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練武の森 1

長野県大町市 環境科学研究機構 甲信研究所

技術部 第3火砲整備区


「いやぁ、助かりますよ……人手不足でどうにもならなくなってた所なので」


「あはは、気にしないでください。与田切さんにはいつもお世話になってますんでこういう時くらいはうちの子達の天才的頭脳をお貸ししなくちゃバチが当たりますって」


世の中が東京オリンピックに沸いている中、私たちは私たちで楽しく過ごしている。

今日は技術部の仕事の手伝いで南アルプス重要防護圏の各種自衛用火器の整備だ。

本来なら私たちのような研究職種が関わるような話ではないが、甲信研で技術部長を務める与田切技術監には昔から色々とお世話になりっぱなしだしこういう時に恩返しをしておくのは私だってやぶさかじゃない。

それにうちの子達だって技術部と交流して連携を強化できるのである意味ウィンウィンの仕事だ。


「しかし……所長は一体何を……? それに諏訪先生まで……」


「気にしないでいいですよ。放っときましょう」


与田切技術監の視線の先では所長と諏訪先生がはしゃいでいる。


「あっはっは! 諏訪先生ビッタビタだねぇ!」


「はっはっは! 所長こそごん攻めですな!」


スペースが広いからってスケボーに興じている。おっさん同士がキャイキャイしている姿は実に汚らしい。

オリンピックで話題になった直後に通販でスケボーを購入した二人のミーハーっぷりは今に始まった事ではないのでまあいいとして……


「いやまあ所長はアレなのでいいですが……諏訪先生は病み上がりでしょう? 止めた方がいいのでは?」


与田切技術監のいう通りではあるが、正直もっかい骨折程度の大怪我をして大人しくなってくれた方が私としてもありがたいので放っておいている。

なんならうちのDS職種(マッチョ)のみんなに頼んで脚の二、三本折って貰おうかな……?


「あっはっは! 与太切さん! 相変わらずお優しい!」


「うわぁっ! 諏訪先生、やめてよ! せっかくワッシャー並べといたのに!!」


弾き飛ばされるかわいい新品のワッシャー達……スケボーだけでも叩き割っといた方がいい気がしてきた


「おっと、これは失礼!」


「ったく……でも与太切さんの言うことも尤もだよ。またぶっ倒れたら今度は放置するからね?」


「ご安心ください! マウンテン教授の再生医療のおかげで最高のコンディションですので!」


マウンテン教授は表の世界でもこちらの世界でも世界最高峰の再生医療の権威とされる業者さんだ。

去年亡くなったストロベリーアイス教授とともに表裏に跨る世界最高峰の頭脳として世界中の超常管理機関から羨望の眼差しで見られていた『機構』最強の人脈カードである。勿論転売厳禁だ。

そんな彼が情報統制の柵なく持てる全てを注ぎ込んで技術協力してくれたおかげで諏訪先生もすっかり元気になったわけだが……正直もうちょっと手加減してくれても全然問題なかったのになぁ、とか思わないでもない。


「マウンテン教授って……そんなすごい方の協力を……?」


「流石にがっさんでも知ってる?」


「知らないわけないじゃないですか! あ……そうだ! もしよかったら連絡先教えてくれませんか? 藤森さんの腕も治してもらえるんじゃ!」


確かに本気のマウンテン教授なら時間さえかければ腕を生やすぐらいやってのけるだろう。勿論私もそのことは結構前から気付いているし提言もしたが……


「小笠原さん……撃針取りに行くのに何時間かけるつもりですか……?」


「あ、藤森さん! 聞いてくださいよ! もしかすると腕生やせるかもしれないんですよ!」


「はぁ? ミミズじゃあるまいし……」


呆れたような顔をする藤森ちゃんと鼻息荒いがっさん


「前話したでしょ? マウンテン教授」


「あー……そういう」


「任せてください! 私がしっかり話しつけてきますか--グエッ!」


言うが早いか連絡先も知らないのに走り出そうとしたがっさんの襟を藤森ちゃんがとっ捕まえる


「前も言いましたけど私には博士や小笠原さん達がくれた腕があるんで必要ありません。余計なことしないでくれませんか?」


「でも……」


「ハラスメントで監査室に通報しますよ」


相変わらずのツンデレなんだから……がっさんがしょんぼりしてしまったじゃないか


「がっさん、翻訳すると『大好きなみんなが作ってくれた腕が大切だからこれがいいんです』だってよ」


「え……? そうなんですか?」


「あー、もう喧しい! 馬鹿言ってないでとっとと働いてください!」


藤森ちゃんは怒鳴って近くにおいてあった機関砲の撃針をふん掴むと足早に作業に戻ってしまった。


「いやはや、相変わらず賑やかですね」


「本当に……少しは私を見習って落ち着いてほしいもんですよ」


「ははは……」


なんとなく与田切技術監の反応には釈然としないものを感じたが、まあいいだろう。

結構順調ではあるとはいえ、近頃の忙しさのせいで技術部の整備サイクルもかなり滞っているので急ぐに越したことはない。

幸い今回は機関砲やら高射砲やらのお馴染みの装備品ばかりなのでDSのみんなも参加して点検も整備もサクサク進んでいるので、順番が詰まってしまわないように私たちも早いとこ組み立てを進めてしまわなくては


