい? そう自問したくなるほど冒険者とは自由であり、時に孤独なものだ。

 だからこそ、自分で何気ない日常を特別なものとする。

 恐らく理由は一つではないのだが、最も想像しやすいものを思い描く。

 まるでリシトさんが教えてくれた、彼の故郷の風習のように。

 それが理由になる。


 そのために私はもっと、強くなる。





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