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第十話 挙動不審なイケメン、現る


『ア~~ニ~~キ~~!』

「……ツーク。言いたいことは分かるが、落ち着け」


 翌朝。

 起きて早々ツークが耳元で騒ぎ出す。


 曰く、「アニキがここの食堂切り盛りしたらどうでしょう!?」だそうだ。


「はぁ」


 ベッドから降りて軽く体をほぐす。

 ツークは慌てて肩に飛び乗って、必死に説得を試みている。


『だ、だだだだってぇ~! アニキも、料理スキだって……』

「いいか、ツーク。こういうことは安請負しちゃダメだ。自分が責任を持って、ちゃんとやれるのか確認してこそだ」

『……え? それって……』

「考えてもみろ、俺は商売で料理を作っていたわけじゃないんだぞ? それに冒険者だ。依頼も受けたい。……だいたい、宿の主人だって案外すぐに戻るかもしれない」

『つ、つまり?』

「この村のことをよく知って、食堂の状況を確認して……。話はそれからだ」

『! アニキってば、やっぱサイコー!!』

「まだやるとは言ってないぞ」


 ツークはここがすっかり気に入ったのか、ずっとこの調子だ。

 まったく……。調子がいいヤツ。


「宿の主人が騎士団から給金を得ている以上、ハンナさんもこの宿を完全に閉めるって選択肢もあったはずだ。……それでも開けているってことは、彼女にとってこの宿がそれほど大切なんだと思う」

『アニキ……』

「だから、俺たちが勝手に盛り上がってもしょうがない。ある程度情報を集めたら、ハンナさんと話そうか」

『ぉっ、オっ、オレっち……、感服しやした! そこまで考えているなんて……ッ!』

「えぇ?」


 相変わらずツークは大げさだ。


「ふわぁ……、とりあえず。ギルドカードが失効するのは避けたい。俺はあくまで冒険者だからな。まずはギルドへ行くぞ」

『うぃッス!』


 出掛ける準備をして受付に居たハンナさんに声を掛け、俺たちは同じ広場内にあるギルドを目指した。



 ◆



「へぇ、けっこう立派だな」

『ッスねぇ~』


 昨日は日が沈んできたタイミングでここに来たため、その姿をハッキリとは捉えられなかったが……。

 宿の左隣、一軒店を挟んでそれはあった。


 さすがに王都と比べるわけにはいかないが、それにしたってこの村の規模からすれば大きい。


「ん? あれは……」

『ん?』


 大きな入り口に向かおうとすると、人が出てきた。


 俺みたいな軽装とはちがい、華のある装飾を帯びた丈の長い服。

 厚いプレートを覆っているわけではないものの、肩で留められたマントは色合いからも上質なもので、腰には剣。騎士のような装いだ。

 サラサラと揺れる金の髪が美しい青年……。

 …………ん?


『!? あ、アレって──』

「メナール!?」

「──!!」


 あ、しまった。

 つい声に……。

 慌てて口を塞ぐが時すでに遅し。


「……な、なぜここに?」

「『?』」


 俺がつい驚いて名前を呼んでしまえば、名前を呼ばれた不快感を(あらわ)わに……ではなく。目を見開いて驚かれた。

 ナゼココニ?


「……?」

「……?」


 互いに微妙な空気が流れる。

 ギルドの入り口で留まるわけにもいかず、二人して徐々に脇に避ける。

 気まずい。


『以前組んだ時のことを覚えてるんですかねぇ~。ソロ専みたいですし』


 にしたって、なぜここに? はおかしいだろ。


 お互いなんと言おうか目線を合わせずに思案していると、メナールの方から意を決して話しかけてくる。


「あ、あの……」


 おずおずといった様子で話しかける姿は、女性たち曰く「イケメン!」「クール!」「あの青い瞳に見下されたーい!」と評される姿とはかけ離れている。


 俺が以前組んだ時はもっと若い、駆け出しの頃だったから……そうでもなかったが。


「リシトさん、お久しぶりです」

「え、あぁ……」

『ほ~、やっぱ覚えてたか。やるじゃねぇか!』


 分からん。

 駆け出しの頃なら先輩風を吹かせて、いつも通り話すんだが……。

 いかんせん、相手は今や冒険者の花形。

 人々にとって英雄と言っても過言ではない。

 Aランクでイケメン。若くて将来有望!

 ……そんなメナールと、追放されたおっさんがふつうに話していいのか?


 年齢と歴で言えば、俺はたしかに先輩で。

 でもランクが上なのはあっちだから、ど、どういう態度で接すればいいんだ──!?


「リシトさん?」

「え!? あぁ、すまない。その……、あれだ。ず、ずいぶん大きくなったんだな」


 ミスった。

 これじゃただの親戚のおじさんじゃないか。


「? そ、そうですね? 以前教えを受けたのは私が十五歳の頃でしたから……。五年は経っているかと。背も多少伸びています」


 あぁ、ちがう。

 Aランクすごいなってことを言いたかったんだが……。まぁいいか。


 ツークはさっそく余所行(よそい)きモードを発動中。

 いつもの細長い草をくわえ、腕組みをしながら成り行きを見守る態勢だ。


「それで、その。なぜこちらに?」

「というと?」

「あなたは『風神の槍』に所属されていて、こちらに足を運んでいる様子はなかったものですから」


 よく知っているな?

