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第百三話 ハイケア祭・二日目~運命の時~


「どうぞ、ロベルタさま」

「……まぁ。初めて見ましたわ」


 周辺を含め、会場はそろそろ店仕舞いの雰囲気を漂わせている。

 食事用のテーブル席には十分に空きがあり、俺たちの屋台から一番近い席にご令嬢を案内して最後のカチャパナを差し出した。


「俺の故郷では『カチャパナ』っていうんですが、他の地域でも似た料理はあるかと」


 今度こそ失礼のないようにと、言葉遣いには気を付けて説明した。


「ルーエ村から参加とのことですけれど、特産品というのは?」

「はい。野菜はすべて村で採れたものでして、メインのカベラの身はハイケアのもの。味付けに使用したコーディアル、魚醤(ガルム)、ワインなんかも村かハイケアのものでして──」


 俺は各食材を取り入れた経緯を簡単に説明した。


「……なるほど」


 それぞれの由来を把握したご令嬢は、次にその味を確かめる。


「……。……──!」

「ど、どうでしょう」


 上品にフォークとナイフを使って食べる姿は、なんだかこの場所だけ貴族の屋敷にいるかのような錯覚に陥る。


「……おいしいですわ」

「! ありがとうございます!」


 屋台で片付けをしているツークとメナールにぐっと親指を立てて合図する。


「でも、わたくしたちのローズパイもとっても美味しいんですのよ」

「え? そりゃぁ、もちろん」


 今はツークに預けている、アビーのお土産を思い出す。


「……わたくしも、我が領の薔薇を使っていろいろと試行錯誤して。もとはあの方のためにと始めたことですけれど、会員の皆や家の者と商品を生み出す過程は……楽しかったですわ」

「ロベルタさま……」

「あの方の喜ぶ顔が見たい。その気持ちで始めたことが、自分や周りの活力となり喜びとなる……さっきあなたの言っていたことよね。当時のことを忘れたわけじゃないんですの。でも、一つ成功するともっと、もっとと欲が出るのですわ。それで……」

「分かりますよ」


 本当はそれだけで良かったはずなのに。

 彼女の後に続く言葉を容易に推し量れた。

 誰だってそうだ。まして、実現できるような力を持つ彼女なら。

 歯止めが利かなくなるのは、それだけミゼルへの想いが強いからだ。


「ご存知ないかもしれませんけれど、ミゼル様はああ見えて、どなたとも深い関係にならないのです」

「……ミゼルが?」


 そう言われて王都に居た頃を思い出すと、たしかに大勢にモテる話はよく聞いたが、特定の女性と浮名を流すようなことはなかった。


「ミゼル様は誰にでもお優しく、誰からの愛も受け入れる。……だからこそ、その御心の奥底は見えない。まるで、見せたくないから誰とも深い関係になろうとしないような」


 何かを懐かしむかのように目線を落とす。


「あなたは、『夢の花』をご存知?」

「たしか……ユルゲン領の特定の地域で咲く、魔素が豊富な枯れない花……ですよね?」


 西の国境沿いに位置するユルゲン領。

 ルーエ領と同じく魔素が豊富とされ、特異な植生が見られるという。

 俺は以前ガンプトンさんにその話を聞いた。


「ええ、そう。リューベンス男爵家はユルゲン伯爵にお仕えしておりますので、伝手がありますの。わたくしは『幻想の薔薇会』の依頼で、ミゼル様の舞台公演が行われるごとに一本の夢の花である薔薇を手配するのですわ。わたくしたちの愛を、薔薇に託すのです。わたくしの役割というのは、本来それだけでよかった。お慕いしていることを伝えるだけで……でも、あの方はメナール様に対してはご様子が変わりますの。どこか執着しているように見えて、……お役に立ちたくて。でも」


