神様のお願い
のんびり更新です
ささやかな水路を挟んで植えられた桜並木が、柔らかなピンク色に染まり始めて、春の訪れを告げている。
並木道から細い路地に入ったところにあるアパートの2階から、まだ咲き始めたばかりの桜を眺めて満足そうにしていた少女は、のんびり眺めていたい気持ちを抑えてカーテンの取り付けを再開した。
桜並木に水路もあるし、少し歩けば緑がいっぱいの大きな公園もあるし、スーパーもコンビニもそれほど遠くないところに建っている。大きめの道路と線路は近いから五月蝿いのではと心配していたが、想像していたよりは全然静かだった。
駅もそれなりの距離だし、バスもあるから交通の便も良さそうで、新生活を始めるにはかなり条件が良いと少女は思う。もっとも結構な田舎から出てきた彼女からしてみれば、大抵の都会は移動が楽で買い物がしやすい場所で、即ち条件の良い場所となるのだが。
ふと時計を見れば12時半になろうかという所だった。時間がわかると体は正直なもので、今まで何ともなかったのに急速に空腹を訴えてくる。冷蔵庫は数時間後に届く予定だし、引っ越し初日では家に食べ物などない。手元にあるのはお茶のみ。少女は小さくため息をついて、近くのスーパーに買い物に行くことにした。
スーパーまでは歩いて5分もかからないし、財布と携帯だけ持てばいいと少女は立ち上がった。いや待てよ、2度も買い物に出るのは面倒だから、夕飯と明日の朝御飯も一緒に買ってしまおうと思い直す。冷蔵庫はまだ来ないが、数時間で食べ物が腐るような陽気でもない。
お気に入りのポシェットに財布と携帯を放り込んで、出かける準備は終わりだ。
実家は常に祖父母が居たため縁のなかった“家の鍵”に何となく心が弾んでしまう少女は、ウキウキした気持ちのままドアを開いた。
「――っ!」
目を開けていられないくらい眩しい。
今日はそんなに日差しが強かったっけ? とか、暗いところから明るいところに急に行くとこんな風になるんだっけ? などと考える。しかし、さっき窓から見ていた外はそんなに日差しが強くなかったし、カーテンは取り付けたもののすぐに開けたので、そんなに暗い部屋から出てきた訳じゃない、と少女の脳はすぐさま自身の疑問を否定する。
立ちくらみを起こすというほどの動作もしていないはずだ。
……そろそろ目を開けてみた方がいいのかもしれない。玄関口でドアを開けたまま立ち尽くす変な人になっているかもと少女は恐る恐る目を開く。
視界は真っ白だった。
右も左も上も下も、どこもかしこも白色で埋め尽くされていて、目は開いているはずだと少女はまばたきを繰り返す。
光で目がやられると、視界って真っ白になるものなんだっけ?
疑問符を飛ばす少女に答えをくれるものはない。
もう一つ疑問がある。離した覚えがないのにドアノブの感触がない。いや、無意識に離したのかもしれないからそれは別にいい。玄関からは片足が出たかどうかというところだったと少女は記憶している。それなのに腕を振り回してみても、ドアにも壁にも当たらない。
三半規管がやられたのか平衡感覚も怪しくなっている。これは指標となる地面が見えないからだと言うこともできるが、果たしてそれが真実だろうか。
……このシチュエーションに少女はなんとなく覚えがあった。彼女の二つ上の兄が、面白いから読んでみろと貸してくれたライトノベルや漫画にあったアレ。そう、異世界転移だとか転生だとかの冒頭部分に酷似してやいないか。
「え……死んだ?」
嘘でしょ、と彼女は思わず声にしていた。だってトラックには轢かれてないし、高所から落ちた訳でもない。ましてや病気になんてなるはずもない健康体で、直前まで元気に荷解きをしていた。
「あー大丈夫、大丈夫。死んでないから」
己の状況に戦慄する少女に、なんとものんびりした声がかけられる。驚いて視線を巡らせた少女の目に人型の何かが写り込む。何か、としか少女には認識できなかった。
なんとなく背が高いような気がしたので男性だろうかと思うが、輪郭は酷く曖昧で大人のようにも子供のようにも感じられる。さっきの声だって大人の男性の声だったような気もするし、子供か老人だったかもしれないとも思う。
「ここには私の依り代がないから、姿は好きに想像してくれていいよ」
気配が笑っているような気がした。
「この空間も、君が落ち着ける場所を想像してくれていい」
