寒村 14
島根県出雲市
環境科学研究機構 山陰研究所
久々に訪れる山陰研だが、やはり異質だ。
何がといえば匂いである。なんというか抹香臭い。信心深い老人の家の匂いがする。
それもそのはずでここが所掌するのは天津神を除く国内ほぼ全ての神格性事案と各種の信仰に関係する種々の『事案』である。
その中にはこの国土着のものである記紀の神々だけではなくありとあらゆる宗教が含まれており、特に神仏習合で持ってこの国の価値観に深く根をはった大乗仏教はとても重要な要素である。
だからと言って研究所全体に匂いが染み付くほどに線香を焚くのは如何なものかとも思うが、よくよく考えてみればここも特定調査員の消費が非常に激しい研究所でもある。
屍臭を掻き消すのに線香は非常に効果的だし、そういう目的もあるのかも知れない。
いや、そもそも『機構』の研究所であれば衛生管理の観点から死体の管理は徹底しているだろうから態々そんな原始的な手段に頼る必要は無いのではないだろうか?
うちだってヤバいのは諏訪先生の趣味部屋ぐらいのものだし、それにしたって匂いが漏れてくることもあまりないしなぁ……想像以上に不潔なんだろうか?
「どうしました?」
そんなことを考えていると案内をしてくれている土御門博士が声をかけてきた。
自分で思っている以上に挙動不審になっていたようだ。
「あ、いえ……山陰研には久々に来たもので……こんなにお線香の匂いしてましたっけ?」
折角なので正直に疑問をぶつけてみることにした。
人のいい土御門博士のことだ。嫌な感じにはならないだろう。
「ああ、昨日までこの辺りで仏教系の研究室が何か実験をしていたのでそのせいでしょう。詳細は私も専門外なので分かりかねますがもし興味がおありでしたら当該の研究室を紹介しましょうか?」
「いえ、それはまたの機会に。しかし玄関先で実験とは……独特ですね」
「うちの仕事は概念的なものが重要だからね! 入口っていう境界の不確かな環境でしかできないこともあるのさ!」
不意に耳元から聞こえたおっさんの声……
「少彦名命、いきなり人の肩に乗らないでください。セクハラで訴えますよ」
「連れないなぁ……まあそんなとこも素敵だけどね!」
うるせえチビだな……
「それで、なんで今日私が呼ばれたのか教えてもらえますか?」
「そりゃあ挙式を--」
「土御門博士、そろそろお暇しますね。案内ありがとうございました」
「わー比売! 冗談冗談! 今日は仕事の話!」
だからそれを早くいえと言ってるんだが……
「やれやれ……こんぷらいあんすですぞ、少彦名命!」
「物部博士、お久しぶりです」
よかった。会話の出来る人間がもう一人来てくれた。
特に押しに弱そうな土御門博士よりこういう場面ではこの老博士の方が頼りになる。
「直接顔を合わせるのは国連会合以来だね。元気そうで何よりだよ」
「こちらの大神様のおかげでだいぶ疲れてきましたよ」
「はっはっは、それに関しては我々もだよ。なあ土御門博士」
物部博士の言葉に土御門博士は曖昧に笑って返したが、その表情は概ね肯定の意を表しているように見える。
「まったくみんな失礼なんだから!」
実に和やかで和気藹々とした空気だ。
今回の呼び出しが護衛も随員も禁止と言われていなければ私ものんびりとことに臨めただろう。
もちろん秘密主義の『機構』において案件に関与する人数を減らすのが重要だというのはよく分かっている。
それでも私を案内しているのが山陰研の中心人物の一人である土御門博士本人であることを思えばなにやら大事の、それもあくまで予感程度ではあるがあまりよろしくない大事の匂いがしてしまうように思うのも致し方ないことだろう。
しかしだ。どのような思惑があるにしろ多くの職員がうろついているこの場でその疑問を口に出すことはできない。
くだらない雑談を続けながら物々しい扉で隔離されたエリアに入る。
その警備についているのは山陰研の職員ではなくネイビーブルーの作業着に身を包み小銃で武装した特殊部隊員……おそらくは三部の『無宗派教団』であろう者達であった。
ううむ……帰りたい……
「おや、千人塚博士お久しぶりです」
「ええ、十五年ぶりですか?」
山陰研所長の千家主務研究員、直接顔を合わせるのは彼がまだペーペーだった頃以来だ。
「もうそんなに経ちますか……いやはや時間が経つのは早いものです」
彼以外もこの隔離区画の中で働くのはいずれも高名な三部系研究者……それも記紀の神々やら事物やらを専門とする者達ばかりだ。
「それで……そろそろ今回私が呼ばれた理由をお聞きしても?」
もちろんどうせ碌でもないことだというのは分かっている。
何せ私の専門外であり、そもそもとして専門性の高い三部系研究の機密事項なんて碌なものなはずがないのだ。
「そうだね、それじゃあまずはあれを見てもらえるかな?」
「あれは……『巨頭オ』……?」
それは解体され標本にされた『巨頭オ』と思われるモノだった。
特徴的な頭蓋骨の形状から見てまず間違いはないだろうが……なぜ……?
