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寒村 12

岩手県遠野市 国道340号線


「あれは……何が起きてるんですか……?」


眩い太陽の周りを囲む途轍もない光量の虹

警戒のために車両を停止させて車外に退避した小笠原研究員はその異様な光景に呆然としていた。


「……まずいなぁ、ちょっとどうにもならなくなってきたかもしれないね」


彼女の肩の上でそう言う少彦名の声は少し震えているかのようにも感じられる。


「あれって拮抗性ハローですよね……あんな巨大なのって一体……」


佐伯静代もまた困惑しているが、分野に対する知識から多少状況を飲み込めているようではある。

問題は同行した二柱の神格性事案の方だ。

太陽の方を向き跪き頭を垂れている。


「太陽……この国の人間全ての氏神……皇祖神……現代においてはありとあらゆる神の中で別格の力を持った天の長……」


事態を理解している土御門博士の声もまた震えている。


「天照大神、天照大権現、お伊勢さん、お天道様……呼び名は色々あるけどね、僕らが天って呼ぶそのものさ」


「アマテラスって……あれですよね? なんかひきこもりのお祭り好きな神様……」


「聞いちゃいたけど偏ってるね……まあそういう呑気な一面があることも否定はしないさ。ただ自然を司る神はその恩寵だけを人々に与えるわけじゃない。定義された権能に基づいた恵みと災い……その二面性の併立」


