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寒村 11

岩手県宮古市


任務部隊からもたらされた通信に少彦名は眉を顰めた。

航空自衛隊の協力者を用いた後方への空挺降下……神格生事案を伴っていたこちらはあくまで囮であり本命はそちらと言う事になる。


(随分と人間臭い戦をするもんだね……)


そう思い、いや彼らはその道の専門家であったと認識を改める。

彼らが人として立っていた頃には存在しなかった手法ではあるが後方への奇襲攻撃は彼らにとって普通の戦術であり、優秀な指揮官でもあった彼らからすると現代的な方法に適応することはそう難しい話では無いのだろう。

対する少彦名は強大な国津神であり、古き神の一柱である。

しかし彼は武神でもなければ軍人でもない。加えて信仰により定義された権能は医学、温泉、酒造に禁厭、農業そして常世への旅を司るものであり、本人の自己認識も概ねそのようなものだ。

神格の振るいうる力は大きく自他の認識に左右されるものであることを思えばその存在の強大さを差し引いても必ずしも現状は楽観しうるものではない。

相手は若きとはいえど生粋の武神である。


「静代さん! こっちのでっかいのは僕が相手するからそっちをお願い! 間違っても殺さないように!」


「え”……た、橘中佐をですか?!」


「あら、詳しいね!」


「そりゃ有名人ですもん……」


「彼銃剣道の達人だから気をつけてね!」


「む、無理ですよぉ!」


「女は度胸でしょ! ガンバ!!」


約定に縛られる神同士の戦いの場であり、それ以前に『神宮』と『機構』自体が公式には敵対する勢力ではない。

そもそも日本国内において『機構』の実質的統制下にない超常関連団体であると言う時点で非常に厄介である事には変わりないが、それでも相手はこの国に在ることを認められた団体である。

軽々に『機構』の職員の命を奪うことこそないだろう。

反面、思想の違いからの流血を伴う小競り合い自体は昔から多々あることを思えばこの場での少彦名の差配は正しいものであると言っていい。

片や銃剣道の達人として未だに静岡の34普通科連隊を中心に信仰される橘周太

片や柔道の達人として名高く近年では映像作品で一躍その名を一般にも認知されるようになった広瀬武夫

起源の文脈が明らかに異なる若き二人の武神を、小さき身に人類の冒険心を詰め込んだ神はこの場で捕まえてしまおうと考えているのだ。


(幸い相性は僕らに有利……!)


ならば


「全部欲しいんだ、僕は……僕の可愛い人類(こども)たちは!!」


国の神は人の神、それは果てなき渇望をその身に宿した欲望の化身

その神威はまさにこの場を支配しうる強烈な力をもって彼の背に眩い虹の暈を顕現させた。



少彦名命がその身の丈に似合わない大声と共に拮抗性ハローを背負った様を見ていた佐伯静代は、今が戦いの最中であることに気づき、再び敵に視線を向けた。


(敵……そう、敵なんだ。しっかりしろ!)


眼前に立つは日露戦の英雄、軍歌にも歌われる陸の軍神である。

明治大正の時代に人として過ごした日々の中でその栄光は当然のように聞き及んでいるし、親戚には日露戦争に従軍した者も多い。

その上彼女の故郷である岡山県の歩兵第10連隊は橘中佐の戦死した遼陽会戦にも参加している。

首山堡で激戦を繰り広げた橘中佐の歩兵第34連隊と第四軍に属した10連隊とでは直接の関わりこそほぼなかっただろうが、それでも武勇話には必ずと言っていいほど登場する軍神橘中佐の名は彼女の中において最早偉人のそれである。

そんな彼が目の前にいてそれで敵と認識できるほどに彼女は戦闘員然とした精神は持ち合わせていない。


(少彦名命は捕まえようとしているけど……そもそも勝てる相手とは……)