「誤解しないでほしいんだけどあれはあくまでも拾い物さ。収容の途中の事故で急死してね、その死体は……まあ公式には所在不明ってことになるかな?」
「流石に……それは貴方といえど看過されるべき事では無いはずです」
「あはは、真面目だなぁ……そんなところも素敵だと思うけどね」
「ふざけないでください!!」
なにを企んでいるのかはわからないし、検体の横領のような事はまあ研究者個人レベルではそれなりにあることではある。
だがここまで組織ぐるみで、それも未知の『事案』をというのは流石にあっていいことではない。
「僕は至って大真面目さ。真面目に仕事をしたからこそ彼らについて二部では掴めなかった情報を見つけ出すことも出来たわけだしね」
「山陰研で二部を……?」
事案性生命体の扱いに特化した能登研以上の成果を挙げるには山陰研は些か得意分野が違いすぎるだろう。
「その通り。僕たちは見つけたんだ。彼らの正体を……そして僕らの目指すべきゴールへの道をね」
味方はいないかと周囲を見回すも、この隔離区画への立ち入りを認められている時点で少彦名命の共犯者であることが確定している。
想像以上の碌でもなさだが、話を聞くしかなさそうだ。
「比売は彼らが大収束直後の神々との戦で用いられる予定だった超常戦兵器の末裔だった……そう考えているみたいだね?」
「ええ。内部に据えられた環境恒常化機構からみても間違いないと思っています」
「うん。いや実際そういったものの存在は確認されているし、神々から聞き出した情報とも一致しているよ」
「であれば……」
「でもね、そう考えると一つ妙な事があるんだ」
「妙な事……世界中で元四ノ宮の阿呆が暴れている御時世に現職の理事が背任を疑われる危険を冒してまで泡沫の『事案』に拘っている事以上に妙な事など思い至りませんが?」
「あはは、いやいや痛い所をつくね。まあ僕のことは一旦棚上げしよう。比売は彼らを見てどう思った?」
この小さい神が何を言わんとしているのかはわからない。
そもそも古代人が何を考えてあの集落を作ったのかなんて今となっては想像で語るより他ない事だ。
当時ですら最近の若い者は何を考えているのやら……と思っていた私からすれば尚更のことである。
「事案的特性、身体的特徴、言語、文化……そういったものは報告書に書いた通りです」
これはその通り嘘偽りのない事実だ。後処理をしている段階では面倒事は終わった認識だったし報告書に配慮や忖度を期待するのはこと『機構』の研究者に関しては現実的な話ではない。
「まあ、あとは……彼らの知性が想像以上であったことくらいでしょうね。少なくとも神や人間よりは優れた人格を持っていたと思いますよ」
「うん。やっぱり流石だね」
こちらの皮肉を意に介する様子も無い少彦名命
流石に彼の言わんとしている事が分かってきた気がする。
「彼らが『ヒト』たり得る事……」
「その通り! 妙だとは思わないかい? 穏やかで理知的、高い知性を持った人たり得る超常戦兵器。神を討ち滅ぼそうと力を与えたそれが人であるというのは」
完全に自立した思考を持ち、極端に狭い世界の中でも種を存続させうるだけの知性……
自ら考えて動く兵器といえば理想的にも感じられるが、それだってコミュニティの性質によってはある種良し悪しだ。
無駄に人死をなくせるのは利点だろうが、自分達より圧倒的に強い神を殺しうる兵器が意思を持っているというのは本末転倒な話になってくる。
当時とてコミニュティ内の人命を大切に考えるケースも無かったわけではないが、神々と渡り合える程の強力なコミニュティは大抵一部の支配者が主権を握っていたのだから尚更だろう。
「最初は純粋な興味から調べ始めたんだ。結果として分かったのは彼らは兵器の材料にされるには些か高貴な血筋すぎるってことさ」
少彦名命に合図されて土御門博士が端末を手渡してきた。
ディスプレイに映っていたのは家系図だ。
「これだけの時間が経っちゃうと断言できるほどのサンプルは残っていないんだけど」
当時東北方面で権勢を震っていたであろう有力者との血縁である可能性が非常に高いということのようだ。
「特定の血族……あの領域はそういう事だったんですね……ん? だとすると」
村に立ち入れるのは特定の先祖を持つ人間だけ、更に『巨頭オ』は高貴な血筋……表示されている情報は領域の出入りが出来た人間と『巨頭オ』達の遺伝情報の比較の項目もあるが……
「その通り! その情報だけ見れば彼らも自由に出入りできていなくちゃおかしい。まだ詳細な解析の情報が比売んちから届いてないからなんとも言えないけど、僕は彼らの持つ事案的特性が関係していると睨んでる」
「私もその辺りは詳しく知らされてはいませんがPK能力でしたっけ?」
「それと現実平衡保存性だね……あ、これ黒2だからオフレコね?」
サラッととんでもないこと言いやがる……!
