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身近な悪意 よくある殺意  作者: Kouei


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11/11

第11話 いってらっしゃい

「ねぇ、また旅行に行きたいなぁ〜」


「そうだな、来週末行くか? 熱海なら車で行けるし」


「本当?! 嬉しい! んんっ♡」


 抱きつき、舌を絡ませてきた奈央(なお)


 仕事帰りに待ち合わせ、すぐにラブホへ直行。

 今はベッドの中。


 張りのある胸

 くびれた腰

 何よりも()()がいい


 まだ19歳だから当然か。

 出会い系だったが、当たりだったな。


 今までは風俗ばかりだったし。

 それに、30過ぎた妻とは比べ物にならない。


 俺は塩田(しおた)(つよし)

 妻の(ひとみ)と結婚して10年。


 当時はお互い23歳で若かったが…年月は残酷だよな。

 子供が生まれると、どうしたって子供中心の生活になっていく。


 妻は母になり、夫は格下げ。

 子育てが落ち着いてきた頃には、もう夫婦()活はなくなっていた。


 そうなれば、こっちも気持ちが外に向くのは自然の事だ。

 しかたないだろう。

 妻が母になっても、俺はまだ男でいたい。


 けど、離婚までは考えていないさ。

 世間体が悪いし、何より出世に響く。

 ウチの会社は離婚の有無も査定に影響するからな。

 この女とも一時の関係だ


「ねぇ、奥さんともするの? エッチ♡」


「はっ、するわけねぇじゃん。もうあいつになーんも感じねぇもん」


「ひっどーいっ」


 面白そうにケラケラと笑う奈央。


「あいつ一度流産してんだよ。だからその後妊娠したら、もう子供中心の生活。それから女に見れなくなったよ」


「あははっ そんなもんなんだぁ、夫婦ってぇ」


「そんな事より、延長しないか? まだ時間いいだろ?」


「おこづかいくれたらねっ」


「わかってるって」



 この時俺は…この会話を妻に聞かれているとは夢にも思っていなかった。



 週末になり、愛人との旅行に出かける俺に妻が笑顔で見送った。

 多少の後ろめたさがないでもない。


「何か土産でも買ってきてやるか。あっと、遅くなった」


 車に乗り込むと、奈央との待ち合わせの場所に急いで向かう。

 約束の時間に遅れていたから、アクセルを少し踏み込む。


 暫くすると目に違和感を感じた。


「な、何だ? 目が……」


 視界が(かす)み、光を強く感じた。

 それは一瞬の出来事だった。


「わああああ!!」


 俺は電信柱に突っ込んだ。


 ド———ン!!


 薄れゆく意識の中で、俺は妻の姿を思い浮かべていた。


 微笑みながら見送る彼女を…





「明日から一泊二日の出張? ウチの車で?」


「ん? あ、ああっ 電車代よりガソリン代の方が安いからって」


 夫が不自然に視線を()らす。


「…そう。じゃあ、準備しなきゃね」


「頼むよ。俺、風呂入ってくるから」


 夫は服を脱ぎ散らかしながら、風呂場へと行った。

 なんで洗濯カゴに入れられないのかしら。

 昔は何度も注意したけど、今では言うだけ無駄と諦めた。


 夫がお風呂に入ったのを確認してから、彼の鞄の中を探る。


「実際に使えるし、感度もいいし、性能抜群ね」


 私はペン型の盗聴器を取り出した。


「こんなのがネットで買えるなんて、便利になったものよね」


 浮気はこれが初めてじゃない。

 風俗に行っていた事は知っていた。

 けど、今回は様子が違った


 常にスマホを持ち歩くようになった。

 そしてあきらかに増えた『残業』と『出張』

 この不景気にそんなに会社がお金を出してくれるものかしら?