「た……大変です!!」


そんなわけでコツコツと35mm機関砲の機関部を組み立てていると不吉な絶叫と共に白衣を着た若い職員が整備区に飛び込んできた。

厄介ごとを運び込んできやがる所長がここで遊び呆けているので油断していたが……

与田切技術監もそれは同じだった様で表情が少し曇る。

誰だ……? 所長であってくれ……それなら全く支障はない。


「あー! ごめん! 働く! 働くから!!」


「それはいいです! いや、良くはないですけどそれどころじゃないです!」


どうやら所長だったみたいだ。与田切技術監と小さく微笑みを交わし合ってホッと胸を撫で下ろす。


「千人塚博士と与田切部長も一緒に来て下さい!」


と、期待させといてこれだよ……



大会議室


がっさん達に現場を預けて四人で走って大会議室にやってくるとそこには甲信研の三分の一程度の博士や一部の技官やらKSSOF各級指揮官やらが集められていた。

この面子は……


「なんでしょう? どっかの国が超常戦でもおっ始めたんですかね?」


「多国籍軍の時みたいな面子ですが……勘弁してほしいですよ、装備の整備する側の立場にもなって欲しい……」


見たところ国際活動実働人員指定を受けている連中が集められているようだ。

その後はじまった会議はなるほどこの面子にふさわしい議題だった。



今回発生した事態を簡単に言えばロシア連邦政府による『アカデミー』の接収宣言である。

勿論普通の超常管理機関であれば国家による介入などそもそも脅威にもならないが、『アカデミー』はソビエト・ロシア政府と関係が深いものであり、自前の戦闘要員、諜報要員よりも内務省や国家親衛隊から借りている人員の方が多かったほどであり、その辺りの隙を突かれたのだろうとの推測が有力なようである。

一応『アカデミー』本部はソビエト時代からウクライナ北部ジトーミル州の郊外に置かれているので組織運営は可能だろうが、それでもロシア国内にも多数のZATOを抱えている『アカデミー』だ。

そこに保管される多数の『事案』が国家の手に渡ってしまうと言うのはどう考えても受け入れ難いものだし、それに関してはどこの超常管理機関でも同じことだろう。

それにここで成功体験を国家に与えてしまえば後に続こうという馬鹿が出てこないとも言い切れない。

そもそも表の国家なんてのは欲ボケの愚か者ばかりだ。

まぁ『機構』は勿論『五岳党』も『保全財団』も『機関』も世界中の超常管理機関は大抵それらの行為を受けたところで政治家達の政治生命を断てるだけの情報を保持しているし、それを覚悟で戦いを挑んだところで斬首作戦の準備は万全に整っている。

だが、『アカデミー』に関してはその種の独立性を涵養することを意図的に阻害されていた歴史がある。

共産国の特徴的なものであり、幸い『五岳党』は高位職員のほとんどが超常の存在であるため被害を受けずに済んだが、強大な国家権力を利用するのが都合がいいと、今の今まである種国家に依存していたのは『アカデミー』の怠惰であると言うこともできるだろう。

ただ、今回の件は国家と超常管理機関の不文律に唾する行為であり、決して許されることのない大犯罪だ。



『--これを受けて『UNPCC』は非常事態宣言を発令、各機関にはそれぞれの外交ルートを通じた事態の終息を図るための最大限の行動が求められている。この緊急事態宣言発令と同時に『保全財団』から『機構』と『五岳党』に直接的な

協力の要請があったことからも事態の重大さはわかってもらえるものと思う』


九重理事からの説明を受けて会議室がざわつく

南シベリアの古代超常文明に利権を確保する『保全財団』とはいえ、私達は直接的な敵である。

アメリカンで脳味噌筋肉なカウボーイが向こうから握手しにくるなどその時点で並大抵のことではない。


『先にも述べた通り幸い『アカデミー』本部はロシア国内にはないため旧ソ連衛星国内の超常管理は滞りなく進んでいる。そのため事態の推移を観察しながら当面は外交的解決を目指していくことになるとは思う。『保全財団』からはウクライナをNATOへ加入させてロシア軍から保護するという案も出ているので今すぐ何か起きることはないとは思うが、最悪の場合多国籍軍の侵攻も想定される。そのためこの場を使って皆には説明させてもらった』


