Divertimento
Divertimento
こちらに来てから早2年もの月日が流れていた。
ようやく、ようやく全てが始まったこの国に戻ってこれたと、興奮していることを自覚する。
―少し先で戦闘が発生している…。劣勢だな―
この興奮はどんな感情から生じた興奮なのだろうかと考えながら街に向かって走っていると、少し先の戦闘の気配を感じとる。眼を向けると4人が1匹の魔獣を相手に奮闘していた。が、旗色がいいとは口が裂けても言えない状態だった。さすがに黙って見過ごすことはできないとは言えもう少しだけ様子を見ようと思ったその時、言い知れない心の騒めきに背中を押され、敵の情報すら確認することなく移動速度のギアを引き上げ、僕は戦闘に割り込んでいった。
火の属性を付与した魔素の塊が放たれようとするのを視認し、構築されている魔法・魔術での防御・妨害がともに不可能なことを確認した瞬間、足の裏に術式を紡ぐ。爆発的な加速を得て彼女たちの前に躍り出た僕は、コートの内側から短剣:プロガリュクスを引き抜き火炎塊を両断する。着地と同時に、魔法陣を蹴って首の真下まで移動。更に地面に向け魔力を爆発させ直上に向かって垂直に方向転換する。飛び上がってすれ違いざまに剣に魔力を流し込んでリーチを瞬間的に伸ばし、首を刎ねる。
「血種か…」
刎ねたところから再生し、僕を焼かんと魔力を集中させる様子を見て初めて敵を認識して呟くと、左手に星霊と魔素を集中させながら魔法で生成した力場を足場に空中で回転し、両足で連続の蹴りを叩き込んで魔素を散らす。
受け身をとりながら着地し、無茶苦茶に振り回される腕を避けながら内包され核となっている魔血晶を探し出し、そこに向かって左手の掌底を打ち込み圧縮した星霊と魔力を放ち、命ずる。
「吹き飛べ」
血種は魔血晶が魔力を含んだ血液の塊を纏った泥人形のようなものなので高圧の魔力や星霊をぶつければ周りの鎧を剥ぎ取れる。
高圧の魔力と星霊のシャワーを浴びて鎧を剥ぎ取られ、日光を反射させる魔血晶を、納剣した右手に収めて一息つく。
―…?―
魔素に微かな違和感を感じたが、今は推察よりもと振り返える。
視界には懐かしい気配のする4人の同世代の男女が映った。皆傷を負っているが致命傷では無い。ロッドを持った女の子が応急的な治療も施していた。
―ほら見ろ。じいちゃんの言った通りじゃねえか。心配なんかする必要なかっただろ?―
―……うん―
眼前に広がる光景に目が潤みながらも僕は彼らに向かって歩み出した。
レイピアを持った女の子がこちらに気付き、 淡いエメラルドグリーンの髪を靡かせながら顔をあげる。
「ごめんなさい。手を出してしまって」
「っ!
いえ、危ないところをありがとうございました。おかげで誰一人欠けることがなかった」
「そう言ってもらえると嬉しいです
これは、お渡ししますね。本来あなた達のものだから」
そう言って彼女に魔血晶を差し出す。
―血種が現れたことが想定外だったのだろう。責任の一端は、間違いなく僕にある
…?―
一向に受け取ってくれないことを疑問に思って思慮から戻ると彼女は驚愕で破顔させていた。
「…それは…もしかして血種の核…?」
「? そうですよ。先程の血種の核になっていた魔血晶です」
「核を破壊しなければ血種を倒すことができないはずじゃ…」
「?
それは違いますよ。確かに核となっている魔血晶を破壊してしまうのが1番効率的ではありますが、外側を剥ぐだけでも術式が刻んである核に魔力が届かなくなり活動を停止する。それに魔血晶は使い道も豊富ですしね。取れるなら取るに越したことはない」
「そう…なのですか。本当に頂いていいのですか?貴重なものなのでは?」
「使う当てが無いので貰ってください。割り込んでしまったお詫びです」
「そんな、命まで救っていただいたのに…」
どうも魔血晶が相当珍しいようで、困っているところに応急処置を終わらせた女の子が、薄いシーブルーに輝く髪を広げながらこちらにかけ寄ってきた。
「さっ、さっきはありがとうございます!!」
「いえ、無事で何よりです」
「ユーリー・フェンメーアと申します!」
―…フェンメーアか…―
―だいぶ近かったな―
―だね。それに…―
少し返答に間を開けていると魔血晶と睨めっこをしていた彼女も顔をあげ、慌てたように挨拶をしてきた。
「名乗りもせず申し訳ない!私はエレナ・リュズギャル。そして大きい方がヴォルド・ヴール、小さい方がカイル・ファスです」
「オイもーちょいマシな説明はないのかよ」
「別にそこまで小さくないだろ
カイル・ファスです。ありがとうございました」
一番大柄な大剣を持ったシグナルレッドの髪のと、隣に立つとずいぶん小柄に見える双弓を持ったトパーズの髪の男子もこちらに寄ってくる。
―リュズギャル家、ヴール家、それにファス家…―
―フェンメーア家ほどではないが分家ばかりだ。―
―ほんとうに懐かしい雰囲気だ…―
「あの…お名前、教えてくださいませんか?」
問われた僕は顔を上げると、覚悟を決めてはっきりと応えた。
「ルミエル、と申します」
これが彼らとの、初めての出会いだった。
彼らも街に戻るつもりだったようなので同行させてもらうことにした。
道中何度か魔獣に襲われたが、疲弊した彼らの代わりに僕が迎撃していく。
「魔法…ぜんぶ…無、詠唱…」
「術式の数…おかしいだろ…」
「剣技も体術も…すごい…」
「そもそもの立ち回りが上手すぎる…」
―目立ちすぎじゃないか?―
4人それぞれから溢れる呟きを聞いてそう言われた僕は、少し考えてから言った。
―最終的には封印だって解かなければならない。彼らがギルドのメンバーなら行動を共にする確率も高いし…遅かれ早かれじゃないかなぁ―
―まぁもしこの先の動乱に巻き込まれて死なない為には、これぐらいは最低限必要な技術か…―
―うん…―
「君たちはギルドメンバーの狩人なんだよね」
「ああ。まだそこはちゃんと言ってなかったな。我々はハンターギルドアリファーン支部所属のパーティーだ」
「これからギルドに戻るのかい?」
「そのつもりだったが… 少しぐらい礼をさせてくれ」
「いや申し訳ないよ、会って早々」
「命を助けていただいた恩です。少しは返させてください」
「あれは人として当たり前のことをしただけだからそこまでする必要はないよ」
「オレらの打ち上げに付き合えってこった」
「…そこまで言うなら… 甘えさせていただくことにしよう」
「そーだそーだ、一緒に飲もう」
「それに…君はギルドに用があるのだろ?私たちがギルマスを紹介するよ」
「! それは…ありがたい」
お互いそこまで年齢差もないことから敬語はやめてくれと言われた結果、僕らはそれなりに打ち解けていた。ユーリーだけは頑なに敬語のままだったが。
そうこうしているうちに街の門に着いた。
壁。
外界から身を守るために作られたその大きな建築物の一角の、小さな門の前に立つ。
―城壁か…―
―高いね―
―ここらの魔獣ならそりゃこの高さまでわざわざ上がってまで攻めてこないわなあー―
