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第百話 ハイケア祭・二日目~違和感と好転~


「わ、わるいなっ。ちょっとそいつは今売れなくて……」

「? あ、ああ。分かった」

『……おかしいッスねぇ、アニキ』


 翌朝。ハイケア祭二日目。

 昨日の予想以上の売れ行きを加味して、朝早くに予備の材料を市場に買いに来た。

 港町であるハイケアの市場には周辺の農家が卸した野菜や肉はもとより、船から降ろされたばかりの新鮮な魚介類も多く並んでいて胸が躍る。


 だが、朝早く来たというのに俺たちが欲する食材がどれも在庫切れ、あるいは予約が入っていて売れないといった事態が続く。

 店の者らは皆申し訳なさそうに言うので、嘘ではないと思うが……。


「まさか……」

「どうした、メナール?」

「……いえ。思い過ごしでしょう。しかし、益々気合いを入れなければなりませんね」

「そうだな」


 料理を多く提供できることは、それだけ投票してもらえる可能性が上がるということ。

 しかし、早めに売り切れてしまうとなると、その可能性が失われてしまう。

 どうせなら入賞したい……!


「昨日言ったように補助魔法の体験と併せて、印象付けるしかないよな」

「ええ」


 絶対数を増やすことができないなら、あとは限られた票数でなるべく印象に残るようにすることが重要だ。


「仕方ないが、今できることを頑張ろう」

「はい!」

『ウイッス!』


 多くの食材が並んだ市場で何も手に出来なかった俺たちは、気持ちを切り替えて料理大会の会場へと戻る。








「──あら」

「あ! リスちゃん!」


 会場へと向かう道中、大通りの一つに差し掛かると前方からこちらに歩み寄る三人の姿が見えた。


「! ミリィとリリィさん! それから……」

「いつも妻と娘がお世話になっています、リシトさん。ファビアンと申します。メナールさんも、いつもありがとうございます」


 麦わら帽子を被った男性が一礼する。


「いえ、こちらこそ!」

『ッス』


 ツークは肩でぺこりとお辞儀した。

 慌てて俺も礼を返すと、ファビアンさんが何やら手押し車を引いているのに気付いた。


「? それは……」

「ああ、こちらは僕が育てている野菜ですよ。いつもは卸すだけですが、祭の期間は自分たちで販売しているんです」

「! ルーエ産の野菜……」

「(リシトさん)」

「(ああ……)」


 こそっとメナールが俺に耳打ちする。

 彼の言いたいことはすぐにわかった。


「あの、もし良ければなんだが……」

「? はい、なんでしょう」

「少し、俺たちも購入して構わないだろうか?」

「「「?」」」


 そう言えば三人は顔を見合わせ、俺の真意が分からない様子で不思議そうな顔をした。

 改めて経緯を説明すると、今度は満面の笑みを浮かべた。


「もちろんですよ! どうぞどうぞ」

「リスちゃん、ミリィの分までがんばってね!」

『お? オレっちにお任せぃ!』

「この子ったら……」

「お料理にコーディアルを使っているんですよね? 妻からそれを聞いて、僕も近々食堂に野菜や果物をお届けさせてもらえないかなと思っていたんですよ。よくグレッグさんがコーディアルを自作する際には、僕のところにも声が掛かったので」

「そうでしたか……!」


 たくさんコーディアルを仕込む際に、毎日仕入れる分だけじゃ足りなかったんだろう。

 いつもはハイケアに野菜を卸しているらしいファビアンさん。

 きっとグレッグさんも、彼の作る野菜にほれ込んでいるに違いない。


「リシトさん、あとは……」

「そうだな。あとはカベラの身だけか」

『う~ん、さすがに海のものはルーエ村にはないッスよねぃ……』

「カベラ……魚が必要ですか? でしたら、一つ当てがありますよ」

「! 本当ですか!?」


 思いがけない申し出に、俺たちは喜びを隠せないでいる。


「しかし、当てというのは……?」

「実は昨日ベルメラ様に、祭に初参加の者もいるので困ったら助け合うようにと言われたんですよ。お名前を挙げることは無かったですが、よくよく考えたらリシトさんのことだったんでしょうね。それで、ちょうどその場に元食堂従業員のミランが遊びに来ていたもので。彼は今、ハイケアで漁師をしているんですよ」

