第百一話 ハイケア祭・二日目~思わぬ顛末~
「──よし、こんなものか?」
『イイですねぃ』
店先にどういった料理か一目で分かるよう、出来立てのカチャパナをお皿に乗せて展示。
ずっと同じものを置いておくと見た目も劣化するので、一旦ツークに休憩がてら食べてもらってまた新たに作る予定だ。
そしてもう一つ。補助魔法の効果を体験してもらうために水入りの桶を用意。
注文を受けて作っている間に一度持ってもらい、食べた後再度持ってもらって効果を実感してもらうつもりだ。
「どうかなぁ」
「とにかく、やってみましょう!」
『もしもの時はオレっちがテイルアタックを披露しやす!』
「ここじゃ危ないだろ」
『タハー』
祭二日目の開始時刻も迫る。
昨日ほど順調にいくとは限らないが、しかしアドバイスを受けて取り入れた要素が機能してくれることを祈ろう。
「──マジかよ!」
「ほんとに、飯バフじゃん!」
若い冒険者の男二人が、その効果に驚きの声をあげた。
「魔素のおかげか、料理に掛かった補助魔法の方が効果も長持ちするんだ」
「へぇ……!」
「ルーエ村か。あの『魔法剣』もいるし、次の滞在先に検討してみるよ」
祭開始当初は行列とはいかないまでも、客足が途切れないほどに来てもらえた。
やはりというか女性客が多く、初めはなかなか補助魔法へ興味を示してもらえなかった。
だが、昨日の女性がギルドで話を広めてくれたのか、少しずつだが時間を追うごとに冒険者の姿も増えてきた。
中でもメナールに対して尊敬の念を持つ若い冒険者たちは、飯バフだけでなくルーエ村への興味も持ってくれた。
これは当初の目的どおり……!
『イイ調子ですねぃ、アニキィ!』
「このために来たと言っても過言じゃないからな」
「……私がいることでマイナスな要因になるかと思いましたが、少しでもお役に立てたようで安心しました」
辺りを見ると、徐々に人の波は投票所へと向かい始める。
初日よりも、多くの店を訪れたであろう二日目の方が票を投じる人も多いはず。
ここが踏ん張り時だ。
「──あの」
「! いらっしゃい」
小柄な少女がおずおずといった様子でやってきた。
「わたしも、飯バフ? っていうのを体験してみたくて……」
ちらっと俺の肩に乗るツークの方を見る。
おそらく、店をチョロチョロと動き回る従魔に興味を持ってくれたんだろう。
「ああ、もちろんだ! わるいが、効果を実感するために今の状態でそこの桶を持ってもらえるか? 重いから気を付けて」
俺は先ほどの冒険者らと同じように、【雷のような猛威】の効果を体験する手順を伝えた。
俺たちがカチャパナを作っている最中に水の入った桶を持ってもらうと、ぷるぷると腕を震わせてなんとか少し浮かせるくらい持てたようだ。
「ふぅ……」
「大丈夫か?」
「は、はい」
「ツーク、労ってやってくれ」
『ウイッス!』
自称ふわもこボディの男は、少女の頑張りをもふもふで癒すために肩へと飛び乗った。
「わっ」
『ムンッ』
「気合い入ってるなぁ」
尻尾をピンと立てながら右へ左へと揺らし、少女の頬に規則正しく尻尾を優しく当てる。
……独特の癒し方だな。
屋台のマスコットに癒してもらっている間に、カチャパナ完成!
待ちきれないのか少女はその場ですぐに頬張ると、満面の笑みを浮かべた。
「おいしいっ!!」
「よかった」
ツークのことを教えつつカチャパナを平らげた少女に、再び桶を持ってもらおうと説明を再開した。
「それで、もう一度この──」
「!」
と、俺が言い終わる前に隣に居たはずのメナールが屋台から勢いよく飛び出た。
「!?」
「え、なっ────きゃぁーーーー!! ドロボーーーーー!!!!」
少女のバッグを盗んだ男を、メナールが捕えようとする。
だが。
「はぁ──っ!?!?」
少女が「ドロボー!!!!」と叫ぶと同時にぐいっと抵抗すると、男は進行方向と反対の方へと吹っ飛んだ。
それはもう、ふわっと男の身体が浮かんで弧を描くように。
「…………え?」
「大丈夫か!?」
『ッス!』
慌てて俺とツークも少女の元へ駆け寄る。
盗人の男はちょうどメナールが取り押さえた。
「くそっ! 放しやがれっ!!」
「……」
「ひっ!?」
無言の殺気を放つメナールに、盗人は思わずたじろぐ。
「怪我は?」
「ううん、だいじょうぶ」
恐怖よりも驚きが勝ったのか、少女は自分の手を確認するように開いては閉じた。
「いろいろ、びっくりしちゃって……」
「そうだよな。ひとまず、無事でよかった」
状況を飲み込むよりも前に決着が着いたため、少女の中では未だ現実味を帯びていないようだ。
「ちょっと! 大丈夫かい!」
周囲も異変に気付き、こちらを気にしたり騎士団を呼ぶ者も。
「なんとか」
「はぁ~。びっくりしたねぇ」
お隣さんも慌てて駆け寄って少女を一緒になだめてくれた。
「──道を開けろ!」
そうこうしていると、騎士団の兵士が現れる。
投票所周辺を含め、祭期間中は特に多く配されているからその内の二人がやってきたようだ。
「…………なんだぁ? メナール・アイレ。この騒ぎはおまえの仕業か?」
「!」
「ちょっと! なに言ってるんだい!」
甲冑を着た兵士は運悪くメナールを良く思っていない者のようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! メナールは泥棒を取り押さえただけだ!」
『言ってやってくだせぇ、アニキ!』
「ほう。……だとしても、狙われた原因を作り出したのは本人じゃないのか?」
兵士はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「言い掛かりだぞ!」
……ん?
