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寒村 9

岩手県遠野市 環境科学大学校 遠野分校舎


流石に事態が発生してからの時間がこれだけ経ってしまうと露見インシデントに関する懸念事項も多く出てくる。

特に長期戦を念頭に置きさえすれば領域外の統制業務自体はそこまで難易度が高いものではないが、反面として領域内部における統制業務はなかなかに予断を許さない状態になってきているようだ。

何しろ統制の主体となる全般職種調査員がほとんどいない上に、直協職種調査員も現職と呼べる人員がほとんどいないときている。

加えてこの辺りがクソ田舎というのも一面においてよろしくない影響を与えてしまっている。

都市部であれば警察の超常関連部局の協力もある程度は得られただろうが、この辺の所轄警察署程度では超常関連に触れる資格を有した警察職員など望むべくもない。

おまけに領域内に自衛隊の駐屯地も無いのでJ -7の息のかかった隊員を緊急徴発することもできないのだ。

簡単に言えば超常分野における日本人の味方はこの領域に存在しないわけで、そういった心持ちはやはり保護されるべき一般人にもどことなくよろしく無い空気感を醸し出させてしまう。

今日も市街地では市民との軽い小競り合いがあったという話を聞く。本来であったら市民感情を含めた情報操作は全般職種調査員の仕事だし彼らの最も得意とするところなのだが、流石に二万人近い人間の情報統制を十人程度の統制科職員と情報科職員でどうにかしろというのも酷な話であろうし、こんな状態でも全力で情報統制業務に当たっている彼らを責めるのは筋違いもいいところだ。

とにかく私たちは私たちに出来ることを精一杯やっていくしか無いわけで、今日も今日とて朝早く……いや夜遅くから『巨頭村』まで行ってきた。

なんの為にかといえば、彼らの言語を正確に解析するためだ。

この期に及んで悠長な事をと思われるかもしれないが、もちろん普段通りの研究業務であればこんなのんびり進めて行くことは無い。

ただ今回は『イノベーション』がある。

それは三馬鹿が提案した手法だ。

彼らは元々優れた音声解析技術を有していた。それは既に語彙の認知が不可能になった筈の古い言葉すらも純粋な音の組み合わせの記号として再構築が可能なほどのものである。

その世紀の大発明を作り上げたきっかけが盗聴用アプリの作成であるというのはなんとも締まらないものであるが、この際だ。過程など気にしている場合ではない。

もちろん彼らのズレた情熱を持ってしても専用の機材まで仕立てることは出来なかったようだが、それでも『巨頭ヲ』達との会話から音声データを大量に手に入れたのでこれを大学校のコンピュータに叩き込んで彼ら謹製のアプリで解析すればかなりの精度の対語表を作り上げられる筈である。

問題は現在原理の不可逆伝承性を限定的にとはいえ否定する形での言語解析がどのような結果を招くのか……という部分だが、軽く計算してみたところ当該の言語が認知可能領域外に置かれる程度しか問題は発生し得ないだろうということで大丈夫そうだ。

そうなってくると本来ならなんの意味も成さないデータにしかならないだろうが、幸いなことに今回は私がいる。

そもそも不可逆伝承性自体当時から連続した意識と記憶を持つ私や神格性事案に対してはなんら影響を及ぼすことはない。

少なくともこの世界の法則は常に進歩し続ける者たちをその主と認めているからこそ、私たちの様な異物には幾らでも抜け道が残されているのだ。

言語としての理解が可能なのが私だけというのは非常に頼りない話ではあるが、少なくともデータのバックアップ置き場としては石板以上の頑丈さであることだけは保証できるので、完成の暁には大人しく可搬記憶媒体兼スピーカーとしての役割を果たさせてもらうことにしよう。

大活躍の三馬鹿トリオはもちろんだが、他の学生さん達の活躍もなかなかに目を見張るものがあった様に思う。

特にカニパン号と大嶋くん、双子ちゃんを検査してくれた医療学生のチームは大学校内及び領域内に取り残された市民をサンプルとして研究を進めて出入りが可能な生体とそれ以外の差異についてかなり真相に迫ってきている。

彼らの調べが正しければ祖先に特定氏族の縄文人がいることが重要らしい。

事実として緊急挑発で特定調査員として雇用した市民の中には領域からの脱出を果たした人物も複数名存在するほどだ。

ただ、それも確実にという話ではなく、どの程度の遺伝子的な一致で領域の出入りを確実に行うことができるのか、作用機序に関与しているのが遺伝子に関する部分なのかそれとも文化や家庭レベルのなんらかの伝承や習慣に起因するものなのかがわからないのですぐに解決! とはいかないのが悲しいところである。


「いやはや、今時の若者ってのは……」


「どうしたんです? いきなりそんなババ臭いことを」


私が漏らした感嘆に修くんが苦笑いしながら返してきた。


「失敬だな! いやね、今回ほとんど学生さん達が頑張ってくれてて私たち現職があんまり役に立ててないなぁって……ほんと人類の進歩ってスピードが早すぎてもうおばあちゃんにはついて行けないよ」


