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この小さな箱庭に、幸多からんことを  作者: 葵爲 理燈音
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第一夜:始まり

第一夜:始まり


龍。


それはこの世で最も強力な力を持った生物。

悠久の時を生き、体は一流の武具でも傷一つ付かないほど硬い鱗に覆われ、背に広がる一対の翼は海を軽々越えるほどの機動力を持ち、鋭い爪と牙は容易く命を刈り取っていく。さらに大規模な魔術を次々と使い、息をするように魔法を行使する。(あまつさ)え高い知能も併せ持ち、例え傷をつけたとしても瞬間的に回復してしまう生物の頂点。

全生物の天敵。


そのうえ龍の血が混ざった獣は魔獣と化し、圧倒的な戦闘力を得て暴れ回り、龍の血からは(けっ)(しゅ)と呼ばれる殺戮(さつりく)兵器(へいき)が生み出される。



人々はそんな敵から身を守るために街を壁で囲み、生活していた。


帝国は各街にギルドを設立し、腕に自信のある者たちを集め、増え続ける魔獣たちを狩る、

狩人(ハンター)という職業を作った。


狩人(ハンター)は危険な街の外にでて魔獣を狩るだけでなく、街中では手に入らない素材を集めたり、別の街に行く者の護衛など様々なクエストをこなして稼いでいた。


ギルドの、延いては帝国の最終目標はこの国の領土に存在する5体の龍を討伐することだ。


しかし龍が生息しているのは「龍の迷宮(ダンジョン)」と呼ばれる大量の魔獣や血種が存在する危険極まりない場所であり、龍本体に辿り着くことすら困難な状況だった。

結局、帝国とギルドが設立して300年間、誰一人このグランドクエストをクリアする者は現れなかった。




それが当時の状況だった。


私もギルドに加入してからレイピアを振り続けて2年が過ぎようとしていた。

私は昔からの付き合いである3人とパーティーを組み、狩人(ハンター)の中でも選ばれた存在である騎士(ナイト)になるため励んでいた。


その日のことはもう数十年も前のことだというのに今でも鮮明に思い描ける。


私という小さな一個人が、歴史という大きな波に関わっていく発端となった日のことだ。



その日も、私たちはいつもと同じように壁からそこまで離れていない平原で、ノルマである魔獣狩りを(おこな)っていた。


「とりあえずここら辺は片付いたか。腕が疲れた」

「そんな大きな剣振り回してるから疲れるんだよヴォルド」

「あ?じゃ誰が盾役やるんだよ。直剣なんかじゃ攻撃防げねえだろうが」

「魔法や魔術で、というか盾を持てばいいじゃないか」

「お前は俺が魔法を使えないって覚えられないのか?盾は動きの邪魔になるから嫌なんだよ」

「お前たち口論はその辺にしてこっちにこい。ユーリーを手伝え」

「チッ。お前のせいでまたエレナの野郎にブツブツ言われだろ」

「完全に僕のせいではないでしょう。あーお腹空いたー

 エレナもうレイピア外してんじゃん早」

「お前だけが空腹なわけではないのでな」

「今日は少し豪華にしてみました。いかがですか?」

「毎日ありがとうユーリー」

「いえいえ。さあ、いただきましょう」


私たちはギルドに所属する狩人(ハンター)として誰かからの依頼であるクエストのほかに、帝国に士官する騎士(ナイト)になるための、国から義務として定められたノルマをこなしていた。一定期間にこれだけの魔獣を狩れ、というタスクだ。

私たちはめぼしいクエストがないときも、こうして壁の外に出て己の技術向上を図るとともに、ノルマをこなす生活を送っていた。


「カイル、さっきの魔術もう一拍遅い方が効果的だったんじゃないか?」

「そうするとヴォルドの魔術に干渉しそうで焦っちゃって」

「俺が撃ち終わってからじゃダメだったのか?」

「そしたらお前何匹かに襲われそうだったろ」

「ユーリーがなんとかしてくれるだろ」

「あの瞬間は私もフォローに入れたが…あまりユーリーに負担をかけるなよ」



私たちは魔術、魔法、そして白兵戦を用いて魔獣と渡り合っている。


魔術とは身体を巡っている魔素を、マイトゾールと呼ばれるソフトマターで作った魔法陣を通すことによって形を整えたり、特性を加えたりしたものだ。基本的に体外に魔素を放出する前に属性を付与する。属性は生まれつき決まっており、一つしか変換できない者から複数個可能な者もいる。属性は基本の四属性である火水地風に天と冥の二つの副属性、対極の光と闇を元として派生している。主なもので言えばこの国の現皇帝が操る雷などだ。