『漁師……!』

「たしかに、頼れたら嬉しいが……」


 しかし、また市場に行った時のように、既に買い手が付いていたら……。


「ひとまず、まだ僕にも時間はありますし……ご案内しましょうか?」

「助かります!」


 せめてもの礼にと手押し車をファビアンさんの屋台まで一緒に引いて、彼にミランさんのところまで案内してもらうことにした。



 ◇◆◇



 市場により近い港に停泊するたくさんの船。

 その内の一隻に近づくと、作業中の男性がいた。


「あの……」

「ん? ……わっ!? め、メナール・アイレさんだ……!!」


 声を掛けると、真っ先に気付いたらしい俺の隣に立つメナールに目が釘付けになる。

 俺よりも一回りほど若そうな男性は、驚きながらも嬉しそうに作業の手を止めた。


「私を知っているとは」

「もちろんです! 冒険者と接する仕事をしていたものですから!」


 きらきらと羨望の眼差しを向けつつ、汗とともに前髪をぐいっと手の甲でぬぐう。

 船での作業は見るからに力仕事だ。

 俺たちは作業に遅れが生じて迷惑にならないよう、さっそく本題に入った。


「ミラン、いきなり押し掛けてすまない。実は──」


 同年代と思われるファビアンさんが、経緯を説明してくれる。

 ツークはすっかり余所行きモードで話を聞いている。

 すると妙に納得した様子でミランさんが笑った。


「あー……! だからかぁ」

「「『だから?』」」

「ん? あ、いやぁ。気を悪くしないでくださいね、メナールさん。実は昨日、市場で『幻想の薔薇会』の皆さんが何か触れ回っていたみたいで」

「…………やはり、予想通りか」


 メナールは嫌な予想が当たったらしく、その端正な顔を歪めた。


「はぁ……リシトさん、申し訳ありません。おそらくロベルタ嬢による、私への当てつけかと」

「あのご令嬢が? いくら一方的に勝負を挑まれたとはいえ、そこまでするのか?」

「リシトさんには覚えがないかもしれませんが、自分でも気付かぬほど何かにのめり込んでいると、正常な判断ができなくなることもあります。……まして、一定の力を持つ者でしたらなおさら。ミゼル殿の名誉のためならば、手段を選ばないのでしょう」

「ああ……たしかに周りも変だなって思っても、相手が貴族のご令嬢じゃ言い辛いか」


 『幻想の薔薇会』……か。

 ミゼルの言い方からして、自分が運営に携わっている様子は無さそうだった。

 純粋にミゼルを応援したい者の集まりとはいえ、彼女のやり方だとむしろミゼルの名誉を傷付けそうな気がするが……。


「うちは構いませんよ。直接買い取ってくださるならそれで。食堂のためでもありますし」

「いいのか? その、『幻想の薔薇会』やご令嬢になにか言われたりとか……」

「あはは! お兄さん、やさしいですね。ベルメラ様もさすがだ、予見していたのかなぁ? なにかトラブルがあれば自分の名を出して構わないと、そう言われているので大丈夫ですよ」

「…………ベルメラ嬢に救われるのは少々アレですが」

「アレって」


 メナールにしては珍しい物言いだ。


「まぁ、この前ミゼルに初めて会って、あんまりいいイメージ無さそうだったもんなぁベルメラは」

「大方、セレが『幻想の薔薇会』についても教えたのでしょう。市場の異変はすぐアンバー家の耳に届くでしょうから」


 どうやら知らぬうちにベルメラに助けられたみたいだ。


「じゃぁ、カベラ……購入させてもらえるか?」

「もちろん! あっ、そうだ。今ちょうど塩漬け用に(さば)いているのもあるので、そっちの方がいいですよね」

「助かるよ、ありがとう」

「また落ち着いたら、食堂のお話聞かせてくださいね。僕も村に遊びに行けたら行きます!」

「ああ、また必ず」


 元食堂従業員だったというミランさん。

 グレッグさんが言っていた、以前働いていたうちの一人。

 今は時間がないが、またゆっくり話したいな。


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― 新着の感想 ―
すごくいい方向に転がってるじゃないか…!\(^O^)/
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