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秘境駅 2

甲信研究所 千人塚研究室


「はい、それじゃあ書類は行き渡ったかな?」


十河の爺からの書類が届いたのは片切君配属の翌日だった。てっきり黄の所掌外秘位のカジュアルな書類かと思ったら赤の極秘書類だった。

物々しく指定封緘を携えてきた本部要員も、まさか中身がネットロアだとは思うまい。


「それじゃあ要点を確認していこう」


『きさらぎ駅』の存在が現実味を帯びてきたのはここ数ヶ月で確度の高い出現情報が多発したためだ。その中には機構の職員も含まれており、また時を同じくして電車に乗り込んだきり行方不明になる事件が急増している。

それを受けて機構は浜名湖特定管理収容施設内に収容されている丙5情b-N1031『猿夢』を再検査したが、精神浸食作用の漏洩は認められなかったという。

実際に『きさらぎ駅』から生還した人々によると乗った駅及び路線はバラバラだが、当該駅周辺は同一の領域であると推測される。

駅は単線の無人駅であり、周辺に民家等の存在しない山間の草原であるという。駅名表示板によると隣接駅は『やみ』と『かたす』との表記があったと複数の生還者が証言している。ほぼ全員が遠くに祭り囃子が聞こえたと証言しているというが、祭り会場は現在のところ特定されていない。

携帯電話の電波は届いているらしく生還者、行方不明者のどちらも通話記録が残っており、多少のノイズが入ることはあっても問題なく通話が可能であり、またインターネットへの接続も可能だという。しかし通信会社の記録を調査した結果、基地局の名称は存在しないものだった。

ナビアプリによって現在位置を特定しようとした複数の生還者は南太平洋上だと表示されていたと話しており、実際に携帯電話本体にはログが残っているものの、行方不明者の携帯の位置を特定しようとする試みは全て失敗に終わっている。

生還者の携帯に残っていた位置情報のログを頼りに南太平洋上南緯48度67分12秒西経123度30分45秒の位置に電波偵察機及び電磁観測船を派遣しているが、今のところ携帯電話の電波の傍受には成功していない。

生還者に共通する事項としては、周辺住民と思われる人物や鉄道運転士による協力があった事が挙げられる。この事から『きさらぎ駅』周辺にには友好的な推定人類が存在するものと考えられる。しかし行方不明者との通話記録に最寄りの市街地まで送ると言って車に連れ込む人物の話があり、現在のところその人物の車に乗り込んだ者の中に生還者はいない。

現在証言を元に地形及び地物の詳細な3Dモデルを作成して地点の同定を試みてはいるものの、現在までに有益な手掛かりは得られていない。また、地形も国内に該当する地点は発見できていない。