属性を付与し、体外に放出した魔力を陣に通すことによって形作り特性を与える。魔法陣を多重に組み、術式とすることによってより精度の高い、バリエーションに富んだ攻撃ができるが、瞬間的に大量のマイトゾールをコントロールしなければならないので難易度が跳ね上がる。


当時の私は瞬間的に組み上げるのは三つ、実戦中に編むことができるのは十が、それも記憶しているものが限界だった。


魔術の精度は魔法陣の数によるが、威力は素となる魔素の量に比例する。結果的に魔力量で火力を底上げし、ゴリ押すのが1番効率的だ。徹底的に人手不足であった世の中で、あまり教わる、ということがなかった私たちがたどり着いた結論はこれだった。世間一般にも状況は私たちとそこまで変わらず、皆同じ結論に至った結果世の常識と化していた。だからギルドでも魔力量をランクの選考基準の一つにしていた。しかし幸いなことに、私たちは魔力量が平均よりも多かったのでそこまで不便なことはなかった。


そして魔法とは星に願うことで、”星霊”と呼ばれるものを操って現実世界に干渉するものだ。影響力は詠唱と術者の”適合率”によって決まる。もちろんランク選考の基準にも適合率が入っている。

基本的に、詠唱が長ければ長いほどより大規模な事象改変が可能だが、同じ規模の事象改変を行うとき、より適合率の高い術者のほうが簡単な詠唱で改変することができる。詠唱を省略した所謂無詠唱の技術も存在するが、一握りの実力者のみが可能な超高等技術だった。


魔術が点への作用に向いているのに対し、魔法は面への作用に向いている。

従って当時の定石では、攻撃は魔術、防御は魔法とされていた。


実戦でのテクニックとして、相手が展開した術式と完全に反対の性質を持つ術式を展開して魔術を解体するというものもあるが当時の私たちにはまだまだ不可能な話だったし、そもそも陣を編むほど知能の高い魔獣とは滅多に遭遇することがなかったためあまり身近な話ではなかった。


基本的には魔力が高い場合は適合率が低く、適合率が高い場合は魔力が低い。しかしどちらも高い水準で保持していたり、どちらかを全く持っていないという例外もある。


当時の認識はこのようなものだった。私たちも、周囲の大人たちもそれが常識だと思って生活していた。全てを知った今、知識が隠蔽されていたのは仕方のないことだとは思うが、もし当時もっと知識が普及されていたら助かった命もあったのではないかと思うと少し複雑な気分になる。


「来たぞ」

「どーやら休憩は終わりみたいだな、ったく」

「もうひと稼ぎと思って頑張ろうよ」

「いつも通りのフォーメーションで行くぞ。ユーリー、頼んだ」

「防壁張ります!」



私たちのパーティーでは、圧倒的に適合率が高く、また豊富な魔力量も持ち、水、風、地、天、冥の5属性を操り難易度の高い回復魔術まで扱えるユーリーが最後衛に。

地属性の魔術で足場を作って立体機動し、主武装の双弓で風、冥の魔術弾で遊撃する後衛のカイル。

レイピアを主武装に風、地、天、冥の4属性の魔術と魔法をバランスよく扱える私が前衛を。

そして最前衛を、魔法を使うことができないが火、地、風、冥、天の5つに加え希少な対極属性である闇までもつヴォルドが担い、圧倒的な火力と大剣で立ち塞がる障壁を破壊する。これが当時の私たちのパーティーの基本のフォーメーションだった。



「ヴォルド!!」

「オラッッ!!」


先頭の一匹を大剣でなぎ倒すとヴォルドは左手を突き出して3連の術式を紡ぐ。


「喰らえ!」


そう叫んで放たれた火属性の魔力は一つ目と二つ目の陣によって圧縮され、ただの火炎が質量をもった火炎弾となる。最後の陣によって加速した火炎弾が後続の3匹を纏めて吹き飛ばし、焼き尽くす。

火炎弾を逃れた残りの猪型の魔獣が、ヴォルド目掛けて突っ込んでくるところに割って入り、相手の勢いに任せてレイピアを突き込みそのまま純粋な風の魔力を叩き込んで内側を破壊する。

さらに後ろから突貫してくる6匹目は、魔術を足場にして私の上に立つカイルの左の弓から放たれた風の矢に、足元を撃たれて吹き飛ばされ腹を晒す。


「引け」


右の弓に圧縮・形成の2連の術式を通して生成した土の矢を魔法で引き、とどめを刺す。



群れで襲いかかってくる魔獣に対して、ヴォルドが魔術で焼き、撃ち漏らしたものをカイルの双弓と私のレイピアが仕留め、後ろからユーリーが魔術と魔法で支援する。そんな戦い方をしていた。



