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寒村 10

日本海上空


その報が齎されたのはつい2時間前のことだ。

現在東北の地で任務部隊を編成しての緊急対処が行われている案件に対して『神宮』が介入を企図している。

それを彼に伝えたのは皇室である。

本義的に皇祖たる天照大神に仕える者達である『神宮』ではあるが、その行動理念は必ずしも皇室と共有されているとは言い難い。

今回の介入もまさにその好例であり、影響下にある神格性事案を唆して人の世に介入しようとするこの行いはこの国における超常世界の安定を揺るがす行いであると同時に神々と人、天と皇統との約定を破る行為に他ならないのである。

山陰研の土御門博士は陰陽寮の家系であり、優秀な『機構』の博士であると同時に皇室からの信も厚い人物だ。

それ故に宮内庁側は彼を窓口として選んだのだろう。

結果的にその判断は非常に適切であった。

何しろ現在当該地域において事態収束のために『機構』所掌第3部の執行部理事であり古き神の一柱でもある少彦名命が身分を隠してことに当たっているのだ。

その血脈を鑑みれば彼も天の神と言えない事もないが、事はそう単純な話ではない。

人と共に生きることを選んだ彼は『神宮』の思想を受け入れる事はないし、『神宮』からしてみても彼は天に背く神である。

その強大な神威をもってすればそう易々と害されることはないだろうが、当該地域に派遣される『神宮』の手のものの中に神格性事案が、それも天に頭を垂れる者たちが混じっているとなるといざという時の波及影響は計り知れないものがある。

であればこそ、戦いが始まる前にどうにか事を収める必要があるのだ。

幸いにも当該地域の神格性事案は少なくとも『神宮』の神人よりは話が通じそうな相手である。

皇室からの書状が彼らに追いついてどうにか5分程度の部の悪い賭けではあるが、それでも成さねばならない。今この世界に神代の混沌を再び巻き起こすわけにはいかないのだから。


『土御門博士……悪い知らせだ……』


今後の方針を話し合っていた千家所長が苦虫を噛み潰したような声音で告げてきて、彼の意識の集中が通信に向いた。


『『神宮』の介入が露見したようだ。各地の神格性事案の動きが騒がしい』


「この忙しいタイミングで……出雲と諏訪の様子は?」


『出雲は問題ない。私の方から宮司殿に頼んでおいた。諏訪には甲信研の守矢所長が直接出向くそうなのでそちらも問題はないだろう。問題があるとすれば……』


「岐阜と九州……それと東北ですか……」


天に抵抗を続けた神々、彼らにとって今回の掟破りの介入は即ち天の支配の綻びを予感させるものとして映ったのだろう。

今や正しい信仰の形すら失われた神々ではあれど、彼らへの信仰は土着の習俗として定着して久しい。

それは即ちこの国に人々が暮らす事そのものが彼らへの信仰であるとさえ言えるだろう。

人々の思いにより本質から変容した彼らは未だにこの国に、ひいては世界に巨大な混乱を引き起こしうるだけの力を有している。


『そうだ。今の所は様子見をしている段階のようではあるが、事態が長引けば彼らが動く可能性も十分に考えられる。厳しい状況ではあるだろうが……』


「分かっています。最悪の事態だけはなんとしても回避します」


現在当該地域でことに当たっているのは山陰研の物部博士や甲信研の茅野博士を中心にした任務部隊『迷子センター』と領域内に取り残された同千人塚博士たちであり、『神宮』にとっての敵である千人塚博士以外もお世辞にも穏健派とは言い難い武闘派の研究室ばかりである。

どうにか両者を押しとどめ、宥めすかし滅びを回避する。

主に『機構』が所掌する国津神や自然神の対応のために涵養された人格を有する山陰研職員たちの尻拭いで普段から行っている業務ではあるものの、今回は身内だけではなく『神宮』という皇室寄りの彼でもいまいち掴みきれない者達の相手までしなくてはならないときているのだ。

