ヒーラー・ユリウスの受難2
教会を出て、少しの果物、パンと水を頂きます。今日も糧を頂けることに感謝して、拠点へと向かいます。
「皆揃ったね。じゃあ、行こうか」
カエサル様がにこやかに微笑んで、おっしゃいました。カズサを除いた3人で、殲滅場所の草原を目指します。
正午過ぎの草原にて。赤葉の季節の終わりを感じさせる、冷たい風が頬を撫でていきました。
「もうすぐ白氷の華が降る頃だね。少し、肌寒いね」
風に揺れる金色の髪を押さえ、カエサル様が微笑みます。ああ、本当に・・・
「カズサがいないと、絵に描いたような立派な勇者様っぽいよな?」
「・・・耳元で、不遜な発言はやめて下さい!」
ガイウスが私を見て、にやっと笑いました。この人は4人の中で一番年長者なのに、時々悪戯が成功して喜ぶ子供のような顔をするのです。まったく・・・、呆れてしまいます。
「お、カズサがうまく誘導したな・・・ユリウス、怪我すんなよ?」
「貴方がちゃんと守ってくれれば、怪我しませんよ」
「おう、そうか!任せとけ」
ガイウスがニッと不敵に笑って、私の美しい髪をまたしても、ぐちゃぐちゃに掻き回して行きました。
何なんでしょうね!まったく。
「次からは、髪を結うことにしましょう」
前線にガイウス、カエサル様が立ちました。私は聖なる棍棒を構えて、前方から押し寄せる魔物の群れを見据えました。
「数はざっと100匹くらいでしょうか?」
「外れ。120だ。最前列に6本足オオカミの亜種。後続に土蜘蛛の黒。最後に蠅の王が30程来るわ」
前触れも無く、私の横に転移したカズサが、ケタケタと笑いながら言いました。笑い事ではありませんよ!
「来るぞ!」
ガイウスの吠える声と、6本オオカミが大盾に激突する音が響きました。大盾のガイウスは最前線に立ち、敵を一身に集めるのが役目です。その間に、後方支援の準備が整う時間を稼いでくれるのです。
「その身を捧げるものに、慈愛の守護を与え給え」
私が出来ることは僅かばかり、ガイウスの受ける痛みを軽減し、即時癒しを掛ける事だけでしょうか。
大盾から零れた魔物が迫ります。カエサル様が聖剣で切り捨て、カズサが土魔法で身動きを封じています。
このパーティーの者は、本当に強い。身体的に強度が落ちる私は、あまり派手な動きは出来ません・・・が、
「ただ守られているだけでは、ここにいる資格はありませんからね!」
私は、手にした棍棒で魔物の頭を殴り飛ばしました。この棍棒の先には金属製の美しい出縁が付いており、力の強い者が振るえば、魔物の頭部を粉砕することも出来るのです。
「流石に、私には無理ですけれど」
粗方6本足オオカミを倒したでしょうか?通常のものよりも大きく、毛の色が若干赤い・・・。
後続の土蜘蛛の黒・・・黒色のものは、この種族の中で一番凶暴です。ガチガチと牙を鳴らす様がおぞましい。
「氷の楔よ穿てice Wedge!」
「不浄の魔物よ、煉獄に還れ・・・LIGHT OF MOBIUS!!」
カズサが鎖の付いた氷の楔で、複数の土蜘蛛を縫い留めると、カエサル様の聖剣が輝き、一線でそれらを焼き払いました。聖剣から放たれる光は、浄化の光です。このように血に汚れた戦場であっても、カエサル様のお姿は清く、美しい。
「ユリウス!ぼけっとしてんな!」
ああ、いけません。カエサル様に見惚れている間に、蠅の王が肉薄していたようです。ガイウスが私の前に駆け寄り、蠅の王を弾き返しました。
「蠅の王は下級でも悪魔だ、油断するなよ?」
そう言うと、ガイウスは私の髪を一撫でして、掛けて行きました。何なんでしょうね・・・。
魔物の数も減って、終盤になってきました。ガイウスは大盾を守りにでは無く、攻撃に使い始めました。
「あの大盾で殴り殺された魔物が、可哀そうだよなぁ?」
そう言いながら、カズサは火炎球を飛ばして、蠅の王を焼き落としていきます。
「貴方も大概でしょう」
「ああん?俺は優しいだろうが」
カズサが歯を剥いて、ニヤリと笑いました。力の弱い魔物ならば、逃げだしそうな笑顔だと思います。
「よし・・・これで最後だ!皆、お疲れ様!」
カエサル様が最後の敵に止めを刺して、周囲を見回しました。生き残りが居ない事を確認して、私達に労いのお言葉を下さいました。
「ふ~・・・流石に疲れたな・・・」
ガイウスが肩を回しながら戻ってきました。顔を顰めているので、何処か痛めたのかもしれません。
「ガイウス、此方に来てください。痛めた所を見せて・・・」
あちこちに軽い打ち身と、切り傷がありました。私は眉尻が下がった、情けない顔をしていたのかもしれません。
「そんな顔すんな。ユリウスが掛けてくれた守護で、だいぶ守られたから。ありがとな」
ガイウスがニッと笑って、私の頬を指で撫でました。接触の多いこの男は、笑うと目尻に皺が出来て、優しい顔になる。どうして・・・そんな眼差しで私を見るのでしょうか・・・?
