練武の森 3
長野県大町市 環境科学研究機構甲信研究所
技術部 第四車両整備区
件の会議から三日後、私達が検閲で相手する『事案』が決定した。
『砲兵森の幽霊』である。
事前準備のフェーズとして情報の収集と装備品の準備をおこなっているわけだが、いつものように好き放題持っていくわけにもいかない。今回は陸上自衛隊に偽造して現地に行くことになるからだ。
「できるだけ色々持っていきたいけど……やっぱり全部盛りだと目立つかなぁ……?」
装備品の選定と準備のために大嶋君と共に車両整備区までやってきたのだが……
「そうですね……ウチの規模で博士の希望している通りに持っていくとなると……最悪重迫は置いて行ってもいいのでは?」
現場である東富士演習場は基本的には一般人の立ち入りが禁止されている自衛隊の敷地であり一般への露見インシデントのリスクは非常に低くはあるのだが、私達が仕事をしている期間も演習場としての機能は維持される。
それ故に自衛官の目は常に周囲にある。
自衛官に偽装しなくてはならないことを考えれば玄人に見られているのだからあまり奇妙な隊容で現地にいくわけにもいかないのだ。
「念の為に色々持ってときたかったんだけどね、81迫だと多元座標固定弾がまだ制式化されてないんだよなあ……」
「まあでも幽霊相手なら必要ないのでは?」
「うん、幽霊相手ならね」
「というと?」
名前と流布されたストーリーから幽霊だと誤認しても無理はない。
だがJ-7による初動調査によると当該の『事案』は私達が幽霊と呼ぶ情報生命体とは異なる存在であるとの観測結果が出ている。
「まあだからこそ研究室まで上がってくるんでしょ?」
本来幽霊の管理は支部や出張所等の出先部局による管轄区域ごとの管理になっている。
東富士演習場であれば小山町の首都外郭防衛線か沼津の支部出張所のどちらかの管轄だろう。
それが検閲のネタとはいえ所掌部まで上がってくるというのは即ち一筋縄でいく類のものではないことを意味している。
「去年あたりに『保全財団』が発表した『アストラル実体仮説』みたいなこともあるからね……どうなるにしても対応できるようにしときたいんだよなぁ……」
「あすと……まあいいっすけど……じゃあ車両でダブル持ってきますか? あれなら40mm積めますし多元座標固定弾もありますよ」
「40mmだとサイズがなぁ……相手次第だけど威力が足んないかもしんないし……」
「せめて固定杭でも打ち出せればいいんですけどね」
「それこそ規定に引っ掛かるでしょ……いや、うん重迫は持ってこう!」
「わかりました。偽装は重迫中隊でいきますか?」
「うん。できるだけ3t半の中に必要なモノは押し込んでいけばどうにかなるでしょ」
色々必要なものは多いが、それらは極力表に出さないように車内においておけば大丈夫だろう。
資材や車両の多い砲兵、正確には普通科連隊麾下なので歩兵砲中隊みたいなものだがともかく彼らの姿を借りれば持ち物も増やしやすいだろう。
「さて、じゃあこっちの資材はそんな感じでよろしくね!」
残りは演習中の自衛隊車両に偽装する処置なので大嶋君達に任せておけば問題はないだろう。
「諏訪先生、どんな感じ?」
同じく車両整備区で救急車の準備をしてくれている医療チームの方に声をかける。
「概ね順調ですが……1t半高遮蔽アンビは持ち込めないのですよね?」
「うん。あくまでも研究所調達品だからね……あ、でも消防仕様のだったら持ってっても大丈夫だよ?」
1t半高遮蔽救急車は自衛隊の1t半救急車に偽装した超常医療対応の高規格救急車だが、本来その機能を持つ制式品は消防仕様の車両だけだ。
ただ、今回の業務においては防衛省の肝煎りで第一師団の協力を得られることになっているので近隣の駐屯地内に車両を待機させておくことは可能だ。もちろんカバーストーリーは必須ではあるが、そのおかげでぱっと見で公共機関のものである救急車くらいなら持ち込める。
「それであれば技術部に再塗装を頼んでおきます」
「そうだね、流石にそのままだと目立ちすぎるし……」
ウチの救急車は基本的には北アルプス広域消防本部の仕様になっている。
街灯の少ないこのエリアに対応して側面に反射材を用いた市松模様のバッテンバーグ・マーキングは流石に独特で目立ちすぎる。
忙しい与田切技術監達に仕事を振るのは申し訳ないが、まあ本来業務だしな、うん気にしないでおこう!
