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寒村 13

「今! 全員走って!!」


「無茶苦茶ですよ!」


「無理ですってぇ!」


「ははは、大丈夫! お二人の発案でしょう? 信頼してますよ!」


「「だから不安なんですよ!!」」


「つべこべ言わない! 温度は下がってる!! 足動かして!」


「あーもうっ! ばんざーい!!」


「ばんざーい!」


「あっはははは! 景気がいいですね! その調子その調子! ほら、博士も! ばんざーい!!!」


「ぜー……ひゅー……ぜー……はー……は、はなし……ぜー……かけないで……」


「ほらほら! 余裕余裕! 顔上げて胸張って! はい下向かない! はいダッシュダッシュ!!」


「もう……ムリ……死ぬぅ……」


ーーー

ーー


七日後……

長野県大町市

環境科学研究機構甲信研究所 千人塚研究室


「私がいない間にそんなことが……」


大学校での騒動が終結し、どうにかこうにか後処理もひと段落ついたあたりで諏訪先生が退院してきた。

ことの顛末を双子ちゃんから聞いた彼は目を輝かせてこちらを見る。


「ダメだかんね?」


「まだ何も言っていませんが……」


言葉など必要なかろう。静代さんのようなPSIでなくとも諏訪先生の考えていることなど簡単にわかる。

どうせ『巨頭オ』達によろしくない類の興味を抱いているのだ。

静代さんの方を見ると困り顔で小さくうなづいた。うむ、確認を取るまでもない。


「言っとくけど二葉理事直轄で能登研に保護されてるから手出しなんてできないよ」


「ふむ……能登研ですか……確かあそこの警備は……」


「静代さん、諏訪先生の趣味部屋の中身マリアナ海溝の底あたりにアポートさせといてね」


「はい……可及的速やかにやっときます」


「なっ……! いやいや冗談ではないですか! 医者ジョークですとも! あ……あっはっはっは!」


研究所を襲撃する医者なんてそうそういてたまるものではない。

しかもこの医者はそれを本気で考えているからタチが悪いのだ。


「しかし……私も『神宮』を怒らせた時にその神事は体験していますが……よく逃れられましたね」


余程趣味部屋を荒らされるのが嫌だったのか露骨に話題を逸らす諏訪先生……正直被害者の怨念まみれで一部では心霊スポット扱いされているあの部屋の大掃除は素行に関係なくやってしまいたいとは思うが、『チャッピー』の研究開発を行っているのもあの部屋なので今回は執行猶予としておこう。


「諏訪先生も……?」


「流石です! その時はどうやって切り抜けたんですか?!」


「いや、私の時はロシアに渡る直前だったのでうまい具合に信仰地域を逃れられたというだけの話ですよ」


双子ちゃんの対照的な反応はさておき……


「ごめん、私も初耳なんだけど……ちゃんと聴聞会で話した?」


「あー……どうでしたか、なにぶん昔のことですので」


どうでしたかじゃないよ……監督と監視をしなきゃならないこっちの身にもなって欲しい。


「それはいいとして安曇さん達の発案というのは?」


「よくないけどね……あとでしっかり当時のことは話してもらうとして……双子ちゃんのアイデアってのは純粋な目潰し作戦だね。流石に物部博士んとこで鍛えられたってだけあって鋭い着眼だったよ」


「いやぁ……」


「それほどでも……」


照れる双子ちゃん。実にだらしない表情である。うむ平和だねぇ……


「まあスクナヒコナ……でしたっけ? その神格性事案が小細工をしてくれていなかったら自分ら全員こんがり焼き上がっていたわけですが」


大嶋くんが悪戯っぽく水を差した。

実際私たちがやった方法と少彦名こと三國理事の祈祷が揃っていなければこうしてみんなで仲良く駄弁ることもできなかったわけだ。

偶然というのは実に恐ろしいものだし、その後に息がぴったりだからという理由であの小人から求婚が続いているのは実にやかましいものだ。


「少彦名命の方は私たちは直接見たわけじゃないけどね。双子ちゃんの目潰し作戦は大学校の消化システム用の消化剤に薬剤を混ぜるって方法だね」


「薬剤を……?」


「そ、昔からよく言うでしょ? お天道様が見ているぞーって」


「ああ、なるほどそう言うことですか!」


「もちろん完全に天が意識的な行動をとっていたんならそんな小細工通用しなかっただろうし、単体でもまあ焼石に水程度だったろうけどね」


端的に言えば運が良かったのだ。

お天道様が見ている

その言葉は日本人なら誰もが一度は聞いたことがある類の言葉だが、ここまで広く拡散した情報と概念は即ち信仰と認識の形によって自己のありようを変化させる神格性事案にとっては無視できる類のものではない。