流石に国内ならまだしも馬鹿げた権力欲のために他国に侵攻するなんてのは現実的じゃないか……


「え……それって不味いんじゃ……」


「どうしたんです?」


安堵しかけた私の横で所長が真っ青な顔をして呟いた


「いや……だってロシアはクリミア侵攻で……」


「ああ……そういえば……」


2014年に発生したロシアとウクライナの紛争はそこまで昔のことでは無いとはいえ未だソ連の崩壊を引き摺ってグダグダの地域で発生したよくある話だと気にも留めていなかったがアレによって南部の良港を抱えるクリミアと東部ルガンスク州は実質的にロシアに抑えられたと言っていい。

いくら『アカデミー』本部とロシア勢力圏の西端の間に首都のキエフがあるとはいえ、腐ってもかつての超大国である。

一気呵成にジトーミルまでの間を連中お得意の縦深戦略とやらで突破されれば流石にお手上げだろう。

それらが今回のことのために準備されていたのだとしたら……なかなかによろしくない話だ。

もしかすると91年のウクライナの独立とその際に浮上した『アカデミー』本部機能のレニングラード州への移転計画が立ち消えになったこと、所在国家であるウクライナの中立国宣言すら露助の仕込みだった可能性も出てくる。

広大な管轄区域とその区域内に大量の事案生事物を抱えながら不安定な体制下に置くことでより国家のマンパワーに依存せざるを得ない状況を意図的に作り上げられていたのだとしたら……


「甲信研の守矢です! ウクライナへの任務部隊の派遣は可能でしょうか」


私が考えている間に所長が発言する。即断即決の姿勢は普段はなかなか見られないものではあるが、同時に彼が高く評価されている一因でもある。


『いや、現在のところ直接的な行動は慎むようにとの方針だが……何か気になることでも?』


「今回の件は衝動的な国家の暴走が引き起こした事態などではなく周到に準備された超常世界秩序への反乱である可能性があります。せめて『アカデミー』本部と彼らの持つ知識だけでも保護しておかなくては取り返しのつかないことになります!」


勿論この意見になんらかの根拠があるわけではない。あくまで推測にすぎない話ではあるが、そう考えればソ連崩壊から旧CIS諸国西部で発生した数々の出来事、特にロシア連邦が関与した事態との辻褄が合いすぎるのだ。

所長の意見にこの会議に参加する各地の職員の意見は大いに割れた。

事が事であるだけに『機構』のみで答えを出すわけにもいかないので一旦結論は先送りになったが……



「いやはや、とんでもないことになりましたね……」


会議終了後与田切技術監がうんざりしたような表情で言う。

毎年の『クリスマス案件』の様にそもそも年次計画に含まれている多国籍軍の派遣とは異なり今回のような突発事態では倉庫に眠っているような装備品の持ち出しもあれば必要に応じた追加資材の開発も必要になってくる。

ただでさえ恒常業務すら滞ってしまっている技術部にはもうなんというか


「頑張ってね!」


くらいしかかける言葉が見つからない。とはいえ絶世の美女たる私が可愛くそれを言ったところで神経の逆撫でにしかならないことは十分に理解しているので取り敢えずは苦笑いをしておくにとどめておこう。

……静代さんがいないのでツッコミが入らないため一応言っておくが、それくらいの慎みは私も持っているしそこまで歪みきった自己認識はしていないと思う。この歳で無敵のティーンエイジャーみたいな精神構造をしていたら最早それは妖怪だろう。

一体誰に向けたものなのか分からない思考を垂れ流していると会議終了後も九重理事と話し込んでいた所長がこっちにやってきた。

多分碌な話じゃない……


「結構です! 間に合ってます!! お呼びじゃないです!!!」


その予感は与田切技術監も感じていたらしい。簡潔明瞭且つ明確な拒絶の叫びが大会議室内に響いた。


「え……? いや、千人塚博士の方なんだけど……」


「あ、それならどうぞ」


いやいやいや、酷いな!


「あーわたーしにほーんごはちょっと……」


「うん。ロシア語とウクライナ語が分かれば全然大丈夫!」


「いやいやいや! 無理! 冗談キツイですって! いやほんと! 行きたくないとかじゃなくて私が露助の手に落ちたらホントヤバいですから!!」


半分は嘘だ。ロシアもウクライナも行きたくない。泥まみれか冷凍庫かの二択であれば私は第三の選択肢甲信研を選ぶ!!


「そうじゃないってば! 二人ともなんで話聞いてくれないかなぁ……」


日頃の行いのせいだろう


「日頃の行いのせいでは?」


「日頃の行いのせいじゃないですか?」


「ええ……意味わかんないよ……」


これで意味がわからないんならもう手遅れだな。ご愁傷様です。


「いや、まあ多国籍軍の編成ってなったら行ってもらうことにはなるとは思うけど、その前に検閲済ませておいてもらわなくちゃって」


「検閲ぅ……?」

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