「まあ使わないに越したことはないものではありますが……」
「うん。まあそうだけどね……使うことになったら無いと困るでしょ?」
おそらくこちらに被害が出るような相手では無いだろう。
だが、それでも備えは必要だ。
検閲でもその辺りは見られるだろうし、そんなことよりもみんなの安全を確保するのは何よりも重要だ。
「あ、そういえば残機ってもう届いた?」
「残念ながら二体しか準備できていないそうで」
「なんだよぉ……相変わらずシワいなぁ……」
たった二匹でどうしろというのだろうか?
「取り敢えず私の方でも他の研究所にあたってみるよ……諏訪先生は医研とかセンターに融通できないか聞いてみて」
「わかりました。最悪ミスターに事情を話して協力を……いや、今回はそれもできませんか」
「流石にね、牧場から残機を引っ張れるんならありがたいけどそれ自体が本当はやばいから……まあ仕方ないよ、正攻法で頑張ろう」
「いやはや……骨が折れますな」
「まあ試練だと思ってやるしかないね……ほら、諏訪先生のお師匠様なら『主は我らの献身を常に見ておられる!』とか言うんじゃない?」
「残念ながらアブラハムの宗教への信仰心までは受け継いではいませんよ」
「そういやそうだったね」
軽口を叩き合いながらもしっかり仕事をこなしてくれている諏訪先生、認めたくはないが業務の上で頼りになる人物であることは間違いないのだ。
「そういえば、さぁ?」
「どうなさいました?」
「いやね、何日か前に猪狩君と双子ちゃんと一緒に帳簿を見直してたんだけどさぁ……」
「地味な仕事でも手を抜かないあたり安曇さん達は見込みがありますね……きっと大成するのでは?」
それ故に、そんな一面をこの窮地で見せてくれているが故にあまりこの場面で使いたくは無かったが……というか使える状態であってほしくは無かったが……
「そんとき妙な項目があったんだよね」
「なるほど、妙な項目といえば--」
「おっけい、一旦私の話を聞こうか? それはうちに納入される予定の残機の項目だったんだけどね? 異常なくらいに沢山の検査を通って、沢山の現場のと入れ替わって……最終的にどうなってたと思う?」
「さ、さあ……皆目け、見当もつきませんが……」
「不思議な事にダース単位で行方不明……不思議だよねぇ……?」
「そ、そうですなぁ……ま、まあその……そういう不思議なこともあるのでは……」
「声が震えてるみたいだけど? まあその不思議な話もさあ? 正直言っちゃえば大事にしたくないんだよねぇ……私としては残機の正規の納入品の質と数が合ってれば……ね?」
「な、なるほど……」
「でもまあ戻って来なかったらその時は犯人の楽しみはマリアナ海溝の底の底まで沈むんだろうなあって気がするんだ」
「ち……ちなみにいつまでに戻らなかったら……?」
「48時間以内!」
「そ、そうですか……あーっと! そういえば研究資料を送らなくてはいけない時間だ! 猪狩さん、あとは任せましたよ!」
「はいはい、頑張って48時間以内に片付けてきてくださいね」
「な、なんのことだか! あ、あははは……」
乾いた笑い声と共に去っていく諏訪先生。よし、これでダース単位で残機は確保できるはずだ。
「あんなまだるっこしいことせずに大嶋さん達に頼んで押収した方がよかったんじゃ無いですか?」
諏訪先生を見送った猪狩君がいう。
「まあ気持ちはわかんなくも無いけどね」
ただ、諏訪先生が横領した残機は各種の猪口才な手法で甲信研の諏訪先生の趣味部屋に持ち込まれるのが常だ。
今回に関していえばまだ研究所内に持ち込まれた形跡は確認できておらず、それ故に外部で分散保管されているとみるのが妥当なところだろう。
大抵が反社会勢力やらが何も知らずに保管や輸送をしていることもあり、見つけてしまえば足取りを追うことも襲撃することもさしたる問題はないのだが、反面としてうちの精鋭達をチンピラ風情にぶつけるのはあまりにコスパが悪すぎる。
それだったら諏訪先生に直接差し出させる方が手間も少なくていいこと尽くめだ。
