寒村 5
岩手県遠野市
環境科学大学校 遠野分校舎
『機構』の研究職種職員の育成機関であるこの学校のスタッフは皆現職の『機構』研究職種職員だ。
そもそも実員と研究要員が区別されていない『機構』において最高の師を探し出そうとすれば現職の者がそれにあたるのは必然と言っていい。
なので今回のような事態が発生したとしても蓬原主務以下の優秀なスタッフが冷静に対応にあたってくれる。
だからこそ非常に申し訳なく思うし、ちゃんとその気持ちが伝わるように私の知りうる状況を伝達した。
もちろんやらかしを隠しておこうかとも思ったが、流石に遠野市全域を含む広大な範囲が件の事案性影響に飲み込まれてしまったとあってはうまい具合にどうにかするというわけにもいかないだろうし、『巨頭村』のことを話さなければ対処のしようがないのもわかる。
せっかく暇になったばかりだというのに……情けない……
「なるほど……第三期大収束の直後の遺物というわけですか……」
「当該地域の封鎖を急ぎましょう。詳細の調査については千人塚博士にお任せするより他ないとは思いますが」
「アーカイブにアクセスできないのが辛いところですが……区域内に協力的な神格性事案がいないか確認してみましょう。もしかすると何か知っているかも知れません」
「しかしここだけでは電力が足りませんね……せめて原子炉でもあれば色々とやりようもあったでしょうが」
「まあそれは逆に幸いだったかも知れませんな、メルトダウンでも起こしたらことです」
「放射線の影響がどのように出るか……興味深いところではありますが、実験は事が終わってからゆっくりするより他ないでしょう」
彼らは皆研究者としての実力だけでなく後進の育成に適した人格を持った人々だ。
この緊急事態においても気が立っていないあたりその人柄は流石というより他ないだろう。普通の博士達だったらもっと怒号の飛び交うような会議になっていたはずである。
おかげで私のやらかしを吊し上げられるような事が無いのは実にありがたい事だが逆に申し訳なく感じてしまう。人格の破綻したそこらの『機構』職員相手であれば多少迷惑が掛かってもまあお互い様くらいにしか感じないが、理知的な彼らが相手だと流石の私も罪悪感を禁じ得ない。
「ではやはり通信の確保と当該のコロニー……『巨頭村』の調査を並行して行っていくべきでしょう」
現状はあまり有難いものではないが、所詮はど田舎である。今回の事案性影響の漏出によって破局的終末事態が引き起こされる可能性の低さを思えば調査を進めつつ内部で自己完結した共同体を作り上げて技術が進歩した未来に向けて情報を残すという選択肢も十分に考慮するべきではあるが、この状況を引き起こした張本人の口からそれを提案するというのはやはり多少気が引ける。
「幸い多少の調査職種もいます。このエリア内であれば暴動が起きない程度の情報統制も可能でしょうからできるだけはやく解決してしまいたいものです」
それにここには『機構』の未来を担う若者達が大勢いるし、何より大嶋くんや双子ちゃんをどうにかして外に出してあげたいとも思う。やはりこの事案性影響とは真っ向から戦わねばならないだろうが、さて古代のロストテクノロジー相手に限られた人員と資材でどこまでやれるだろうか……?
「そうなってくると学生の動員も視野に入れた方が良いかも知れませんね……これだけ広大な地域での調査と統制を行うとなれば職員だけでの対応は厳しいものがあります」
幸運なのはあくまで何が中心になっているのかがわかっていることと、当該地域の事案性実体はこちらに対して友好的であることだろう。
少なくとも足で稼ぐ必要がないのは有難い。限りある燃料は大事に使っていかなきゃならないし、民間からの徴発を行うにしてはこちらの人員は不足している。
「学徒動員ですか……いや、うちの学生の立場を考えれば本義的なそれとは違ってくるのでしょうが……教育者としては避けたい部分でもありますな」
そもそも私は美味しいご飯を食べるためにわざわざ岩手くんだりまできたのだ。
それがまさか『事案』を食べさせられ、ようやく帰ってきたと思えばこんな大騒ぎになっているなんて流石に酷すぎやしないだろうか?
いつもの様に十河の爺のブラック労働が原因ではない分憤りの矛先をどこに向けたら良いものか……
「であれば4、5年次の学生のみに限定するというのは? 彼らであれば実地研修が主で研究職種職員としての実務経験もある程度は積んでいるでしょうし……もちろん現場としては足手まといに感じるかも知れませんが……千人塚博士はどう思われますか?」
普段の行いに似つかわしくないことをするというのはよろしくないのだろうか? 少なくとも私や十河の爺はいつもと違うことをしようとするとこんな風にトラブルに巻き込まれることが多くなる傾向があるように思う。
だからと言って普段のブラック労働を許容する気なんてさらさらないわけで……うん、普段からホワイトな労働環境を整えてこなかった十河の爺が悪い!! この線で行こう!