「あー……まあ三馬鹿さんが特別なんじゃないですか? 在学中にアレだけ色々開発してるってなかなかいないですよ」


学生さんや職員の間で彼らは発明王なんて呼ばれ方もしているらしい。もちろん諸手を挙げての賛辞ではなく苦笑いで語られる類の評価ではあるが……


「三馬鹿はもちろんだけど、それ以外のみんなも優秀だよ。全員まとめてうちに引っ張りたいくらいね」


地道な努力をこなしつつ、発想力は目を見張る様なものがある。一昔前なら全員が期待のホープ扱いされるような人材だらけだ。


「それだけの規模になったら業務量もすごいことになりそうですね」


「あー……それは勘弁してほしいなぁ……」


私の目論見では私たちが後備研究室指定されている間に『アゴ』がどっかしらの手によって壊滅して、『ゴースト』も逮捕されて一線に戻る頃には『ジェットババア』に集中できるようになっているというのが理想なのだ。

馬鹿みたいに忙しいのはもう終わりにしてほしい!



完全なものではないとはいえ、翌日には対語表の叩きとなるデータを作り上げてしまうのだからやはり彼らは優秀なのだろう。

ただ、三人揃って死にそうになっているところを見ると、ペース配分ができるタイプの器用さは持ち合わせていないらしい。

がっさんとはまた違ったタイプでの過労死予備軍と言っていいだろう。


「詳細な部分の照合は博士に直接やっていただくしかないですが」


「うん、ありがとう。しばらくゆっくり休みな? ろくに寝てないんでしょ?」


「いえいえ、楽しかったんで全然余裕ですよ!」


「はいはい、大嶋くん」


「アイマム」


「ちょっと……何を?!」


「待ってください! ちょっと待って!」


「いででででっ! 挟んでるっ! 挟んでますから!!」


三人の成人男性を軽々と担ぎ上げた大嶋くんが彼らの抵抗など一切気に留める様子もなく部屋を出ていく。

思えば私達の労務管理も洗練されたもんだ。がっさんのおかげ……いや、がっさんのせいでだな


「うわぁ……」


「学生相手でも容赦ない……」


「社畜相手に情けは無用だよ、二人だってがっさんみてんだからわかってるでしょ?」


「「それは……まあ……」」


さて、二人も納得してくれた様なので仕事に移ろう。

三馬鹿謹製のデータによれば概ね174音を用いる言語が『巨頭語』らしい。

私の知っているあの時代の類似言語が201音を用いるものなので幾つかの音素が省略されているのか……

そもそも私の知っている言語自体が政に関わるもの達や庶民が話す言葉とは多少異なるものであった事を思えば地域性の違いでこれくらいの誤差は想定の範囲内だ。

地元で言えば私の用いていた言語は他の物と基本は変わらないが、儀式で使うためや用途の無い音や語彙を含めたフルバージョンであり、他は覚えやすいように省略された普及品だった事を思えば今回のように比較検証に用いる事を思えば最適であり、幸運だったと言っていいだろう。


「うーん……わからない……本当に言語なんですか?」


「音も唸ってる様にしか聞こえないです。表と見比べても何がなんだか……」


データを眺めていると双子ちゃんがそんな事を言ってきた。

二人とも付けていたヘッドホンを諦めたように机の上に放り出している。


「あー……時代的に仕方ないよ、ジェネレーションギャップってやつだって」


加えて二人の専門はだいぶ違うジャンルだ。もちろん専門家である茅野博士ですら自分の耳で聞き分けることはできないだろうが……


「ま、ここはおばあちゃんに任せて二人も休んできなよ」


どのみち現代人にできる部分は三馬鹿が全て終わらせてくれているのだ。ここからは化石人類の仕事である。

多少渋りはしたものの、比較的素直に仮眠に向かった双子ちゃんを見送り、再び作業に戻る。

私の知る言語と彼らの言語を比較して今回の事態の原因と解決策を探る。

私の発音した祝詞に何かしらの原因があるのであれば正しい祝詞を用いて解決に至ることができるだろうし、そうでなくてもこの領域の説明書は件の巨石に刻まれているのだ。

発音と語彙を究明して正しい読み方さえわかれば解決に大きく近づくだろうし、そうでなくても今のように身振り手振りを交えてどうにか進めている聞き取り調査がやりやすくなること請負である。


「……なるほど、そうか……そういうことか!」



岩手県宮古市


「静代さんのために呼んだのに……まさかあの子まであんなだとは思わなかったわ……本当に主幹研究員に昇進したのよね?」


「そのはずですが……少なくとも小笠原主幹の下では働きたく無いですね」


茅野博士と落合研究員の会話を聞きながら川島調査員は不覚にもよくわかっていると感じてしまった。

とんでもなく前掛かりになってしまっている佐伯静代調査員にブレーキをかけるために小笠原研究員をわざわざ呼び寄せたのだというのは茅野研究室の面々から聞いてもいたが、それがブレーキどころかアクセルにしかなっていないのである。