「ってこと! 効率よくいかないとね」
「なるほど……流石に諏訪先生慣れしてますね!」
「あんまり慣れたくは無かったけどね……」
苦笑で同意を伝えてくる猪狩君、多少負担は大きくなるだろうが……まあ大丈夫だろう。
彼の自己評価は非常に高いが、同時に能力も人並みはずれている。コネだとかは流石に私や諏訪先生ほどは持ってはいないものの、その辺はしっかり私がサポートしていけばいいだけの話だ。
「それじゃあここは任せちゃって大丈夫だよね?」
「任せといてください」
さて、じゃあ戻って情報の整理でもすっかなぁ……
甲信研究所 千人塚研究室
「目撃情報は結構あるんですね……なんで今まで問題にならなかったんでしょう?」
「あ、小笠原さん! こっちの資料に昭和の頃の自衛隊と米軍の調査のことが書いてありますよ!」
「今時……」
「紙とか……!」
「「電子化はどこ行った!!」」
研究室に戻るとみんなが書類に埋もれていた。うん、比喩ではなく現実に……
「おーおー、なんかとんでもない事になってんねぇ……」
「あ、博士おかえ--うわっ!」
「静代さん?!」
静代さんが崩落したパイプ式ファイルのタワーの生き埋めになってしまった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……あーびっくりしたぁ……」
がっさんが掘り出して事なきを得たようだが……なるほど資料が届くのに時間が掛かった原因はこれかぁ……
「そういや前にJ -7の人が言ってたなぁ……全く書類の電子化が進んでないって」
「それにしたって……」
「これは流石に……」
「「今令和ですよ……?」」
「まあそうだけど……お役所だし表立っては存在しない部署だから人もお金もないんだよきっと」
書類をパラパラと捲ってみると一応しっかりと整理はされているみたいだが……
「とりあえずは全部目を通してうちの形式で分類しなおそう。その上で現地での確認が必要になりそうなものだけデータで取っとけばいいよ」
流石に全部の資料を私たちが電子化しているような時間はない。
一応これらの書類はウチに権限が移っているから必要なら事務方が電子化してくれるだろう。
「『発生日時直近の南外周道通過部隊の内訳』とか……なんか関係なさそうなのもありますけど……」
最早椅子に座ることすら諦めたのか床で胡座をかいた静代さんがだいぶ表紙が経年劣化で黄ばんだファイルを持ち上げて聞いてきた。
昭和の頃にも調査はなされていると部屋に入ってきた時に聞こえてきたので多分その頃の書類だろう。
「その辺も全部目は通しといて。人だとか気象だとかは勿論だけど、それ以外のちょっとしたこと……それこそ周辺の商店のお金の流れだとかも異常な部分があるようなら報告して」
明らかに部屋の中の空気が重くなる。
私が求めているのが領収書の一枚でも全て確認しろって話なのだから無理もないだろうが……
「しっかしまぁ……私らだけでどうにかすんのもあれかぁ……」
とは言ってもDSのみんなはフィールドワークの準備の方にかかりっきりだし、医療チームも同様だ。
私たち研究チームぐらいしか動けないのも事実……あ、そうだ!
「あっはっは、簡単な話じゃん!」
「どうしたんです?」
「がっさん、ウチにはこの手の仕事のエキスパートがいるでしょ? 片切君ならなんかいいアイディアあるかもしんないよ!」
並大抵の情報管理員だったら一緒に書類に埋もれるくらいしかできないだろうが、うちの片切君はそこらの同業者とはものが違うのだ!
「あー……」
「「片切さんなら……」」
がっさんと双子ちゃんが言い淀む。どうしたんだろう?
「えっと片切さんなら博士とおんなじような方針を言ってこんぴゅーたの部屋に篭ってます」
ふむ……どういうことだ?
「この部屋にある書類の三倍くらいの量を持ってってたんで……」
はいはいはい、なるほど……
「うん、大人しく働こっか……」
「……はい」
私たちが大騒ぎしながらグダグダしてる間に片切君はバリバリ働いていることだろう。
あれだ、うん……頑張ろう……