「次きます!」

「エレナどけっ!!!」


ユーリーの声に反応してヴォルドが大剣に魔力を流し込む。

ヴォルドの大剣は()の部分に術式が刻まれている魔道具で、魔力を込めるだけで7連の術式を発動させることができる。もちろんバリエーションなどない、圧縮した魔力の(やいば)を放つだけの単純なものだ。

しかしヴォルドのパーティー一の魔力で放たれるそれは、慌てて射線から体を反らした横を、地面を抉りながら進み狼型の魔獣の群れを分断した。


「っチ」

「左は私が。カイル、ヴォルドのアシストを。ユーリーは残りを頼む」


威力に対してそこまで速度の出ないヴォルドの攻撃を群れの隊列を崩すことで避けた狼型の魔獣は右2匹、左3匹に分かれて進んでくる。

指示を出し走り出す。後ろではユーリーの魔力が活性化するのを感じて3匹のうち真ん中にターゲットを定めて接近する。


「オラッ!!」


ヴォルドが先ほど振り下ろした大剣を魔獣が飛び越えた瞬間に切り上げ、後続をカイルが右から打ち抜くのを視界の右端に眺めてから正面を見る。

先頭の魔獣が跳躍した瞬間に重心を下げ、足に魔力を集中させ加速する。

今まさに咬みつこうとした相手が自分の真下を通っていくことに驚いた様子の魔獣が、ユーリーの氷弾によってハチの巣にされてあげた悲鳴を聞きながら、2匹目にレイピアを下から突き刺し喉を掻き切り左側に転がって勢いを殺す。そのまま飛び掛かってきた3匹目の後ろ脚を切り飛ばし振り返る。

後ろ足を切られ着地に失敗した魔獣はユーリーによって顔を水で覆われ窒息していた。


立ち上がると二匹目も問題なく片付けた様子のカイルが、こちらに近づきながら疑問を口にする。


「猪が狼から逃げてたのはわかるけどなんか狼も逃げてる感じじゃなかった?」

「私たちを襲おうというよりかは逃げるのに邪魔といった感じだったな」

「狼も逃げてた…?」

「何から?」

「…」

「「「「「ッ!!!???」」」」」



魔獣とはいってももとは普通の動物なので魔獣同士で捕食、被食の関係はある。そして基本的に魔獣はダンジョンに近づくほど強くなっていく。狼はここ周辺では食物連鎖の頂点に立つ動物だ。ギルド内でも相当な才能を有していると評価されていた私たちにとっては狼に苦戦することがない以上、壁の近くの魔獣はそこまでの脅威ではなかった。



だから運が悪かったとしか言いようがないのだろう。


しかしそのおかげで彼との接点を持てたと思えば幸運だったのかもしれない。


今にしてみれば、全ては決定されたシナリオの上で踊っているだけだったのかもしれないとも思うが。



近隣で最強の狼が戦うこともなく逃げる何かの、その圧倒的な魔力量に気付いてしまい、全員が一斉に振り返り息をのむ。



まさかあんなところで血種と遭遇するなんて。



血種は魔獣とは全くの別物だ。魔獣はもともと動物だったものが、なんらかの原因で龍の血を取り込み、龍の魔力と凶暴性を手に入れたものだ。それに対して血種は龍の血そのものが、形を持って暴れているものだ。切ろうが潰そうが素が液体なのですぐに復元する。そして生存本能というものがなく、ただただ目の前のものを破壊しようとしてくるのでタチが悪い。魔獣は生き物なので首などを刎ねれば死ぬが、血種は核を破壊しない限り肉となっている血液中の魔力が尽きるまで破壊の限りを尽くす。


私たちは初めて血種と遭遇したわけではなかった。討伐したこともあった。

だがそれは頼りになる人たちとレイドを組み、万全の体制だった時の話であり私たちだけで、しかもそれなりに疲弊した状態で戦える相手では断じてなかった。



「どうしよう…血種なんて…」

「倒そうなんて考えずに攻撃を捌きながら街を目指そう」

「僕たちだけじゃどう考えても無理だからねっ!」


ドガアン!