 目線をあげて俺に合わせると、ゆるやかに微笑む。


「わたくしや……一部の会員は、メナール・アイレが、彼が……羨ましいのでしょうね」

「……!」


 儚げな笑みは、彼女の心を物語っているかのようだ。

 不安で、知りたくて、でも遠い。ミゼルの心をその眼に捉えたいのに、見失っているかのような。


 彼女は共にメナールに立ち向かうという意志と共に、闘志というある意味燃え上がる感情をミゼルから向けられるメナールに……嫉妬しているんだ。


 その時俺は、マーカスさんの言っていた『自分の領域』の話が頭に浮かんだ。

 たとえ同じ目的の元に集まったのだとしても、自分の方が想っているのにと他者の活躍を許せないと思ってしまうこと。


 彼女でいえば、自分の方がミゼルを想っているはずなのに、反目しているはずのメナールに対してミゼルは普段見せない感情を露にする。

 そのことが彼女のような者に焦燥感を抱かせる。


「変なお話ですわよね。社交界ではもう少し上手く立ち回れると思うのですが」

「そ、そうなんですね」


 ちらりと遠目に待機する従者たちを覗き見れば、なんとも言えない表情だ。


「余計なことを申しました、今の話は忘れてください。特にメナール様には」


 話は終わったと席を立つ。

 彼女は去り際にメナールの方を見ると、


「……変わった理由、少しだけ分かりましたわ」


 とだけ言って足早に去っていった。


「……ふぅ」

「──お話は終わりましたか?」

『ドキドキ』

「ああ。料理、おいしかったってさ」


 ……ん?

 料理……。


「あっ!!」

「『?』」

「補助魔法の説明、忘れてたな……」

「まぁ、敵情視察しているくらいですし、飯バフのことは知っているでしょう」


 メナールは大して気にも留めていない様子で言う。


「ま、まぁ護衛の人もいるし……変なことにはならないよな。うん」

『まーたアニキは、他人のことばっかり』

「いやいや、大事なことだろ」


 そうこうしていると、午後三時を告げる鐘が鳴る。

 片付けを終えた店の者たちも続々と投票所へと向かっていた。


「二人とも、片付けありがとうな。俺たちも行こう」

『ウイッス! 緊張しやすねぃ~』

「入賞しているといいですね」


 人の流れに紛れるように、俺たちも投票所の方へ向かった。



 ◇◆◇



『お集りの皆さん! いよいよ、開票の時がやってまいりました!』


 シグレさんに代わり、商業ギルドの者が進行を務める。

 票を投じた者も祭に出店した者も、広場に集う皆がその時を待ちわびていた。


『開票方法はご存知の方も多いでしょうが──こちらを使います!』


 高々と掲げられた手には、酒を飲む際に使う持ち手の付いたグラスが。


『まずはこちらを一杯に注ぐことができるのか……皆さまご注目ください!』


 司会者の掛け声に合わせ、運営の者たちが一斉に投票箱となった酒樽から酒を汲むかのようにグラスで琥珀のメダルを掬う。

 メダルがグラス一杯になった者だけが、その手を高く掲げた。


「あ、俺たちのも!」

『ふぃ~! とりあえずやりやしたね!』

「これで10店に絞られましたね」


 全二十五個あった酒樽の内、高くグラスを掲げられたものは十個。

 ここからさらに、同じ要領で選ばれていくんだろう。

 会場は落胆した声や歓喜の声で賑わう。


『ドキドキ……』

『さあ、続いて──二杯目ぇ!!』


 司会者の合図で、再び十人が酒樽に手を入れてグラスでメダルを掬う。


『! おっとぉ!』


 その手元が明らかになり結果が判明すると、会場にはどよめきが起こった。


「!? お、俺たちと……」

「『幻想の薔薇会(サン・ローズ)』の一騎打ちですか」


 そのグラスをメダルで満たすことができたのは、俺たちの屋台を表す【17】と、メナールが偵察で確認した【5】という『幻想の薔薇会』を表す数字。その酒樽の前に立つ二人が手を高く掲げた。


『これはこれは、……面白い展開だぁ!! いよいよ次で勝負が決まるかぁ!?』


 観客を煽るように司会者が言う。

 メダルの残りが僅かなためか、最後は直接メダルを数えながらグラスに入れていくようだ。


『イーチ! ニー!』


 どちらのグラスにも同じ枚数が入れられていく。


『サーン! ヨーン!』


 徐々にその時が近づいてきた。


「……」

『頼みやすぜぃ……ッ』


『ゴー! ローク!』


 正直ここまで投票してもらえるとは思っていなかったが……どうせなら、優勝したい!