「千人塚博士?」
「え……あ、すみません少し考え事をしてました」
蓬原主務に声をかけられて我に返る。そうだ、今は誰のせいだとか言ってる場合じゃない。すぐ本筋を無視して犯人探しの方に血道を上げてしまうのは日本人の悪習であろう。その辺りは日本人の大ベテランである私こそ厳に戒めねばならぬ部分だ。
「学生の動員については賛成です。現状実働人員が足りないのはもちろんですが何よりも考える頭が足りない。未知と向き合う上で優秀な脳はいくらあってもいいですから」
幸い話自体はちゃんと真面目に聴いていたので頭を会議の方に切り替える。
「みなさんの仰る通り実働人員としては現地実習経験のある者の中から任に耐えうる人員を選定して頂くとして、それ以外の学生にも情報を開示した上で意見を求めてみてはいかがでしょうか?」
「あまり広く情報を拡散させてしまうというのは……情報管理権限規定に触れてしまうのではないですか?」
「それに関しては緊急徴発の枠内でクリアできるはずです。幸い彼らは学生ですし、民間人の緊急徴発よりはかかる手間も少ないと思われます。こういった案件ではとにかく発想力こそ武器であることを思えば彼らの若い感性に期待したいのです」
勿論解決した後で多少理事会や人事監査部、情報本部からの調査は入るだろうし、必要に応じて当事者の記憶処理を含むそれなりの対応がとられることにはなるだろうがそれでもそこまで大事になりはしないだろう。
実際問題として一時的に一般の研究者やら超常外の大学の研究室と共同でことにあたることを念頭に定められている緊急徴発権である。
学徒動員と考えると私たち大人の不甲斐なさを突きつけられる情けない話ではあるし、蓬原主務達の嫌悪感も十分理解できる。ただ今回の案件は先にも述べたように破局的終末事態を招く類のものではないし、仮に対処不可能だったとしても被害は私達この領域内に取り残されたざっくり二万人弱程度にとどまるだろうから気楽に取り組めるOJTみたいなものだ。
成功すればいい経験だし、失敗したところで大した被害はない。
その辺りを大学校側のメンバーに説明したところ彼らもしっかり理解してくれたようだ。
方針が定まり、フィールドワークの準備をしてくれている双子ちゃん達のもとに戻ると喧嘩をしているような声が聞こえてきた。なんだよもう……
「だから! これだけの影響があるってことはどっからどう考えても継続的なエネルギーの供給があるってことだろ! それだったらその経路を観測するための機器をもっと持っていた方がいいんだって!」
「エネルギーの供給があることはわかるけどさ、それにしたって座標隔壁の内側にあるとは限らないじゃん! 有線も含めて通信も電力も途切れてるってことはどう考えても経路は外にあるんだから基底座標平面の影響を観測する方がいいに決まってんじゃん!! なんでわかんないかなぁ……!」
「影響の観測自体は別に意味ないとは言ってないけどさ、どんなタイプであってもそれだけじゃ対症療法にしかなんないだろって言ってんの! 博士が操作してそれがうまくいかなかったってことは本来の操作だとかが通用しなくなってるってことだろ! もっと根本の部分を深掘りしてかないとどうにもなんないだろ!」
「だから、融合炉もないのに座標隔壁の外側なんてどうやって観測するのかって話! 根本から断つにしたってそもそもここでできることなんてたかが知れてるでしょ!」
「そんなの波及影響から計算できるだろ! 真田博士の論文読んでないのかよ!」
「だから、それにしたって何年かかるんだって話でしょ!」
「あぁ、博士おかえりなさい」
この場でただ一人冷静に準備を進めている大嶋君が迎えてくれた。
「うん、ただいま……どうしたの、あの二人」
「なんか難しい話で兄弟喧嘩してるみたいですね、外国語はわからないので放っておきました」
「いや、日本語だよ……?」
「はっはっは、まさかぁ!」
本当に難しい話が始まると見ないふりするのは相変わらずだ。師匠の羽場主務からしてそうなので今更言ってもどうにもならないだろうが……
「ほら二人とも! 何をはしゃいでんのさ!」
「「あ、博士聞いてくださいよ」」
ともかく今は非常事態である。喧嘩している場合じゃないと思い二人に声をかけるとこれまた見事にハモっている。全く息ぴったりなんだから……
「大丈夫、聞いてたから……仕事熱心なのはいいことだし議論が白熱する楽しさは私も知ってるけどさぁ……外まで聞こえるような大声で『事案』の話をするのは感心しないよ?」
『機構』の施設でありさらには二人の母校である。その辺りも油断があるのは仕方のないことだとは思うが、職員全員が赤相当の情報管理権限を付与されている甲信研とは違うのだ。
厳正な情報管理がなされるべき『機構』職員としてこのような行いはあまり誉められたものではない。
「すみません……」
「頭に血が昇ってました……」
