こたつの魔力
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
君の家は、もうこたつを出したかい?
うちはもう、年中こたつを出しっぱなしにしているよ。別に電源をつけて使うとは限らないんだけどね。
あの天板を設置しただけで、こたつ布団を仕込まないでさ。ちゃぶ台のようにして使っているんだ。物を乗せておくにも、ちょうどいいんだよね、あの四角形。
こたつのおこりは、室町時代のこととされている。
囲炉裏の上にやぐらを組んで、そこから衣服をかぶせる形で用いられたらしい。中国から似たような形式の道具を輸入したという話もあるね。
足元だけを暖めるのが当初の作りらしかったけど、こたつ布団の改良によって、どんどん潜りこめる面積が広がっていったのだとか。
そして、こたつに入り浸りたいときというのは、外へ出ていきたくないときでもある。湯船に浸かっているのと同じで、そのぬくんだお湯から出て、外の寒風にさらされるときは生きていて指折りのしんどさだろう。
こいつは身体を冷やしたくないという生理機能が働くから、と言われているが、ひょっとすると別の理由が潜んでいるかもしれないよ。
僕が聞いた話なんだが、耳に入れてみないかい?
いとこが以前に体験したことらしい。
その年もまた、暮れが近づいてきたことで、家にこたつが出されるようになってきた。
いとこもご多分に漏れず、ややもすれば帰宅と同時にこたつの電源を入れて、その布団の中へ下半身を潜り込ませる始末。
出ていくのはトイレに食事、風呂に就寝のときくらい。いちどこたつで眠ってしまい、風邪をひいた経験から、眠気を感じた時には身体にムチを打って出ていくことはある。
他にも例外はあるが、基本はこたつ待機。すでに天板の上へ置いてあるみかんを食べながら、ぬくぬくテレビを見るのが冬場の大きな楽しみなのだとか。
その日は朝から雪が断続的にぱらつく、全体的に暗めなときだったらしい。
積もるには至らず、道路やその他を心地悪く濡らす程度にとどまるが、それはそれでやっかいだ。へたに凍り付けば、細心の注意なしだとスリップ事故を起こす危険な道へ変わりかねない。
それも陽が暮れてからのことだろと、早めに家へ帰り着いたまではよかった。
ところが夕飯直前、ふとテレビで流れるドラマの一幕がきっかけになって、プリントを学校へ置いてきたことにいとこは気づいてしまう。
きちんとランドセルへ入れたはずだったが、そそっとこたつ近くへ引き寄せ、中を漁ってみたところ、見当たらない。
これが練習問題プリントとかなら最悪、明日登校してすぐに片づける選択もできる。
だが、忘れてきたのは親の記入と捺印が求められるもので、ごまかしがきかない。期限も翌日までだから、後日にのらりくらりと延ばすこともできない。
親に事情を話し、外出の許可を得ようといとこはこたつを出て。
正味3秒。すっと立つも、歩き出すより先にすぐ布団へ引っ込んでしまう。
寒い。部屋の暖房はつけているはずなのに、立ってからすぐ、水を頭からかぶったかと思うほどの寒気が走った。
風邪かとも思ったけれど、それならこたつに入っている間も、身体の悪寒は続くはずだ。
それが、ここにとどまっている間は、肌のどこにも寒さを一向に覚えないんだ。二、三度繰り返しても同じだった。
不可解ではある。だが、このままだと夕飯ができてしまい、学校も立ち入りづらくなってしまうかもしれない。
意を決して、いとこはこたつから出て、外出用の上着に袖を通す。
どこからともなく、生地を分け入って入ってくる寒気はおおいに鳥肌を立ててきた。つい足踏みをしてしまうほどだが、そこはどうにかごまかし、親へ早口で用件を伝えて外へ飛び出したらしい。
とたん、いとこはどっと顔から汗が噴き出すのを感じた。
暑い。そしてサウナの中へほっぽり出されたかのような、熱のこもり具合だ。着てきた上着もその下も、丸ごと引っぺがしてしまいたい衝動にかられる。
だが、目の前はすっかり陽が暮れて夜になっているし、ぱらつく雪の姿も見えた。
――これ、自分の体温をととのえる機能のほうが、どうかしちゃったんじゃないか?
ひとまず用を済ませたら、早く休もうといとこは先を急いだ。
仕事帰りの人も多いのか、学校へ向かう途中で車は何台か見かけるも、歩行者や自転車は見当たらない。
車の人も雪の中で窓を開ける人はいないらしく、ウインドウは閉め切ってしまっている。
いまだいとこの感じる暑さはあったが、どれほどの人が進行形で共感をしてくれていることか。
雪の粒が大きくなっていく。変わらず冷たさは感じないが、吹きすさぶ風がたくみにいとこの視界をさえぎり、邪魔をしてきたとか。
いま振り返ると、あれは見せたくないものを隠そうとする、気持ちの現れだったのかもしれないと、いとこは思っているらしい。
その答え合わせは、学校にて行われる。
曲がり角の先からのぞく校庭をひと目見て、いとこはつい足を止めて見入ってしまった。
運動場に見慣れない小山ができていた。校舎よりやや高めではあるが、視線を上に向けると、山はそれぞれ高さを異にする五つのてっぺんに分かれている。
よく見ると、それらにはところどころ人の腕ほどはあろうかという、極太の毛が生えて、その何本かはおじぎをするかのように、頭を垂れている。
いま、いとこは校舎を上回る高さの、何者かの足の裏を見上げていたのさ。
あっけに取られるのも、事態が呑み込めてから数秒の間。
いとこの視線を感じたかのように、ふとかかとを持ち上げた足の裏は、次の瞬間には前方へかっとんでいくかのように遠ざかり、見えなくなっていってしまったんだ。
もし足が伸ばされていたなら、下敷きになっていただろう家々は、いずれも無事。普段通りの景色が、そこにたたずんでいる。
ほどなく、蒸すような暑さも引いた。顔へ吹き付ける雪たちは、ようやく本来の冷たさでもって、立ち尽くすいとこの肌をぽつぽつと湿らせ、熱を奪っていく。
いとこはあのとき、この一帯が足の主のこたつになったかのように思えた。
ゆえにその邪魔をさせないよう、できる限り家の中、できれば各々のこたつから外へ出ないよう、仕向けられたのではとね。