というか聞いたことのない言葉が出てきたが……
「今回発見された新たな超常作用……と呼ぶべきかどうかは微妙な所だが、要するに現実性不平衡をフラットに戻す力のことだよ」
「それは多元座標固定法とは異なるプロセスでという事ですか?」
「左様。この力はあくまで基底世界のみで完結する力だ。これだけでも世紀の大発見だと思わないかね?」
察して説明してくれた物部博士は少し楽しそうにも見える。
いや、彼だけではないな……この区画にいる全員が熱に浮かされたような表情をしているのだ。
「不平衡には現実を強要して自らはPKを操る高貴な血筋の人工生命体ですか……世紀の大発見だとは思いますが、それならばこのように隠しておくようなものではなく『機構』内で共有して讃えられるべきものでしょう? 一体何を企んで……」
そこまで言って私は気がついた。
ここ山陰研には色々な宗教関係の職員がいる上に歴史やら古生物学やら地質学やらの専門家もいるというのに集まっているのは記紀の信仰に関わる者たちばかりであることに
「土御門博士がそちら側についているというのは正直意外ですが……貴方達は天を……」
「その通り大正解! 勿論彼らを使って天に喧嘩を売ったところであっという間に消し炭にされちゃうだろうけどね……それでも彼らの力が天を堕とす為のヒントになるんじゃないかと思うんだ」
皇室と神宮が天津神への対応を独占している事からくるモノだが『機構』の三部系職員は国津神系が多い。
それは専門として扱う分野に限った話ではなく血筋としても同様だ。
それこそ千家所長は出雲大社の千家家所縁の家系である。
天地の対立は彼らにとっては代々のものであり、ともすればこの現代の薄氷の安定を崩してでも……そう思う者がいた所でなんら不思議ではないのだ。
「貴方は……この国をまたあの頃の様な惨禍に叩き落とすつもりなんですか」
だからといって、何人の悲願がかかっていたとて決して認めることはできない話だ。
「すぐにどうこうって話じゃないよ……あくまでも可能性の検討っていうだけの話さ!」
「それなら……少なくとも理事会に諮るべき話です!」
「勿論そうするつもりだよ? 中止できないだけの成果を得てからね」
話にならない。
「それで、なんで私が呼ばれたんですか……せめて貴方達だけで勝手にやってくれていれば……」
「そうもいかないだろう? 今回の件は奇妙な力を持つPK能力者が問題になっているんだ」
「……静代さん、ですか」
うまいこと言ってくるものだ。静代さんの情報を得られる可能性を人質に……いや、そうではないのかもしれないな
勿論そのことも秘密の漏洩を防ぐ担保になると踏んでの事ではあるだろうが、相手は妙な所で誠実な国津神だ。
多分、善意ではあるんだろう。
「その通り。勿論こちらにかかりきりになってくれっていうつもりはないよ。ただ必要がある場合にアドバイザーとして手伝いをしてほしいだけさ。やってくれるかな?」
富山県上空
なんとも奇妙な話になったものだ。
今まで内規違反を理事から咎められることはあったが唆されるのは初めての経験である。
神を弑逆しうる何か……勿論まだ私がムラにいた頃であればみんなを守るために飛び付いた事だろう。
しかし、この現代である。神々との関係は安定し、仮初とはいえ世界は平穏を保っていることを思えば火種になりうるそれは避けるべきものであることはわかっている。
分かってはいるのだ。
それでも少彦名命の提案を受け入れたのは静代さんの件があるからだ。
日々強大になる彼女のPSI能力と前例のない+不平衡エネルギーの併立……自然発生と見るには些か疑義の残る非現実性を持つ『呪いのビデオ』としての経歴も含めてあまりにも強力なPSIについてはサンプルが少なすぎるのだ。
平穏を追い求め超常と対峙する私達『機構』が態々火中の栗を拾いたがるなど……
そう考えれば『巨頭オ』達も似た様なものかもしれない。
断言できないとはいえ、少彦名命の持っていた情報から考えてあの村は有力者の子孫の避難場所……未来に血を繋ぐ為のものだった様にも思えるのだ。
あの戦いから逃げ延びた彼らが長い時を平穏に暮らしていたのが戦のためであれ、血を繋ぐためであれ、その両方であれ、現状を鑑みればあの村は彼らにとってのホッドミミル足り得たのだろうか?
きっとそれは当人達にもわからないだろうし、とっくに死んでいるだろうあの村を作った者だって同じだろう。
「どうしたもんかねぇ……」
『はい?』
「え、あ……なんでもないなんでもない!」
気持ちが口をついて出てしまったようでヘリの乗員が訝しげにこちらを見てきた。
「よそ見しないで前向いて! 全速前身面舵いっぱーい!」
なんとも締まらないが、まあいつも通りっちゃいつも通りだろう。
とにかく帰ろう。帰ってなんか食べよう--