「長い時間をかけて段々と高くなっていったそうです」
あまりの大きさに壁を見上げていると、そうユーリーが教えてくれた。
「越えられ壊され襲撃される度にな」
「結構街全壊してるもんね」
「この高さになってから100年近く越えられてないそうだから、とりあえずは安心だがな」
「この壁は…君たちが何百年も過ごしてきた、軌跡なんだね…」
400年、身を守り続けてきた軌跡。その光景に僕は少しすくんでしまった。
―お前が言っていたことは正しかったのかもしれないな…
「もう、人間は自分達の力で生きて行ける。僕たちの存在は必要ない」かー
―…うん―
上を眺めながら感慨に浸っていると視線を感じたため、さらに目線を上げると弓やロッドを持ったハンターが数人いた。
「エレメンツ、メンバー全員で帰還しました!開門お願いします!」
エルナが壁の上のハンター達に向かって叫んだ。
「なるほど。彼らは門を守る衛兵か」
「あれもギルドのタスクの一つだ。オレらもやってる。ローテーションでな」
「なるほど。エレメンツっていうのは?」
「うちのパーティーネームだよ。ユーリーが付けたんだ」
「ちょうど4人で4つ揃っていたので…」
―エレメンツかー
―完璧だねー
―笑えてくるなー
「それでもう一人は!?」
そう恥ずかしそうに答えるユーリーの言葉を聞いて、再び懐かしい気持ちに浸っていると上から声が降ってくる。
「なんと言えばいい?ルミエル」
「そうだな…狩人希望の旅人で頼む」
「わかった。」
「ところでルミエルは何をしにこの街へ?」
「狩人になりにきたんだよ」
「嘘つけ」
「嘘ではないんだけどなぁ…。 まぁ後で話すよ」
ガコンッ!!
他愛のない話をしていると門が大きな音を立てて持ち上がっていく。
「許可は出たのかい?」
「ああ。助けてもらったと言ったら割と簡単に」
「言うほどのことでも無いと思うけど…
魔法や魔術は一切使ってないんだな」
「反乱が起こった時に1人では開けられない様にね。逆に有事の時には使えない人たちでも開けれる様にって」
「なるほど。鍵もかかっているみたいだが上からなら簡単に開けられるのかい?」
「なんで鍵が掛かっていることをご存知なのですか?!」
「視ただけだよ」
「見ただけって…知ってさえいれば簡単に開く様になってる。時間はかかるがな」
「街の人間は全員開け方知ってるんだよ」
「お前たち早く入れ。閉められるぞ」
そして僕は、初めて街に足を踏み入れた。
広がるのは石畳の道と木造や石造、煉瓦造りの建築物の数々だった。
―結構落ちてるな…―
―仕方がない。一度更地になったんだ。文明も滅んだ。むしろよく一からここまで作ったと言うべきじゃないかい?―
―流石に舐めすぎだろ…400年だぞ?―
―それもそうか…―
「ギルドは後にして、まず酒場に行こう。行きつけに案内するよ」
「ありがとう。何が食べれるんだい?」
「お腹、空いているのですか?」
「いやそういう訳ではないけれど…」
「なんでもあるぞ?だいたい」
「なんでも、だいたい、か…」
「まあ着いてからのお楽しみってことで!」
宿木。
着いた酒場の名前だ。
「…すごい名前だな…」
「客、とくにハンターに寄生してるってマスターも豪語してっからな」
「で、でも!くっついて逃さないって意味も…!それだけ美味しいと!」
「高くなくて美味しいんだからなんでもいいじゃん早く座ろ?」
「マスター!5人!」
「おう!帰りか!なんか一人増えてないか?!まあいい!いつもんとこ座れ!椅子は適当に持ってけ!」
「わかった!ルミエル、こっちだ」
「名前に反してというか…中は凄く落ち着く造りだな。マスターにも反してるし活気もすごいが…」
「木の床やテーブル、良いですよね」
「何を頼む?」
「何があるんだい?メニューとかは…」
「ここはメニューはない」
「そうか…じゃあみんなに任せるよ。いつも食べてるものを教えてほしい」
「オーケーイ。アルコールは大丈夫かい?」
「ああ。多少なら」
「んじゃっ、マスター!いつものカクテルとエール4つ頼む!あと適当に食べ物もくれ!5人分!」
「それで注文になるのか…」
「ここはハズレねえからいんだよ」
「はい!エール4つとユーリーちゃんのカクテルね。誰を連れてきたの?」
「血種に襲われて危なかったところを助けていただいたんです」
「そんなとこまで行ってたの!?」
「壁の近くだったのに何故かエンカウントしたんだよ。死ぬかと思ったわ」
「よく帰ってこれたわねえ無事でよかったわ。まぁゆっくりしてってね」
「ああ。では今日の生還と、ルミエルとの出会いに…」
「「「乾杯!!」」」
―ああ、やっぱり良いなー
―そりゃずっと3人は飽きるわな…―
―誰かと一緒に食事を頂けるって、幸せだねー
「乾杯」
そんな思いを噛み締めながら、僕はジョッキを持ち上げた。
―エールは相変わらず浸透している。やっぱり作りやすいからかな―
―飲酒の年齢制限とか法的なものは無くなってるなこれは―
―仕方ないと言えば仕方ないよね。飲めるようになってて良かったよ―
ー飲み過ぎんなよ?―
―分かってる。最悪魔法でどうにかするよ―
―その考え方がまずいだろ…―
―ははは…
料理はとにかく簡単に食べれるものを!って感じだね
でも美味しい―
―食えん奴に言うな
嗜好品として手間かけてる余裕はないんだろうな―
―それだけ国が豊かではなくなっているという証拠、か…―
―これはこれで賑やかで楽しいじゃねーか―
―うん。そうだね―
「すごい…綺麗ですね…」
「…?」
ユーリーの一言で感慨に浸っているところから戻ると、認識した言葉にハテナが生じる。
「あ、いえっ、その!えっと…凄く…食べ方が…綺麗…だなって…」
「…」
―そうか…これが綺麗なのか…―
言われて見てみればユーリーやエレナは丁寧に食べてはいるものの、カイルやヴォルドは綺麗、とは言えなかった。周りを見ても確かに自分のように食べている人はいない。自分としてはそこまで丁寧に食べていたつもりもなかったので少し驚く。
「っ!ごめんなさい!!ジロジロ見たりして!!」
「いや、初めて言われて、びっくりしたんだ。ありがとう」
返事のない僕に対して狼狽えるユーリーに慌てて感謝を告げて場を落ち着かせると、エレナがそういえばと前置きをして聞いてきた。
「ルミエルはどこから?」
「この国の生まれだよ。ただ少し鍛えるために世界を回っていてね
ちょうど戻ってきたところだったんだ」
「だからあんなに強かったのですね!」
「まーねー…」
―…
なんだよ。嘘は言ってないでしょ―
―…
どうするつもりなんだ―
―っ…
隠すよ、正体は。僕たちのことを知って狙われた、なんてことはごめんだ。まだ、気付いていないはずだから―
―相手があいつだと確定した訳ではないだろ―
―あいつって…―
―敬意を払う必要なんざあるかっ。お前も限りなく黒だと思ってるんだろ?―
―…―
逃げるように思考を戻すと、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのような空気が広がっていた。