流入する思考からかの神の意図は伝わっているとはいえ、それが可能なこととは彼女には思えないのだ。


「ええと……橘中佐……ですよね?」


「いかにも……お嬢さんは板妻出身かな?」


「いた……え?」


「陸軍の……いや今は自衛隊だったね、今は男女の別なく軍人になれるのだろう?」


「いえ、私は自衛隊にはいたこと無いですが……」


「……ふむ、ではどこか別の国から招かれて?」


「えっと、日本から出たことないです……出身は岡山の和気郡で……」


「そうか……ん?」


「……え?」


穏やかながら威厳と迫力に満ちた軍神が間のぬけたような声を出した。


「……些か聞いていた話と違う様だな……広瀬中佐!」


「なっ……! この! ええいチョコマカと!」


広瀬中佐の方は小さい少彦名命に振り回されている。得意の柔道もあの身長差では技をかけるのが難しい様である。

その辺りはかの小さき神の思惑通りではあるが


「……あちらは忙しいようだね」


「はぁ……」


「いや、身構えなくても大丈夫だ。私は君をどうこうする気は無いよ」


「え……でも……」


「仮にも陛下の御旗の下戦った私が護るべき陛下の赤子に刃を向けるなどあってはならないことだ。彼の地で斃れはしたが私はそこまで堕ちてはいないつもりだよ」


「おお……素敵です!」


「か弱い婦女子に手を挙げるなど、そんな者は我が帝国陸軍には……いや軍人にはいないとも。そうだろう? 広瀬中佐!」


「ちょ……武夫! それはダメだって! ハイエースのドアは反則だって!!」


「はっはっは! 修理代は『神宮』に請求して下され!!」


「まあ向こうは向こうで楽しそうだから良しとしようか」


眩い虹の暈を背負い追いかけ合う二柱の神を見ながら苦笑を交わし合う二人はふっと差し込んだ影に上を見上げた。


「あ、危ない!!」


それは一機のヘリコプター

瞬時にテレポートとアポートでその場を逃れた二人のいた場所に、まるで墜落かと見まごう速度で降り立ったそれから、血相を変えた一人の男が降りてきた。


「あれ? 土御門博士?」


「スキあり!!」


「え……ちょ……!」


「あ……」


その男に一瞬気を取られた少彦名命がハイエースのドアの下に消えた。


「少彦名命!」


「広瀬中佐……流石に今のは卑怯なのでは?」


「い……勢いでつい……」


なんとも呑気な雰囲気である。

そもそも伝えようとしなければ神格性事案の思考など彼女とて読み取れる様なものでは無いが、それでもこの二柱の軍神からは殺意のカケラさえ伝わってこない。


「おーいてて……もう勘弁してよ! 虫じゃ無いんだから!」


「あー……いいでしょうか?」


そんな状況に戸惑いながらも土御門博士がメガホンを口に当てる。


「えー、あー、あー現在当該地域に展開している『機構』『神宮』両勢力へ通告します。直ちに戦闘及び両勢力の敵対的行動を中止して下さい。これは皇室よりの正式な命令です。なおこれに従わない場合は約定に基いた高天原よりの軍事介入をもって事態の収束が図られます。繰り返します--」


