第九十五話 ハイケア祭・初日~開幕~
『────っしゃあぁ!! いっちょ、やってやりやしょうぜぃアニキィ!!』
「いつにも増して気合充分だな、ツーク」
今朝は陽の昇る前に一度眼が覚めてしまった。
同じく早くに目覚めたメナールと少し話をして、祭開始二時間前の七時の鐘の音を聞いて宿を出た。
メナールは普段の恰好とは違い、ラフな服装。
屋台ではエプロンを身に着けるというから、冒険者としての彼を知る者からすると珍しく映るだろうな。
「? 人が多いな」
この時間に外に出ているのは祭の準備に取り掛かる者だけだろうと思っていたが、街は思いのほか朝早くから賑わっていた。
「宿の者に教えてもらいましたが、祭の期間中はそれぞれの大通りとその周辺に住む者らが協力して店を開いたり、装飾や展示をしたりするそうで。その年のテーマによってはユルゲン領から画家を呼び寄せたりするそうですよ。彼らはその準備に忙しいのでしょう」
「へぇ……!」
街に住む者らは祭の参加者でもあり、出展者でもあるというわけか!
「たとえばここですと──テーマは『花』でしょうか?」
「あ、この前見たヤツだな」
宿のある細い路地から少し広めの通りに出ると、以前山地調査で目にした五つの花弁が特徴的な白い花──ミルトス。それが至るところに飾られている。
この地方で昔から愛や豊穣なんかを司る女神に捧げられたらしい花は、幸せの象徴。
ハイケアの発展を願うにはぴったりな花だ。
「剣術大会の優勝者には、ミルトスの花冠も捧げられるとか」
「まさに祭のためにあるような花だな」
『祭の間だけでもミルトスのお酒があると、ハルガのおやっさんも喜びそうですねぃ』
「たしかに」
ツークは俺の肩で鼻をひくひくとさせながら、周辺に漂うハーブのような香りを堪能した。
「昨日のスープじゃないけど、目でも楽しませるってことだよな」
「花は香りもいいですし、別の通りでは音楽をテーマにした場所もあるかもしれませんね」
「五感で祭を味わう……いいなぁ! ツーク、食べるのもいいが他にも楽しみは多くあるぞ」
『おおおおオレっち、今日はぜっ、全力で働くつもりでしたぜぃ!?』
「それは知ってるが、いつも食べすぎてお腹がすごいことになるだろ。食べすぎ注意って話だ」
『タハー』
街の主要な施設を繋ぐ大きな通りに差し掛かるたびに、同じハイケアだというのにどこか違った雰囲気に見えた。
外から来た者を楽しませる意味もあると思うが、なんだか街の者がふだんとは違う雰囲気を楽しんでいるようにも思える。
「楽しませると同時に、自分も楽しむ……か」
心にどこか余裕が生まれると、これまでとは違った視点で物事を見ているような気がした。
◇◆◇
「ひ、人がっ」
『昨日とはまるでちがいやすねぇ~』
「出店者だけでも数十人はいますからね」
祭は街中で催されているが、俺たちにとっての主戦場。
主に料理を提供する屋台が集まる海沿いの広場へとやってきた。
昨日は人もまばらな様子だったが、今日は祭当日。
広いとはいえ、ぐるりと見回すことができる範囲の広場には少なくとも二十五の屋台が設置され、それぞれに数人が準備のために出入りする。
加えて商業ギルドの者や警備の者たち、そして祭開始ともなればさらに人が増える。
王都と比べても見劣りしない活気。ルーエ村の生活に慣れてきた俺からすると、さらに賑やかな印象を受けた。
「じゃ、じゃあ俺たちも準備しようか」
『ウイッス!』
「はい!」
ツークの【収納】から、カベラの身やカチャパナ用の皮。野菜なんかを取り出して通行人に見えるよう台へと綺麗に並べていく。
この屋台、アンバー家が提供していると言っていたがとんでもなくすごい。
なんせ事前に貸し出された備品の中に、魔道具もある!
