第九十九話 ハイケア祭・初日~再考~
『ふぃ~~~~』
「ま、まさかここまでとは」
「やりましたね、リシトさん!」
あれから他のことを考える暇などなく、とにかく目の前のことに集中。
気付けば午後一時の鐘が鳴ったところで、初日分の材料がなくなってしまっていた。
「これもメナールのおかげだな」
「私は特に何もしていないのですが……」
『でも、列のおかげか冒険者もちょっとは来てやしたよねぃ』
「だな。目を引く、って大事なんだなぁ」
初参加の洗礼と共に思いがけない幸運にも恵まれた。
今日のことを活かして、明日はもっと頑張ろう!
『……ところで、今ってどのくらいなんですかねぃ?』
チラッと投票所を横目で見るツーク。
木で出来た酒樽の中身は、外からではどのくらい票が入っているのか見ることができない。
「大会参加者には中が見えないからな。どのくらいだろう」
「票数ですか? たしかに気になりますね。ですが、一番多く票が投じられるのは明日でしょうし……ともかく、明日も頑張りましょう!」
「ああ。そうだな」
数時間、女性たちの熱い視線を浴びることとなったメナールだが……意外と元気そうだ。
よかった。息抜きになればと思って手伝ってもらっているのに、疲れさせてしまったら申し訳ないからな。
「予想より早く店を閉めることになったが……俺たちも、少し他の店を見回ってみようか?」
『イエエエエイ!! オレっち、もういろんな匂いが気になって仕方なかったッス!』
「今後の料理の参考になるかもしれませんね。ぜひ、見て回りましょう」
「──おや? もう売り切れたのかい?」
「あ、これはどうも。そうなんですよ、ありがたいことに」
前日に色々と教えてもらったお隣の女性。
今日はなかなか話す機会が無かった。
「やるねぇ」
『ムンッ』
「ありがとうございます。今日は、彼のおかげで」
「!? いえ、そこまでのことは……」
「おや。アハハ! お互い尊重し合っていていいコンビ……いや、チームだねぇ」
『さすが、分かっていらっしゃいやすねぃ!』
他人から言われるとなんだか気恥ずかしい。
俺もメナールも、目を合わせ笑うことしかできなかった。
「しかし残念だ。飯バフ? ってのがどんなものか、私も食べたいなと思っていたんだけど……」
「! そう思ってもらえるのは嬉しいな。すぐに作りますよ」
「いや、でも……売り切れたんだろう?」
「ちょうど明日の材料を、少し買い足そうと思っていて」
先ほどツークとメナールと相談して、市場で材料を買い足そうと思っていたところだった。
「じゃぁ……いいかい?」
「もちろん!」
代金をもらい、さっそくカベラのカチャパナを作り補助魔法を掛ける。
その場で食べるからと皿に乗せて手渡せば、手づかみで一口。
「──んー! 淡泊な白身に、濃い味付けが染みてておいしいねぇ!」
「ありがとうございます」
「お野菜も新鮮だし……【収納】持ちはうらやましいよ」
『オレっちにお任せぇ!』
「えーっと、それで……」
力のアップする補助魔法の効果を確かめようと、お隣さんはフライパンを持ったり、野菜の入った木箱を持ち上げたりと自分の屋台の中をぐるぐると回る。
「まーーーー!?」
「ふつうに掛けると相手の魔力に依存するから、効果はそう長くもたないんだが……。料理だと、魔素の影響なのか長くもつんです。少なくとも今日の後片付けまでは効果を発揮するかと」
「こりゃぁ便利だねぇ。ありがとねぇ!」
「いえいえ。こちらこそ」
お隣さんに挨拶をしたところで、俺たちは大体の片づけを終え会場を見て回ることにした。
◇◆◇
『いやぁ~! 目移りしやしたねぃ!』
「ほんとにな。あれだけあると選べないよ」
「彼女の言っていたことも納得ですね」
同じ会場内で提供されていた料理には、実に多くの種類があった。
街でもよく見かけた海鮮スープに、海の素材をそのままグリルしたもの。
周辺で採れた果物のデザートに魔物肉の串焼きまで。
たしかにその全てに興味を惹かれると、むしろ選ぶことが難しくなっていた。
俺にもツークのような胃袋があればな……。
「どれを食べるか選んだうえで、さらに気に入ったところに投票する……か。思っていた以上に難しいな」
「気に入ったものが多いと選ぶことの難易度が上がりますよね。だからこそ、料理大会で上位に選ばれるともなれば、本当に気に入ってもらえたということでしょう」
「だな」
会場を後にする前に投票所を見学する。
そこでは騎士団の者より琥珀のメダルを受け取った人々が、酒樽を前に頭を悩ませていた。
彼らだって本当は、気に入った全てのものにメダルを投じたいだろう。
「……」
何かに選ばれるっていうのは、純粋に気に入ったという想いと共に、そうした誰かの苦悩をも票に乗せているのかもしれない。
もし料理大会で上位入賞できたとしたら、嬉しさと共に身の引き締まる思いだな。
◇◆◇
『ふぃ~~』
「お疲れ、ツーク」
「明日は早起きしなければなりませんね。今日はゆっくり休みましょう」
宿に戻った俺たちは各々ベッドや椅子でゆっくりと体を休める。
先ほど市場に寄ったものの、午後だったこともあってか俺たちが必要としているルーエ産の野菜やカベラの切り身なんかはほとんど売れてしまったらしい。
明日の朝、予備の材料を買いに行かねば。
『ハッ! アニキ、アニキ。寝る前に反省会しやしょうぜぃ!』
「お。いい心がけだな。では、今日の総評をどうぞツーク様」
『おおお、オレっちがですかぃ!?』
ご指名されたツークはごほん、と息を整えてテーブルの上で今日の総評を述べる。
『えーーっとですねぃ……。メナールのおかげで主に女性客には売れたと思いやすが、肝心の冒険者へのアピールという点ではまだまだだと思うんですよねぃ』
「しっかり分析しているなぁ」
「?」
メナールは俺の言葉からツークが何を言っているか推し量ろうとしている。
『ここはやはり!! メナールの言ったように、体験してもらうのが一番イイんじゃないですかねぃ』
「そうだな。以前ハンナさんを驚かせた時のように、こうちょっと重い物を持ってもらうとか、そういうのがいいよな」
「補助魔法の体験ですか? 私もその方法がいいと思います。仮に冒険者が来店せずとも、そういった話がハイケアで広まることにも意味がありますからね」
今日の売れ行きは間違いなくメナールがもたらしてくれたものだ。
そこから冒険者たちに飯バフを認知してもらい、ルーエ村に来てもらうこと。
目標を改めて三人で確認し合い、俺たちは明日に備えて早めに就寝した。