第4話 親孝行な息子
「郁代、今度親父たちと同居することにしたから」
「え!?」
「おふくろが転んで、足を捻挫したんだ。親父はボケて寝たきりだろ? 介護する人間がいないから、俺たちが見ることになったんだ」
「そんな事、いきなり言われても困るわよ! 何で勝手に決めたの!?」
そもそも“俺たち”って…あんたは絶対何もしないしょうが!
「俺は長男なんだから仕方ないだろ!?」
「はぁ!? 今時長男とか関係ある? 向こうには江巳子さんがいるじゃない!」
江巳子とは主人の妹だ。結婚を機に義両親の近くに家を建てた。
建築費用はすべて義父が出した。こういう時の為に、近くに住まわせたんじゃないの!?
「江巳子は子供が生まれたばかりだし、介護との両立は無理だろ?」
「ウチにも良太がいるのよ? 私はパートもしているし、無理よ!」
「良太はもう8歳だろ? ある程度の事は自分でできるだろうし、パートは辞めればいいじゃん。同居すれば生活費の援助をしてもらえるし、どうせ大した仕事してないんだからさ」
「!」
もともとあんたの稼ぎじゃ余裕がなかったから、始めたパートだっつーの!
「とにかく決めたから! こういう時に助けるのが家族だろ!?」
言いたい事だけ言うと、会社に行ってしまった主人。
どうしてそう勝手なのよ! すべて私に押し付けるのは目に見えているのに!!
◇◇◇◇
―――案の定、予想通りになった―――
主人は全く何もしやしない。
義母は捻挫したと言ってた割には、普通に家の階段を使っていた。
なのに、手伝いをお願いするといきなり足を痛がる。
都合のいい怪我だ。
デイケアやヘルパーを頼みたいのに、『お前がいるからいいだろ』と取り合ってくれない。
二人とも余計なお金を出したくないから、全て私にやらせている。
お義母さんが介護していた時は利用していたくせに、私が来た途端、利用を止めてしまった。
「こんにちは」
さらに頭の痛い存在がやってきた。
突然、義妹の江巳子が生まれたばかりの赤ん坊を連れて訪ねてきたのだ。
義妹は家の中に入るなり、食器棚からコップを出し、冷蔵庫から麦茶を取り出した。
確かに実家だろうけど、今は私も住んでいるのだから、一言あってもいいんじゃないの!?
そして、義父のところに行くと「お父さん、前より少し痩せたんじゃない? ちゃんと食べさせてもらってるの?」
そう言いながら、主人と義母と三人で話し始めた。
「食事は郁代さんが作っているんだけど、口に合わないみたいでねぇ」
「えーっ、お父さんかわいそ〜」
「確かに、郁代は少し味付けが濃いかもな」
だったら自分たちがやれよ!!
どいつもこいつも動くのは口だけで、ずっと座っているだけ!
何もやらないヤツほど、文句ばかり言う!
一人でしなければならない介護のストレスは溜まるばかり。
一緒に住む人間が増えた分負担も増え、気力も体力もすり減っていく。
何で私だけが…そう思わずにはいられなかった。
「ママ、僕お手伝いするよ」
こんな小さい子でも、人に対して気を遣うことを知っているというのに…。
「ありがとう。でも大丈夫だから、あんたは部屋に行ってなさい」
「うん…」
良太がもう少し大きければいろいろ手伝ってもらえたんだろうけど、今はまだ邪魔になるだけ。
◇◇◇◇
主人の実家にきてから、私の世界は義父の介護を中心に回っていた。
そうなると良太との時間はだんだん取れなくなっていった。
寂しい思いをさせてしまっているのは分かっているが、こっちも心身共に余裕がない。
そんな時に限って、甘えてくる良太。
「ねぇ、ママ」
夕食作りの最中に、まとわりついてきた。
「今、ママ忙しいからあっちに行ってて」
イライラが募る。
「やだ!」
「もういいかげんにして!」
パン!
言う事を聞かない息子に苛立ち、思わず頬を殴ってしまった。
「うゎーん!」
「ごめん、ごめんね良太、ごめん!」
我に返り、あわてて謝った。
私何やってんの! 介護のイライラを子供にぶつけて殴るなんて、最低すぎる!
情けなくて涙が止まらない。泣いている良太を抱きしめながら、私も一緒に泣いた。
こんな事いつまで続くの? もう頭がおかしくなりそう…!
…お義父さんさえいなければ、こんな思いしなくてすむのに…
◇◇◇◇
放課後の教室内で、一人ボーッと窓の外を眺めている良太に話しかけるクラスメイト。
「良太君、まだ帰らないの?」
「うん…」
「何か元気ないね。どうしたの?」
「最近、ママが怒ってばかりで…どうしたらいいのかな」
「怒るような事をなくせばいいんじゃない?」
「…そっか!」
良太は良い事を思いついた様子で、嬉しそうに教室を後にした。
◇◇◇◇
「ただいまー!」
「おかえり。手洗いとうがいしてよーっ」
「はーい」
用意したおやつを手に、リビングにいくと
「良太、おやつ…あれ? あの子まだ洗面所にいるのかしら?」
良太の姿が見えない。
いつもは帰ってくるなり、おやつを催促してリビングでテレビを見ながら待っているくせに。
まぁいいわ、ここに置いておけば勝手に食べるでしょう。
それより、お義父さんのおむつを替えてこなきゃ。
義父の部屋に入ると信じられない光景を目の当たりにした私は、金縛りにあったかのようにその場から動けなかった。
「う…う…」
苦しそうにうめく義父。
そこには義父の上にまたがり、顔にクッションを押し付けている良太がいた。
「おじいちゃんさえいなくなれば、ママ、怒らなくなるでしょ?」
まるで褒めてもらえる事を期待しているかのように、嬉しそうに笑った良太。
「良太!!」
良太の笑顔にぞっとした瞬間、呪縛が解かれたように体が動いたが、すでに遅かった。
さっきまで聞こえていたお義父さんのうめき声が止み、手が力なくだらりとベッドから落ちた。
これでこれからは心穏やかに過ごせるだろう。
…本当に?
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