「そういうことであれば、最早私達に戦う理由はありませんな」


広瀬中佐は手に持っていたハイエースのドアを地面に置いた。


「その様ですな……しかしお嬢さん先ほどのあれは一体……」


「えっと……」


「超能力だよ、最近の若い子は凄いんだから」


ヘリを回避するために用いたアポート訝しむ橘中佐に少彦名命が答える。


「なるほど……いや、今はそんなことよりも」


「ああ、後方が危険です」



岩手県遠野市 環境科学研究機構 環境科学大学校遠野分校舎


「目標正面敵散兵! 撃ち方用意……てっ!」


「二分隊! 側面に回れ!!」


「そこ! 頭を出すな!!」


私達が大学校に戻るとそこでは戦列歩兵よろしく統制射撃での戦闘が行われていた。


「これまた古風な……大嶋くん、助けに行ってやって」


「アイマム!」


しかしまあ考え方としては悪く無いだろう。大学校とは言っても『機構』の施設だ。

施設内の構造は敵対勢力からの襲撃を想定して設計されており、味方は身を隠しやすく外部からの襲撃者はなんの遮蔽物もなくこちらの火線に晒される作りだ。

そこに少数のDS調査員と研究職種の卵達しかいない中でのF警報であれば高度な現代的歩兵運用などではなく統制射撃で押し留めるというのは理に適った戦法だろう。

そもそもヒトがヒトを殺すというのはなかなかに精神的ハードルが高いものだ。それもここのように相手の顔さえ認識できるような交戦距離でとなれば尚更である。

事実として多分敵を完全に食い止められている。それも空挺降下をもって後方へ侵入、少数部隊によって目標を制圧……そういった作戦を実行しうる精鋭相手にだ

こちらの戦力を加味すればかなりの大戦果と言ってもいいかもしれない。

銃撃戦の真っ只中を突破した私達の車列、最早新車だった頃の面影は何処へやらといった風情のランクルから飛び降りて指揮官らしき千歳の学生のところに向かう。


「千人塚博士! 大嶋主幹!」


「ただいま! 勝てそう?」


「どうにか持たせてはいますが、こちらも負傷者が多いです」


「分かった。遊撃してる分隊を大嶋くんの下に付けて。大嶋くん、2個分隊あればいける?」


「余裕です」


「おっけい、じゃあそっちはよろしく!」


「アイマム!」


さて、前線はこれでいいだろう。質はともかく人数はこちらの方が上だ。


「それで蓬原主務は?」


「今書類を処分しています」


「分かった。双子ちゃん! 三馬鹿! 行くよ!」


「「はい!」」



段取りとして電波封止をちゃんと行っているのは素晴らしいことだが、今回に関しては少々面倒だ。各所との連絡が壁に据え付けられた緊急用構内電話以外でつかないのである。

主要研究所のように構内用通信機や中携帯の様な通信システムが構成されていないのは第一線施設でないが故だろうがただただ不便だ。

どうにか蓬原主務とコンタクトをとり合流することは出来たが非常に疲れた。


「そうですか……『神宮』狙いは『巨頭オ』……」


「ええ、皇室からの停戦命令書が届く予定ではあるんですが、今のところ到着の連絡は無いようで」


「それでも神格性事案を止めてもらえたのはありがたいです。土御門博士には感謝しなくては」


「そうですね、少なくともこの騒ぎが滅びの引き金になることだけは避けられそうです」


投入された神格性事案は明治期の若手軍神だそうだからきっと血の気の多い奴らだろう。

それ自体も十分な脅威ではあるが、問題になるのはそっちではない。

『機構』が対応を独占している天に属さない神々の中には私たちを非常に気に入ってくれている……それこそ家族のようにさえとらえてくれている者も多い。

今回の介入がそう言った古く強大な神々の逆鱗に触れて天との大規模な抗争に発展するという可能性

そして天に膝を屈してはいるものの、未だまつろわぬ神々がここぞとばかりに立つという可能性

その二つの可能性を口八丁で潰してくれた土御門博士は間違いなく本案件の殊勲だ。


「それで、どうしますか? 『神宮』に渡してしまいましょうか?」


「ご冗談を、根室マンを煮詰めたような杜撰な連中に未だ何者なのかもわからない『事案』を渡すなどもっての外です」


「では、しばらくは荒事の時間ですな」



「大嶋くん! 状況はどう?」


蓬原主務と別れ、再び前線に戻った頃には既に銃声は止んでいた。


「敵の大部分は射殺、捕虜が二名です。念の為学生を出して掃討戦を行なっていますが落下傘の数から見てこいつらで全部でしょう」


「分かった。今蓬原主務達が『巨頭オ』達を地下の実習施設の中に誘導してくれてる。これで終わってくれればいいけどまだなんか企んでるかもしんないから私たちと一緒にきた三人もそっちに連れてこう」


車両の中で待機してもらっている村の長3人は特に怪我もなさそうだ。

安全な場所に誘導する旨を伝えると相変わらず素直に従ってくれた。他の『事案』も彼らくらい素直であってくれたらどれほど楽か……


「んーーーーーーー!」


「んーーーーーーー!」


「んーーーーーーー!」


そう思っていた矢先に彼らが奇妙な行動を取り始めた。

言葉とは違う変な声を出しながら両腕を体側にピッタリとつけ、巨大な頭を左右に振っている。


「博士……これは……」


「みんな下がって!!」


一体なんだというのだろう?

ふと、空が妙に明るいことに気づいた私は上を見上げた。

燦々と輝く太陽を囲むかの如く、眩い巨大な虹の暈が掛かっていた。


「うそ……た、退避!! 全員屋内に!!」


それはこの地を統べる大いなる天

遍く全てを照らす大いなる力

その権能の発現そのものであった--

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