とまあ、こんな感じでほぼほぼネットロアのままだ。いや、流石に金と人員と手間を惜しまない調査は機構ならではだが…


「ほいっ、じゃあなんか気付いた事とか疑問に思った事がある人!」


全員が手を挙げる。うん、何度も読んだ私と違って皆には新鮮な様だ。


「じゃあ諏訪先生!」


「生還者に医学的な検査は行っていないのでしょうか?もし何らかの放射線や電磁波、精神エネルギーに曝露していたら脳や内臓に痕跡が残ると思いますが」


「うん、あくまで一般市民が主だからね…任意での検査にはなるんだけど…あったあったこれだ!」


取り出したのは機構職員の生還者と検査に協力してくれた生還者のカルテだ。


「ふむ…特に兆候は無さそうですね…可能であれば生還したばかりの人物を直接検査してみたいのですが」


「うん、分かった。生還者を確認次第検査への協力を要請するように手配しておく…じゃあ次大嶋君!」


「現地住民に危害を加えた記録は無いんでしょうか?敵対者の存在が示唆されている以上、現地に赴くのであれば敵対者を無力化出来るのか否かが気になります」


戦闘要員としての視点は考えていなかったが、尤もな懸念だ。


「記録には無いね…もし現地に行く場合は可能な限り色んな状況に対応出来る装備を多めに携行して貰う事になると思う」


「加えて食料や医療品も多めに持っていった方が良いでしょうな…すぐに帰って来られるとは限りませんから」


「そうだね、諏訪先生と大嶋君は後で必要そうな装備をリストアップしておいて…じゃあ片切君!」


「え…えっとSNSに画像とか動画を投稿した人はいないんですか?」


「うん…あんまり電波がよくなくてアップロード出来ないみたいだね…ただ携帯に画像とか動画は残ってるけどノイズが酷くて何が映ってるかが判別できないみたい」


「も、もしデータがあるなら貰いたいです。その…ノイズを除去できるかもしれないから…」


「分かった、十河理事に言って送って貰うね」


こういうとき管理員がいると本当に頼りになる。


「じゃあ静代さん!」


「もし手に入るなら生還者の方が着ていた上着が欲しいです」


「上着?」


「はい『さいこめとり』で景色を確認すれば何か手掛かりが見つかるかも知れないので」


「なるほどね、手配しておく。見た景色を念写とかって出来たりする?」


「はい、思い描ける物なら何でも写せます」


「さっすが!」


このメンバーがいれば意外と早く『きさらぎ駅』に辿り着けるかも知れない。


「それじゃあ、他に無ければ今週中に可能な準備を済ませて気持ち良く宴会と連休を迎えよう!」


今週末は片切君の歓迎会兼記録更新記念の大宴会と記録更新のご褒美である一週間の有給休暇だ。



『『きさらぎ駅』ね…これまた有名どころじゃないですか』


「ええ、ただ手掛かりが無くて…」


『うーん…私に手伝える事なら力になりたいですが…専門外ではありませんか?』


会議を終えた後、私は『きさらぎ駅』の手掛かりを求めてある人に連絡していた。

彼は真田博士、甲信研究所所属の主幹研究員だが、現在はUNPCC(United Nations Paranormal Control Committee:国連超常管理委員会)におけるプロジェクトオリーブスタッフとして十勝研究所で勤務している『環境』のエキスパートである。


「いえいえ、博士の論文を読んでピンと来たんです」


そう、それは真田博士がプロジェクトオリーブに招聘される切っ掛けになった論文でもある。

対処不可能かつ人類文明に致命的な破滅を引き起こす事案から逃れる為の秘匿コロニー


『…ああ、バックヤード理論ですか』


「そうです。一つの可能性として偶然自然環境下にバックヤードが現れた…」


『それが『きさらぎ駅』の存在する空間だと?』


「それを確認するために連絡をさせて貰ったんです」


真田博士の提唱したバックヤード理論はざっくり言えば現在我々が存在する時空の裏側に、別口で時空を展開する事によってこの時空からの影響を遮断するというものだ。


『うーん…難しい質問ですね…ちなみに千人塚博士は形成されたバックヤードの中を御覧になったことは?』


「ありません…というか形成に成功されたんですね、おめでとうございます」


『ありがとうございます。とはいっても10m×10m程度の小さなものですけどね…その中には空間と時間以外のものは何も無いんですよ』


そういえば論文にも書いてあったっけ…無理やり拡張した空間に不可逆的変化の流れを人工的に付与する。要はこの宇宙の様に結果的に時空が発生するのでは無く、時空ありきで作り上げるようなものだ。


『今こっちでは事案を使って内部環境に自己完結性を持たせられないかどうか試行錯誤している段階でして…バックヤード単体だと発生してもすぐに収縮して消滅してしまうと思いますよ?』


「例えばですが、こちら側との遮断を薄くする事で安定を図る事は出来ないでしょうか?」


『難しいでしょうね、そもそも完全に分離した時空なので…入るためにもワームホールが必要ですから』


「そうですか…この線ならいけるかと思ったんですけど…」


『お役に立てずすいません。博士は私の仲間達の命の恩人なので力になりたかったのですが…』


「いえ、あの時はむしろ私の方が皆に助けて貰った様なものなので」


雨傘製薬によるバイオテロ事件の時に私の下で当直任務に就いていたのは彼の部下の調査員達だった。


「貴重なお話をありがとうございました。皆待ってるんでちゃちゃっと十勝の仕事終わらせて帰ってきて下さいね」


『ははは、精一杯頑張りますよ。また何かあればいつでも連絡をして下さい』


『バックヤード』で無いとすればやはり平行世界への跳躍ということだろうか?しかしどちらにしても尋常では無いエネルギーが放出されるはずだが、それらの検知も今のところ確認されていない。

いくら中に入ったときの対策を講じたところで『きさらぎ駅』が存在する空間が何か分からなければ入る手段も見つけられない。

はてさて…どうしたものか…



三日後、静代さんが念写したフィルムを片切君が映像化してくれた。


「いやぁ…疲れましたぁ…」


三時間分の連続写真である。大体一秒当たりを8分割したというから84600枚ということになる。

映像は伯備線総社駅にて新見行き22時44分発の電車に乗車するところから始まり、『きさらぎ駅』にて下車、しばらく周辺を探索した後に駅に戻り駅員の助けで再び列車にのり、伯備線豪渓駅に到着するところまでのものだ。


「総社駅を出て次の『やみ駅』までが12分、次の『きさらぎ駅』までが26分、『きさらぎ駅』豪渓駅間が28分…実際の伯備線総社-豪渓駅間が四、五分なので大分オーバーしてますね…それに生還者のGPSログが正常に戻った午前1時36分が豪渓駅到着時刻だとすると、その時間は終電後のはずなんですが…」


大嶋君が時刻表を指でなぞりながら言う。


「うん、この生還者もそれを不思議がってるみたいな事が資料のインタビュー記録に書いてあるね」


「えっ本当ですか?」


「43-b11インタビューのやつ」


「ああ、本当だ。失礼しました」


しかもこの生還者が元々乗っていた電車は定刻通り10時48分に豪渓駅に到着しているし運転士も特に異常は無かったと証言している。


「あ…あのその、しゃりょっ車両がちがくなってて」


片切君が二枚の写真をスクリーンに映す。


「ドアのところ、乗るとき左、で降りたとき右…です」


なるほど…色も形も違う。


「それでっ同じのがっこ、これです」


別の写真が二枚…今度は車両の全体の写真…広報写真だろうか?