簡易的な火の魔石を用いたコンロ。
小さいとはいえ、これだけでもかなりの値段だ。
王国内に魔道具職人は少なく、希少な魔道具は貴族や王都の者が主に手にすることになる。
冒険者にとっては定住したり料理を自分でする者の方が少ないから、手にするとしても戦闘用だ。
ただ、ルルサハン帝国に近い沿岸部。
魔道具をはじめ、“職人”の多い帝国と密にやり取りをしているハイケア──中でも一番の大商会ともいえるアンバー家がそれを多く保有しているのも納得できる。
特に商業ギルドにおけるAランク冒険者と同等の地位にあるとされる、『親方衆』との縁があれば融通してもらえるはずだ。
『こんなことを言ったらアレですがね、アニキ。……盗まれないんですかねぃ?』
ひそひそと俺の耳元に小声で問いかけるツーク。
挙動不審なのはこの会場において最も備品を持ち出すのに適した力を持っているからだろう。
「正直昨日、お隣さんが投票メダルのことを教えてくれなかったら……俺も思っていたな」
「魔道具を持ち出されないかという話ですか? 恐らくですが、『使い物にならなくする』のはシグルド殿ですよね。きっと」
「たぶんな」
『姐さんの兄さんですかい?』
「【マッピング】がどういうスキルなのか、未だに分かんないけどな。離れた場所にいた魔物を氷の罠で追い払っていたし、特定の場所から離れたら氷漬けにするとかかなぁ?」
『ヒェ……っ』
「もし予想が正しければ凄まじい魔力量ですよね」
「ちがいない」
普通に考えれば値打ちのもの全てに自分の魔力を残すって……無理だろう。
ただ、セレも魔力量だけはすごいと言っていたし、シグレさん。あるいはセレの母親がとんでもない魔力の持ち主なんだろうか?
「……っと、準備準備。それじゃぁここで具材温めるとして、こっちでメナールに巻いてもらおうかな」
「はっ、はい!」
『オレっちはなにしやすか!?』
「ツークは……そうだなぁ、呼び込み?」
『!?』
「居てくれるだけで助かるって意味だぞ」
『! ウオオオオオ!!』
自分たちで屋台内の配置を考え、食事をする者を出迎える。
なんだか嬉しさと緊張、それから期待とほんの少しの気恥ずかしさ。ハンナさんやグレッグさんが宿を開いた時にはこういう気持ちだったのかな? と想像すると、どこか胸が温かくなった。
◇◆◇
『──皆さん。この美しきハイケアにお集まりいただき、誠にありがとうございます』
「いよいよですね、リシトさん」
「ああ、なんか緊張してきた……」
九時を告げる鐘の音が鳴る前に、料理大会の投票所となる場所で開会の催しが始まった。
声高らかに集まった観衆の前で演説するのは、もちろんシグレさんだ。
『今年も無事に祭の季節を迎えることができ大変うれしく思います。神に、土地に、人々に……あらゆることへの感謝の気持ちを、祭を盛大なものとすることで表したいと思います。ぜひ、心行くまで楽しんでいってください──!』
いつもの笑みを浮かべシグレさんが告げれば、聴衆からは大きな拍手と歓声が沸いた。
そして次に登壇した商業ギルドの者によって、料理大会における投票の仕組みが改めて明かされた。
今日と明日の二日間、自分が一番気に入った料理を提供している屋台の番号の刻まれた酒樽に、琥珀のメダルを入れる。
同じ者が何度も投票できないようになのか、特に投票所には警備の者が多い。
明日の午後三時に開票して、一番メダルの多かった店が優勝というわけだ。
開票の仕方が酒のグラスにメダルを注いで数えるというのがまた面白い。
「──よしっ」
祭本番。祭の雰囲気を楽しみつつ、しかし当初の目的どおり食堂の宣伝になるよう頑張ろう!
気付けば100話を超えていました。
いつもお読みいただきありがとうございます!
Webの方はテンポ感や展開の早さ重視で時々飛ばす場面も多くなると思いますが、何卒ご容赦くださいませ。
『親方衆』は日本での意味合いだとまた違うのですが、中世ヨーロッパのギルドにおける親方(マスター、マイスター)由来=なんかすごい職人をイメージしていただけましたら幸いです。