練武の森 2
研究室実務能力査定
DS職種専従戦闘部隊に課される総合練度査定とともに検閲という呼称で呼ばれるそれは、平たく言ってしまえば研究室の定期テストの様なものだ。
日々アップデートされる超常世界の常識に即応できるだけの知識と技能があるか、各種行動規範に則った手法での業務を遂行できるか、リスクを極限化して最小限の波及影響で最大限の成果を挙げることができるか等々……
脅威度が比較的低く、不測の事態においても最小限度の波及影響で済むような『事案』に対する生地での実動の場を用いて判断する。
『機構』の業務の要たる研究室として充分な能力を有しているかを判断するものであり、所属所掌部の執行部理事を統裁官、他所掌部所属研究室を統裁部及び審判部として配するなかなかに大掛かりなイベントである。
勿論それだけの大掛かりなものであるだけにこの検閲の結果は非常に重要な意味を持っている。
評価は上から優良、良、可、不良、不可の五段階で評価され、不可の判定を受けた研究室は問答無用で解散、不良であってもより基準の厳しい再検閲を再受閲しそこで不合格ならばやはり解散ということになる。
通常、2年に一度の受閲が定められておりそれによって『機構』の研究室は常に高いレベルを保ち続けることが出来ているのだ。
ただし私達甲信研所属の研究室をはじめとした十部の研究室は即応性確保の観点から即応人員実員指定を受けている研究室は受閲を免除されている。
ほとんど全ての研究室が指定を受けているこの甲信研において受閲しなくてはならないのは現在後備研究室指定を受けているうちと石狩から戻ってはきたが未だにUNPCCの仕事にかかりっきりの真田博士んとこくらいなものであり、真田博士はこの間検閲行ってきたという苦労話をしていたから直近で必要なのはうちだけということになる。
しかし『機構』設立以来ずーっと十部にいる私である。
前回検閲を受けたのも確か20年とか前のことだったのでさぁ一体どうしたものか……
長野県大町市 環境科学研究機構甲信研究所
千人塚研究室
「そういうわけで検閲やることになっちゃったわけだけども! 正直何をどうするべきかわかんないから……どうしようか」
会議室から戻り、一度火砲整備区から撤収した私達は緊急のミーティングを行なっていた。議題は勿論検閲に関してである。
「え……いや別に普段通りやればいいんじゃないですか?」
自信満々に隠さず不安を曝け出した私にがっさんが言ってくる。うん、この子もうちに長いこといるからなぁ……麻痺してるよなぁ……
「そういうと思って片切君にざっくり計算して貰いました! ほい、よろしく!」
「は、はい……ええと、結論から言うと……その……は、博士がいつ……も通りやったら……ええと確実にふ、不可に、なります」
うん。わかっていた事だがそうだろう。
「え……いや博士は普段こんなだけど案件解決数は『機構』随一だぞ? いくらなんでも不可はないだろ不可は」
これまたずーっとウチにいる大嶋君が言う。
「……情報統制規範74回、臨場研究行動規範22回、安全管理規範134回、資材統制規則12回、武器使用規範21回、調達規則16回、保安規則46回」
「なんだそれ?」
「博士の過去の臨場研究で発生した違反の回数……」
うわぁ……我ながらとんでもないなぁ
「そ……そりゃまあババ……大ベテランなんだからそんぐらい行くだろうよ」
「これ『0027』一回分……」
「え"……うわぁ……」
大嶋君含むみんながとんでもない表情をしている。私はある程度自覚があるからそこまで驚きはしなかったが……
「私としては大嶋君が私をババア呼ばわりした方が驚きだけどね!」
「いや、あれは言葉のあやというか……」
「ちゃんとお婆ちゃんって呼びなさい! お下品だわよ!」
「年寄り扱いはいいんですね……」
「がっさん、流石にこの年でキャピキャピしてたらその方がヤバいでしょうよ」
現生人類ならともかくチバニアン女子なんて語彙が撹乱されすぎている。年齢的には老婆という言葉でも若作が過ぎるくらいだ。
「そんでさらに検閲は制式の武器資材だけでやることになるからいつもみたいにみんなの天才的頭脳でビックリドッキリメカを作って解決! ってわけにもいかないわけよ」