「頼むっ」


 祈るようにそのメダルを持つ手を見守る。


『ニジュ……、おっと!?』

「!」


 見守る手はメダルを持ったまま、グラスに投入するのを止めた。


『これは……、【17】の酒樽! ルーエ村の屋台が、僅差で勝利だあああ!! おめでとうございます!!』

「! やった……!」

『アニキィ! やりやしたねぃ!』

「よかった……! ……それにしても、本当に僅差でしたね」


 会場を温かい拍手が満たすと、司会者はつづけた。


『常連のグレッグ氏は現在ルーエ城に勤務とのことですが、王都から来た冒険者の方が引き続き食堂を引き継いでいるそうです! ぜひ、ハイケアにお立ち寄りの際は、ルーエ村にも足を運んでみてください!!』


 まさに俺たちの当初の目的。大勢の者に食堂再開を認知してもらうという絶好の機会を得た。優勝もできて、今回の出店は大成功と言ってもいいだろう!


『さて、いよいよ明日は祭のメインイベント──剣術大会! どんな強者が出るのか楽しみではありますが……引き続き、ハイケア祭を楽しんでいってください!』


 司会者が締めの挨拶を終え、投票所付近から人々が去ろうとする。

 その流れに逆らって最後の片付けをしようと皆で屋台に戻れば、数名の冒険者の姿が。


「? えっと」

「あ! すみません! ちょっと、お話うかがいたくて」

「うわ。ほんとにメナール・アイレだ!」


 優勝したことで興味を持ってくれた冒険者だろうか。

 主にメナールに聞きたいことがあるらしい冒険者らは、控えめにメナールに質問を投げかける。

 特に、メナールやハルガさんがハイケアで懇意にしているらしい武具屋の話を重点的に聞きたいようだ。

 俺とツークは邪魔にならないよう最後の片付けをしながら話を聞くことに。


「──あの、ところでメナールさんはどうして料理大会の方に参加したんですか?」

「ああ。それについては……」


 これまでの経緯を説明するメナール。

 ところどころ俺に対しての脚色が入っている気がするが、聞かなかったことにしよう。


「へぇ! 師匠? 恩人? のような方なんですね。……王都で見かけた時は依頼以外の何にもご興味がなさそうだった雰囲気が、どこか変わったのも納得です。再会できてよかったですね」

「そんなにか?」


 まるで今ふつうに会話していることが奇跡とでも言うように、冒険者はメナールの変わり様を訴えた。


「それはもう! 話しかけるなんて、とんでもないって感じで」

「ふむ。私にとって、その方が楽だったのだろう。だが──」


 ちらっと俺の方を見て、改めて冒険者に向き直るとメナールは自分でも確かめるかのようにゆっくりと言った。


「……人と向き合うというものは、簡単なことではない。私だってそうだ。だが、向き合うことで不安は増えるだけでなく、解消することもあるのだと……最近知ったものでな」

「へぇ……」


 意外だと言わんばかりの冒険者の表情に、メナールは疑問を投げかけた。


「? なんだ?」

「いえ。メナールさんほどの人でもそうなんだなって」

「もちろんだ。それに気付かせてくれたのも彼だがな。──というわけで」

「?」


 今度は体ごと俺に向き直ると、メナールはまるで営業を始めたかのようにスラスラと言葉を繰り出した。


「彼の作る料理、補助魔法に人柄。どれをとっても足を運ぶ価値がある。ルーエ村の依頼を見掛けた際には、ぜひ訪ねて欲しい」

「検討します!」


 なんか……、


「メナール、変わったよなぁ」

『ですねぃ~』


 ツークと二人でしみじみと思う。

 少なくとも、いい変化には違いないが。


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