恒星である太陽としてではなく神格性事案天照大神として強要されるこの世界の法則

人々の想像する身体の大きさとそれに付帯する眼球のサイズ、そこから算出される光学観測(見る)ことのできる距離は即ち人の似姿を取る類の神が立っていなければならない距離だ。

視力自体はある程度超常的特性が働いているものと予測されてはいるが、人間の眼球というものを基準に考えれば視力の限界というものはそこまで高いものではないし、その上でお天道様は人々のよろしくない行動をある種監視せねばならないのだから最小分離閾ギリギリでは話にならない。

それ故に国内の日光が届く全ての範囲の任意の地点を視認可能な位置に彼女の形而上学的眼球が存在しているのだ。

その力の源泉たる超現実的な特性故に強要された人間的な眼球を用いた光学観測というプロセスはもちろんこの人間の時代において全ての日照下にある地域に適用されているわけではないが今回のように天体ではなく神としての力を発現させる場合には、それもこの国に根強いアニミズムに則り仮定された人格を有する神であれば必ず対象を視認せねばならず、それ故に眼球への強力な刺激によるダメージを与えることができる。

蓄積された膨大な人と神々の歴史を紐解いた上で緻密な計算を用いて実効性を割り出した双子ちゃん、多少いたらなかった部分こそあれど大手柄と言っても過言ではないだろう。


「なるほど……さらに言えば反信仰的要素も大きく影響しているのかも知れませんね」


「確かに、実際あの地域にいたのは殆どが『機構』の職員だったわけだしね」


言ってしまえば既存のアニミズムは諦めから生ずる信仰である。

巨大な力のメカニズムの解明を諦め何らかの上位存在を仮定することで仮定された上位存在が存在し得るものであり、そもそも機序の解明のチャンスを虎視眈々と狙っている『機構』職員の密度が濃い場所では流石の太陽神の超現実とはいえ希釈されるし、さらに言えば大学校の所在するクソ田舎はそもそも人口自体が自動的に希釈されている地域なのでその辺りも影響を最極限する効果があったとみて間違いはなさそうだ。

とはいえあまりにも巨大な力であるという大前提があることを思えばマハラジャのお財布から一ドル紙幣を抜き取る程度の微々たるものではあるだろうが


「その辺りの検証は山陰研とかに任せとくのが吉だろうね……少なくとも私たち十部の人間の手に負えるようなもんじゃないよ」


「それより気になるのはスクナヒコナがやったっていう儀式の方ですよ! どんなだったんですか?」


「実際に神格性事案が力を発揮するっていうだけでも珍しいことなのに周りくどい儀式なんて、ほんとレアですよ!」


双子ちゃんが静代さんの方に詰め寄る。


「えーっと……なんでしょう、特定調査員を集めてこう……ブワッてなってグググってしてヒュッ! みたいな?」


「……?」


「……?」


「いや、はい……言いたいことはわかりますごめんなさい」


「それって儀式自体の手順について言ってる? それともそこに立ち会っての感覚的なもの?」


「あ、感覚的なモノ……というかなんでしょう重なって見えた? うーん……?」


特定調査員を使用しての儀式ということは人身供儀に類するモノだとは思うがあまりにも感覚的な説明すぎて詳しい部分はよくわからない。

しかしだ。人身供儀というものの性質を考えれば静代さんのこの説明についてはいくつか仮説……とまでは呼べずとも推理することはできるように思う。

神格性事案の保有する超現実性、人間の有する基底現実保存性……為せる事の違いはあまりに大きいが、突き詰めていけばある種のエネルギーと呼べるだろう。

人身供儀とは言ってしまえばその二つのエネルギーの変換である。

理論上では相互の変換が可能だということにはなっているが、異なる法則を基盤に置くこれらの変換プロセスにおいて神格性事案の超現実性による干渉が不可欠なこと、神格性事案相互では現実改変能が拮抗してしまうことから現実的には一方通行のものだ。