「私の作品は一応『機構』に認められているので持ち込みは可能という認識でよろしいですね?」
「諏訪先生……お目溢ししてもらってる状態のことを認められているとは言わないんだよ?」
『チャッピー』の禁止は『機構』のみならず国際的な取り決めによって定められているのだ。そんなものを持ち込んで検閲に臨んだら不可も不可だ。
「そ、それに……えっと検閲、ではそれぞれの、職掌に、お……応じた業務遂行と、あの……連携が、観られるので……」
「今回は大人しめにしといてもらわなきゃだめなわけ。片切君もいつもみたいに空中からミサイル乱射して掩護ってわけにはいかないから測定とか解析とかそういう業務に……まあ片切君は分かってるか」
「は、はい」
とまあお行儀よくお仕事なんていうのは私たちの普段のやり方からは大きくかけ離れてしまっているのでだいぶ動き辛い。
「はい!」
「お、早かった! 静代さん!」
「みなさん、私のことをお忘れではないですか? ちょっとした『事案』程度私の力でイチコロ--」
「あ、悪いけど静代さんはお留守番ね」
「な……なんでですか!?」
「なんでもなにもそんな雑魚相手の仕事で静代さんの力を表に出せるわけないでしょ」
フェアじゃないって部分はこっちに有利だから全然構わないのだが、元々の強力なPSI能力者としてだけでもあまり大っぴらにはしたくない上に更には三大超常エネルギー併立問題やら色々と隠しておきたい要素が多過ぎる。
それ故に彼女はお留守番である。
「うーん……博士のガサツな部分がここにきて牙を剥いた感じですよね……」
「普段からちゃんとしてないからこうなるんですよ、自業自得です」
小県ちゃんと藤森ちゃんが辛辣だ。返す言葉がない。
「対策を立てるにも相手がわからないのではどうにも……どんな案件になるか見当ぐらいはつかないものでしょうか?」
ああ、そう言えば言ってなかった。
「一応所長からは警察系か自衛隊系でこっちに上がってきた案件になると思うって聞いてるね。警察系は交通局経由の『首なしライダー』、自衛隊系は富士駐屯地経由の『砲兵森の幽霊』だってさ」
「『砲兵森の幽霊』……?」
「いや……まあ……うん……」
「あーはいはい……うーん」
DSのみんなのうち半分くらいがなんだか微妙な表情をしている。
「藤森ちゃん……あれ何?」
「さあ……あ! さっきの自衛隊のやつ富士駐屯地経由って言ってましたよね?」
「うん……あ、なるほど富士演習場!」
なるほど、言われてみれば彼らは皆関東近辺の駐屯地にいた元自衛官である。
『砲兵森の幽霊』は現場が富士演習場内と言っていたのでそれでか……だとすると案外有名なのかもしれないな
「大嶋君、結構有名な話なの?」
「まあそうですね、特に富士地区あたりの部隊だと新兵の時に教わる話だと……宮田、確かお前原隊板妻だったよな?」
「そうっすね……自分新教から板妻だったんで結構みんな知ってましたね。ただ芹沢グラウンドに幽霊が出るとかタイヤ庫に米兵に殺された女性の幽霊が出るとか、そんな感じのよくある怪談話としては聞きましたけど……『事案』かって言われると……うーん……」
なるほど、軍隊には付き物の怪談噺ということらしい。
「どんな話なの?」
「砲兵森……東富士演習場の南外周道沿いにある林の中で立哨してると旧軍の軍人が『砲兵第なんちゃら大隊の陣地はどこでありますか!』って聞いてくるみたいなやつです。んで逃げ出して天幕とかで寝てるとそいつがまた出てきて『砲兵第むにゃむにゃ大隊の陣地はここでありますか!』って笑って発見者は気絶、気がついたら朝でなんかしら部隊ごとのオチがついておしまい……てな感じです」
なんというか根明な宮田君が語ると情緒もクソもないものだ。せっかくの怪談が台無しである。
「俺のいたとこだとベテランの陸曹が『真駒内に移動したぞ!』って嘘教えたら北に向かって黙って歩いてったってオチだったな」
「うちもそれでした! そんで4号国道を北に歩く旧軍の幽霊が目撃される様になったとさってついて」
「俺んとこだと嘘教えたのは先輩の陸士長ってことになってたなぁ……」