ガイウスを回復の祈りで癒した後、倒した魔物達から素材になる部分を切り取りました。残りは新たな魔物を寄せないように、燃やして土に埋めます。
「不浄の命が浄化され、来世での幸福な命を迎えられんことを・・・」
「はぁ~魔物が不浄とか、勝手に決めんなって話だよなぁ?命の優越をつける教えとか、ほんと意味不明」
魔物達に祈りを捧げる私の後ろから、カズサの憎まれ口が聞こえてきます。
「・・・・・・・」
「謝れば、殺しても許されると思ってるとこが、甘いんだよな」
「・・・・・私は別に、許されたいから祈っているわけではありません。魔物達が安らかに眠れるように、祈っているのです」
「偽善だな。食わねえのに、殺す。この行為こそが悪だろうが」
「な・・・?!」
魔物が何処から生まれてくるのか、何の為に生まれてくるのか、全てはまだ解明されていないのです。
それでも、人々の生活を脅かすものとして、人々の安寧を守る為に討伐しなければいけないのです。
人間の為に・・・人間の都合で・・・?・・・・・それが正しい事なのか・・・
「カズサ!あんまり、ユリウスを虐めんな・・・ユリウス、気にすんな?お前は正しい事をしている。な?」
クラッと眩暈がして視界が滲みかけた時、ガイウスが私の頭を、自身の胸にそっと抱き込みました。
固く冷たい鎧が額に触れ、少しだけ・・・鈍く痛む心を軽くしてくれたような気がしました。
「そうだよ、ユリウス。気にしないで!カズサが意地悪するのは、早く帰りたいだけなんだから」
「え・・・」
「今回の魔物は、亜種と変種が混ざってるから・・・不味くて食えないんだと。まあ、腹が減ってるし、依頼が完了しないと・・・本も読めないだろ?鬱憤が溜まって、八つ当たりされたんだな」
カエサル様は、にこやかに私の顔を覗き込んできて、ガイウスは困った顔で、私の頭を撫でています。
「な、何てことを!食べられない事と、私の信仰心は関係が無いじゃないですか?!」
顔を上げてカズサを睨み上げる。悔しい事に・・・カズサの方が若干、私より背が高いのです。
「ああん?時間かけ過ぎなんだよ、お前。おやすみのお祈りは、寝る前に纏めてやれや」
あ・・・悪魔!!貴方には・・・何かもう・・・いろんな心が足りていない気がします!!!
わなわなと震える私をガイウスが抱き上げて・・・ちょっ・・・自分で歩けますよ?!私達はギルドへの報告を済ませ、拠点の屋敷へと戻りました。
「はあ~・・・馬鹿らしい。真面目にしている自分が、大変に損をしている気がします!!」
「まあ・・・損得考えるようになったら、終わりっつうか・・・カズサ(悪魔)の思う壺だぞ?
夕食を食べ、それぞれが自室に戻る中、私の愚痴にガイウスだけが付き合ってくれています。
「どうして、あんなに自己中心的で、俺様なんでしょうね?!」
優しい時もありますけどっ・・・ぶつぶつと文句を言う私を、ガイウスが相槌を打ちながら・・・優しい目で見つめてくるのです。
「どうして・・・貴方は・・・」
「ん?」
葡萄酒で火照った私の頬を、ガイウスの指がツイッと撫でていきます。
「私の事・・・」
ガイウスと目が合って、何だか逸らせなくて・・・ガイウスの顔が近づいてきて・・・
「?!」
唇が触れ合いそうになった瞬間、ガイウスの後ろ・・・入り口に立って、顔を顰めているカズサと目が合いました。
「?!!!!!」
吃驚して、思わず・・・ガイウスを突き飛ばしてしまいました。でも、今は・・・此処にはいられません!!
私は慌てて立ち上がると、カズサの横をすり抜けて自室に駆け込みました。
わ、私はいったい何を・・・?!ああ・・・神に懺悔しなければ・・・!!
「神よ・・・どうか、私を惑わすものよりお守りください。私の・・・不純な心を・・・どうか・・・」
ヒーラー・ユリウスの受難 終わり。
固い・・・ユリウスの思考内の口調で進めてましたが、途中で頭が痛くなりました^^;
カズサに虐められたり、悪魔みたいに唆されたり、優しくされたり、雑に扱われたりしているうちに、口調は少しづつ雑になってきたユリウスです。
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