狙われた……原因?
この兵士、変な物言いだな。
「祭の熱狂に水を差すようじゃ……なぁ」
「おまえもメナールの関係者なのか? だったらこの店にも責任が──」
「──お待ちください」
兵士の言葉を遮るよう、ぴしゃりと言い放つメナール。
「め、メナール」
珍しい。
女性たちの視線にも、まして騎士団の者にも何一つ反論をしてこなかったあのメナールが……。
兵士たちも予想していなかったのか、びくりと肩が跳ねた。
「私はこの者を知りませんし、私たちは危害を加えられた側です。さらに言えば、そちらの少女は何も関係がない、一市民です」
「そーだよ! だいたい、お嬢ちゃんに一言もないのかい!?」
「「そーだそーだ!」」
メナールに同調するように、周りの者も声を挙げる。
「誰に何を言われたかは分かりませんが……ご安心ください。私たちはこの美しきハイケアに危害を加えるどころか、あなた方と共に守りたいと思っています」
「っ!」
メナールが……いつになく饒舌!?
ツークもあまりの変わりように「あれは誰だ」と言わんばかりに目が丸くなっている。
「Aランク冒険者の私がここに居ることで、要らぬ混乱を招いたことは非礼を詫びます。……ですが、この志はまさしくあなたがた騎士団のものと同じ。それだけは、私の剣に誓います」
「お、おう……」
「心配もごもっともですが、このとおり。悪さをした者は捕え、彼女も無事。……祭の期間中は気の抜けない状況が続きますが、共に守ろうではありませんか」
「「!?」」
そう言って兵士に向かい右手を差し出すメナール。
いよいよ面食らった兵士たちは口の端をひくつかせた。
だが、人々が見守る中その手を払えば糾弾されるのは騎士団の方だ。
兵士たちは渋々といった様子で握手を交わし、盗人を連行していった。
「……はぁ」
人々からの拍手を受けつつ、メナールが戻ってくる。
「お、おつかれ……」
あまりの変わりように何と声を掛ければいいか分からず、ひとまず労いの言葉を掛けると、俺に気付いたメナールはしたり顔と共にグッと親指を立てた。
なにその合図!? どういうことなの!?
「あの~、メナールさん。いったいどういうことでしょう……」
右手を挙げて問いかければ、いつもの冷静なメナールに戻った。
「恐らくはあの盗人含め、ロベルタ嬢の差し金でしょうね。さすがに市民まで巻き込むのは予想外でしたが……ならば、それを逆に利用してやろうと思いまして」
「利用?」
「はい。たしかにこれまでの私であれば、彼らの言い分を正すことなく、ただ言われるがままでいたでしょう。彼女の思惑はそれを見越して、私たちの票数が減ることを期待したのではないでしょうか? ……ですが、私のせいでリシトさんやルーエ村が同様に貶められるのは許しがたい。そのためであれば自分の正当性を主張することに何らためらいはありません」
淡々と状況を説明してくれるメナールは、たしかにいつものメナールだ。
「私自身のことはどうでもいいのですが……彼らに、どうせなら良く思ってもらいたいじゃないですか」
「? ……あ、俺!?」
「他に誰がいるんですか」
なぜか呆れ顔で言われる。
「あなたがいつも無意識にやっていることを、意図的にやっただけですよ。私の返答次第では彼らも責め立てられたかもしれませんが……あなたはいつも原因を自分に探して、誰も傷付けようとはしませんから」
メナールはそう言って微笑むと、ツークと目線を合わせた。
「ふむ……『推しポイント』、たくさんあり過ぎるのも困りものだな、ツーク」
『ウンウン』
「なんでそこで通じ合ってるんだ……」
因縁のある騎士団の者とすら容易に話すことができたメナール。
俺を持ち上げてくれる彼の歯止めが利かなくなったような気がするのは……気のせいだろうか。