嵐を起こして全てを壊すの。
「・・・おっと。ちょっと近づき過ぎたかな?」
俺とハイネコの間を銀色の何かが通り過ぎて、後ろの壁にドスッと突き刺さった。・・・食事用のナイフだ。
「目くらましを掛けておいたんだけど、カズサの勇者は凄いね?」
「別に、俺の勇者じゃねぇよ。俺も見えづらくしてたはずなんだけどな?お前も入って来ただろうが」
「ふふ・・・そうだっけ?」
しらばっくれてるが、お前も魔法使いだろうが。バレバレだわ。呆れて溜息を吐いた俺に、ハイネコが顔を寄せてきた。
「今日はもう帰るよ。またね、カズサ」
俺にだけ見えるように仮面を少しずらして、見つめてきた瞳は燃えるような赤色だった。
「カズサ!大丈夫だった?!・・・?あの男は何処に行ったの?!」
カエサルが駆け寄って来た時には、ハイネコの姿は消えていた。おそらく奴も転移ができるんだろう。
「知らね。それより刃物を投げんな。誰が直すと思ってんだ?」
ナイフが刺さった壁の穴を修復しておく。穴は土魔法で埋められっけどな、塗料の色を合わすのが難しいんだぞ。
「あ・・・ごめんね。カズサの近くに知らない気配が近づいて行ったから・・・焦っちゃって。ねえ、ここに座っても良い?ずっと立って話していたら、疲れちゃったよ」
カエサルが横に座ったから、認識疎外を解除した。さっきは俺の魔法とハイネコが掛けた目くらましで、ほぼ俺達の姿は見えなくなっていたはずなんだが。
こいつ・・・気配で俺の位置を把握したって言ったか?魔法が利かないとなると、いよいよ人外めいてきたな・・・。
給仕を呼んで飲み物を追加した。俺は炭酸の利いた果実酒、カエサルは白葡萄酒だ。杯を差し出してきたから、打ち鳴らしておく。
ホールでは音楽が流れ、ダンスが始まったようだ。国際色豊かな衣装に包まれた招待客たちが、楽しそうに踊っている。
「カズサは・・・踊らないの?」
「ああ?踊るわけがねぇ」
「そっか・・・」
眉尻を下げたカエサルが変な顔で笑った。何だその顔は?言いたいことがあんなら、はっきり言えや。
「踊りたきゃ行って来いよ。そら、迎えが来たぞ」
辺境伯の娘達がこっちに向かって来ていた。たぶんカエサルをダンスに誘うんだろう。
「勇者様、私と踊っていただけませんか?」
「魔法使い様、私と踊りましょう?」
「ああ?」
なんで俺だよ。面倒臭くて、つい声が出ちまった。貴族にこの態度は不敬罪とか言われっかもな。
「あら、そんな邪険にしないで下さいまし。一度だけ、良いでしょう?」
たぶん妹の方が食い下がって来た。平民相手に気の長いこって。カエサルをチラッと見ると、眉間に皺が寄っている。勇者のお供としては・・・2度も貴族の誘いを断れねぇよな・・・。
「・・・わかりました。下手でも笑わないで下さいよ?」
俺の中じゃ余所行きの笑顔を張り付けて、娘の手を取ってホールへ向かった。お供の仕事も楽じゃねぇわ。
曲が変わったタイミングで足を踏み出した。これはたぶん・・・ワルツか?すんげぇ前に、ユリウスに煩く勧められて読んだ本があったな。ダンスの教本だ。その中に、確かワルツもあったような・・・。
「あら、お上手じゃない」
そりゃそうだ。目と足に身体強化をかけて、周りで踊る見本の動きを記録、複写、予測と、細かい魔法をフル回転で掛け捲っているからな。
音楽を口遊んでいるように見せかけて、小声で詠唱しているから返事が出来ねぇ。取り敢えず、目を見て笑っておくか。
ジッと見つめていると、何故か娘の顔が赤く染まっていく。動いて代謝が上がってんのか?
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「・・・不味い。不味いぞ・・・」
「はい。危機的状態と言えるでしょうね」
今まさに俺達の目の前で、悪夢が繰り広げられている。辺境伯の娘と笑顔のカズサが踊っているんだが・・・その後ろで、おそらく姉の方と踊るカエサルが酷すぎだ。
「ああ・・・カエサルの奴・・・笑顔が怖すぎるだろう」
「可哀そうに、お嬢様は失神寸前じゃ無いですか?殺気が駄々洩れですよね・・・?」
カエサルがカズサをジッと見つめながら、操り人形と化したお嬢様を上手く動かしている。大丈夫かこれ・・・?
ヨハネストを筆頭に王国の騎士達は、カズサとカエサルをにこやかに見つめているだけだ。・・・辺境伯はどうだ?
「辺境伯も護衛の騎士達も、剣を抜いてはいないな?」
「ええ・・・不思議なほどに私達以外、誰もこの状況に気がついていないのが、不気味で怖いです」
「勇者の特殊能力か何かか?」
「わかりませんが、確実な事が一つだけありますね」
「「・・・6回目の追放宣言がこの後、必ず来る!!」」
それは何としてでも回避しなくちゃいけねぇ・・・俺とユリウスは曲が終わるまでの間、必死になって打開策を考えていた・・・。
いつかカズサが恋に落ちたら、確実に事件が起きる気がしてきました・・・^^;
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