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第九十六話 ハイケア祭・初日~偵察~


「……」

「…………」

『………………』


 ドキドキで迎えた開始時刻。

 元々広場にいた者はもちろん、続々と街中から会場に人が入ってくるのが見える。


 期間中は、商業ギルドの者やアンバー商会の者が街のあちこちで祭に関する案内所を設けており、一応俺たちの【17】番地の屋台は『ルーエ村』から来て、『飯バフ』を提供……という情報もある程度来場者に認知はされている……はず。

 ただ、店先に立つのが毎年参加するグレッグさんじゃないのも近寄りがたいだろうし、来場者を見る限り冒険者の数は想像よりは多くない。さらには──


「あれって……」

「まさか、『魔法剣』!?」


 時折前を通る冒険者の視界にエプロン姿のメナールが映ると、興味を持たれるというよりはものすごく驚かれた。


「…………」

「き、気にすることないぞメナール」


 落ち込むメナールには悪いが、驚く冒険者たちの気持ちは分かるというもの。

 難しい依頼を次々にこなし、こういった祭りごとには一切関わることはなさそうなAランク冒険者のメナールがおっさんと並んで立っていたら……。

 俺が冒険者たちの立場でも「なんでここに!?」と驚くだろう。


「そ、それにしても、なかなか立ち止まってもらえないな」

「すみません……」

「メナールのせいじゃないって!」


 冒険者はともかく、メナールのことを知らない者も多くいるはず。

 原因は別にあるはずだ。


『看板クロークテイルもおりやすのに……なんでですかねぃ?』


 むしろ、メナールのおかげで女性客の目は引いている方だ。

 ツークに興味を示す者もちらほら。

『飯バフ』っていうのがどういうものかイメージできない。あるいは、来場者にはお目当ての店が既にあるってことだろうか?


「こうなれば私が──直接呼び込みをしてきます!!」

「!? 無理はしなくていいぞ!?」

「いえ。笑顔を振りまく……というのは難しいですが。私が実際にリシトさんの補助魔法でどのような効果を得られているか、冒険者たちに説いて回ろうかと。リシトさんの料理はすべからく美味しいですし、ただの事実ベースの話ですので。無理なことではありません」

『なんか昨日の一件でパワーアップしてやすねぃ……』


 いろんなことを共有してほしいとは言ったが、勢いあまって間違った方向にいきそうでちょっと怖い。


「これは、あれだな」

「あれ、ですか?」

「そう。あれだ」

『アレ……ですかい?』


 自分たちに何か原因があったのだとして、反応が得られないのでは対策のしようがない。

 なら、もう一つの原因を探る手段を講じるしかない。


「──他の店を、偵察だ!」

「『!!』」



 ◇◆◇



 リシトさんに休憩がてら他店の様子を見て回ってはどうかと提案され、私はさっそく会場内を見て回ることに。

 もし人気の甘いものがあればアビーへの土産になるとも言われたので、店先に並んだ物をじっくりと観察する。


「ふむ……」


 両脇に並ぶ屋台の列。

 その合間を人々が私と同じように品定めしながら歩く。

 ルーエ村とは異なり自然と生じる人の流れに身を投じると、なんだか王都に戻ったかのような錯覚に陥った。

 流れにさえ身を任せていれば、少なくとも私がどうであるかなんて些事だ。


 ずっとこうだった。


 物事を大枠で捉え、その細部を担うのは自分以外の何者かだと思ってきた。

 人々の顔はなんだかぼんやりと映り、誰に何を言われたところで『自分には関係のないことだ』と遠ざけた。近寄らないようにした。


 王都の賑わいを構成するのは『人々』で、私は違う。

 守りたいものはあるのに、それが何なのか私は知らない。

 むしろ、知ってはいけないような気がした。


 リシトさんは私を過大に評価してくれるが、自分に意味を見出せるのが『役目』なだけだった。


 でも、なんだか今は人々の顔がよく見える気がする。

 家族や友人と笑い合う者。

 何を買おうか悩む者。

 美味しい料理を分け合う者。


 それが不思議とリシトさんやツーク、ハルガにアビーらと過ごす瞬間と重なる。

 自分がその一部であっても何らおかしくないと想像できるようになった。


 漠然としていた守りたい『人々』にも、各々にそういう瞬間があるのだろう。

 彼らもまた、それを守りたいはずだ。


「自分……か」


 何かの一部になるためには、誰かの一部でなければならない。


 自分は誰にどう思われていてもいいと思っていたはずが、彼の前では自然と良き人間で在りたいと願っていたらしい。

 そんな自分でもよく分からない胸の内を明かすと、私はそういう思いも抱くのかと初めて気付いた。


 きっとリシトさんにもそういう自分では気づかない一面があると思う。


 あまりに謙虚な姿勢は、スキルによるものが大きいのだろう。

 だが、人を判断する基準はそれだけではないと教えてくれたのは他ならぬ彼だ。


 名声には興味はなさそうではあるが……少なくとも、正当な評価を得ていただきたい。

 ツークにはできない部分で力になりたい。


 リシトさんも『いろいろ共有してほしい』と言ってくれたのだ。

 私がこう願うことも受け入れてくださっているはず──!