「っクソ重てえなあ!」

「止められるか?」

「多少なら大丈夫だ!」

「よし!ヴォルドが攻撃を止めているところに私たちがカウンターだ。少しでも魔力を削ろう!ユーリー、ヴォルドをたのっ!」


街に戻れてから味方が多少は楽になるようにと指示を出していたところに火炎が襲いかかる。

放射してきた血種を見ると全身が発火していた。

鉤爪を抑えていたヴォルドが直であぶられ、叫びながら転がって離脱する。


「あっつ!?」

「ごめんなさい!すぐに補強します!」

「まさか単純な打撃では効かないと判断して…!?」

「これは抑えきれねえぞ!!」

「わかってる!回避しろ!!」

「じゃあどうやって攻撃するんだ!!」

「ヒットアンドアウェイで少しずつ削るんだ!」

「おいあいつ魔力溜めてるぞ!!!」

「!?!」

「星よ!我らを火炎よりお守りください!」


ボオアアアア!!


血種の放った火炎はユーリーの魔法防壁をこれでもかと揺らす。


「!?これじゃ保たない!」

「総員離脱準備!!ユーリー!整ったら解除しろ!」

「チィ!」


次の瞬間火炎を阻んでいた壁が消え、4人はバラバラに散って避ける。

火炎を避けられた血種は1番近くに転がってきたヴォルドに向かっていく。


「クソがア!」


バコオォン!


炎を纏った鉤爪で払われたヴォルドは防ぎきれないと判断して魔力を爆ぜさせ、爆発の威力で後方に下がったようだった。

吹き飛ぶヴォルドを深追いせず、血種は次に私を狙って突っ込んでくる。


「フッ!」


その大きさからは考えられないほどの速度で振り回される鉤爪を避けてはレイピアで斬り込むが、大したダメージは与えられない上に私は魔法で守られているのにも関わらず熱で少しずつ傷ついていく。

カイルとユーリーも魔術で攻撃しているが、全く有効打にはなっていない。

連続で炎の鉤爪を避けていた私はついに熱で足下が狂い、防御したもののまともに食らってしまった。


「グウッ…!」


入れ替わるようにヴォルドとカイルが躍り出たが、ノーマークだった尾に払われて痛手を追ってしまう。


血種がまず私にとどめを刺そうと鉤爪を振り上げるのを見て、反射的に目を瞑ってしまったが…


「星よ!迫り来る鉤爪を阻み、我らをお守りください!」

「ユーリー!」

「間に合った!!けどっちょっと耐えれないです…キャァッ!!!」


バコオオオン!


私と血種の間に割って入り結界を展開して私を守ってくれたユーリーだったが耐えきることができず二人まとめて吹き飛ばされた。


「カハッ」


受け身も取れず地面に激突した私は呼吸を狂わせながらも顔を上げた。

歪む視界に映ったのは1匹の相手に満身創痍で這いつくばるパーティーメンバー達だった。


―圧倒的だ…これは…終わった…か?―


血種はまず何度も自分の攻撃を阻んでくるユーリーを始末しようと口に炎を集中させていた。


―だとしても!見殺しになんてできるか!!―


衝撃と激突の打ち身で悲鳴をあげる体に鞭を打って立ち上がると、私はユーリーを庇うために走り出した。


「ユーリー!!!」


ユーリーも必死で防壁を紡いでいるが、放たれた火球を見て無理だと瞬時に悟る。

これでは防げないと分かっていても悪あがきで魔力を練る。

何ができるわけでもないが、年下のあの子の盾ぐらいにはなろう。そう決意し、血種の気を引こうと術式を編む。気が引ければいいので形成は捨てて圧縮・加速・加速の3連にする。



いざ放とうと魔力を開放しかけた瞬間。

それが初めて彼を目にしたときだった。



ふいに視界の端に一筋の黒い光が映った。

それが人だと認識した時には眼前でユーリーに迫る火球は真っ二つになっていた。

後方で左右に分かたれた火球が爆発した時には、短刀を手にしたその人は見たこともない複雑な陣を蹴り飛ばして血種の真下まで移動すると、魔力が爆発するのと同時に垂直に跳ね上がり、一瞬で首を刎ねていた。



目には自信があった私が、当時知らないなりにでも魔力で強化した動体視力で残像を追うのが精一杯だったことには戦慄した記憶がある。ギルマスですら踏み込み以外は追えることができていたので、私たちにとって最速の代名詞だったあの人よりも速いというのは信じ難いことだったのだろう。



彼は短剣を振りぬいた状態で落下しながら、頭を再生させ己の首を切り落とした輩を焼かんと顎門に魔力を集中させるのを見て何か呟くと、見えない力場を足場にして両足で頭部に連続で蹴りを叩き込んで炎を散らし、着地と同時に滅茶苦茶に振り回される鉤爪を全て避け胴の下まで潜り込むと、魔力のこもった左手を伸ばす。