「ひ、左が乗ったときの213系車両で、右が降りたときの、車両で30系車両、です」


シルバーの車体に青と水色のラインが入ったよくある形の左に対して右は昭和の頃によく見たような形の電車だ。白と緑のボディ、おでこに付いたバイクみたいな丸目一灯がチャームポイントだろうか?


「この、30系は静岡県のえ、遠州鉄道の、車両です」


「ん?遠鉄といえば赤電でのはずでは?」


浜松市出身の諏訪先生が尋ねる。いや、そこじゃ無くない?


「昭和36年に、導入された…頃は…この色で…その後赤に、なったみたい…です」


「昔の遠州鉄道の車両を伯備線でそのまま使ってるなんてことは無いですよね?」


がっさんの質問に思わず納得する。作業車とか従業員の送迎とかなら古いのを使ってるかも知れないし、『きさらぎ駅』を知っている職員がいて便乗させてくれたという事があるかも知れない。だとしたら職員への聞き込みで前進するかも!


「その、あの、そもそも電圧が伯備線は1500Vで、この車両は…600Vなので使えない、です」


あー、そう上手くは行かないか…


「って事は遠鉄かたす線は30系って事か…大嶋君、念のため時刻表に遠鉄かたす線が無いか調べて見て!」


「…遠鉄、遠鉄…無いっすね!」


「そりゃそっか!」


あったら解決だったんだけどね!


「博士、なんで『かたす線』なんです?」


「がっさんいい質問だね!昨日頼りになりそうな博士に片っ端から連絡して心当たりが無いか聞いてたんだけどね、山陰研の物部博士が面白い事言ってたんだよ」


やみ→きさらぎ→かたすその駅名に物部博士は引っ掛かった。

「そんで、今日映像見てなるほどと思った訳よ…やみの手前から徐々に坂を下ってる事気が付いた?」


複数の名称不明のトンネルはあったものの、全体として緩やかな下り坂だった。


「こっからは物部仮説なんだけど、駅名が日本神話の死後を表してるんじゃ無いかって」


「日本神話…天照大御神が引き籠もりになったって事ぐらいしか知らないですけど」


「偏ってんねぇ…天岩戸隠れの事かな?」


まあ、がっさんだ。その辺に期待しても仕方ない。


「ああ、なるほど…根の国ということでしょうか?」


「流石先生、鋭いね!入り口側にある『やみ』は黄泉の事、立地的には黄泉比良坂…要はあの世の入り口って事」


昔の日本語は読みが割とアバウトだったから十分ありだろう。比良は崖の事だが、鉄道は急勾配に対応していないので下りを緩やかにした結果、距離が伸びて『やみ』『きさらぎ』間が長くなったとも考えられる。


「んで、『かたす』は黄泉の国とにたようなあの世って意味の『根之堅州国(ねのかたすのくに)』の事じゃ無いかって。だからゴールである『かたす』からかたす線じゃ無いかってね」


「『きさらぎ』はどこ行ったんですか?」


静代さんが聞いてくる。まあ、そうだよね


「物部博士も『きさらぎ』は少し無理矢理だって言ってたけど…」


それでも老練な専門家は我々に無い新たな知見を与えてくれたー

用語解説

『指定封緘書類』

指定された時間に指定された人員のみが開封することを許可される書類

主に軍隊に於ける作戦計画や開戦命令の示達に用いられる。

『機構』においては内容に触れることの出来る人員、開封場所、開封時間が厳しく定められており、特定の状況下で開封権者の生体情報を読み取れない場合は自動的に内部書類が焼却される特殊なケースに納められている。

主に特定管理事案の情報や特殊部隊への命令下達に用いられる事が多い。

『情報管理権限等級』

『機構』に於ける各種情報へのアクセス権限を示す等級で黒2~白の六段階で表される。

アクセス権限を持たない情報への無許可でのアクセスは記憶処理若しくは特別懲戒処分の対象とされる。

職員の保有する権限は各々のIDカードの色に対応している。

『日本神話』

記紀に代表される日本土着信仰の総称

『機構』においては国内に存在する地域ごとの土着神話までも含めた国津神以降の全ての土着信仰を包括した用語として用いられる。

無数の土着信仰の存在する地域性から、系統だった特定の聖典や信仰形態は存在しない。


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