「あれが天照大神様の荒御魂……」


佐伯静代の言葉に少彦名が頷く。

恵みを齎す日の光と旱魃を齎す日の光が不可分であるように、神話で語られる牧歌的でさえある神の姿と立ち塞がる敵その全てを焼き尽くす神の姿もまた不可分である。


「じゃあ早く博士を助けに行かないと!」


「ダメだ!」


車に乗り込もうとした小笠原研究員を少彦名が語気も強く制する。


「比売は大丈夫だから……」


「でも……あそこには大嶋さんや安曇さんたちだって!」


「分かってる。大学校の学生たちだっている。その中には僕が目をかけてる学生だっている。でもダメだ。あれだけは本当にダメなんだ」


千人塚博士や佐伯静代ほどこの小さき神との関係性が深くない小笠原研究員でさえ、いつも飄々としている彼のこの様な弱気な様子が異常であるということは十分に理解できる。

それほどまでの危険に晒されている彼の地……そこへ自分が行って何ができるのか、その答えを持たない彼女にはこれ以上の抗うだけの言葉は最早無かった。



岩手県遠野市 環境科学研究機構 環境科学大学校


「博士……大丈夫ですか?」


「どこか怪我でも……?」


外に出ていたウチの人間はどうにか全員屋内に退避できたようだ。

だがアレに向かっていった『巨頭オ』達は……いや考えるのはよそう。

少なくとも味方は全員助かっているし、アレにやられたのであれば塵も残ってはいないはずだ。


「博士、顔色が……」


「ん……? ああ、ごめん大丈夫……」


それよりも問題なのは私の方だ。ずっと昔のことではあるとはいえ、未だに拭いきれないアレへの恐怖

この場、この状況を切り抜けるために必要な知識と経験を持っているのは私だけだ。震えてうずくまっている場合では無いのだ。


「とにかく実習施設の中ならしばらくは凌げるはずだからみんなはここにいて」


「博士はどうするんです?」


「私は……ちょっと昔の知り合いとお話し……かな?」


少なくともあの頃の彼女であれば話くらいは通じるだろう。

それに私の立場もあの頃と比較すれば彼女にとっても無視できないものになっていることは間違いない。

どうにかこの攻撃を停止させて皇室からの停戦命令書を見せることができれば子孫に甘い彼女であれば矛を引いてくれるだろう。十分に勝算はある。


「だからどいて?」


しかし私の説明を聞いてもドアの前に立ち塞がった双子ちゃんが退いてくれる様子はない。


「博士の言いたいことはわかります。でも……」


「そんな表情をしてたんじゃ納得なんてできないです」


「顔色が悪いのは元々だしノーリスクで行けるのは私だけだよ。いいから退きなさい」


いつになく双子ちゃんの聞き分けが悪いのは、おそらく私の身を案じてくれてのことだろう。それくらいは私だって分かるが、それにしたって心配しすぎだろう。

私は死ぬことは無いのだ。


「「そういうことじゃ無いです!」」


「はぁ……悪いけど今は悠長にお喋りしてる様な場合じゃない。大嶋くん、二人を安全な場所に連れてって」


完全に善意からの意見具申であるとはいえ、さすがにこの状況でしつこすぎる。

二人には悪いが強硬手段だ。


「大嶋くん?」


「あー……すんません、ちょっと手が離せないですね。申し訳ない」


そう言った大嶋くんだが、現状特に何をしているわけでもない。敢えていえば私達の護衛といったところだろうが、現時点では比較的安全な場所にいるのだ。


「……いくら私でも悪ふざけに付き合ってる余裕は無いのは分かるよね?」


『機構』において、特に現場での意見具申の域を越えた抗命は重大な内規違反である。


「覚悟して言ってるって思っていいんだね?」


「「はい!!」」


双子ちゃんのハッキリとした返事の後に妙にピリついた沈黙


「はぁ……わかったよ……」


先に根を上げたのは私の方だった。

勢い任せでああは言ったが、こっちに双子ちゃんを抗命でどうこうしようという覚悟はそもそも足りていない。

対して向こうは特別懲戒処分を含む厳罰を覚悟の上で言っているのだ。明らかに分が悪い。

まあ自分を客観視できたおかげで正しい道に立ち戻ることができたのだからまあよしとしよう。格好は悪いが惨めな大人にはならずに済んだのだ


「博士がやけっぱちになってる理由はよく分かりませんが、ダメ元なら試せる方法は全部試した方がいいでしょう。そもそも博士がそうなってしまう時は大体早合点ですしね」


「ぐ……反論できない……」


割と一歩引いたようなスタンスだった大嶋くんの言葉はまさにぐうの音も出ないほどの正論である。

流石に長いこと一緒に仕事してきただけのことはある。が……


「大嶋さん……理由がわかんないって……」


「マジで言ってます?」


「え……?」


「うん、相手はこの国で一番ヤバイ神格生事案だよ?」


「あー……まあなんとかなるでしょう。博士たちがぶん殴る方法を見つけてくれれば自分らがサクッと行って黙らせてきますよ?」


相変わらずこの手のジャンルには疎いらしい。帰ったら勉強会だな……

とはいえ彼のハッキリとした分掌意識は即ち『機構』の強みである各職域の有機的な連携のためには欠かせないものである。

私の消極的な考え方と違って実に前向きだ。


「そのスタンスは大嶋くんのいいとこだと思うし私も好きだけど……じゃあ例えば神様ぶん殴るのって想像できる?」


「まあ、はい。実際昔は戦争してたって話ですし」


「そうだね、実際局地的には人類が圧倒していた場面もある。じゃあ太陽をぶん殴るっていうのは?」


「……ああ、なるほど全く想像できないですね、道具に頼ってもどうこうできるような相手じゃない」


「その通り。特に現状の文明レベルで考えれば知れば知るほど恒星をコントロール下に置いたり破壊したりっていうのは困難だって認識が強くなる。その結果として太陽神っていうのはどんどん力を増して手が付けられないものになっちゃうわけ」


それ故に国際的な脅威度基準のうち神格性事案の危険度を判定するGHL分類において各地の太陽神は最上位に位置づけられているのだ。


「漠然とした絶対神や人類と信仰の脅威と定義された対抗性神格性事案……俗にいう悪魔みたいなものや、想像の範囲の信仰イメージ以上のものを持たれにくい破壊神みたいなものよりも完全に脅威度は上です」


「おまけにその脅威度は人類文明がカルダシェフスケールにおけるクラス2に到達するまで上昇していくと想定されてます。現状としてアレに対抗する手立ては人類には無いんです」


「かるだ……ちなみに今の人類は?」


「クラス1未満です」


「それはまた……」


私の説明に双子ちゃんが補足する。

大嶋くんは最早苦笑するしか無いようだ。無理もない。スケールがとんでもない話だ。


「それで? 双子ちゃんにはなんかアイディアがあるんでしょ? 数千年分の人類の発展を一足飛びにするような何かが」


「は、はいっ!」


「ただ……あくまでも仮説というか……」


「こらこら、ここまで来てヘタレない! とにかく話してみてよ」


正直過去に植え付けられた天への恐怖は言葉では言い表せないほどではある。

実際、今でも怖くて仕方がないが逆にいえば当時の意趣返しみたいなことをできるチャンスであると思えば悪いことではないだろうし、これで『神宮』に対してかなり大きな責任を取らせることも可能だ。