「吹き飛べ。」


かなりの距離があるにもかかわらず、今度はハッキリとそう聞こえた途端。

信じられない量の魔素と星霊が放出され、血種を消し飛ばしていた。



それこそ星霊を見る、という行動を意図的に取っていなかった状態で魔力も星霊もはっきりと見ることができたのだ。今では当たり前に見ている星霊だが、あの時の光景は褪せることなく脳裏に焼き付いている。当時の私はさぞかし驚いていたのだろう。



周りの血肉を吹き飛ばされた血種は、中心から日光を反射させ赤く輝く石だけを残して肉片ひとつ残らず消え去った。


納剣した右手に収めたそれを、少し掲げて不思議そうに眺めていた彼がこちらを向く様を、私はただ呆然と見ていることしかできなかった。


あまりのことに呆然としていたが、彼がこちらに向かって歩いて来るのを見て兎にも角にも礼を言わなければと再起動して立ち上がる。目に入ってきたのは全身を、不吉の象徴とされ忌避される黒で覆った、自分たちとさほど年の変わらなそうな少年だった。目元まで深く被ったフードを彼が外すと、対照的な青銀に輝く純白の髪が零れる。そしてゆっくりと開かれた眼は藤黄に光を反射させていた。その彼の眼を初めて見た私は藤黄に色づいているはずにも関わらず、あまりの黒さに吸い込まれていくかのような錯覚を覚えた。それを阻んだのはその目から頬を伝って流れた一筋の涙だった。光を反射させキラキラと輝く結晶化した先ほどの彼の魔力を背景に佇むその様子はまるで一枚の絵画のように美しく、今度はその美しさに呆然としてしまった。


「ごめんなさい。手を出してしまって。」

「っ!

いえ、危ないところをありがとうございました。おかげで誰一人欠けることがなかった」


彼の涙と美しい光景に意識を持ってかれていた私は返事に少しつまってしまった。


「そう言ってもらえると嬉しいです

これは、お渡ししますね。本来あなた達のものだから」


そういって彼が差し出してきたものを見て私は固まる。



今にしてみれば、彼はあの時私たちが死にかけた責任に駆られていて、私はそれを否定して感謝しなければならなかった。しかし私は血種の核という当時の常識からはあり得ないものを眼前に、ただ驚愕に破顔し受け取ることすらできなかった。



「…それは…もしかして血種の核…?」

「? そうですよ。先程の血種の核になっていた魔血晶です」

「核を破壊しなければ血種を倒すことができないはずじゃ…」


呆然としながらで当時の常識を呟くと彼は不思議そうに答えてくれた。


「?

それは違いますよ。確かに核を破壊してしまうのが1番効率的ではありますが、外側を剥ぐだけでも術式が刻んである核に魔力が届かなくなり活動を停止する。それに魔血晶は使い道も豊富ですしね。取れるなら取るに越したことはない」

「そう…なのですか。本当にいただいていいのですか?貴重なものでは?」

「使う当てが無いので貰ってください。割り込んでしまったお詫びです」

「そんな、命まで救っていただいたのに…」


確かに基本的に人の獲物を横取りするのはマナー違反だ。この時のように危ないと判断してもらったからだとしても助けを求めたわけではない以上、たとえ私たちが彼を認識していなかったので助けを求められなかったのだとしても出過ぎた真似であることに変わりはない。ないのだが助けてもらった身としてはそんな図々しい真似をする度胸がなかった。


そんな風に戸惑いながらも受け取った魔血晶を眺めているとほかの二人の応急処置を終えたユーリーが駆け寄ってきた。


「さっ、さっきはありがとうございます!!」

「いえ、無事で何よりです」

「ユーリー・フェンメーアと申します!」


その会話を聞いてようやく自分が名乗ってすらいないことに気づく。


「名乗りもせず申し訳ない!私はエレナ・リュズギャル。そして大きい方がヴォルド・ヴール、小さい方がカイル・ファスです」

「オイもーちょいマシな説明はないのかよ」

「別にそこまで小さくないだろ

カイル・ファスです。ありがとうございました」

「…」


応急処置を終えた二人がよろよろと近づいてきながら反論する。そんな様子をみた彼はカイルのお礼を聞くと下を向いてしまった。



お互いに初対面だったが、彼にとっては感動の再会だったのだと当時は知る由もなかったので俯いて涙をこぼす彼を見てユーリーと顔を見合わせて困ってしまった。



「あの…お名前を…教えていただけませんか?」


耐えきれなかった様子のユーリーのおずおずとした問いかけに彼は顔を上げると答えてくれた。



誰の記憶にも、存在した事すら残っていない、それでも私たちの中にはしっかりと刻まれた4つの音を。



「ルミエル、と申します。」



これが彼との初めての出会いで、この物語の始まりだ。



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