慌てて話題を作る。
「君たちは…狩人になってどれぐらいなんだい?」
「差はあるけど、だいたい2年ちょっとってとこだよ。まだまだ新人と言われるレベルさ」
「2年か…誰かに習っていたりしたのかい?」
「ここの街じゃないんだけどね、ギルマスに」
「私は両親から教わった」
「エレナは貴族だからね。ご両親もすごいんだよ」
「やめてくれ。そういえば…お前はどうなんだ?」
「オレは誰かに教えられたわけじゃねえよ。ひたすら魔獣どもを狩りまくって鍛えた」
「最近はギルマスに絞られてるだろ」
「うるせぇ」
「そうか…ユーリーは?」
「私は…育ててくれた人に…」
―育ててくれた人、か
それにしても色々あるな…―
―ああ、昔じゃ考えられない。レベルが低いのもこれが原因の一端かもな…―
―まだ彼らしかみていないから決めつけるのは早計だと思うけど… 間違いなく元凶じゃないかな…戦闘経験は豊富なはずだし…体の動かし方と言うよりも、圧倒的に知識が足りないと思う―
―戦力の期待はできそうにないな―
―だからまだ、早いよ…―
「食い終わったし行こうぜ」
「そうだな」
ヴォルドに続いてエレナも立ち上がり、ごちそうさま!と店主たちに声をかける。
「お金はいいのかい?」
料理を運んできてくれたウェイター(マスターの奥さんらしい)と少し話をしただけで店を出ようとする一向に声をかける。
「あとでまとめてギルドから落ちるんだ。僕たちのパーティーの分からね」
「街にあるほぼ全てのお店がギルドと関係があるので基本お金はいらないんです」
「この店にも食材をギルドから卸しているからな。だいたいどの店も卸先なんだよ」
「なるほど…」
―銀行や口座の制度が…―
―思った以上にギルドの守備範囲が広いな。外に関わることの窓口みたいなもんか?―
―領主の仕事の一部を担っているのかな。―
―そもそも今も領主っているのか?―
―…さあ?―
「一つ聞きたいんだけど…この街って領主はいるのかい?」
「いるぞ。4つの街はそれぞれの領主が治めている」
「主に政治を領主が、治安維持や外界への干渉をギルドが受け持っているんです」
「なるほど。じゃあ皇帝は何者なんだい?」
「そこはちょっと複雑でね、皇帝はこの国で1番強い人物であるギルドのトップ、つまりグランドマスターがなるわけさ。そして皇帝になった人がそれぞれの街の領主を任命する」
「つっても領主はほとんど世襲だけどな」
「代々やってるからね。というか皇帝もほぼ世襲みたいなもんだし」
―血の優劣は割としっかり残っているんだな。てっきり分散したのかとー
―一部残して一部散らしたのかもな… もしかすると図ってくれたんじゃないか?―
―可能性はあるな…―
「皇帝は、強いのかい?」
「話しか聞いたことないけどな。それでもうちのギルマスより強いんだから相当強いんだろ。確か得物は両手剣だったか」
「雷の属性をお持ちなことで有名です。ものすごく速いんだとか」
「そーそー。雷纏って高速移動しながら大火力の魔法と高威力の剣撃で圧倒、だって」
「私の目指すところだな」
「へー…」
―雷…ほんとに確立したんかな?―
―さぁー?―
―見つけたのかな?―
―生まれつきだろー
「まぁ世間話はこれぐらいにして、とりあえずギルドに戻ろう。ルミエルも用があるのだろう?」
「本当に紹介してくれるのかい?」
「むしろ紹介させてください。私たちの命を助けてくれた人だって」
「…」
「オラ早く行くぞ」
「ありがとう」
「フフんっ、どーいたしまして」
そんな平和な会話をしながら連れられて歩いているといい加減に我慢できんといったように声をかけてくる。
―おい。気付いてるだろ。どうすんだよ―
―何か尾行されるようなことをしたか考えてた―
「ごめん。少しあっちのほうに行ってもいいかい?」
「おまっ、スラムだぞ?」
「うんだからだよ」
「はあ?」
「それに知っておきたいんだ。この国の今を…」
「ごめんなさい。いまなんと…?」
「なんでもない。少しだけ付き合ってくれ」
「わかった。が見ていて気持ちのいいものじゃないぞ?」
そう言って目に入ったスラムのほうに案内してもらう。
―不甲斐ないね。本当に―
―ここまでくるとな…―
表の通りから一つ裏の道に進んだだけなのにもかかわらず、そこは別世界だった。
表の活気のある、賑やかな様子から一変し閑散とした静かな様子が広がっていた。人々は薄汚れた衣服に身を包み、視るまでもなく健康状態は良くない。今にも衰弱死しそうな人が、ものの数分歩いただけなのにも関わらず、既に両手に収まらないほどいる。それでも最低限の衛生環境が整っているのは魔法や魔術の恩恵なのか、中には才能を持った人もいた。
―やっぱり、使い方を知らないんだね…―
―表ですらあのざまなのに裏で浸透してるなんてことはないだろ―
―…本当に不甲斐ない
あそこにするか―
「本当にどうしてこんなところに?」
「すぐに説明するよ」
「はやく…出ましょう?」
「目をそらすのは良くないことだけどね…
ここの人たちは物をねだったりしてこないのか?」
先ほどから声を掛けられるどころか避けられ、目が合えば敵意を漲らせてくる様子に疑問を持ったので聞いてみる。
「こんな場所に足を運んでくる時点で相当実力があると思っているんだよ。聞けどあしらうわれ、挑めば返り討ちになると」
「なるほど…」
「…
本当に、どこまで行くんですか?」
「いや、もう着いた。
で、何か御用でも?」
「え?」
人の少ない少し開けた、とは言っても通路であることに変わりがないが、事を起こせる程度の場所に着いたので声をかけてみる。
すると気配を殺すのをやめ、視界に武装した集団が現れる。
「やれやれ。自分から人気の少ないところに行ってくれると思ったらバレてたんか。ちなみにいつから?」
「っ盗賊か!」
「おや気づいてたのは一人だけか。別にやりあいに来たわけじゃないんだからそんなに警戒しないでくれ。
で?後学のために教えてくれ。
いつから気づいていた?」
背後で戦闘態勢をとるみんなに対してのらりくらりと話しかけるリーダーと思しき男は、最後だけ威圧的に質問をしてきた。よほど自身の隠蔽に自信があったのだろう。威圧に若干怯える後ろを手で制して答える。
「視線なら街に入ってすぐに。尾行は店を出てから」
「はあ?マジかよふざけてんのか」
「ふざけてなどいない。ところで一体いつになったらこちらの質問に答えてもらえるんだ?答えてから質問するのが礼儀なのでは?」
「はっもう忘れたわ」
「では今一度聞こう。
何か御用で?」
「見ればわかるだろ?」
少しだけ殺気を込めて聞くと全員が一斉に抜刀する。ジャックナイフや短剣といった閉所で人を狩ることに特化した武具が刃を剥く。それに気圧され抜剣しようとするエルナたちに声をかける。
「こんな場所でどうやって戦うつもりだい?」
「っ!しかし!」
「問題ないよ」
そう言って右足を下げ半身になり、右手を胸の前に、左手を少し前に出して構えをとる。
「っは!随分と様になってんじゃねえか」
