第百二話 ハイケア祭・二日目~愛ゆえに~
『いそがしいそがし~~ッス!』
強盗未遂事件を経て、メナールに親しみやすさを覚えた者、あるいは盗人を吹っ飛ばした飯バフの話を聞きつけた者で昼から午後にかけて大忙しだった。
そして投票締め切りの午後三時より三十分ほど前に、材料がほぼ無くなり完売間近となる。
「やりましたね、リシトさん!」
「ああ!」
『ふぃ~~~~』
冒険者を問わず飯バフ効果を試したい者が多く来てくれたし、食材について聞いてくれた者もいた。
順位はともかく、当初の目標であった村や食堂のアピールとしては大成功と言ってもいいんじゃないだろうか。
「あとは片付けしつつ閉会の時を待つばかりか……」
『緊張しやすねぃ……ッ』
体を休めつつ、のんびりと片付けを開始しようとすると──
「あーら、呑気に片付けとは良い御身分ですこと!」
「『!』」
「……ロベルタ嬢」
商業ギルドで見た時よりも、幾分か動きやすいドレスを身に纏ったご令嬢。
従者と護衛、それから一人の女性を従えて俺たちの前にやってきた。
「なにか?」
一連の嫌がらせの背後に彼女の影響があったとして、確実な証拠がない今は下手に問うこともできない。
メナールはいつにも増して冷静な態度で接した。
「わたくしたちの屋台は、もうとっくに売り切れましたのよ。それはもう大盛況でしたわ!」
「そうか」
「……っ。す、少しは、焦ったら……どうかしら?」
「? なぜだ?」
「『(あわわ……)』」
心底不思議そうに問うメナール。
メナールに悪気はないと思うのだが、勝手に勝負を申し込んだご令嬢からしたら、相手にしてもらっていないと思ってしまいそうだ。
「いっ、いいわ! それよりも──」
焦りを隠すかのように扇子で口元を覆うと、一緒に連れてきた女性を呼び出した。
「彼らに、言いたいことがあるのよね?」
「……え、えっと……」
何やら口ごもるショートカットヘアの女性。
同じく『幻想の薔薇会』の会員だろうか。
「~っ、あるのよね!?」
「はっ、はいいいい!!!!」
苛立ちを隠さないご令嬢に気圧され、叫ぶように返事をする。
「あっ、あのっ! じじ実は、こちらで買った料理に、むっ、虫が……」
「え!?」
その申し出はさすがに想定外だった。
「本当か? それは申し訳ない……」
「うっ。は、はい……」
「(リシトさん、私は彼女の顔に見覚えはありませんが……)」
「(うーん。でも、他の者から分けてもらったかもしれないし……)」
困ったな。その場で言ってもらえたら一番良かったんだが。
かといって彼女を疑うようなことを言いたくはないし……。
野営に慣れている冒険者なら「虫なんて」と笑い飛ばせるかもしれないが、ふつうは気持ち悪いよな。なんて言ってあげたらいいんだ。
「そういう品質のお店、ということですわよね? どう落とし前つけてくださるの?」
「どう、って」
ぐいぐいと迫りくるような気迫に思わず気圧される。
真偽はともかくわざと騒ぎ立てるように言っているのは、恐らく俺たちの屋台の票を減らしたい一心だろう。
どうしたら──
「……ロベルタ嬢、いい加減に──」
「おれのために争うのはやめないか!!」
「「!」」
「あっ、あなたは──ミゼル様っ!?」
「「きゃーー!! ミゼルさまーー!!」」
人の波がさぁっと引くように道を開け、女性たちの歓声のともに現れたのはミゼルだった。
「ミゼル!」
『相変わらずま、まぶしいッスね……』
「おれのために諍いが起きていると会員に聞いたものでな」
手で赤い前髪を払うと同時に、ミゼルのスキル【有幻】により周辺に薔薇の花びらが舞った。
周りの者は幻想的な光景に思わず声をあげる。
中には『幻想の薔薇会』の会員なのか、本物のミゼルを前に感動のあまり震える者も。
「貴殿のためではない。リシトさんのためだ」
「めっ、メナールっ」
今はそこを訂正している場合じゃない!