目先の疑問にはとりあえずの蓋をして、声に言われるまま少女は自身の落ち着ける場所を必死に思い浮かべる。昨日まで居たのに、もう遠くに感じられるあの場所。
少女が想像したのは実家の縁側。祖父母とお茶を飲み、読書をしたり音楽を聴いたりして、寒い季節以外は専ら過ごした場所だ。
声の主も想像しなくてはと少女は小さく唸る。
思い描いた姿は、引っ越し先まで乗って来た新幹線で読んだ漫画のキャラクターに似ていた。和洋折衷のような衣装に、ふわふわと揺れる銀とも白ともいえない髪。それに深紅の瞳。
別に好きなキャラという訳でもないのにな、と少女は思う。ただ、神秘的な外見や設定がこの声に合うと頭の片隅で考えたのが反映されたのだろう。
「ふむ、中々いい創造力だ」
感心した様子の声の主は悠々と少女の創造した実家の庭を歩き、縁側に音もなく座ると少女をひたと見据えた。
「え、と……神様?」
少女の躊躇いがちな疑問の言葉に、神秘的な青年の姿になった声の主は頷く。
「うん、私はベネツィユィーアという。君の住む世界とは異なる世界の神だ」
「……異世界の、神様」
声の主の返答に、少女は呟きをこぼす。……こぼれなかった分は胸中に撒き散らしておく。
(神様だって! なんとなく分かってはいたけど! だって異常事態の中の異常な存在、それが神様でないならなんだっていうのよ……精霊とか? もしくは妖怪?)
一見困惑した様子の少女に、青年姿の神は微笑ましそうな表情をした。
「そうだね、精霊も妖怪も神の一種ではあるけど」
「……!!」
一呼吸の後に、心を読まれたのだと気付いた少女は驚いた表情で青年姿の神を凝視したが、すぐに視線を逸らす。
(わあぁぁぁ! アホなこと考えてるのが筒抜けとか恥ずかし過ぎる!!)
僅かな間、頭の中で恥ずかしさに身悶えていた少女だったが、それも全て筒抜けなのだと気付き、慌てて気持ちを切り替えようと深呼吸をした。
大きく息を吸って、吐いて。
「はあぁぁー、すみません、取り乱し、まし、た」
「私の方こそすまない、勝手に心を読むなと前にも怒られたのを失念していた」
神様を怒る存在ってなに……とまた余計なことを考えそうになった少女は、物理的に頭を振ることでその思いを打ち消した。それより先にやることがある。
「あの、私はどうしてここに呼ばれたのですか?」
そう、己の現状を把握しなくてはいけない。
買い物しようと家から出たら神様に会いました、なんてどこのライトノベルなのよ、と胸中で少女は愚痴った。自身の兄が該当作品を並べ立ててくれそうだと気付いたのも愚痴に拍車を掛けていたが、表には出さないでおく。……もっとも心を読む神様相手には意味はないが。
「君にお願いがあってね」
「……お願い?」
神様のお願いなんて不穏だな、と少女は思った。近所のチビッ子達だったら可愛いお願いしか出てこないだろうに、古今東西どこの神様でも“お願い”なんて碌なことを言わない気がする。
訝しげな視線に気付いたのか、またしても心を読んだのかは少女には分からなかったが、神様は少々慌てた様子で言葉を続けた。
「あ、全然難しいことではないんだよ。痛いこととかもないし」
そう言って美しい青年の姿で微笑まれると、何でも言うことを聞いてしまいそうになる……そう思った少女は深いため息をつく。
別に特別好きな容姿とかではないし、急な一目惚れとかでもない。この、訳もなく言うことを聞いてしまいたくなる感覚は、相手が神様だから起こっている感情なのだと彼女は自分に言い聞かせていた。そうでもしなければ、直ぐ様首を縦に振ってしまっていただろう。
「い、痛いことがないのは有難いですが、何をすればいいんです? 私に特別な力とかはないですし、今から与えられても使いこなせないと思うのですが……」
兄の影響で転生物ライトノベルもそこそこ読んでいる少女は、言外に何も出来ないと言い……むしろ無理だという気持ちを滲ませた。いや、魔法だったらちょっと使ってみたいんだけどね、と頭の片隅でだけ付け足しておく。
「いや特別な力とかは何も要らなくて、ただ……」
「ただ?」
大体の話は転生の際に特別な力、所謂チートと言うものが与えられるのだが、それが無いことに落胆すればいいのか喜べばいいのかもよく分からない。
「ただ……君のまま私の世界に来て欲しいのだ」
「??」
神様の放った言葉に、少女は疑問符を浮かべるしか出来なかった。言葉は理解できた、しかし言っている意味が分からない。
(神の言葉を理解するなんて、私にはまだ早い……?!)