そこで得たエネルギーを用いた現実改変は私たち人類の側からすれば煩雑なプロセスさえ踏めば限定的な+不平衡エネルギーの行使を実現するものであり、神格性事案の側からすると本来持ち得る力以上の現実改変を行うためには欠かせないモノである。

今回『神宮』が行った晴乞いによる天の力の一部を呼び起こすという手法も人類による人身供儀を用いた儀式であり、三國理事の雨乞いも神格性事案による儀式だ。

ただ、彼は古く強い神だ。

その上禁厭を司る神の一柱であり一部とはいえ天の荒御魂という真性の自然災害を鎮めるということであれば儀式で行使される現実改変能の大きさは数桁違う。

有限の『水』の収奪は三陸沿岸に若干の潮位変動を生じさせ、熱源直下にて瞬間的に爆発的な高気圧を発生させた。

これによる山林、家屋への被害はそれなりに甚大なモノであったが、それでも当該地域における天の最大熱量を防ぎきり雨という概念を強要するには多少足りなくはあった。

しかしその段階で天は形而上の眼球にダメージを負っており熱量自体が多少低下していた事もあって雨乞いが成功したわけである。

おかげで私たちが外に出ても精々サウナ程度の気温にまで下がっていたわけだし、全員で高台に向かって走って無線で救助を要請できたのだから結果的には大成功だ。

ともかく概念的に範囲が限定されていたおかげで周辺被害から見るとそうでもないが、実際にはとんでもない量のエネルギーが当該地域に発散されていたのだ。

そこから考えればその巨大なエネルギー体をPSIとして……もしかすると神格性事案として視認した静代さんには通常の視覚情報とは異なる何かが見えていたのかも知れない。


「あー……え?」


「えっとですね……静代さんにはその儀式のエネルギーの動きが見えていたんじゃないかって話です」


「そのブワーみたいなやつが普通は見えない類のものでそれが現実の景色と重なって見えていたみたいな」


「なるほど! 不思議ですね!」


ああ、諦めたな……


「しかしその高温下での行動とは……いやはや頭が下がりますよ」


「まあ最後は根性です。これだけは譲れませんよ!」


「ふむ、確かに……真理ですね」


諏訪先生と大嶋くんが何やら暑苦しいことを言い出し始めた。

私のようなインテリにはいまいち理解し難い話である。


「根性といえば……」


「うん、博士一瞬でバテてたね……」


「うぐっ……しょうがないでしょ、息はできないわ暑いはそもそも体力ないんだから!」


とはいえ勇んで先陣切って飛び出して速攻バテるとは自分でも状況を甘く見ていたとしか思えない。

ペースが遅ければ多少どうにかなるがダッシュなんて慣れでどうにかなる類のもんじゃないだろうしなぁ……


「そういえば双子ちゃん、意外と体力あんだね」


二人とも当初は私と片切君を筆頭にした体力無いチームだったと思ったが……


「最近お二人ともよくジム来てますからね、確か小県が希望者募って面倒見てるらしいですよ?」


「あーそういえばそんな訓練計画書貰ったなぁ……小県’sブートキャンプだね」


面倒見の良い彼女のことだ。任せておいて問題はないだろう。

実際体力の向上は生存率にも直結するし、そこまで大袈裟なことでなくとも怪我の予防にも効果的だ。

研究室の全員が肩にちっちゃいジープ乗っけてるようなマッチョになってしまったら暑苦しいだろうが……


「片切君も参加させて貰えば?」


部屋の隅でディスプレイと睨めっこしている片切君にそう声をかけると真っ青な顔で首を大きく左右に振った。


「さて、そろそろ私は出るから午後はそれぞれよろしくね」


「あ、理事に呼ばれてるんでしたっけ?」


「本部ですか?」


「今回は山陰研、2号TNからヘリで行くから楽チンだよ」


秘匿経路2号TNは去年開通したばかりの新たな通路であり、関電トンネルと並行して黒部ダム右岸を抜け黒四発電所の導水管沿いを進む専用軌条を用いる経路だ。

出口には地下化されたヘリ発着場とヘリ格納庫があり、これによって態々作業者や電気バスのダイヤを気にしながら関電トンネルを通り、地上の支部ヘリポートに行くという即応性のカケラもない甲信研の課題がある程度解決された。

航空部のアルプス出張所も新設されてパイロットや整備員が常駐してくれているのでヘリ移動となればドアトゥードアの優雅なVIP待遇が保証されている。

実に素晴らしい!


「そんじゃ、行ってくんね!」

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