「──!」


 ふと、視界の端に長い行列が映る。

 人気店の正体を確かめようと列の先を見て、妙に納得した。


「“サン・ローズ”か」


 『幻想の薔薇会』の有志による店は、見た目のインパクトも凄まじい。

 恐らくはユルゲン伯爵に仕えるリューベンス男爵の伝手により用意された色とりどりの薔薇の花。

 花屋かと錯覚するほど華やかに彩られた屋台では、なにやら甘い香りを漂わすものを売っていた。


「? 菓子、だろうか」


 香りに吸い寄せられるよう店に近づけば、列に並ぶ者や店の者にぎょっとした顔で見られた。


「あ……すまない。並ぶとしよう」

「「「!?!?!?」」」


 やんわりと言えばまたも驚いた顔で凝視された。

 私が祭会場にいるのはそんなに変だろうか……いや、まぁ……珍しいだろうが。


「めめめメメメナールさん!?」

「最後尾はここでいいだろうか?」

「はっ、はいいぃ!!」


 『幻想の薔薇会』の会員と思われる女性に誘導され、列へと並んだ。


 正直あまり関わりたいとは思わない会なのだが……しかしその人気の秘訣をリシトさんへお伝えできること。ふだん表情があまり変わらない、アビーの喜ぶ姿なんかを思うと、自然と足が動いた。


「……」


 やはりというか、列に並ぶ間中視線が飛んでくる。

 普段であれば煩わしいことこの上ないのだが、祭の最中はリシトさんとずっと共に行動する以上、私の行動が彼への評価となりかねない。


 自分の行動に細心の注意を払いつつ、店の周囲に気を配り人気の秘訣を探る。

 すると、店で買い物を終えた二人の女性の会話が気になった。


『いろいろあって迷うよねぇ』

『ハーブティーも欲しかったなぁ』

『でもやっぱり有名なローズパイだよね。今年こそ優勝なのかな?』


 ……ローズパイ?


「すまない」

「? ──っきゃーーーー!?!? メナールさま!?」


 横を通り過ぎる際に女性らへ声を掛けると、心底驚かれた。

 そんなに驚くものか?


「ローズパイ? について聞きたいのだが……」

「ふ、服が」

「ヤバい……」

「? あの」

「あああっ!! すみません、私には()()です!!」

「? 無理とは──」


 いったい、どういう意味だ?


「……」

「…………」


 足早に去っていった女性らに面くらい、呆然と立ち尽くすと列の誘導をする女性と目が合う。


「……わっ、わたしにも無理です……ので」


 だから、無理とは?


「あの」

「!」


 不思議な状況に悩んでいると、目の前に並ぶ女性が声を掛けてくれた。


「め、メナールさま。よろしければ、ローズパイについてお教えいたしましょうか?」

「頼めるだろうか?」

「はっ、はい。えっと、その名のとおり薔薇を使ったお菓子です。食用の薔薇で作ったジャムをパイ状の皮で包んだお菓子でして……薔薇の香りがとっても素敵なんです。ユルゲン領は土地柄、年中花で溢れたところだとお聞きしているので特に女性にとってユルゲン領産の薔薇は憧れなのです。ですから、もともとミゼル様ファンの方はもちろん、ミゼル様のことを知らない女性にもこちらのローズパイは人気のようですよ」

「なるほど……」


 ミゼル殿の人気だけでなく、名産品を用いた食べ物としても優れていると。

 ハイケア祭に出店するのは通常、周辺に住む者らだ。

 ここから離れた西の国境にあるユルゲン領産の憧れの菓子ともなれば、女性たちが買い求めるのも必然……か。

 それも、前回のハイケア祭に参加したことでより知名度を増していると。


「ふむ」

「そ、それで……どうしてこちらに?」

「? 私がここにいるのは、そんなにおかしいだろうか」

「えっと!? その」


 教えてくれた女性はどうやら『幻想の薔薇会』会員の目を気にしているようだ。

 もしや……ミゼル殿が勝手に私をライバル視しているために、ある意味『敵』である私がここに来ることがあり得ないということだろうか?


「どうしてと問われるなら……そうだな。自分のためではなく、人のためだな」

「え?」

「実は私も祭に参加しているのだが」

「ええええ!?!?」

「何分不慣れゆえ、人気の店から何かヒントが得られないかと思ったのと、……甘いものが好きだという者へ土産にと思ってな」


 そう言えば、女性はぽかんと口を開けて言った。


「な、なんかメナールさま……変わりました、か?」

「そうだろうか?」


 もとより私を知っている様子の女性。

 冒険者ではなさそうだが、私を知っているということは彼女も『幻想の薔薇会』の会員なのだろうか?


「はい! でも……良いと思います!」

「? よく分からないが、ありがとう」


 礼を述べれば私たちはいつの間にやら売り場の目の前まで達していた。

 私も彼女も必要な物を買い終え、せっかくだからと私が手伝っているリシトさんの屋台まで一緒に来てくれた。



料理大会終了まで毎日更新できたらよかったのですが、来週から二週間ほど家族の入院に伴い家事や介護の対応が一人になるもので

楽しみにお待ち頂いているところ申し訳ないのですが、11月中旬まではまたのんびりペースになると思いますm(_ _)m


体調にだけは気を付けて無理せず過ごします!

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