第九十八話 ハイケア祭・初日~不穏~【別視点】
「──ねぇ、見ました?」
「ええ。見ましたわ」
メナールが去った後の『幻想の薔薇会』の屋台には、彼を気にする多くの女性がいた。
しかしその話を出来る者は限られるようだ。
「はぁ……ミゼルさまが素敵なのはもちろんだけど……メナールさまも素敵ですわねぇ」
「しっ! 声が大きいですわ」
「ご、ごめんなさい!」
周囲を見回し、何かを気にする女性。
話が聞こえているであろう列に並ぶ者らにも緊張が走る。
「……それにしても、以前はあの青い瞳に見下されるのがたまらないと思いましたが、今はあんなに優しい目もされるのですね」
「ミゼル様が『赤の君』なら、メナール様は『青の君』……情熱的なミゼル様とは対照的なクールなお姿が印象的でしたが……。いずれにせよ、王都を代表する冒険者のお二人ですわね」
二人の女性はうっとりとした表情で見目麗しく実力のある二人を同様に称えた。
「……でも、先ほどの話。ハイケア祭に参加って……剣術大会ではなく?」
「あの口ぶりでは屋台に参加のようでしたわよね」
「ですわよね! では、後ほどそちらも覗いてみましょうか──」
「ええ。さっさとお行きなさい、不届き者」
「「!!??」」
凛とした声。
途端に周囲は静寂に包まれた。
まるで息をひそめて捕食者から隠れようとする小動物のように、列に並んだ者たちは一言も発せずにいた。
「ろ、……ロベルタ……さまっ」
わなわなと震える身が物語る。
見つかってはならない者に、見つかってしまったと。
「わたくしたちの使命は何かしら?」
「みっ、ミゼル様に百本の薔薇を捧げるがごとく、100パーセントの愛を尽くすこと……です」
「ええ、よくご存知ね。……それで?」
ロベルタが勢いよく扇子を広げる音が、女性たちの肩を跳ねさせる。
「……敵にその愛の一片を差し出したところで、ミゼル様の名声を轟かせることはできませんのよ? 仮に、彼がミゼル様に匹敵する者だというのなら……打ち倒してこそわたくしたちの愛は証明されるというもの。……違うかしら?」
「はっ、はい……」
咎められた女性は何も言えなかった。
『違う』『それだけではない』のだと言えば、自分がどうなるか分かっているからだ。
「結構。言葉には気を付けることね。危うく“十輪”の権限において、あなたを会から追放するところでしたわ」
「ロベルタさまっ! それだけは──!」
必死に懇願する女性を尻目に、ロベルタは屋台の状況を確認した。
「売り上げは上々のようね。剣術大会にミゼル様が参加される今年こそ、料理大会でも優勝しなければ……!」
ロベルタはいつにも増して今回のメナールとの一方的な勝負に力を入れていた。
ミゼルマイドのあずかり知らぬ場所とはいえ、彼女にとってこれは『共同戦線』。
愛する者と肩を並べて戦う、絶対に負けられない戦いなのだ。
剣術大会でミゼルマイドが優勝するのは当然のこととして、『幻想の薔薇会』としてもメナールに勝つことができれば……。
それは完全な勝利として、ミゼルマイドの王国内での名声を約束されたも同然。
ハイケア祭の何たるかよりも、ロベルタには自身が大事に思うことの方が何倍も大切なのだ。
◇◆◇
(あれは……)
ロベルタは、昨年多くの客が足を運んだいくつかのライバル店の視察へと向かっていた。
しかし、人混みの中に見慣れぬ列を発見すると、その歩みを止め店の正体を突き止めようとした。
「お嬢様、恐らくあれは……」
「っ!」
危険がないかを見るために先をいく従者が告げたのは、ロベルタにとって面白くない情報であった。
「メナール…………アイレ──ッ!!」
閉じた扇子が力強く握りしめられると、みしりと泣き声をあげた。
「どうしていつもいつも、邪魔をするの……!!」
若くして同じAランク冒険者。
見目麗しく腕も立つ二人は、いつも王都の女性たちにとって話題の中心だ。
その影響が王都を飛び出し、彼らと直接会ったことのない者にとっても憧れとなるのは必然だった。
ただ、ミゼルマイドとメナールには一つ大きな違いがあった。
ミゼルマイドはその力、美しさを全ての者に認めてもらいたいと願っている。
表現者として舞台にも立ち、自分の名を広めることに抵抗がないどころか望んでさえいる。
しかしメナールは違った。
自分の役割を淡々とこなす。剣を振るうこと以外に興味を示さず、自分について回る名声にも興味がない。
だというのに、『幻想の薔薇会』以外の者の眼にはミゼルマイドより、男爵家の次男、珍しいスキルといった恵まれたものを持つメナールの方がよくも悪くも話題にあがることが多い。
ロベルタにはそれが面白くなかった。
興味がないのなら、ミゼルマイドの邪魔をして欲しくない。
彼は、自分の愛する者は、一番でなくてはならない。
「許さないわ……」
まるで自分の戦いかのように使命に燃えるロベルタ。
初めてミゼルマイドを観たのは騎士役を演じていた舞台上だった。
『幻想の薔薇会』御用達の薔薇を生産するユルゲン領。その一部を治める領主の娘として招待された舞台では、スキル【有幻】を使用したパフォーマンスに心奪われた。
愛ゆえに身分差のある一国の姫を命がけで守る役柄は、女性に優しいミゼルマイドにはぴったりで。ラストシーン、自らは命を散らし愛する者を別の者に託す場面ではスキルの幻影で劇場に薔薇の花びらが舞い散った。
ロベルタは、その舞台に心の底から感動した。
たとえ作り話だったとしても間違いなく心動かされた。
ヒロイン役に自分を重ね、貴族として望まぬ相手と婚姻する可能性があること。
それゆえに結ばれない愛もあるのだと、他人事のようには思えなかったのだ。
感動冷めやらぬうちに『幻想の薔薇会』に入会し、上位会員である“十輪”に上り詰めた。
ミゼルマイドは知れば知るほど魅力的で、応援したい気持ちは募るばかり。
いつしか彼の夢や目的が、自分のものであると感じるほどに同調していた。
そうした心は人々にとって、活力となり得るだろう。
だが、時として行き過ぎた好意はその目的を歪めてしまうものなのかもしれない。