「ふっ、リシトか。メナール・アイレ共々、どうやら料理大会でおれの薔薇たちが世話になっているようだな」
「(薔薇……?)」
『(会員のことですかねぃ)』
妙に芝居がかったようなミゼルの言動には、たまについていけなくなる。
「それで? 何をそんなに騒いでいる。おれの美しさについてか?」
「みっ、ミゼル様! これは……」
ミゼルに話を振られると、途端に慌てふためくご令嬢。
「ん? 君はたしか……“十輪”の一人だったか。いつも『夢の花』を手配してくれているのは君だったと記憶している。その献身的な愛には、感謝しているよ」
「そんな! もったいなきお言葉ですわ……っ!」
うっとりとしたような、まるで神を前にしたかのように敬愛の眼差しを送る姿を見ると、本当に俺たちに嫌がらせをしたのだろうかと疑いたくなる。
「ところで、君はなぜ震えているんだい? おれの美しさは、そんなにまぶしいだろうか?」
「もも、もちろんですっ! でも、あの……その」
ミゼルがもう一人の女性に声を掛けると、困ったような表情になった。
「うん?」
「わ、わたし……」
「安心したまえ。おれはどんな愛も受け入れよう」
胸に手を当て、端正な顔を向けて答えを懇願するミゼル。
その姿だけを見れば、舞台で主役を演じていると聞いても納得だ。
「わっ、わたし────ミゼルさまの前で、嘘はつけません!!」
「!? あなたっ」
「はぁ……。やはりか」
やれやれと首を振ったメナールは、ミゼルへと迫る。
「では今度はこちらから問おう。どう責任を取ってくれるのだ?」
「? 話が見えないな」
一人だけ話に置いていかれているミゼルは、さらなる説明を求めた。
「わ、わたし……ロベルタさまに言われてっ」
「ちょっと!! やめなさい……っ!」
何となくことの仔細を把握した俺たち。
ご令嬢が慌てふためく理由がよく分かった。
ミゼルを想い、料理大会で優勝したいがためにメナールを蹴落とそうとしたこと。
それがバレたら彼に嫌われてしまうかもしれない。
胸中が容易に想像できる。
「彼女に言われて?」
「メナールさんの料理を──」
「そうそう! 料理! 料理を食べに来たんだよ。な? メナール」
「え?」
とっさに話を振れば、きょとんとした表情で俺を見るメナール。
『(……も~~アニキィ、お人好し過ぎですって)』
「(で、でも、元はミゼルをただ応援したいって気持ちだろ? それを思うとな……。泥棒の方は騎士団に裁いてもらえるだろうし、俺たちがこれ以上彼女に言えることはあるか?)」
貴族のご令嬢相手に証拠の無い問答は分が悪い。
本当に泥棒を金で雇ったのであれば、あとは騎士団の仕事だろう。
それよりも彼女の心に効くのはミゼルからの言葉に違いない。
「…………はぁ」
本日何度目か分からないため息とともに、ツークと顔を見合わせるメナール。
呆れ顔のメナールがミゼルに向き直って言う。
「……そういうことだ。敵情視察とはいえ、貴殿のライバルらしい私の元へ来るのには、少々抵抗があったのだろう。貴殿に知られたくないのも無理はない」
「……ど、どうして」
ご令嬢は信じられないという表情で俺たちを見た。
「そうなのか?」
「えっ? えっ」
「なるほど……愛らしいものだ。やはりおれが美しいことが罪であったか。だが、不安に思う必要はない。たとえメナールを前にしても、このおれの存在が霞むことはない。君の心には、いつもおれが燦然と輝いているだろう!」
「ミゼル様……っ!」
よし、ミゼルが疑い深い人物じゃなくてよかった!
「ところで、メナール・アイレ」
「?」
「明日の勝負……忘れていないだろうな?」
勢いよくメナールへと指差し顎をあげ、挑発のような態度をとるミゼル。
対照的に「そうだった」と今思い出したかのようなメナール。
「……やるからには、私が勝つさ」
「! ほう! 君にしてはいい心がけだ。そうさ、全力で挑んでこい! それを打倒してこそおれの名声が轟くのだ!」
「「きゃー!!」」
高らかな笑い声と、女性たちの歓声と共に去っていったミゼル。
残されたご令嬢は俯いて立ち尽くしている。
『(まだなにか用があるんですかねぃ?)』
「あの……えーっと、ロベルタさま?」
俺は恐る恐る声を掛ける。
「どうして……?」
「え?」
「どうして、ミゼル様に言わなかったのです?」
顔を上げたご令嬢は、怒りとも悲しみともとれる表情をしていた。
「どうして、って言われても」
改めて、俺はどうしてミゼルに真相を言わなかったのかを考えた。
もちろん証拠がないというのもある。
男爵令嬢相手じゃ分が悪いとも思う。
だが──
「……誰かのために、一生懸命に尽くしたいと思う気持ちは……よく分かるんだ」
「……」
そう。他者を思う心、その点にだけは共感を覚えた。
彼女が間違えたのは『手段』だ。
「だから、その人の眼に自分は良く映りたいって気持ちも分かるよ」
「リシトさん……」
「でも、人のためと同時に、自分のためにどうしたいってのは見失わない方がいいと思うんだ。俺はいつもツーク……従魔やメナールにそれを教わっているけど、ロベルタさまは男爵家のご令嬢だから、周りも言えないんじゃないかな?」
『ウンウン』
もしツークやメナールが居なかったら……、俺は今も後ろを振り返ることなく不安と共に王都で過ごしていたかもしれない。
「他者を貶めなくても、ロベルタさまの『応援したい』という心は伝わると思う。現に、ミゼルもさっき花のことでロベルタさまに感謝していた。いくらミゼルのためとはいえ、彼に知られれば嫌われるようなことをするっていうのは……自分のためにならないんじゃないかな?」
「……」
…………はっ!?
貴族の令嬢相手に、つい説教じみたことを……。
「……変な方ね」
「聞き捨てならないな」
「メナール、いいからっ」
俺は慌てて臨戦態勢のメナールを止める。
「その善良さ……危ういですわ。あなた、もしわたくしが本当は誰の手にも負えない悪人だったらどうしますの?」
「え? え~っと……」
そのパターンは考えてなかったなぁ。
「その善良さをうまく利用し、あなたを都合よく使うこともできるでしょう。そうなればあなたの言う、自分のためにも、相手のためにもならないのではなくて?」
「うっ……たしかに」
「こういったことに溢れる世界ですの」
「?」
「だからこそ……まぶしく映るのかしら」
ご令嬢は扇子を広げて口元を覆う。
「そのための私やツークだ」
『ウイッス!』
「まぁ。期待できないわね」
『ひっ、ヒドい!?』
言いたいことだけ言うと、何かを考えるかのように押し黙る。
そろそろ、料理大会も終わりの時間だ。
「──あっ、そうだ」
「?」
「せっかくだし、うちの料理……食べていかないか?」
「……」
俺の提案にしばらく考え込む。
視線だけを横にずらして、遠目に事の成り行きを見守る従者たちに合図した。
「……そういえば、……ハイケアのお祭り、でしたわね」
ぱたん、と扇子を閉じて澄み切った青空を見上げる。
つい先ほどまでこの街は、彼女にとってミゼルを祭り上げる舞台にしか見えなかったんだろう。