「ふふ、順を追って説明させて欲しい」
「え、はい」
少女の思考を読んだのか、少し楽しそうに笑った神様は、彼女を手招きして縁側に同じく座るように促した。
招かれるまま神様の隣……は流石に畏れ多いので少し間を空けて少女が座ると、空けた場所に湯呑みとお茶菓子が現れた。回転寿司屋で見るような大きめの湯呑みに注がれた緑茶に、堅そうな煎餅と豆大福とか、10代の少女に出すには中々に渋いチョイスである。もっとも、祖父母と過ごす時間の長かった少女の好物ではあるのだが。
「まあ、お茶でも飲みながら聞いて欲しい」
そう言って神様自身も湯呑みを持つと、当たり前のようにお茶を一口飲んだ。
それじゃあと神様に倣って少女も湯呑みに口をつける。やや熱めのお茶がじんわり胃に染みていき、知らず緊張していた身体が少しほぐれたようだった。
「さっきも言ったように私は異世界の神で、私の世界は……ルーテゥルトと言うんだが、現在進行形で崩壊の危機に晒されている」
「ほう……かい?」
直ぐ様“崩壊”に変換できたのは兄の教育の賜物だろうか。
(いや、そうじゃなくって!)
崩壊の危機だと言うのならそれは、こんなところで自分とお茶など飲んでいる場合ではないのでは、と少女が不安そうな表情を浮かべたので、神様は困ったように笑う。
「現在進行形とは言ってもね、今すぐどうにかなってしまうわけじゃないんだよ。こう、じわじわと形が崩れていくというか……」
神様の言う崩壊の表現に顔をしかめつつも少女は想像してみる、川の流れが岸を削るような感じだろうか? 大雨の後に近所の川周辺の地形が変わっていたのを思い出す。あれは急激な変化だった訳だが、普段の水量の川ならば岸が削れるのも中洲が増えるのも気付かないような速度だろう。
「じわじわ……」
なんとなく擬音語だけ繰り返してしまった少女は、その何でもない音が怖いような気持ちになった。
「そう、少し波はあるけれど、君に説明をする時間が取れないほどじゃない」
それなら話を遮るべきではないと、背筋がそわそわとするような居心地の悪さを感じたまま少女は頷く。
「話の続きになるけど、崩壊を食い止めるために異世界の人を招く必要があるんだ」
「……余計に崩壊しそうだけど」
崩れかかっているところに異物など入れたら、更に崩壊が進んでしまいそうだと感じた少女は素直にそうこぼした。少女の言葉に神様もゆるりと首肯する。
「普通に考えたらそう思うだろうね。でも……そうだな、糊のようなものだと思ってもらえればいい」
お前は糊だと言われて喜んでいいのかは悩ましいが、そういう効力を持った異物だと言うのなら確かに入れても問題ないだろうと少女は納得した。
「じゃあ、私はその糊として神様の世界……るーとうと? に行けばいいんですね?」
「引き受けてくれるのかい?」
少女が内容の整理にと発した言葉に、神様は明確に声を弾ませる。喜びを滲ませる人外の美貌は、神々し過ぎて少し心臓に悪い。
神様の勢いに少し気圧された少女だったが、返事をしようとして気付いた。
「え、と……もう少し詳しく聞きたい、です」
そう、契約だとか約束の前には慎重に内容を確認しなくては。安請け合いは危険行為だ。
内容を聞いたら断れない、なんてどこかの悪徳業者みたいなことは流石に神様はしないだろう。……たぶん。
「ふふ、大丈夫だよ。この程度の説明で行ってくれとは言わないから」
「……はい」
安心させるような神様の物言いにホッとしつつも、勝手な想像で悪人みたいな扱いをしたことに少しの罪悪感と羞恥を覚える。