「命は保証するよ」
「ほざけっ!!」
逆手に持ったナイフが眼前に迫るにつれ、徐々にその速度を落としていくのを見つめながら考える。タイムリミット目前であらかたの攻防を組み終え、ナイフを振り下ろす右腕を左手で払う。同時に一歩踏み出し半身の体を正面に持っていきながらボディアッパーを放つが相手の魔法に阻まれる。よく見えてるなと思いながら掬い上げるような軌道で左から迫るナイフを、さらに体をひねることで避ける。相手が振り切ったとろで警戒の緩んだ右手から軽く圧縮した星霊を開放し、相手を吹き飛ばす。
「やるじゃねえか」
「どうも」
一瞬のブレイクタイムができるも、数の利を活かして別の二人が左右から迫ってくる。
リーダーの男の後ろで複数の魔力が練り上げられるのを見ながら、左上から振り下ろされる短剣と足を払おうと右から回される足を、右に体を捻りながら足を上げて避ける。そのまま剣を振りぬいた顔面に膝蹴りを叩き込んで着地。直後に喉を狙って放たれた蹴りを右手で払い、背中を晒した敵向けて放たれた魔術を少し魔法で誘導し、体制の整っていない相手に当てる。
「一つ聞いていいかい?なぜこんなことをするんだ?これだけの力があれば狩人として食べていけるだろう。なぜ人から奪う?」
「はっ!対人戦である程度戦えてもなあ、魔獣相手にやれるとは限らねえんだよ!そんなことお前らのほうがよっぽどよくわかってることだろうが」
「確かに血種や龍と戦うのには不自由するだろうな。だが魔獣相手なら十分通用すると思うが?」
「通用しなかったからこうなってんだよ。
それによ、最高なんだよ。力があると思って己惚れた奴が、自分より魔力も少なく、適合率も低い奴に負けた時の顔はな!そんな奴らから奪うのは気分がいいんだよ!」
「通用しないのは戦い方に問題があるからだろう」
「んだと?」
「魔獣は元来普通の動物だ。目を潰されれば視覚を奪われ健を切られれば歩けなくなる。弱点を突くことに長けた君たちの技術は戦闘において非常に重宝される存在だと思うのだが」
「バカみたいな規模の魔術や魔法が飛び交う戦場でんなチマチマとしたことやってられるとでも思ってんのか?」
「そうか
既に二人戦闘不能にしたがまだ続けるのか?」
「ふざけるな!!」
そう叫びながら走る相手を見て先にメイジを潰そうと目標を定め、突っ込んでくる相手の足元に魔法で障壁を作る。
「んなっ!」
突然現れた障害物を避けることなどかなわずバランスを崩す相手めがけて再びボディブローを叩き込む。
「っガハッ!」
「小規模な魔法だって使いようだ」
今度は魔法で防ぐことができずもろに食らう相手にそう伝えると、慌てて構えるメイジ二人のうなじを打って気絶させる。
「投降しろ」
諦めず立ち上がろうとする男に言う。
「…」
「もう一度言うぞ。ナイフを捨てて投降しろ」
「…
シッ!!」
返答のない相手に再びそう勧告するも、殺意のこもった目でこちらを睨んでくる。そして今度は無言で振り下ろされるナイフを再び左手で払う。星霊を腹部に集中させる相手に対し今度は体を180°回転させ右手でプロガリュクスを引き抜き相手の目めがけて振りぬく。見開かれる瞳孔を見て、星霊で相手の目を覆ってから切りつけ、振りぬいた右腕を戻して柄をうなじに叩き込み気絶させる。膝から崩れ落ちるのを見て一息つきながら振り返って聞いてみる。
「捕らえた賊はどうすればいい?」
「まさかあの人数相手にほぼ白兵戦だけで瞬時に無力化してしまうとは…」
「ああいう盗賊のようなものは多いのかい?」
「残念ながら。景気がいいとは言えませんからね…生活に困っている方が大勢いるのが現状です」
―スラムと言い、本当に…―
―そうだな…
っていうかあんなに派手にやってよかったのか?―
―何もかもわからないからね。とにかく情報が欲しいと思って―
街の治安管理もギルドの管轄らしく罪人を裁いたり刑を執行したりするのもギルドとの事だったので、目立たないように魔術で隠蔽しながら魔法で運んでいた。対になる陣の入射光を再現する陣で全方面を覆うだけのシンプルな術式だったのだがエレメンツの面々には大いに驚かれた。
一波乱あったものの宿木から少し歩いて着いたのは建物、と呼ぶよりは要塞と呼ぶべきものだった。中央の巨大な建物を左右から大きな塔が挟んでいる。恐らく塔は物見櫓としての機能も兼ねているのだろう。
「…これは…すごいな…」
先程入ってきた壁の門は正門ではなかったようで、ギルドの真正面には巨大な一本道と外からの脅威を阻む門が聳えていた。壁の門と向き合いように建てられたギルドの完全に矢倉になることを見越した門をくぐりながら、そのあまりにも街に溶け込んだ”非日常”に衝撃を受ける。
「有事の際にはここがあらゆる意味でこの都市の最後の砦になるからな」
「あんまりヤワだと困んだよ」
「それでも…街の中にこれはちょっと怖いですよね…」
「まーとにもかくにも、ようこそ!我らのギルド本部へ!」
「…!」
カイルに促されてくぐった扉の先にはびっくりするほど平穏な”日常”が流れていた。
ロビーでは大勢の人々が交流し、受付のようなカウンターではたくさんの人たちが話し合っている。
ただそこは普通の普段着を着ている人たちと完全武装した人たちが入り乱れる、”日常”の中に”非日常”が点在する少し異様な空間だった。
それでもおそらくこの場所でのいつも通りが、活気良く流れているのだろう。死の影など微塵も感じさせない、いたって平穏な空気が流れていた。
彼らも顔馴染みが多いようで途切れることなく挨拶を交わしている。
「一階はロビーとカウンターしかなくてクエストの依頼や発注、情報交換なんかが行われてるんだ。被害届はそこでいいんだけどさすがに身柄の引き渡しはね…奥に入ってからにしよう」
「わかった。一般人も気軽に立ち入ることができるんだね」
「本棟の一階は解放されている。二階より上はギルドメンバーしか立ち入りはできない」
「本棟?」
「外から見た時に気付かれたと思いますが、ここのギルドは一つの建物を二つの塔が挟んでいる構造をしています。今私たちがいる真ん中の建物を本棟、左右の塔をそれぞれ北塔と南塔って呼んでるんです」
「北塔には武器庫とかがあんだよ」
「書庫や非常時の食料なども備えている完全な倉庫だな」
「南塔は僕らギルドに所属するハンターの部屋があるんだ」
「私たちはそこの部屋を割り当てられて生活しているのだが…旅人用にいくつか貸し出している部屋があるからそこに泊まるといい」
「ありがとう。」
「ギルマスは多分二階にいるから上に行こう。エレメンツ、戻りました。ギルマスは部屋に?あと盗賊の身柄の引き渡しをしたいのですが…」
ギルドに関する説明を受けながら階段に向かうとカイルは受付に一言声をかける。
「帰還報告か」
「そーそー。居るみたいだから行こうか。こっちきて」
