第10話 婚約指輪
【注意】
※残酷描写があります。
「…子供が出来たの」
「え!?」
「ずっと生理がきていなくて、今日病院で検査してもらったの。そしたら3か月だって」
嬉しそうに話す彩子
俺は工藤悟
4つ下の持田彩子と付き合い始めたは、彼女が新入社員として入社した頃。
新人教育担当になったのが俺だった。
付き合い始めてそろそろ1年半。
「社内恋愛はいろいろ面倒だから、周りには内緒にしよう」
そう言って付き合い始めてからそろそろ2年。
最近俺は、会社の上司から見合い話を持ち掛けられた。
相手は常務の一人娘、加賀谷真由美。
短大を卒業したばかりの若い女。
写真で見る限りかなり美人だ。
「どうしたの? 話し聞いてる?
「あ、ああ。もちろん聞いてるよ。突然すぎてびっくりしたんだ。ところでその事、もう誰かに話した?」
「ううん、まだ。一番初めにあなたに伝えたかったの」
「…そうか。そういえば…ご両親とかに俺とつきあっている事、話しているのか?」
「付き合っている男性がいる事は言っているけれど、悟の事はまだ誰にも。あなたが内緒にしたいって言っていたし。でも妊娠したなんて言ったら、皆びっくりするだろうな。ふふふ」
楽しそうに笑う彩子。
良かった。
じゃあ、俺たちがつきあっていた事を知る人間はいないって事だな。
彩子とはそろそろ終わりにしようと思っていたところだ。
「今度の休みに、ご両親のところに挨拶にいくよ」
「本当?! 嬉しい!!」
俺に抱き、唇を押しつけてきた彩子。
俺は彼女の頬から首元へとゆっくりと手を当てる。
次の瞬間、身体を放し両手で彼女の首を絞めた。
「あ…ぐぅっ!」
彩子の手が必死で俺の手を剥がそうともがいている。
俺は彩子の身体に馬乗りになり、両手に全体重をかけた。
バタバタと足を動かしている彩子。
信じられない生き物を見るかのように俺を見ている。
その目は絶望に満ちていた。
バタバタ…バタ……
……ッ……
動いていた足音が留まる。
見開いていた彩子の眼の光が消えた。
俺はそこら辺にあったタオルを彩子の顔に投げるようにかけた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
広がる静寂。
音のない空間。
自分の荒い息だけが狭い部屋の中で響いていた――――…
ガタガタッ…
俺は大き目のスーツケースに彩子を詰め、車のトランクに乗せた。
「重い…二人分の重みか…」
トランクに横たわるスーツケースを一瞥すると、気持ちを断ち切るように蓋を閉めた。
バン!!
深夜過ぎの山林。
懐中電灯を片手にガラガラとスーツケースを引きながら山道を歩く。
その先につり橋が現れた。
ここは一度、彩子と来た事がある場所だった。
スーツケースには重りをさらに取り付け、橋の真ん中らから投げ落とす。
ドボーン!!
静まり返った闇の中で、激しい水音が木霊する。
どこかで鳥の飛び立つ羽音がした。
「これでいい」
俺と彩子が付き合っている事は誰も知らない。
彩子とのやり取りはLINEのみ。
スマホは処分すればいい。
これで常務の娘と結婚すれば、俺の人生は出世街道間違いなしだ。
部屋に帰ってから、一人ワインを開けて自分に乾杯した。
これからは順風満帆な日々が待っている。
はずだったのに……
俺は夢を見るようになった。
彩子が子供を抱いて現れる夢……
『あなたの子よ…悟……抱いてあげて…』
何度も…何度も何度も何度も!
あいつは夢の中に現れた……
「わああああ!」
その度に俺は息を荒くしながら目覚める日々。
「…じょ、冗談じゃないっ! なんで死んでからもあいつに付きまとわれなければならないんだ! なんでだよう!!」
俺の苛立ちは募る一方だった。
◇
「これがいいわっ」
今日は婚約者の真由美と婚約指輪を選びに来た。
店は銀座の宝石店。
どれもこれも軽く数十万を超えるものばかり。
真由美の場合は更にゼロを追加しなければならないだろう。
婚約者が選んだのはダイヤモンドの指輪。
女は得てしてダイヤがお好きらしい。
そして結婚指輪も買わなければならない。
出費が恐ろしく嵩んでいく…
心の中で大きく息を吐いた。
けど、この先常務の娘婿としてやっていく人生を考えれば安いもんだ
「あ、そうだ。これ、俺の部屋の鍵」
「わぁっ ありがとうっ」
嬉しそうに鍵を握り締める。
女は男から合鍵をもらうのがそんなに嬉しいもんなのか。
そういえば、あいつも喜んで……
「どうしたの? 悟さん」
思わずぼーっとしていた俺に声を掛ける真由美。
「い、いやっ 何でもないよ」
なんであいつの事なんかっ
よけいな事を考えるな!