「まず1つ、期間は1年。それと、やらなくてはならないことは無し。やってはいけないことは……殺人とかかな。後、言語は理解出来るようにしておこう、あまり手を出したくはないけど……流石に困るだろうからね」
恥ずかしさにぐるぐるする少女を置いて、神様は1本2本と指を立てて数えながら条件を提示していく。無言でそれを聞いていた少女は、ちょっとメモが取りたいかもと思いながら結局言い出すことはなかった。
「後は、事件や事故に巻き込まれて生命の危機に遭遇した時は、期間や状況に関わらず私の一存で元の世界に送り返すから」
「生命の危機……」
現実感のない場所で現実感のない話をされていたのに、急に生々しい話になった気がする。でも、契約ではたぶん一番大切な項目だろうと思い直す。
そうだ、ライトノベル好きの兄だって、最近は慎重派主人公が多いと言っていた。いのちだいじに、だ。
「うん、所謂魔物と呼ばれるものもいる世界だからね」
「魔物」
突然の新要素追加に、オウム返しに言葉を紡ぐしか出来ない。先程の生命の危機という言葉と相まって、背中を嫌な汗がつたう。
「人の生息域には滅多に出ないけど、君があちこち出歩きたいなら遭遇する確率は必然的に上がってしまうね」
(こ、怖すぎ……町から離れないようにしよう)
1年間ずっと町から出ないのは流石に無理だろうけど、用事がない限りはなるべく町にいるようにしようと少女は心に決めた。
「あと、どうしても期限より前に帰りたくなった時は、私を呼んでくれたら帰してあげよう」
魔物の対策について思いを巡らせていた少女は、神様の言葉を上手く飲み込めなかった。
(帰りたくなったら帰れるって、それはサービスが良過ぎない? そんな自由に帰れるようにしたら神様困らない??)
とりあえず確認してみなくちゃと口を開く。
「それは……用事があるから早く帰りたいとかではないですよね?」
そもそも用事があるなら異世界行きを承諾しないだろう。
じゃあ期限より前に帰りたくなるってなんだろう、と理由を考えてみるが思いつかない。
「そうだね、ホームシックとか……向こうの住人と反りが合わないとかかな」
「ホームシック……」
自分はならない、と思っていてもなってしまったりするあれか。それに関しては少女自身も人のことは言えない、絶対大丈夫なんて言うわけにはいかない事柄だった。
「1週間で帰った子もいるしね」
「流石に早すぎじゃないですか!?」
責任感の欠片もない、と顔も何も知らない相手に少女は憤慨する。
「うーん、行ってみたらやっぱり無理だったって泣かれるとねぇ、こっちも無理を言ってお願いしてるわけだしね……」
1週間で音を上げるのなら行く前にわかるだろうに。
でも、もし神様が“10代の少女”に限って人を選定しているのなら、そういったことが起こるのもわかる。高校生くらいの子が親元を離れて全く知らない場所へ行くのは、たとえ1年間だけだとしても、相当な勇気と覚悟が必要だと思う。
他人事のように考えている少女自身も親元を離れたばかりで、どうしても行きたい大学の為に勇気を振り絞り覚悟を持ったところだった。
それにしても、ちょっと神様には物申したい。
「どうして向こうに行ったまま帰らなくていいって人を探さないんですか?」
「……中々、絶対帰らなくてもいいという子は見つからないね」
それはちょっと探し方が悪いのではと思ってしまう。
そもそも10代の少女じゃなくてはならないのか? 確かにライトノベルや漫画で異世界に召喚されるのは高校生が多いが、社会人が主人公の話がないわけじゃない。社会人の方が責任感があっていいのでは、と安易に考えてしまうが、何が駄目なんだろう?? それに男の子が駄目な理由は……?
