手紙配達人ニコの困惑6
「はあああああああ~!うんま~い!!」
「ニコ、煩い。それに、口の周りが汚ねぇ」
俺は両手に、カズサお手製のサンドパン(肉増し増し)を握りしめ、口一杯に頬張っている。
カズサが手拭きで俺の口を拭いながら、呆れたように茶の入ったカップを俺の口に寄せてくれている。
なぜお前は、男なんだろうな?!可愛い女の子の姿なら、絶対嫁に貰ってるのに!!
「はぁ~幸せ。昨日のガルモの香草焼きと、一眼ウサギの煮込みも美味かったし・・・もう、嫁に来る?」
「ニコは面白し、良い奴だけどな?ちょっとアホなとこがなぁ。お断りします」
ペコリと頭を下げたカズサと笑い合う。あ~男の子同士って楽し!!
腹が一杯になった俺は、敷布の周りを眺めた。
「お前の投げ矢の威力な、おかしいから。人前で使うなよ?」
「あ~?思ってたのとは、違った感じに仕上がったわな?」
俺達の座る敷布の周りには、巨大なグリーズリが、既に解体された姿で積まれていた。
普段はこんなデカい奴は村まで来ない。冬眠前に腹を満たすために、山を下りてきた奴をカズサが誘き寄せたんだよな。
カズサが投げ矢をグリーズリに向かって投げたら、脳天を突き抜けてな・・・バタッと倒れてな?一瞬過ぎて、俺はまた口を開けたまま固まってたわ。
気が付いたら俺は敷布の上に座っていて、両手にカズサお手製のサンドパンを握っていたってわけ。意味わかんないでしょ?
まあ、目の前にはカズサが解体した肉とか、毛皮とか積まれてたけど。とりあえずパンに齧りついたよな。
「はあああああああ~!うんま~い!!」
そこからは、夢中で食べたわ。俺、カズサの飯があれば、どこででも生きていけそう。他のことがどうでも良くなる味してるんだよな。・・・はっ何か、魔法掛かってるのか?魔法飯・・・。すごいな?!
カズサが、綺麗に洗浄した投げ矢を撫でている。
「気に入ったのか?」
「まあな。ガキの頃に作ったもんの中では、結構気に入ってる方だな」
目を細めて笑うカズサは、ちょっと嬉しそうだ。結構とか言ってるけど、凄い気に入ってるんだろうな。あれは。
「この威力なら、もっとデカい魔物にもいけそうだしな」
ぶほっと茶を吹き出した。
「勇者パーティーは首になったんだろ?・・・使うことあるのか?」
「あ~?親父の結婚を見届けたら、また村を出て旅するつもりだし。それに、本を買うには金が要るからな」
討伐依頼を受ければ、依頼料も出るし、素材を好きに売却できるから実入りが良いらしい。
カズサの可愛い本達は、金をもの凄く食うからな。使える道具は多い方が良いよな。
「寂しくなるな。お前がいなくなったら、俺の胃袋はどうしたら良いんだ?」
この短期間で、俺の胃袋はカズサの飯で満たされてる。カズサが呆れたように笑った。
「ニコも手紙配達人を辞めて、俺についてくるか?」
「え~?迷うわぁ・・・」
「迷うなよ」
カズサと冗談を言い合って、過ごすのは楽しい。カズサの飯は、もの凄く美味い。世話も気遣いも手厚すぎるけど、悪い気はしない・・・一緒に行っても、絶対楽しい。
だけど・・・手紙配達人の仕事が好きなんだよな。うん、答えは決まってるわ。
「俺さ・・・」
「ねぇ、今の・・・何?」
俺の言葉を遮って、俺達の背後から地を這うような低い声が聞こえた。
「ひえっ?!」
カズサが前に出て、俺を背に庇ってくれた。俺は遠慮せずに、カズサの背中にしがみつく。だ、誰だ?!