焦れる心と痛む胃に眉根を顰めながら彼は眼下を見下ろす。荒々しくも美しい大海神の領域は今の芦原中国の混乱など気にも留めぬかのごとく広がっていた。



岩手県遠野市 仮称『巨頭村』


可能性の検証ではあるが、今回の実験は成功する公算が高い。

それ故に『巨頭オ』達は一度大学校へ避難してもらった。これで成功した場合先に避難してもらっていた方が彼らの存在を隠匿しやすいからだ。

こういう細やかな気遣いができるあたりが私のいい女っぷりをさらに高めていることは言うまでもない。

現在『巨頭村』にいるのは私たち研究室の面々と暫定的に大嶋くんが指揮をとるDS調査員の分隊、実験装置の開発に関った三馬鹿、それと『巨頭オ』の長達だ。

『巨頭オ』については全員を避難させてもよかったのだが彼らのたっての希望により三名のみ同行を許可した。

彼らだけであれば車両を一台増やせば対応可能だし、そもそも一万年以上にわたって幽閉されていた歴史の終わりなのだ。それを思えば彼らをこの場から無理やり排除するのは正しいこととは言い難いだろう。


「それじゃあ始めよっか! △△△△、△△△△△、△△」


よし! いい感じだ。

巨石が細かく振動して薄い光を帯び始めた。


「△△△△、△△△△△、△△」


祝詞を繰り返すこと数回……おかしいな、予定ではそろそろ解除されてもいい頃合いだが……


「△△△△、△△△△△、△△」


何かを見落としている……? しかし巨石の反応は予定通りなのだが……


「△△△△、△△△△△、△△」


再び繰り返すこと数分、巨石が一際強い光を放ち、振動が止まった--



岩手県宮古市


力押しでの強行突破、そのためにこの場にいる二人はあまりの呆気なさに呆然としていた。

佐伯静代の精神エネルギーを当該領域を形成する障壁に照射した途端に件の障壁が消滅したのだ。その驚きも無理からぬことだろう。

しかし、である。精神エネルギー単体での照射実験は多数行っていたはずであり、何故今回だけ突破に成功したのか……

その疑問を茅野博士に投げかけようとした佐伯静代は、不意に自分に向けられた強大な力を感じて反射的にその場から離れた。

ただの人類であれば跡形もなく消し飛ばされていたであろうそれを彼女が回避し得たのは強力なPSIである彼女の未来視『プレコグニション』と瞬間移動『テレポーテーション』によるものであったが、あくまでプレコグニションは限定的で不確定な未来視であり、自らの安全確保以外を行う余裕はなかった。