受付の返答を聞いたカイルに促され少し奥に入って身柄を引き渡す。犯行歴などを調べてから刑が処されるらしいが、罪を償ったら今度は魔獣狩りの戦力となってくれることを期待して引き渡す。受付嬢は門の前にでも立たせているものだと思っていたらしく、ついてくる僕たちを不思議そうにしていた。術式を解いた瞬間は叫ぶほど驚いていて、他意も悪意もなかったのだが悪いことをしてしまった。そんなこんなで引き渡しを終えて表に戻り階段を登る。一つ踊り場を超えて着いた二階は打って変わって沢山の部屋に仕切られていた。
「会議用の部屋だ。クエストの依頼の時の相談とか卸先との商談とかに使う」
「1番奥がギルマスのお部屋です。たぶんいらっしゃると思うので行きましょう?」
少し長い廊下を渡り切ると、突き当たりに重厚な扉に「ギルドマスターズルーム」と書かれている。
その扉をヴォルドが遠慮なく叩き声をかける。
「ギルマス、俺たちだ。入るぞ」
「っ!」
返事もないのに入っていいのかと思いながら扉の向こうにいるであろう人物に眼を向けると、そのあまりにも似過ぎている魔力と星霊に、息が止まる。
「どうしたん…ですか?」
「いや…なんでもない。入ろうか」
開いた扉の先には机の前の椅子に座り、書類に向き合う1人の男がいた。
一目見ただけで鍛え上げられていることが分かる筋骨隆々な肉体は、座っていても背が高いことを感じさせるような迫力を備えた、まさに巌の様な身体だった。鋭い眼光も相まって発さられる言い知れぬ圧はどこか懐かしく、厳しかったが優しい家族を思い出す。
―マジか…ここまで…―
―しっかりと…残っていたなんて…!―
軽くフリーズしかけている僕を見てヴォルドが口を開く。
「ふざけた体してるよなぁ。何食ったらこうなるんだか…」
「鍛えが足りんだけだ」
「エレメンツ、戻りました」
「ご苦労。んでそっちは誰だい?」
「後ほど報告しますが血種と遭遇しまして…
全滅しかけたところを助けていただきました」
「血種!?お前たちどこまで行ったんだ!!」
「いつも通り壁からそこまで離れてないよ」
「ここ最近魔獣の動きが活性化しているのと何か関係があるのか…」
「あと、宿木からの帰り道に盗賊に襲われて…」
「なに?」
「一人で五人返り討ちにしちゃったよ。身柄は今さっき下で引き渡してきた」
「彼がギルマスに用がある様なので連れてきた次第です」
「おお、そうか。すまんエレナ。後で血種について報告書を回しといてくれ
帝国ギルドアリファーン支部、マスターのギルベルト・ヴィエトルだ」
―ヴィエトル家!―
―間違いない!直系だ!!―
そう言われて差し出される右手と、彼の名前に万感の想いを抱きながら僕も右手を差し出し、応えた。
「はじめまして。ルミエル、と申します」
「うちのひよっこどもが世話になった上に盗賊まで捕獲してきてもらったたぁ…すまない。感謝する」
「感謝されるほどのことではないですよ…」
「…
あーなんか分からんがお前に敬語で喋られるのは変な感じがするな…やめてもらってもいいか?」
「…
わかった。これでいいかい?」
恐らく自分に流れる血が、僕という存在に反応したのだろう。血で結ばれた、魂の繋がりに想いを馳せながら口調を変える。
「それで頼む。それで?お前の目的はなんだ?」
「単刀直入に言うと…
龍に関する情報が欲しい」
「「っ!」」
「なっ!」
「マジか…」
「正確には現状ギルドが、帝国がどういった対応をとっているのか、実際に龍の迷宮に挑むとなったらどうなるのかなどが知りたい」
―んな直球でいいのかよ…―
―ここまで来たら逃げも隠れもする必要ない―
「…
何故知りたい?」
「討伐するためだ」
「「「「「!!?」」」」」
「…遊びで言ってるようではないみたいだな…」
「本気だよ」
「血種をサシで倒したとは聞いたが…
わかった。どうせギルドには入るんだろ?ちょうどいい。裏手の庭に出ろ。」
「?」
「略式の入団試験だ。俺が相手になる」
僕の突拍子もない発言に驚きつつも戯言だと一蹴せず取り合ってくれたことに、内心ほっとしていると彼はそう言って立ち上がった。
―ははっ!流石、それでこそヴィエトル家だっ…!―
「おい聞いたか!?ギルマスが入団希望者とサシでやるらしいぞ!!」
「は?いや死ぬだろそいつ」
「行こうぜ!庭でやるってよ!!」
僕自身は特に準備することもなかったためギルド敷地内の庭に出て待っていると、どんどんと人が集まってきてお祭り騒ぎと化していく。
ようやくやってきた彼に向って半分嫌味を込めて聞いてみる。
「いいのかい?こんなところでやって」
「何か壊しても負け、でどうだ?」
「了解」
「本当に、大丈夫ですか??ギルマス、凄く強いですよ???」
「見れば分かるよ。大丈夫。少し離れて見ていて」
「すまんな…ルミエル」
「構わないよ。本来なら沢山の手続きを踏まなければならないところをこれ一つで済ましてくれるんだから。願ったり叶ったりだよ」
「そう言ってくれると…助かる
気を付けろよ。ギルマスは剣技も魔法も魔術も超一流だ」
「特にあの大剣、意味わからん速度で飛んでくるからねー」
「突進からの上段斬りはギルマスの十八番だ。絶対に受けるな」
「あれの上段斬りは凄い威力だろうね…」
「恐らくギルマスはまずそれで来るだろう。避けてカウンターを取るのが理想だ」
「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
「頑張ってください!!」
「相談は終わったか?」
「一対一の勝負に相談の必要なんてないだろう?」
「はははっ!そうだな!」
「いい剣だ」
「分かるか?俺の相棒だ」
随分と曖昧なルールに頭を悩ませながらも心配してくれるユーリー達を下がらせる。
背中に吊られた大剣が上段に構えられたのを見て一抹の寂しさと一握りの喜び、そして淡い期待を抱きながら改めて覚悟を決め、背中の愛剣に手を伸ばした。
「
敬意を表して」
「抜くのか…」
エレナがそう呟くのを聞いて、ああそうか彼女らの前ではプロガリュクスしか抜いてこなかったのかと場違いなことを考えながら剣を通して鞘に魔力を流していく。流し込まれた魔素に反応して鞘に刻まれたエンブレムが展開され本来ならば抜かれることのないはずの、しかしすっかり手に馴染んでしまった愛剣が、剣身を白みがかった金色に煌めかせる。
久々に抜いたその愛剣は相変わらず片手剣にしては細く長く、切先に向けて鍔元から徐々に鋭利になっていくため重心がやや下にある極めて自分好みの剣だった。そのまま左足を引き半身で胸を張り、剣先を上げ左手を腰の後ろに持っていき王室剣術における表の構をとる。
思わずという風に後ろで声が零れるの耳にしながら祈る。
「綺麗…」
「今のはなんだ…?」
「ちょっとしたセキュリティ対策だよ」
「なるほど。魔素に反応して抜ける様になるのか…
それにしても、不思議な構えを取るな。…剣身を見せる気は無いと」
「…フッ
そう言うことだ」
―…―
―…
だいじょうぶ…だよ。予想してなかったわけじゃ…ないんだ…―
ああ、やっぱり、そうなのかと絶望し、哂い、強がる。しかし感傷に浸る間を与えないかのように、こちらの隙を見て相手が突っ込んでくる。
ガキャアアアンンンッッ!!