振り返ると、そこには村では見たことがない程、恐ろしく歪んだ顔のカエサルがぶるぶると震えながら、俺達を睨みつけていた。その両脇にはガイウスさんと、ユリウスさんが困った顔で立っている。
「カズサとニコは、2人っきりで何の話をしていたのかな?」
こ・・・こっわ!花屋の姉ちゃんが、浮気した旦那の首を絞めてた時と同じ顔だわ。口許だけ笑ってるのが、すっごく怖い。
「ああ?お前には関係ないだろうが」
カズサ~?!それ、浮気がバレた旦那が言ってたやつ!火に油注ぐやつ!!
「カズサは、ニコと2人で旅に出るの?」
「うっ?!」
カエサルから噴き出した殺気に気圧された俺は、思わずカズサに強くしがみついたしまった。
カズサが後ろ手でポンポンと俺の頭を撫でると、何かを呟いた。?・・・呼吸が楽になった・・・
「大丈夫かニコ?結界張ったから、楽になったろ?」
「あ、ああ助かった。・・・ありがとな」
冷や汗がすごい。俺は袖で額を拭うと、顔を上げた。カエサルがカズサの張った結界(透明な固い膜みたいだ)ってやつを剣で切り付けているが、割れない。カエサルの顔がイラついて益々怖い。
「なあカズサ、カエサルが怖いんだけど。何とかしてくれ」
「ああ?ニコがやれよ」
「お前~っ無理なのわかってて、言ってるだろ?!」
この結界の中は外の音が聞こえないから、カエサル達にも俺達の声は聞こえないのかもしれない。
カズサが笑って言うから、カエサルが剣を光らせ始めたんだけど?!なにあれ?!
ガイウスさんとユリウスさんが、両側から止めてるけど・・・ああっ?!2人共、吹っ飛ばされてる!!
「はぁ~めんどくせっ」
カズサが背負い鞄から何かを取り出すと、そのまま結界を抜け、カエサルに向かって走っていく。
俺は結界の中から、良くわからんが応援だ。頑張れカズサ!いけいけカズサ!!
カエサルが光る剣を振り上げた隙に、カズサがカエサルの顔を掴んで、口に何かをねじ込んだ!何それ?!
カエサルの体が一瞬震え、光を収めた剣を持つ腕を、だらりと下げた。顔は俯いて見えないが・・・
「大丈夫そうか?お~い、カズサ!ここから出してくれ!」
コンコンと結界を叩いてみる。カズサが結界に触れると、透明な膜が割れるように、すうっと消えていった。
俺は黙ったまま俯いているカエサルに、恐る恐る近づいた。
「・・・カエサル?落ち着いたか?あのな、さっきの話はカズサと俺の冗談だからな?」
だから勘違いで嫉妬して、俺を攻撃しないでくれよ?!
「・・・・・」
カエサルは無言で頷いた。なんで喋らないんだ?俺は少しかがんで、カエサルの顔を覗き込んだ。
「・・・・・」
うん、見ちゃいけない顔してるな。顔を赤くしたカエサルが、嬉しそうに口をもぐもぐしている。
「なにあれ?」
「ん?ニコも食うか?カニとエビのクリーム揚げ」
何それ、美味そう。すんごい食べたいけど、またカエサルの機嫌が悪くなったら困るから、我慢するわ。
カズサが、立ち上がって来たガイウスさんとユリウスさんにも、カニなんちゃらを勧めている。
2人とも困ってるから、やめなさい。カズサは手に持ったカニなんちゃらを、カエサルの口に放り込んだ。
「・・・カエサル、顔やばいぞ」
「うん、美味しかった!ニコ、さっきはごめんね」
「おう・・・」
カズサの飯で機嫌が直ったカエサルが、見慣れた顔で穏やかに笑った。振り幅がでかいな・・・おい。
カニとエビは居るようです。どこにいるんだろう。
カエサルが遂に追いついてきました。ニコ、逃げて・・・!
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