第九十七話 ハイケア祭・初日~推しポイント~
「なるほど……」
「『……』」
メナールが連れてきてくれた、一人目の客となった女性。
どうやらメナールのファン? のようだが、彼女は料理を手にする前に店構えをじっと見つめていた。
「あ、あの……」
「──ズバリお聞きします。こちらのお料理、あるいはお店として一番推したいポイントはどこでしょうか?」
「『!?』」
アドバイザーの如く鋭い指摘を繰り出す女性に、俺もツークも動揺する。
「おしたい、ポイント」
「はい。たとえば……メナールさま」
「?」
「サン・ローズのお店でなにか気付いたことは?」
「気付いたこと? ふむ……華やかな薔薇の装飾で、女性に人気の店……?」
「ええ、そのとおりです。薔薇の香りと甘いお菓子。それにミゼル様のファンの方……つまり、女性がメインターゲットのお店です」
なんだかアビーに魔法のことを教わった時のような感覚で、彼女のアドバイスを聞く。
「つまりそれを求める者も、そうでない者も一目で『明確』なお店なんです。お腹もお金も無限ではないですから。美味しそうであっても、手に取ってもらえるかは分かりませんよね」
『昨日の昼食を選ぶオレっち達のようですね……』
「ああ……」
つまり今のところ候補には入っていても、優先して購入したいとはまだ思わせられていないわけか。祭初日ともなれば、まずはお目当てのところから先に行くのも理解できる。
昨日スープを食べたレストランの店構えを思い返す。
白い窓枠や大きなガラス窓で海沿いのレストランの雰囲気をうまく演出し、且つ料理も素晴らしいものだった。
五感で楽しませる──特に、選択肢が多い中で一目で分かるということ。
それは料理のみならず店構えにも言えることなのか。
「料理としては、ルーエ村とハイケアの名産を使っている点。食堂としては冒険者へのアピールポイントとして補助魔法のかかった料理っていう点を打ち出したい……かな?」
「いいですね! お料理は出来た状態のものをお皿に盛りつけてあると、見本になっていいのではないでしょうか? あとは、冒険者を呼び込むって話ですけれど──」
「リシトさん、余興などはどうでしょう? 補助魔法の効果を実体験してもらっては」
「! 実体験か、なるほどな」
防御系の補助魔法だと体験してもらうには少々危険だが、力のアップする【雷のような猛威】ならいけるか?
以前ハンナさんを驚かせてしまった時のように、水の入った桶を持ってもらう……とか。
「──あ」
「「?」」
「でも、今日はもう心配要らないかもしれません」
「どうしてだ?」
周囲を気にし始めた女性に問うと、意外な答えが返ってきた。
「実はわたしは普段、ギルドで働いているんです。Aランクの方が祭に参加すること自体にももちろん驚きましたが……それ以上に、メナールさまとこうして依頼と関係のないお話ができるなんて、夢にも思っていませんでした。それは他の方も同じようですよ」
『!? な、なんか徐々に女性の列ができているような……』
「!? ほ、ほんとだな」
「思いがけず、わたしが余興になってしまいましたね」
そう言って笑う女性の後ろには、祭開始時刻から遠目にメナールを見るだけだった女性たちが集まってくる。
つられるように行き交う人々の視線も俺たちの屋台に自然と吸い寄せられた。
「どんなに素敵なものでも、『知ってもらう』ことが必要ですから。メナールさまにとっては不本意かもしれませんが、いつものあなたと違ったからこそ得られたものもあったのでしょう。……あ、わたしも一ついただいてもいいですか?」
女性は嬉しいような、照れた様子でカチャパナを一つ購入してくれた。
銅貨を二枚受け取って俺たちはさっそく自分たちの仕事に取り掛かる。
「──よしっ! やるぞ、ツーク。メナール」
「はいっ!」
『やりやしょうぜぇい!』
「そうだ。中に挟む野菜によって風味が異なるんだが……もし、甘辛く煮たカベラの濃厚な味わいそのままを楽しみたい場合は通常のサラダを。他にも会場内の料理を食べて回るなら、後味さっぱりなワインビネガーの効いたマリネをおすすめしている。どっちがいいだろうか?」
「じゃあ……マリネで!」
まずは屋台の前面に乗せた材料の中から、皿に並べたカベラの身一つを小さめのフライパンに入れて、火の魔道具を使って調理する。
カベラの身に絡めるソースは事前に食堂で調合しておいたので、味のバランスは既にばっちりだ。
海を思わせる塩気の強い魚醤。メナールやハルガさん、アビーからのお土産だ。
それからハンナさんと一緒に作ったウェル草のコーディアル。
絞ったライムのさっぱりとした酸味が、甘いハチミツでまろやかに。
さらにさらに、ファディスに分けてもらってアイデアを得たルーエ村産のワイン。
野菜は村でつくられたもの、カベラの身はセレやベルメラらからのお土産だ。
まるで、皆や村の者たちと全員で祭に参加しているかのようだ。
とろりとしたソースを小さなフライパンへと注ぎ熱する。
くつくつと音を立ててきたところにカベラの身を投入、杓子でソースを染み込ませるように何度も掛けながら煮込む。
「わぁ、いい香り」
熱されたソースが周辺に香りを届けてくれる。
甘いような、塩気のあるようなソースの香りは食欲を刺激するのに一役買ってくれるはず。これも当初の狙いどおり『知ってもらう』手段の一つになるだろう。
「じゃ、メナールそろそろ」
「はいっ」
メインのカベラの身がそろそろ出来上がる。
メナールにはカチャパナ用の皮を広げ、そこにマリネと一緒に包んでもらう役を任せている。
『おっ、オレっちは……!?』
「後で出番があるだろ?」
慌てるツークをなだめつつ、仕上げをメナールへと任せた。
カチャパナ用の皮の上に綺麗に鎮座するマリネ。
その上にぷるぷるとした質感から、煮込まれしっかりとした身となったカベラをそっと寝かせる。
食べやすいような形へ慎重にメナールが折りたたむと、完成!
「──できました!」
「おいしそう!」
「おっと、忘れるところだった」
最後に【雷のような猛威】を掛ける。
念のため力を込めるようなシチュエーションがある際には、普段の数倍もの力になるだろうから気を付けるよう伝えた。
「本当に料理に補助魔法……なんですね。半信半疑でしたが、あとで効果を確認したらギルドの同僚にも伝えておきますね。冒険者の皆さんに有用な情報でしょうから」
「ありがとう。よかったら、席まで持っていくよ」
「え?」
屋台周辺にはカフェのテラス席のように、イスとテーブルが所々に用意されている。
俺たちの屋台に一番近い、すぐ側の席を案内すると、女性は不思議そうな顔でイスに腰かけた。
「じゃ、ツーク様。よろしくお願いしますっと」
『オレっちにお任せええええぃ!!』
配膳係のツークにお願いすると、女性の元までカベラのカチャパナが乗ったお皿とフォーク、ナイフを転移魔法で届けた。
「!? かわいい~!」
『ふふん』
「“カッコいい”じゃなくていいんだな、そこは」
ツークの仕事を労い、料理を口にした女性の反応を見ようと思っていると──
「私にもください!」
「わっ、わたしも……」
一人目の客を皮切りに、次々と女性たちから注文が入る。
慣れないながらも俺たちは自分たちの仕事に集中した。