[っ!!!]
初動に遅れた時点で踏み込みは諦め、全身の魔力を一気に活性化させた上で念のため左手も添えて愛剣を頭上に掲げる。刹那、凄まじい剣戟音に合わせ激しく火花を散らせながら互いの剣が交錯する。インパクトの直後、上から順に脱力して衝撃を地面に流す。
「んなっ…!」
「嘘ぉっ!」
「止めた?だとっ!ギルマスのあの一撃を!?」
「凄い…」
周囲の喧騒のうちとりわけ4人組の声が頭に響く中、あーこれはあとで文句が飛んでくるかもしれないなと思いつつ、砕けた足場を魔法で補強しながら外側に刃を滑らし去なす。そのまま右足を軸に180度回転し、自由になった愛剣を真横に振り抜ぬく。力の均衡を崩され地面に大剣を突き立てた彼は、そのまま大剣を支えに前転して回避する。
「まさかこれを止められるとはなぁ。誇っていいぞ。これを剣の腕だけで止めたのは2人目だ」
「それはどうも。素晴らしい重突進だったよ」
「ギルマスのアレ喰らったのに反撃したぞ!!?」
「すげえなあいつ!!」
「まさか滑らせ去なすとはな…馬鹿正直に真正面から受け止めた時は肝を冷やしたぞ…」
周囲は今の一合で大盛り上がりだった。
―目も眼も悪すぎねえか?―
―まさかはっきり視認してるのは相手の一人だけとはね…―
彼はもう一度上段に構えると、今度はこれでどうだ?とばかりに魔力を練り上げ始める。純粋な風の魔術と魔法の力によって速度も威力もさっきとは比較にならない踏み込みになることを予知して彼が地面を踏み割った数瞬後に、こちらはノーモーションから滑るように無音で前進する。
バギャアアアン!!!
動く素振りのなかった相手がいきなり目の前に現れたことに予定を崩された!と慌ててその魔力の込もった大剣を振り下ろしてくる様を見て、ああ顔に出るなあ…と思いながら体を倒しつつ右斜め下から愛剣を振り上げる。衝突直前で手の中のグリップを90度回転させブレードの面同士を衝突させ、込められた魔力ごと術式を吹き飛ばす。同時に発生した爆風を上に逃がすよう簡易結界を作り観衆の安全を確認しつつ、体を仰け反らせた状態の、完全に体制を崩した相手を見る。そこまで行ったなら仕掛けるかと暴発させた相手の魔力を集めながら、振りぬいたままの流れに身を任せほぼ地面と平行になるほど倒れながら回転し、相手ごと剣を掬い上げる。同時に魔法と集めた彼の風で巻き上げるように上に向かって飛ばす。
「ッチ!!」
盛大な舌打ちを耳に、魔法と歩法を合わせ彼のさらに上に飛ぶ。
相手がこちらを見失った様子を眺めながら、愛剣を掲げ星霊と魔力を集中させる。
「クッソ!」
どうせなら派手にやっておくかと発光や発音といったブラフ以外ほぼ戦闘で使わない内容を書き込んだ陣を5つ展開し、左から袈裟切りの要領で愛剣を振り下ろす。無駄に派手な三日月状の斬撃を彼は体制をさらに崩しながらも大剣で逸らす。それを確認してから今度は斬撃の着地地点に飛び、陣を展開して斬撃を吸収、エネルギーに変換する。その陣ごと愛剣を横一文字に振りぬき、先ほどのものにさらに魔力を与えた、より巨大な斬撃を飛ばす。直後に周囲の観客の足元に魔法障壁を生成して強引に下がらせ結界を展開する。
「チィッ!!」
再び舌打ちをした彼はなりふり構っていられないと大剣のブレードの面を、まるで斬撃を打ち返すように打ち付けた。凄まじい爆発音と火花が飛び散った刹那、自身の魔力も全開にしたことで稲妻を迸らせながら膨大なエネルギーの塊が速度をもって落下してくる。上手くいったなと思い自身の周りにも結界をはる。直後、爆音とともに地面は抉れ、島のように残った足場の上で僕は愛剣を鞘に戻した。
「…マジかよ…それが狙いか…」
「貴方相手に勝ちを狙えば、お互いただじゃ済まないことは目に見えていたからね」
「ッハ!癪だが俺の負けだ」
埃が晴れると油断なく構える彼はそう悔しそうに、呆れるように敗北を宣言した。そこまでは固唾をのんで見守っていた周囲は、彼がゆっくりと着地すると同時にギルマスが負けた!!と大騒ぎになった。
「しっかしまあ、あんな形で逆手に取られると腹が立つな」
「ルールはルールだからねー
貴方が定めたものだし」
「それがむかつくんだよ」
そう彼と話しながら建物のほうに移動しているとユーリーが駆け寄ってきて質問してくる。改めてひどいルールだなと思いながらも、僕は若干の意趣返しとして本人の前で解説することにした。
「どういうことですか?」
「“何か壊しても負け”というルールで始まったわけだけど、これが随分と曖昧なルールだと思わないかい?」
「なるほど。過剰攻撃とみなすのか防ぎきれなかったとみなすのかが分からないという事か」
「ああ。
二合目で彼が全力で放ってきたときは後者なのかと思ったんだけどね。そもそも君たちすら守ろうとする素振りを見せなかったからああこれは彼がルールなんだなと。諦めて咄嗟のことで出力を調整できず破壊してしまう構図を作りに行ったんだよ」
「ギルマスが負けを認めればいいってことか。いくら焦ったとはいえ、無理難題吹っ掛けといてしてやられたわけだ」
「仕事増やされたいのかお前は」
「すいませんでした」
「とはいえ負けは負けだからな。約束通り入団は許可する」
「これでダメなら僕ら全員お払い箱だよ」
「色々と手順を省いているからランクに関しては少し待ってくれ。ただこのギルドの中でのランク制限は基本的に受けないように言っておくから安心してくれ。」
「分かった」
「ただダンジョンに向かうのは待ってくれ。大規模に編成を組んで行ったほうがいいだろ?上と相談するからしばらくかかるかもしれんが」
「そうだね。ありがとう」
「寝泊りは余ってる部屋を使ってもらって構わん。受付に言っとくからあとで鍵をもらってくれ。迷宮攻略についてはこちらの準備が整ったら連絡する」
「すまない。ありがとう」
「それと…」
一通りの連絡事項を伝えてくれた後、今までのフランクな雰囲気から一変して彼は凄むように、音量を落として命じてきた。