 まぁ、Bランクともなれば、Aランクが気にするほどの知名度はあるか。


「あぁ、実は先日パーティを抜けてね」

「え!?」


 軽く言えば、さきほど以上に驚かれる。

 なんでだ。


「自分から、ではなかったのは残念なことだけど」

「ど、どうしてあなたほどの方が……」

「? うーん……。やっぱり、おじさんにはAランクはまだ早いのかな? アハハ」


 あまり重い雰囲気にならないように言ったはずが、目の前の青年にはスンッと何かのスイッチが入る。


「……あいつら、よくも」

「あ、あの?」


 メナールさん? 殺気、出してません?

 ただならない雰囲気に、ツークの毛が逆立つ。


「ふぅ……。失礼、つい」


 いや、「つい」で殺気出されても。


「経緯はわかりました。それで、どうしてルーエ村(ここ)へ?」

「せっかくだし拠点を王都から移そうと思ってね。

 いろいろ考えた結果、とりあえずここがどういう所か見に来たんだ。な? ツーク」


 話を振れば、さきほどの殺気で怯えているのか首を縦に一生懸命振って同意した。


「そうでしたか。それは僥倖(ぎょうこう)……」

「え?」

「いえ、なんでもありません」


 人の良さそうな笑顔のメナール。

 おかしいな、さっきまで殺気を放っていた人には見えない。

 おじさんどこか怖いよ。


「メナールは? 昨日は王都に居たと思ったが」

「! よ、よくご存知で」

「ギルドでたまたま見掛けたんだ」


 恥ずかしさからなのか、目線を逸らすメナール。

 さっきから挙動不審だな……。


「王都で依頼を回されまして。なんでも、先週よりこちらの村を拠点にする冒険者が減っているそうですから」

「あぁ。なんか、砦で料理人が倒れたらしくてな」

「うかがいました。冒険者御用達の宿の利用が難しいとか」

「そ。まぁ、俺はなんとか自分で料理できるから宿をとったんだがな。

 メナールはあれか? ハウス借りてるのか?」

「はい。一応」


 さすがAランク。

 本拠地ではないだろうに、拠点を持っているとは。

 Bランクと比べても稼ぎが段違いなんだろうなぁ。


 ……なるほど。

 そう考えるとあいつらがAランクにこだわるのも分かる、か。


「あの」

「ん?」

「それって、私でも食べることはできますか? お金は払いますので」

「それ?」

「あなたの、手料理です」

「『!?』」


 びびった。

 もし俺が女性でイケメンにそんなこと言われたら、秒でおちてる。

 幸い俺はおっさんだ。危なかった。


「料理、苦手か?」


 ハウスを借りているとはいえ、自炊が苦手であれば分からんでもないが。


「簡単なものは作れます。それより、あなたはご自分の価値をもう少し考えた方がいい」

「ええ?」

「以前あなたに冒険者の心得を教えていただいた際、ご馳走して頂いたスープ。

 魔法を掛けていましたよね?」

「あぁ……。たしか、君は【魔法剣(まほうけん)】のスキルだって聞いたから……。

 とりあえず魔法効果上昇の【全知の王冠(アストラル・クローネ)】を掛けてたっけ」

「それです! いいですか? ふつう、補助魔法を物体に掛けるなんて考えられないんですよ!?」

「お、おう」


 急に興奮して前のめりになるメナール。

 ほんとにイメージと違うな。


「あいつらはそれを分かっていて、あなたを独占していたんですよね!?」

「……? いや? なにも考えていなかったと思うぞ。パーティに入るのも、俺から提案したくらいだし」

「ええぇ!?」


 信じられないとでも言うように、額に手を当てる。

 な、なんだ?

 話すたびにメナールの印象がどんどん変わっていく。


「つ、つまり。あなたは利用されていたのではなく、自ら望んで固定パーティを組んでいたと……?」

「なんかよく分からんが、まぁそういうことだな?」

「そ、そうでした、か……」

「『??』」


 ツークも俺も、目の前の人物の感情の起伏についていけず、返事をするのでやっとだ。


「……はぁ」

「だ、大丈夫か?」

「いえ。大丈夫ではありません」

「!?」

「責任をとっていただきます」


 せ、責任……!?

 俺なんかしたか!?


「あの~、責任とは」

「また、私と一緒に依頼に行っていただけませんか?」

「無視ですかい」


 押しが強い。

 きっとこれが普段のメナールだな。


「それはいいが、俺にはAランクの依頼なんて無理だぞ?」

「そんなことはありません。私が保証します」

「なんで……?」


 メナールがAランクになったのは、たしか二年前。

 十八歳の若手がAランクなんて、当時は冒険者の間で話題になったものだ。

 俺が彼と組んだのはそれよりもっと前だし……。

 実力を保証されるようなことは、なにもなかったはずだが。


「あなたは、ご自分に補助魔法を掛けたことはあるのですか?」

「? ……そう言われると、滅多にないな」


 自分以外の全員に掛けることに専念しすぎて、考えたこともなかった。

 いや。考えはしたが、戦闘において肉体強化のスキルでもない。年のいった自分より、若くて動きのいい若者に掛けた方が何倍もいいと考えた。

 撤退したり、最低限の保身のために速度上昇の魔法は掛けたことあるが。


「はぁ、やはり。いいでしょう。私があなたの実力を証明してみせます」

「どういうこと!?」


 勝手に話が進んでいくが、俺にはいまいち理解できていない。


「ひとまず、私が今回受けた依頼の内容を説明いたします。着いてきてください」


 メナールは視線をギルドの入り口へと向けると、そのまま歩き出した。



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こういう試行錯誤と検証をしていたようで全くしていない、人知を尽くしていないくせにしたり顔で諦めてしまっている善性鈍感おじさんってイラッとくるなあ……()
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