束の間の休日~カズサの場合~
故郷の村から王都に戻って、3日目の朝。
王都に着いた日には、溜まってた討伐依頼をこなし、翌日には事後処理と報告を済ませた。
昨夜から、アサギリから受け取った本を読み始め・・・2冊を読み終わったところで、朝が来た。
「ちっ・・・今日は休日で、本はもう一冊あんのにな。何で朝飯当番なのかねぇ・・・俺は」
固まった肩を回し、ゴキゴキと首を鳴らす。
「朝飯、何にすっかな」
身支度を済ませ、一階のキッチンへ向かう。保冷庫の中には、黒コショウの燻製肉・・・卵がねぇな。
「あ~・・・買い出し行かねぇとな。他は・・・店見ながら決めるか」
まだ早朝の、明けきらない空の色が好きだ。商店通りを目指して、ゆっくりと歩いて行く。
吐き出す息が白い。そろそろ厚手の上着に変えねぇとな。カエサルの衣替えは・・・手伝わないと駄目だろうな。はぁ・・・いつになったら、1人で出来るようになるのかねぇ。
欠伸をくあ~と吐き出す。涙で視界が滲んでる・・・商店通りの方から客を呼び込む、活気のある声が聞こえてくる。
籠を抱えた女達の笑い声や、朝迎鳥の甲高い鳴き声。食欲をそそる、焼き立てのパンの匂い・・・角牛の削ぎ肉をパンに挟んで、齧りつきてぇ・・・。
「長いパン8つと、甘いパン4つくれ」
「あいよ。いつもありがとうね!一個おまけしといたよ!」
「おう、サンキュ~」
パン屋の横の店の親仁が、俺を手招きしている。ガイウスくらいの年のおっさんだ。
「あんた、今日は美味いカードが入ってるよ。一つどうだい?」
「2つ買うわ。それとミルクルを1瓶」
金を払って、受け取った商品を背負い鞄に入れていく。あとは、卵と野菜も少し買い足したい。
気になった店を覗きながら、通りを歩いて行く。商店通りを抜ければ、店舗を持たない屋台が集まる区画だ。
え~っと・・・どこだ?目的の屋台を探していると、俺のズボンを引っ張る奴がいる。
「ああ?なんだ、ちび助。迎えに来たのか?」
下を見ると、猫族のガキが、俺のズボンを握りしめている。手を放せ、ずり下がってんだろうが!
「手ぇニギル。オレぇ迎えにキいタ」
人族の言語は、猫族の舌に合わねぇ。不揃いな発音になるのが面白ぇから、けっこう俺は好きだ。
「今日は、何がお勧めだ?」
猫のガキの手を引いて歩く。ちっ・・・肉球が柔らけぇ。無意識に手が動いちまう。
「うニャあ~オレぇの手、もみもみスキかニャ?」
「くっ・・・別に、悪くねぇ」
ちっ・・・バレてたか。猫のガキに、陸魚の串焼きを買ってやる。「あ~ん・・・うミャ~」香ばしく焼けた、陸魚の足から齧りついている・・・。俺は無意識に、猫のガキの頭をぐりぐりと撫でまわした。
「イらっシゃい、悪いネ。うちノ息子に朝飯アリガとニャ」
猫族の親父がにやにやと笑って、ぺこりと頭を下げた。毎度毎度、ガキを迎えに寄こしやがって・・・
「わざとやってんだろうが。おら、これも食っとけ」
猫のガキにパン屋で貰った、おまけのパンを渡す。干し葡萄が入った甘いパンだ。
「ありあとニャ~」
くっ・・・干し葡萄を口の周りに付けて、食いながら喋るんじゃねぇ。また無意識に、口の周りを拭いてやった。
「今日のオススメは、メキャベつ、アカキャブ、誤棒根だニャ。あト、北方の商人カラ薬草をスコシ、仕入れたヨ」
「見せてみろ。野菜は全部、買う。薬草は・・・他に予約がなければ、全部くれ」
ちょうど読んでいた本に出てきた薬草だ。これがあれば、実践ができる。
「毎度ありニャ~。いつモいっぱい、アリアとニャ!」
「アリアと~!」
猫の親子と別れて、家路を急ぐ。良いものが手に入ったから、帰りの方が早足になっちまうな。
「古書店に、珍しい魔法書が入ったらしいぞ」
「どんなに珍しくても、俺達には使えないからな~。内容は気になるけど」
すれ違った、学び舎のガキ共の声が耳に入る。・・・裏路地を抜けて、貸家の中にある古書店に来ちまった。
「いらっしゃい。お久しぶりだね」
店に入ると待っていたかのように、笑顔の店主が現れた。弓なりの細目の奥が、愉快そうに光っている。
「・・・俺の前に餌をチラつかせんじゃねぇ。ガキまで使いやがって」
「おや、バレましたか。ふふ・・・本当に良い本が入ったからね。最初に、お客さんに声掛けしたんだよ」
「・・・見せてみろ」
店主が持ってきたのは、深紫色の表紙の毒魔法を中心とした・・・まぁ、禁が付く本だったわ。
「俺しか、買わねぇ本じゃねぇか!」
「まぁ、そうだね。ふふ・・・っ」
薄目開けて笑うんじゃねぇ!怖えぇんだよ!
「手持ちで足りるか?幾らだ」
「そうだねぇ、このくらいで。おまけするから、以前頂いた魔法薬が欲しいな」
「ああ、消したい汚れだけ拭き取れる魔法薬な。良いぞ、買うわ」
古書店を出て、陽の高さを見る・・・やべぇな。急いで帰らないと、朝飯に間に合わねぇ。
古書店に戻って、店主に甘い菓子と俺お手製の回復薬を、数本渡した。
「今から見ることは、見た後に忘れろ。良いな?」
言うが早いか、転移魔法で拠点の屋敷まで飛んだ。まぁ、この店主なら大丈夫だろう。
「ふぅ~・・・目が細いと、物事が見えづらくていかんな」
カズサが目の前から消えた後、首をコキコキと鳴らした店主は、カズサお手製の回復薬を呷ったのだった。
カード=チーズ。朝迎鳥=コケコッコー。
古書店の店主が胡散臭くて、地味に好きです。商店通りのほうに、朝迎鳥と卵が売っていました。余所見をしていて、卵を買い忘れたんですね・・・きっと。
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