「お前最後明らかに術式を“書いてた”よな?魔法も無詠唱なのは知っててやってるだろ。
今夜部屋に来い」
「…わかった」
「じゃあなんかあったらさっきの部屋に来てくれ。基本的にそこにいるはずだ」
「ああ承知した。
…
ところで…これはどうするつもりなんだ?」
「あー…
任せてもいいか?」
「…
わかったよ」
「わりいな、頼んだ
おらてめえら仕事戻れ」
すぐに深刻な空気は晴らすと、面倒事を押し付け帰ってしまう。
―嘘だろ…―
―ざまあ―
心中で秘かに落胆していると、ユーリーとカイルが声を掛けてくる。
「あの…すごく…かっこ良かったですっ!!」
「ん?あ、ありがとう」
「いやあ凄かったねえ
庭がこのざまだもんねえ」
「どうすんだよこれ」
「押し付けられ、いや頼まれてしまったからな。少し下がっててくれ。」
影響の出る範囲の外まで下がったことを確認し、しゃがみながら地面に手を添える。イメージを構築しながら魔法陣を展開させ、魔力と星霊を集中させる。
「わぁ…」
魔法で飛び散った破片を集めつつ、魔術で生成した土を媒介にそれらを結合させ、さらに魔法で圧縮し地面の穴に合うよう成型していく。ただし経年劣化による魔素の分解で地盤が緩まないよう、本物と魔術の粒子を星霊情報からも結合させていく。
「これでまあいいだろう。」
最後に結合させた塊を地面に戻して魔法と魔術を解く。振り返りながらそう呟くと、そこにはいったい何を見たらそんな顔になるんだと言いたくなるような表情が四つ、並んでいた。
―あー…―
―刺激が強すぎたらしいぞー―
―まぁ…昔でも驚かれただろうからな…仕方ない…よね…?―
―知るか―
「いったい…何をしたんだ…?」
「魔術で土を作って混ぜて固めて戻しただけだよ簡単に言えば」
「だけって…」
「さて、部屋も戴いたことだし中を案内してもらえるかな?」
「…わかった。こっちだ。
何がともあれギルド加入おめでとう。これからよろしく頼む」
「こちらこそ分からないことしかないと思うから色々お願いしたい」
「ああ分かった。じゃあまずはランクの話からするか。
そもそもギルドの構成員は狩人と騎士の二つに分かれてる。前者がある程度の実力さえ示せば誰でもなれるものに対し、後者はランク7以上が資格となる承認試験を合格しなければならない」
「なるほど」
「立場も明確に違っていて、狩人は各ギルド所属なのに対し騎士は帝国に属している。狩人は能動的にクエストを受注しなければ仕事がないが、騎士は先ほどのような街の治安維持や、討伐のノルマなど責務がある。その分クエストごとではなく月収という形で給料が出るのも大きな違いだな」
「ナイトは部屋ももらえるからねー」
「?今ここに住んでると言ってなかったかい?」
「誰でもお金を払って借りることはできるんですが…私たちはギルマスが無償で貸し下さってるんです」
「そういうことか
ランクについて教えてもらえるか?」
「ランクは全部で10段階に分かれてるんだが、ランク10はギルマス及び皇帝のみにあたえられるから実質九段階だな。
まあざっとこんな感じだ」
10 グランドマスター・ギルドマスター
9 ソロでの血種の複数体討伐
8 パーティーでの血種討伐
7 ソロでの壁外行動
6 ソロでの魔獣の複数体討伐
5 パーティー魔獣の複数体討伐
4 壁周辺での狩り
3 壁周辺での採集
2 壁内での活動
1 身分証
そう言って見せてもらった紙にはこう書かれていた。
「…身分証ってのは?」
「ランク2以降は認定試験があるんだけどランク1は書類だけでいんだよ。文字通りの身分証明書ってこと。」
「なるほど
ランク2は具体的に何ができるんだ?」
「ランク2では壁の外には出れないんです。街中での人手を必要とした依頼に応えていく形になります。例えば畑の収穫のお手伝いだったり大きなお荷物を運んだりだとか、無くし物を探したりだとか。ある程度の力さえあればなれるので、こどもがお小遣いを稼ぐためにやってたりするんです」
「僕らも子供だけどね」
「そうか…
ランク10はなんなんだい?」
「それは完全に別なんだよ。ランク10なのはこの国で5人だけ。タグもないしね」
「タグ?」
「さっきも言った通り狩人と騎士がいるわけだが、それぞれランクを示すものとして前者はカード、後者はドッグタグが与えられるんだ。」
「因みにランク1は鉄、2から4までが銅、5、6が銀で7以上は金で作られるんだ。」
「タグやカードにはランク、所属ギルド、名前、年齢、所属パーティーが記載される。こんな風にな。それがランク10では発行されないんだ」
「なるほどね
みんなランク7なのか。つまり騎士への昇格資格は持っているってことだよね?」
ポケットの中にしまわれているカードを視てそう聞いてみると、意外な答えが返ってくる。
「うん。今絶賛試験中」
「試験?」
「まあ騎士の見習い期間のようなものだ。ノルマや衛兵の仕事などの責務をきちんとこなせるかを、このギルドに所属しているすべての騎士たちから評価される」
「今はまだ準備期間なんだけどね。あと一週間で本格的な調査期間が始まるんだ」
「そうか。何と言うか…頑張ってくれ」
「あははありがとう」
「ここがクエストボードだ。あそこのカウンターで受理されたクエストがランクごとに一覧で張り出される。ここから選んで剥がして受付に持っていって受理してもらい、完了したら受付に報告して報酬を受け取る。基本的にはこの形だ」
「受付から離れるほど高ランクの依頼になってくんだよ」
続いて連れてこられたのは、壁に大量の紙が貼りつけられ、ギルド職員や狩人がせわしなく行き来するクエストボードと呼ばれるものの前だった。あまりの時間の流れの差に思わず声が漏れてしまう。
「随分と古典的なやり方なんだな…」
「まあシートも手書きだし張替も手作業だから古典的だよねえ。だからこそ取り換える頻度の高い低ランクのクエストを受付に近くしたんだと思うけど」
「受付ではクエストの依頼、発注、報告が主に行われる」
「一つ聞きたいんだがクエストは全て誰かしらが出した依頼なのか?」