せめて千人塚研究室の人員にひとこと相談してくれていたらこんなことにはならなかっただろうにと思わなくもないが、主幹研究員は管理職としての側面の強い『機構』の幹部職員である。

外部から労働環境についてとやかく言われる類の組織では無いとはいえ、それでも昨今は働き方改革を推し進めている団体である。

まさかそんな『機構』の、それもホワイトな労働環境を目指して以降の世代である主幹研究員がここまでブラックな労働環境を容認する類の職員がいるなどと予想しろという方が無理な話だろう。


「博士が聞いたら腹抱えて大笑いしそうですね」


傍に立つ宮田調査員もそんな事を言っている。千人塚研究室において小笠原研究員の社畜精神ソルジャースピリットはもはや常識である。


「いや、博士ならドン引きするんじゃ無いですか? 正直私としても勘弁してほしいですよ……」


そう言った猪狩医療研究員は呆れ顔だ。

彼は昔から小笠原研究員の健康管理について千人塚博士から任されており、彼女の性格の最大の被害者でもある。


「そうね、本当に相談しておけばよかったわ……」


流石の茅野博士といえど、小笠原・佐伯コンビに振り回されたせいかかなり疲労の色が見て取れる。

とはいえ彼女は千人塚研究室の面々をある種の実験動物として扱おうとしていた節がある。小笠原研究員の招聘もそこに関わるなんらかの思惑があったのであろうことを思えばその言葉を字面通りに受け取ることもできないのだが……

そうはいってもその辺りは最初から理解してもいる。何せ諏訪光司、篠崎藤十郎と並び称されるほどの異常者でもある茅野千鶴博士だ。

まともな理由で自分達を今回の案件対応に加えたのではないということは明らかである。しかしそれをわかった上で彼らは今回の仕事に参加しているし、わかっているからこそ本当に自分達に害をなすような悪意を回避することなど『機構』で最も実践経験豊富な彼らにとってはさして難しい話ではない。

しかし彼らのそんな活動も、現在進めている計画が成功さえすればすぐに終わる。

それは『アーカイブ』で探し当てた情報とそれを裏付けるような茅野博士達の実験のデータから見つかった手法である。



「さて、静代さん準備はいいかな?」


「は、はいっ!」


小さき神と現代の大怨霊は不可視の壁の前に立つ。

正しい入り方はあるのだろう。事実この中に閉じ込められている人間や実験動物は数多この壁を乗り越えている。

この中には『機構』においても最高と呼ぶべき研究者と未来の『機構』を担う若者達がいるのだ。

もちろんこの案件に動員された研究室は分野において世界でも指折りの者達、この国土着的な事案性事物であることを思えばそれこそ世界最高のもの達であると言っても過言では無いだろう。

しかし、ここは外側である。

外から、正確には世界からこの内部の宝を守るべく作り上げられたこの壁を乗り越える手法、正しいそれを見つけ出すというのは彼らを持ってしても容易いことではない。

破局的終末事態が切迫している類の状況では無いとはいえ、大規模で重大な露見インシデントが発生する状況は彼らにとっても容認し難い状況である。

知は人類最大の武器の一つではあるとはいえ、超常を世に広く知らしめるというのは滅びに向かうシナリオの一つとして想定されるものでもある。

悠長に構える余裕がないのであれば、事は力を持って強引に打開するしかないのだ。


「あはは、そんな緊張しないでよ! 大丈夫、わざわざ久延毘古のとこまで聞きに行ったんだし間違いないよ!」


「え、あ、いやその神様を疑うなんてそんな……!」


「この間全力で殺しにきてたのに?」


「そ、それはその……あ! あれです『レイス』です! あいつらがなんかしたんです!」


「はいはい、そういうことにしといてあげるよ……まあ僕は初めてだけど、昔はちょいちょいこういうものと僕の仲間がぶつかることもあったらしいからね、その時と比べれば静代さんがいる分楽なもんさ!」


余裕の表情でいう少彦名の姿に少し安心感を抱いた佐伯静代であるが、そもそもの不安は計画の成否ではない。

二人の後方に控える二十人の人間

彼らは『機構』の人間ではない。それどころか普段業務上の提携を行う団体の所属ですらない。


『神宮』


この国の皇統の祖たる太陽神を祭る宗教団体であり、それと同時にこの国超常管理の歴史において『機構』とはその源流を大きく異にする団体である。

広く超常からこの国を守り続けてきた歴代の武家政権における超常管理団体、皇室の陰陽寮を祖とする『機構』に対して『神宮』が相手どるのは所謂まつろわぬものである。

その意の正確なところは明かされてはいないが、未だに彼らは古代の思惑の中に生きている。


「あの中……何人か妙なのが……」


「流石だね静代さん。半分は僕と同じようなのがはいってるみたいだ」


「え”……?!」


「何を企んでるのかしれないけど、大丈夫! 僕よりいい男はいなさそうだしね!」


「はあ……」


ともかくこの大いなる小さき神が言うのである。

その大きさを知る佐伯静代はただ信じることを決めた。

何があるにしろ進まぬと言う選択肢は少なくともこの二人にはないのだから

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