   

 これで疑わない妻はいないだろう。

 本当に…バレていないと思っているんだから、どこまでも間抜けな男ね。


 いつもの浮気とは様子が違う。

 そう感じて盗聴器を手に入れ、夫の鞄に忍ばせた。

 

 まさか相手は一回り以上も若い学生だったなんて呆れたけど、夫の事なんてもうどうでもよかった。

 

 ……初めての子供を流産した時、彼は言った。


『しょうがないよ。またすぐにできるさ、若いんだし』


 夫は自分がどれだけ無神経な事を言ったのか全然分かっていなかった。


 次に娘がお腹にできた時は、今度こそ産みたいと言う気持ちがより強かった。

 なのに、彼は全く非協力的で…安定期に入ると求めて来た。


 ぞっとしたわ。


 強く拒否したら、それから求めてくることはなくなった。

 娘が生まれた後も…


 風俗に行き始めてくれた時は、内心ホッとした。


 生活費は入れてくれるし、しょっちゅう出かけてくれれば面倒を見なくてすむ。

 彼は外面のいい人だから、世間体と出世を考え、離婚は望まないはず。

 私はそれでよかった。


 けれど、盗聴器から聞こえた愛人との会話でどうしても許せない事をあの人は言った。



『あいつ、一度流産してさぁ…』



 愛人に私が流産した事を話したのだ。

 行為後の寝物語のように…


 その時、私が流産した時の彼を思い出した。

 泣いている私を慰めるどころが…


『しょうがないよ』

『またすぐできるさ』


 寄り添う言葉はなく、他人事のように話す彼に怒りを覚えたあの感情(きもち)を。



 そんな時に見つけた生命保険会社の封書。



 その日は目の調子が悪くて病院へ行こうと思い、健康保険証を探している時だった。


「もうっ 保険証どこ~っ!?」


 昨日から眼に違和感があり、朝起きて鏡を見ると充血していた。

 幸いにも今日は土曜日。

 かかりつけ医の病院は土曜日でも午前中ならやっている。

 けれど久しぶりの受診だったから、健康保険証をどこに閉まったのか忘れてしまった。


「やっぱりマイナ保険証にしようかな〜。少なくともこんな風に探す手間は省けるわよね。あ、あった!」


 小さい保険証は引き出しの奥で、まさに小さくなっていた。

 保険証を手にすると、取り出した書類たちを引き出しに戻す。


「あれ?」


 その時、保険会社の名前が書いていある封書が目に入った。


 中身は生命保険の契約書。

 受取人は私で掛け金は5000万円。


「そういえば…結婚当初、掛けたんだっけ…あの人…あっと、早く行かなきゃっ」


 私は書類を引き出しにしまうと、あわてて家を出た。



「角膜炎ですね。しばらくコンタクトレンズは控えて下さい。薬をお出しします。また2週間後にいらしてください」


「ありがとうございました」


 待って1時間、診察は5分程度。まぁ、検査もあったけど…やれやれ。

 会計を済まし、近くの薬局へと向かった。


「一日1回、寝る前に使用してください」


「寝る前ですか?」


「はい。このお薬は日中に点眼されますと、視界がぼやけ、光を過敏に感じるようになります。車を運転される場合は控えて下さい」


「あ〜、そうなんですね。わかりました」

 

 私は運転をしないので、薬剤師の説明を軽く聞いてその時はそれで終わった。

 帰ってきて、盗聴器から聞こえた二人の会話を聞くまでは…



 夫がお風呂に入っている間、あらためて生命保険の書類を眺める。

 結婚して10年。


 新婚当初、『生命保険に加入したよ。僕に万が一の事があった場合、君の生活を守るためにも生命保険に入ったんだ』


 そういって加入してくれた5000万円の生命保険。


「私を思いやる気持ち、あの当時はまだあったのよね」



『やだっ 縁起でもない事言わないでっ 毅が死んだら私も死ぬっ』



 その時の夫に返した言葉を思い出して、身体がかゆくなる


「ふ…そんな可愛い時期もあったのね」


 今ではすっかりその熱も冷めていた。

 夫は愛人との旅行の準備を妻にさせている。


 もし、夫が死ねば…


 5000万円が受け取れる。

 遺族基礎年金は娘が18になるまで受給できる。

 遺族厚生年金は、再婚しなければ一生涯受給できる。


 この家の権利は共有名義。

 幸い、夫の祖父の家をリフォームして譲り受けたからローンはない。

 実家の両親はまだまだ元気だ。

 いざという時に頼れる場所があるのはありがたい。

 私もまだまだ働ける。


 処方された点眼薬を、私は見つめた。



 朝、出かけようとする夫に声を掛ける。


「ねぇ、何か目が充血してない?」


「そうか?」


「これ、疲れ目にきく点眼薬。運転する前につけたら? はい」


「ああ」


 夫はメガネを外し、渡された点眼薬を両目に差した。

 運転する頃には薬の効果が出るはず。

 私は笑顔で彼を見送る。



「いってらっしゃい」




【終】

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