「うちだと幽霊の行軍ルートは17号でしたね、外出中の練馬の隊員が新大宮バイパス入口で幽霊を見たってのがついてました」
ただまあ、情緒のない語り口とはいえ彼らにとっては懐かしい話であることは間違いないらしくみんな自分のいた部隊でのパターンを楽しげに話している。
やはり共通の思い出話というのはどう転んでも盛り上がるものだ。みんなが楽しそうなので私も嬉……
「じゃない! あっぶない! 完全に気が抜けてた!」
「どうしたんです?」
「なんかストレスでも……?」
心配そうにこちらを見てくる双子ちゃん。
物部博士んとこで検閲の経験はあるのだろうが、あの爺さんは恒例行事くらいで慌てるようなタイプじゃないし双子ちゃんにしたってとんでもなく優秀であるが故にテストで不合格なんていう経験はないのだろう。
それ故にまったりしているのだというのは理解できるが、私としてはそれどころではないのだ。
「一応みんなに言っておきたいのは私が前回検閲を受けた時の評価は不良、再検閲でどうにかギリギリお情け合格にはなったけどそっから20年ばかし自己流で仕事してきたわけで多分当時よりも検閲をこなす腕は落ちてると思う。そんでまぁ……合格できないと……」
「解散……」
状況のヤバさ、少なくとも私にとってのそれを認識してくれたがっさんが小さく呟く。
「まあがっさんからすれば上の席が一個空くから悪いこととばかりも言えないだろうけどね」
研究室数の上限は決まっているのでがっさんが研究室を持つとなった時に上の人間が退かないと邪魔ということもあるかもしれない。
ただ、現状で研究室は定数割れの状況が続いているのだが
「嫌ですよ!」
「がっさん……」
それでも明確に私と仕事をしたいと言ってくれるがっさん……ほんといい子……
「私たちも……」
「もっとここで働きたいです」
「双子ちゃん……!」
「よし、お前ら陸自装備と交機装備の準備だ! 終わったら想定訓練、みっちりやるぞ!!」
「うちも救急車の準備を! 備品の欠品をおこさないように! 終わったら富士病院と静岡医療センターと調整を進めましょう」
「ハイっ!」
「大嶋君、猪狩君……みんな……」
「みんな博士のことが大好きなんですよ、とってもあったかい気持ちが感じられて……なんか泣けてきました……」
静代さんが言うのは多分正確なんだろう。ただ、自分達の心中を口に出されたみんなが少し照れ臭そうな顔をする。
この子……ちょっと野暮だなぁ……
「うぐっ……なんか私にだけ辛辣じゃないですか?!」
「えーそっかなぁ?」
「絶対わざとだ……レイスの御守り外してまでそんなこと言うなんて! ぱわはらです!!」
「あはは、ごめんごめん! 静代さんからかうと面白いんだもん!」
しかしみんながそう思ってくれるというのが分かるのは素直に嬉しい。
照れ臭かろうがなんだろうが機能として正しいことがはっきりしている静代さんの言葉を突きつけられれば意気も上がる。上げざるを得ない。
「まあ気負い過ぎずに行きましょう。前掛なのは我々の美徳とはいえこの手の話は冷静にことを進めるのが大事でしょうからな」
鼻息荒いわたしたちを諏訪先生が穏やかに諌める。
落ち着いている普段の紳士な彼はこう言う時に非常に頼り甲斐がある。私が言うのもなんだが年の功というやつだろうか?
「なぁに、いざとなれば審判部やらの首を土産に全員で『co-op』にでも転職すれば良いのです」
いや、彼に関しては『機構』という組織に対する拘りが無さすぎるのだろう。
実際問題として私の下以外で働く気はなく、いざとなればすぐに『機構』を出ると普段から放言している世界最悪の魔ッドサイエンティストだ。
執行部もその辺りは把握しているはずなので研究室の解散という事態になっても私の元から彼が離れるということはあり得ない事態ではあろう。
だが、私としては頼れる部下達抜きで諏訪先生を抑えねばならなくなるなんていうのはそれこそ終末に等しい脅威である。
まさかみんなの優しさ以上にこの異常者の問題発言でやる気が出るとは思わなかったが、私の平穏のためにもこの検閲は上手いことやってのければなるまい!!