そして彼女の傍にはもう一人……


「す……少彦名命!!!」


強大な+不平衡のエネルギーは現実に己を追認させる力である。

いかにかの小さき神が強大であろうとも、相手も神であれば……


「全く乱暴だなぁ」


しかし彼は一切の乱れなくそこに立っていた。


「周太も武夫もこんなことするようなタイプじゃないだろうに……無理はだめだよ」


腰に佩いた太刀さえ抜かず彼は諭すようにいう。


「どうせあれだろう? 帝への忠義につけ込まれてみたいな……悪いことは言わないから帰んなよ」


橘周太陸軍中佐

広瀬武夫海軍中佐


どちらも日露戦争の折に英雄的戦死を遂げ、軍神として祀られる軍人である。

彼らのことは当時を生きた佐伯静代も知っている。だが、神格生事案としてこれほどの力を持って再び世に立っているとは思ってもみなかったことである。


「見立ての神格の法則……」


「そういうこと、流石にしっかり勉強してるね!」


「でも……早すぎませんか?」


かの二宮尊徳でさえ、数年前にようやく歴とした神格生事案として神上がったばかりである。

戦前の熱烈な信仰を受けたとはいえ彼らが信仰を受けていた期間はあまりにも短く神格生事案としてこれほどの力を古いうるとはどうしても信じられなかった。


「あはは、君がそれを言う? 個人差があるんだよ、それも強烈なのが」


そう言って少彦名は指笛を吹いた。小さな体に似合わない大音量のそれを合図に無宗派教団の車列がとんでもない速度で国道を駆け抜けていった。

一拍遅れてそれに続こうとした『神宮』の車両であったが、コントロールを失って側溝に脱輪した。

いつの間にやら少彦名の手にはミニチュアサイズの太刀が握られている。


「ここまでは予定通り順調だよ。僕たちはここで彼らの足止めだ。さぁ、頑張って奥さんに褒めてもらわなきゃ!!」



岩手県遠野市 環境科学研究機構 環境科学大学校遠野分校舎


「博士!」


「やりましたね!」


大学校へと向かうランクルの中で双子ちゃんが空を指差して歓声をあげた。

見上げてみればC -130が飛んでいる。おそらくは記憶処理薬散布のための航空部の部隊だろう。

他にも観測ヘリやらなんやらが忙しく飛び回っているあたり実験は成功したとみて間違いはなさそうだ。


「ようやく帰れますね……あ、陽圧するんで窓閉めますね」


「はいよ!」


せっかくここまでやったのだ。最後の最後に記憶処理薬でぱやぱやになってしまったらアホらしい。

家に帰るまでが遠足である。大嶋くんは流石にその辺り抜かりがない。実に誇らしい限りだ。

これでようやくひと段落……だが帰ったら帰ったで書類に埋もれる事になりそうだ。

何せ結構な人数の一般市民を特定調査員として緊急徴発したわけで……犯罪者と違ってカバーストーリーの準備も大変だろうしなぁ……まあ損耗自体は数人程度だしそれも大半が持病のある人間だったのでそこまでではなかろう。

あとは逃亡しようとして射殺されたりパニックから心臓発作を起こしたりと実験に関係のない部分で勝手に死んだ連中ばかりなのでそれこそとやかく言われる筋合いはない。

筋合いは無いのだが、だからといって報告書の枚数が減るわけでは無いのがお役所仕事の辛いところである。

そんなことを考えながら外をぼんやり眺めていると仕事携帯が聞きなれない着信音で喚き始めた。

それもこの車両の中の全員の……三馬鹿のものまでもがだ。

ディスプレイの表示は


緊急警報:対空

強度  :赤

分類  :F

空挺降下


システムの点検以外は訓練でもめっきり見なくなったアラートシステムからの緊急警報

それも冷戦期の全面超常戦を想定したF分類でのそれ……誤報……? いや、だとしてもだ!


「大嶋くん、対空警報 赤!! エアボーンのF!!」


「え……あ、アイマム!!」


流石の大嶋くんも一瞬戸惑いを見せたものの、すぐに切り替えて行動に移してくれた。

幸いにも『巨頭村』も大学校も市街地からはそれなりの距離があるので身を隠す木々には事欠かない。

先頭の私たちの車両が路外に退避したのを見て後続もそれに続く。


「大嶋くんは部隊の指揮をお願い! 双子ちゃんは小銃を準備、半装填で携行して!」


「アイマム!」


「「は、はいっ!!」」


大嶋くんが防護マスクを装面して下車する。


「三馬鹿! シートの下に拳銃があるから持っといて!」


「さ、三馬鹿?!」


「りょ、了解っす!」


「おお……ベレッタ……!!」


私もケースから散弾銃を取り出す。

実際問題『機構』に超常戦を吹っかけてくるF分類の敵対勢力相手に私たちが出来ることなどたかがしれているが、それでも備えないよりはマシだ。

戦いの役に立たなくとも最悪自決には使える。

双子ちゃん相手ですら私がそう思う程度にはF分類の敵はヤバいのである。敵手に落ちるくらいならば死んだほうがマシだろう。


「博士……Fって事は……」


「それに空挺降下って……」


その事は双子ちゃんも分かっているだろう。

考えにくい事だが私たちが件の領域に閉じ込められている間に超常戦を伴う大規模な紛争が勃発したのだろうか?

それにしたって先ほど見かけた観測ヘリは『機構』か陸自のOH -1だ。

それなりの高度を保ってヘリが飛行できる程度には制空権の保持ができている段階での空挺降下? ちょっとナンセンスだろう。

であれば既存の手法ではない……もしくはなんらかの超常的手法を用いた空挺降下、もしくはそれに類する何かか?

現状を理解しようと頭を悩ませているともう一度仕事携帯が着信した。

ディスプレイには茅野博士の表示……F分類の警報下で電波封止をしていない?


「もしもし?」


『『神宮』です! 上空の輸送機は敵』


「分かった。ありがとう」


彼女らしい完結で必要最小限の情報である。


「大嶋くん! さっきのC-130だ!」


「アイマム! 降下も確認できました」


大嶋くん指揮下の分隊が再び車両に戻っていく


「どこに降りた?」


「大学校に。数は11です」


目標は大学校……敵は『神宮』……となると目標は……


「分かった。急いで戻るよ!」


保護した『巨頭オ』達だ。

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