「いや、ギルド自体が出しているものもたくさんある。特に討伐系はだいたいギルドからだな」
「ありがとう」
「ギルドからのクエスト、我々の間ではギルドクエストと呼ばれているものは基本的に報酬が相場通りになってるかわりにほぼ無期限のものが多いな。逆にギルドクエストではないものは依頼人の都合で報酬が変動することがよくある。採取系だと特に、品質で交渉したりすることもよくあるからな。そういうことは特記欄に書いてある」
「依頼人がギルドじゃない方には特別な呼称はないのかい?」
「みなさん単にクエストって呼んでますね…」
「だいたいロビーはこんなものだ。何かほかに知りたいことはあるか?」
「今は大丈夫だと思う。また気になったらその時に聞いてもいいかな?」
「いつでも聞いてくれ。では部屋に行くか。少し待ってくれ。鍵をもらってくる」
「なら一緒に行ったほうがいいだろ。預けたりする説明はしねえのか?」
「ああそうか。ルミエル、すまない。一緒に来てくれ」
「ああ。部屋ってどれくらいの広さなんだい?」
「寝るだけの場所みたいなもんだから広くねえよ」
「そもそも僕らだって二人部屋だしね」
「ルミエル」
エルナの声に促され視線を移すと、受付嬢がいい娯楽を見つけたと言わんばかりの爛々とした目を向けてきていた。
―…―
―人気者は辛いなあ―
―他人事だと思って…―
―他人事だからな―
―…―
「貴方がギルマスに勝ったと噂の旅人さんですか?!」
「いや、まあ…
早いな…」
「あははははっ!!ルミエルもう有名人じゃん!!」
「狭いコミュニティだから仕方あるまい」
「ギルマスからお話は伺っています、ルミエルさんですね?こちらがお部屋の鍵で、こちらが地図になります」
「わお最上階じゃん」
「お部屋に関しましてはギルマスから好きにしていいと仰せつかっていますので特に期限はございませんし、内装も自由にしていただいて構いません。ただし退去する際には原状復帰が可能なように頼むとの事です」
「ギルマスいつからそんな優しくなったんだよ…」
「分かった。ありがとう」
「はい。ではこちらにご署名をいただけますか?」
「…これは…残っていたのか…」
久しく出会えていなかったかつての身近な日用品を目にし、思わず声が漏れてしまうと同時に理性では理解しているはずだが心の奥底で願ってしまう。
「何か言ったか?」
「いや、何でもない。使用者の魔力をインクとして使うなんて面白いなと思って」
「すごいですね!非常に微量しか使わないので気が付かない方がほとんどなのですが…
本人確認がとても簡単なので重宝しているんです」
「けっこう高いらしいから気を付けてねー」
「ルミエル君は壊したりしないよ!」
―だから期待するなって言ってるだろ。傷付くだけだ―
―…―
―いい加減諦めて受け入れろ―
―…ああ…―
「…そうか…
ありがとう。気を付けるよ
これでいいかい?」
「はい…ありがとうございます。
すごく…綺麗な字ですね…」
「…そうか…ありがとう」
「っすみません!読み書きができない方も多くいるので少しびっくりしてしまいました!こちらは受理させていただきますね。鍵はお出かけの際は受付に預けていただくことも可能ですので頭の片隅にでも!えーっとほかに何か気になる点はございますか?」
―識字率…100%じゃないのか…―
―本当に、変わっちまったんだなあ…―
―ああ…本当に…不甲斐ないよ…―
「うん、大丈夫だと思う。ありがとう」
「ありがとうございました」
「では行こうか。こっちだ」
「エレベータがあるのか」
「知っているのか。この街ではここぐらいでしか見れないと思うが…」
「昔乗ったことがあるんだ」
「そうか…」
「てか最上階なんて羨ましいなあ」
「何か特別なのか?」
「上客向けの個室だからな。相当ギルマスに買われてるぞ」
「そこまでしてもらう必要は無かったんだけどな…」
「僕らが居座るから気にしなくていいよ」
「馬鹿な事を…
私たちは8階でカイルたちは3階に部屋があるから用があったらそこまで来てくれ」
「違う階なのか」
「1階から3階までが男性の大部屋で4階5階が個室、同様に6階から10階が女性という風に割り当てられています。11階より上は貸し出し用です」
「なるほど。16階じゃないのか?」
「16階はテラスなんだよ。さあ着いた。部屋は…ここか」
「…広いな…」
「おお!いい景色!」
「お前部屋の主人より先に入るな!ヴォイド!我が物顔で寛ぐな!!」
「大丈夫だよエレナ。ユーリーも楽しんでるみたいだし君も入ってくれ」
「っ!すまない!!」
「シャワーもトイレもありますよ!」
「至れり尽くせりだねえ」
「気に入ったならいつでも来てもらって構わないよ」
エレベータを降り入った部屋は、簡素ながらも一人にしては十二分な部屋だった。皆がはしゃぐ姿を見てそう言うと、カイルがいつになく真面目な表情で問うてきた。
「じゃあ早速。明日からどーすんの?」
「特に予定はないけど…」
「じゃ…じゃあ!教えていただけませんか!」
「ん?」
「戦い方を…教えてください!」
どうも考えていることは皆同じだったらしくユーリーが口火を切った途端、全員に緊張が走る。
「…
既に教わっている人がいるだろう?」
「パパは…いつも見てくれるわけじゃないですし!」
「…
わかった。明日は適当なクエストを見繕って外に行こう」
「!ありがとうございます!!」
「みんなはいいのかい?」
「お願いできるなら是非頼みたい」
「…わかった。じゃあ今日は解散にしようか。明日の朝、ロビーで会おう。いつも通りの用意をしておいてくれ」
「わかった。じゃあお邪魔しましたー」
「おやすみなさい」
―良かったのか?―
―分からない。情報が意図的に隠蔽されている気がするしな…
まあ今夜それも分かるはずだ―
―それもそうか―
―それに…
もう、失うのはごめんだ―
―ああ―
そう覚悟を表し、僕はおやすみの挨拶をしながらドアくぐる彼らを見送った。