俺は真由美に微笑んだ。
きっと張り付いた笑い方をしていた事だろう…
その後、常務の娘との話はトントン拍子に進み、とうとう来週、挙式を迎える。
全て順調だ。
…彩子の夢さえ見なければ……
「は!!……はあ…はあ…はぁ……っ くそっ! またか…っ!」
いつまで恨みがましく出てきやがる!
いい加減にしてくれ!!
毎晩のように現れる彩子の亡霊に、俺の神経系はすり減って行った。
ただ…こんな状態になると、ある不安が頭を過り始める。
大丈夫だよな?
スーツケースはしっかり閉めた。
口が開かないようにラッシングベルトをいくつも取り付けた。
けど死体からガスが発生すると浮き上がってくるって聞いた事がある…
いや、万が一、死体が見つかったとしても、俺との関係が分かるモノは何もない。
スマホはとっくに処分したから大丈夫だ。
————————— 本当に?
自問自答が続く。
一度抱き始めた不安は、透明な水に落ちた一滴のインクが広がるように俺の心を黒く染めていった……
「…藤っ 工藤!」
「は、はい!」
名前を呼ばれて、自分が会社にいる事を思い出した。
俺はあわてて、声がする方に顔を向ける。
「どうした? 何度も呼んでいるのに…」
上司が心配そうにやってきて、俺の顔を覗き込む。
常務の娘との縁談が進み、上司に仲人を頼んだ。
そのため、何かと俺の事を気に掛けるようになった。
「す、すみません…」
正直…あいつを殺してからろくに眠れていない。
「大丈夫か? ひどい隈だぞ。明後日結婚式なんだろ?」
「あ、はい…少し寝不足が続いていてい」
「ふ、緊張しているのか? 今日は早く帰って休め。新郎が式の途中で倒れたら大変だ」
「…お言葉に甘えさせていただきます」
俺は上司の言葉に従う事にした。
結婚式で新郎が体調を崩したら洒落にならない。
しっかり休まなくては。
けれど…目を瞑るとまたあの悪夢が蘇る。
『あなたの子供よ…抱いてあげて…』
「わあ!!」
またか…!
時計を見ると、まだ午後8時半。
電気を消した部屋の中で、時計だけが明るく時を刻んでいる。
「くそっ ふざけんな!」
バン!
傍にあったクッションを、いないはずの彩子の亡霊に投げつける。
壁に当たったクッションは、虚しく床に落ちた。
あいつを殺した事を後悔していないっ
逆にあいつがいたら、俺は出世できない!
あんな女に俺の幸せを壊されてたまるか!
悪夢を振り払うかのように、頭を掻きむしる。
その時、部屋のドアが開いた。
キイ……
「わあああああ!」
「悟さん」
そこには彩子が立っていた!
なぜだ!
あいつは死んだっ
俺が殺して川に沈めた!!
あいつは死んだんだよ!!!
「い、いいかげんにしろ! このっ 死にぞこないがああああ!!」
俺は彩子の細い首に手を伸ばし、力の限り締め付けた。
「…ぁ…がっ…」
ドクドクドク…と感じる命の音。
彩子の爪が俺の手に食い込む。
俺はさらに力を籠めた。
「………っ」
だらりと彩子の手が落ちた瞬間、手の裏に感じていた音も消えた。
ドサリと床に落ちる彩子。
♪~
その時、スマホの明るい着信音が真っ暗な部屋の中で響いた。
表示されたのは『常務』
俺は慌てて電話に出た。
「は、はいっ も、もしもしっ」
『あ、悟君? 具合はどうかね? 君の上司から連絡が来てね。娘が心配して様子を見に行くとそちらに向かったんだが着いたかな?」
「………え?」
そう言えば…真由美に合鍵を渡した。
俺は彩子が倒れた方に目をやる。
左手には先日買ったダイヤモンドの指輪が、暗闇の中で光っていた―――――…
【終】