悪いことばかりではない。そう自分に言い聞かせたからこそ私は双子ちゃんに張ることに決めたのだ



岩手県遠野市 国道340号線 仮設前線指揮所


「おまじない……ですか?」


どこか牧歌的な響きのある言葉に小笠原研究員は傍の佐伯静代と顔を見合わせた。


「うん、さっきの空挺降下警報の直後くらいからね」


それを語るのは少彦名である。


「なるほど……人身供儀による限定的な神威の発現……!」


何やら考え込んでいた様子の土御門博士がぱっと顔をあげる。


「だとすればあくまでも無意識下による干渉……やりようはある。そういうことですね?」


茅野博士もその面持ちこそ未だ硬いものの、希望を見出した笑みを浮かべて言う。


「そういうこと!」


「ごめんなさい、どういうことです?」


専門家の二人が何やら納得しているのに対して、専門外の二人は完全に置いてけぼりである。

なんなら『神宮』側としてこの地に赴いた二柱の軍神も揃ってキョトン顔だ。


「そうねぇ……二人は『晴乞い』って分かるかしら」


「雨乞いみたいなものでしょうか?」


茅野博士の問いに小笠原研究員が答える。


「そうね、それの晴れ版だと思ってくれればいいわ」


「民間伝承から先第三期に遡るものまで、形は様々ですがあらゆる手段を講じて晴れを呼ぶ儀式の相性です」


「えっと……てるてる坊主とかですか?」


大真面目で説明する土御門博士に小笠原研究員は苦笑を噛み殺しながら尋ねる。

無理もない話だ。現状の深刻さや専門家たちの神妙な面持ちとは明らかにかけ離れた呑気極まる話である。


「イメージしているものはさておき、その例えは中々に的確だと思うよ」


「そもそものてるてる坊主の起源は晴れを乞うために捧げられた生贄だから……まあ厳密にいえば信仰形態の異なる宗教に根差したものだから多少の差異はあると思うけれど」


「ということは……さっきパラシュートで大学校に降りた『神宮』の神人って……」


流石にこの手の話に疎い小笠原研究員でもここまでくると専門家たちの言わんとしていることに気づいた。


「信仰を極限まで研ぎ澄ませた生贄を使っての晴れ乞いだからね……それも本家本元の『神宮』の禁厭ってなると効果の程は……まあ見ての通りさ」


「上手くいけば力ずくで目的を達成、失敗しても天の力で焼き尽くす……そういうことですか」


佐伯静代はそう言って明らかな不快感を顔に滲ませる。

怨霊として第二の生を得、その存在は過去に類を見ないほどに不可解な彼女ではあるがその反面今では立派な『機構』の職員である。


『『機構』という組織は冷酷であり時に残酷だがその瞳は常に目的を怜悧に見据えている』


かつて英国の超常管理組織である『機関』の故カニンガム将軍が『機構』の任務遂行における手法をそう表したように如何に人道に悖る行いをしようともそこに関わる無駄は極限まで削減し、結果として最低限の損害と最大限の成果を追求する団体である。

結果的に最大限の人道的解決を目指す『機構』と場当たり的で無関係な被害を拡大させる『神宮』の行動の差異が引き起こした不快感である。


「まあその辺は価値観の違いってやつだね。連中には連中の正義があって僕らには僕らの目的がある。相互理解を目指して対話するのも大事だろうけど今はアレをどうにかするのが先決だよ」


佐伯静代が吐露した言葉に明るく答える少彦名


「でも……どうするんです? 皆さんの説明を聞く限りだとどうにもできないような気が……あっ! そうか!! その手が!」


「流石だね、小笠原主幹!」


「主要研究所の核弾頭を地表で一斉に起爆させるんですね!」


「はい……?」


「何を言って……」


「物騒だなぁ……まあ多少の効果は見込めるだろうけども……」


彼女の提言は地表核爆発とそれに伴う大規模な火災によって大気中に多量のエアロゾルを放出し大気の透明度を低下させて日光の遮蔽を行う、つまるところ俗にいう核の冬を引き起こすというものである。

もちろん局地的な神格性事案対処のために世界規模で放射性降下物の影響が出るような作戦を行うことなどできないし人類存立を至上命題とする『機構』が非超常的手法であれ終末の引き金を引きかねない手段を行ってはそれこそ本末転倒である。


「でもそれ以外だと……ねぇ?」


「ねぇ……って私に振られても……」


小笠原、佐伯両名のやりとりを眺めながら少彦名は小さくため息をつく。


「まあ見てなって。禁厭(呪い)に関しちゃ僕は専門家だよ? この程度の旱、どうにかしてみせるさ」


災いを遠ざける禁厭の祖たる小さき神はそう言って再び暈を背負う。

人に近く人と共にあったかの神が幾度となくもたらした恵みの虹は、どこまでも優しい光を放っていた

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