うんうんと唸って考え込む少女に、神様は眉尻を下げてわかりやすく困った顔をした。
「やっぱり、行くのが嫌になったかい?」
思考の海にどっぷり浸かっていた少女は一瞬反応が遅れ、それから問われた内容を理解して首を小さく横に振る。
「……いいえ」
「そうか、それは良かった。ああ、戻る時の話もしておこうか。戻る時は、君をこの空間に招いた時の数瞬前に帰すつもりだよ」
少女がこの空間に招かれた数瞬前なら、玄関でドアを開けようとしてるくらいの時だろうか。
1年間も何をしようとしていたか覚えていられるだろうかと、ちょっとズレたことを考えていた少女は、またも神様の声で思考から抜け出した。
「他に聞きたいことはあるかな?」
問われても他に聞いておくべきことが思い付かなくて、少女はしばし黙り込む。
何かあったかなと、何冊も読んだライトノベルや漫画の冒頭部分を思い出す。そもそも転生物だと、戻るということがないから参考にならない。転移物でも、神様みたいな存在が介在しない話も多いのでこちらも微妙だ。……何となく兄に助けを求めたい気持ちになる。
(そうだ、重要ではないけど……)
「記憶って、どうなりますか?」
「戻った後の話だね? そうだなあ、君の気持ち次第でどちらにも出来るよ。思い出として残したいならそのままにするし、忘れたいなら消すことも出来る」
「……なるほど」
これは戻って来る時の気持ちで決めた方が良さそう、と少女は結論づけた。
他には何かあるかなと、また考え込む少女を神様は心配そうに見詰める。
「……!」
少女が想像した仮初めの器が少し揺らいだのを感じて、神様は少しだけ表情を曇らせる。
気付いた様子のない少女を急かすことはしないが内心は焦っているのだろう、口元に手をやったり髪を弄ったりと落ち着きがない。
流石に声をかけようと思ったのか口を開いたが、同じタイミングで少女がパッと顔を上げ神様の方を見た。
「うん、思いつかないので、大丈夫かと思います!」
神様が少女の思考を中断させる言葉を吐くことはなく、恥ずかしそうに思考の終了を告げる彼女に目を瞬かせることになった。
「本当に、大丈夫かい……? 出来れば1年間頑張って欲しいし、納得出来ない状態では送り出したくないのだけど」
時間が無いのがわかっているのに、少女を心配するあまり引き止めているかのような言葉が口をついて出ていた。
「大丈夫、ちょっと知らない国に1年間留学するんだと思えば大したことないですよ!」
少女の豪胆な応えに神様は驚き瞬いた後、ゆっくり息を吐くような間をあけて、それから破顔した。それを直視してしまった少女が「美形の笑顔は破壊力ヤバイ……」などと呟いていたが、華麗にスルーした神様は少女の手を取り視線を合わせて言う。
「ありがとう、それじゃ1年間よろしくお願いするよ」
「はい、任せてください!」
ちょっと声が上擦っていたが、少女は快活に返事をした。それに安堵した神様は、柔らかな表情で鷹揚に頷く。
準備万端といった様子で見詰めてくる少女に、神様は深紅の瞳を細めて小さく頷いた。
「じゃあ、向こうに送るから」
話の非現実ぶりに実家の縁側に座っていたことも忘れていた少女だったが、立ち上がった神様を追って自身も横に……というか向かいに立つ。
じわりと溶けるように縁側と庭が消えていく。
跡には最初に来た時の真っ白な空間。それと、少女の身体も足元から白い空間に溶けていって……少しの期待と不安の籠もった視線を神様へ向ける。
「無理はしなくていいからね、辛くなったら何時でも呼んでいいんだよ」
銀髪紅眼の神秘的美形な外見なのに、なんだか母親みたいなことを言っている神様にちょっとだけ笑ってしまって、そのまま手を振って少女は異世界へと旅立った。来た時みたいに扉はくぐらなかったが、同じような真っ白の空間に包まれて。
世界を渡るのってどんな感じなんだろうと少女は考えていたが、すぐに夢の中のような感じで自分の居場所が曖昧になった。
……少し落下しているような気がする?