「まあそういうこともあるある、切り替えてこう。資材はとりあえずは平衡計と精神エネルギー測定装置と……あとはこの辺の受信機だけでいいかな?」
とはいえ二人とも元来は理知的で思慮深いタイプだ。議論が白熱してしまうのも研究職種としての熱意があるせいだろうしそこまで叱責するような話でもない。
「え……それだけで」
「いいんですか?」
「うん、環境下のエネルギー変容だとかは別働隊が観測してくれることになったからね、私達はもう一回『巨頭村』に戻って伝承だとかそういった部分の調査をするから身軽で構わないよ」
みんなに会議で決まった内容を伝え、それに合わせた形で資材を整え終えた頃にはもう日が落ちてしまっていた。
「しかし……今から行くんですか?」
「一応これだけの大騒ぎだからね、露見インシデントとしちゃかなり状況も悪いから早いとこ進めちゃった方がいいでしょ?」
「でしたらもう何人かDSの人手をもらえませんか? あの村の『事案』が友好的なのはわかっていますが特性もわからない以上不足の事態には備えておきたいんですが……」
大嶋君の懸念も尤もだろう。いくら遠野警戒小隊から借りた武器と弾薬があるとは言っても大嶋君一人では私達三人のお守りをするのはきついものがあるだろう。
相手は全面超常戦を想定した『兵器』なのだ。警戒しすぎるということもないだろう。
「ただなあ……遠野小隊は統制支援で出ちゃってるから……あ、そういえばここって訓練中隊いるよね?」
「いるにはいますが……訓練中隊ですよ?」
訓練中隊は富士と千歳に入校しているDS職種によって構成される中隊であり、遠野側からは研究室運用の科目の要員として、富士、千歳側からは研究室付業務錬成の一環としてこの遠野に屯する概ね一個中隊規模の部隊である。
あくまで教育の一環として臨時編成されている部隊であり実員指定も受けていないので正確にはDS職種調査員ですらないただの学生という身分である。
「千歳から来てる連中ならまだしも富士の新兵共が役に立つかと聞かれたら……」
「あれ……? でも富士分校舎の人達も自衛隊とかの経験があるんですよね」
「私達も一緒に実習したことありますけど、皆さんすごいちゃんとしてましたよ?」
「皆さんすごいマッチョでしたし」
「うん、マッチョだったね」
なるほど、マッチョなのか……
「まぁマッチョはいいとして、軍役の経験があるだけじゃなくて『機構』にスカウトされるだけの優秀な兵隊さんだったってことは間違い無いだろうから問題ないんじゃない? それに指揮官は千歳の学生さんがやってるんだしそこまで心配しなくても……」
幹部候補ではあるものの、『機構』からしてみれば新米が入る富士とは異なり千歳は『機構』で経験を積んだDS職種職員が入校する昔でいう陸軍大学みたいなものだ。
ここを出ているかどうかで主幹調査員に昇進するスピードが全然違うし、主務調査員以上に上ろうとすれば避けては通れない部分である。
「そうは言いますが……今まで超常に触れたことのない連中が大勢いるんですよ? いくら訓練されているとは言っても恐慌が起きたらどうしようもないのでは?」
「ああ……そういうことか……」
その部分に関しては私も旧軍時代に嫌というほど見てきた。
常識や価値観を真っ向からぶち壊してくるような、現実に唾する類の存在が『事案』である。訓練された優秀な兵士であればあるほど確固たる信念をもっているものだが、中途半端なそれはいざとなれば恐慌を助長する劇薬にもなりかねない。
事実東南アジアにいた頃は訓練と選抜を経た優秀な軍人がパニックに陥って壊走する姿を何度も見てきたものだ。
普段であれば少数の新人を多数の超常があることを含めて己を定義できるベテランの中に置いて彼らの心を練り上げていくが、あいにく今回はそんな余裕はない。
実際に彼らを用いるとなれば数少ないベテラン達に相当の負担がかかってしまうだろう。
「わかった。それじゃあ千歳の子達を多めにもらって富士の子達は大嶋君に選抜してもらうってのは?」
「それならば……まあ……」
とはいえ人数の不足は如何ともし難いものがある。多少のリスクはあっても彼らにきてもらわねば堂々巡りになってしまうだろう。
ベテランとしては辛い部分だし、大嶋君も同じ気持ちなのはわかるが……ここは若者に頑張りと献身を強いるほかないのだろう。
長野県大町市 環境科学研究機構 甲信研究所 所長室
「いやぁ……静かだねぇ……素晴らしいねぇ……」
紙媒体であればこの部屋を埋め尽くしていただろうほどの書類に向き合いながら甲信研究所所長の守矢久作主務研究員は満面の笑みを浮かべていた。
その理由は千人塚研究室の後備研究室指定である。
甲信研、どころか全国の主要研究所においてすら最大規模の案件対応量を誇っていたかの研究室の業務量が減るということはそのまま彼の行わねばならぬ決済量が減ることを意味している。
これも研究所内での案件の分担ではなく十部全体での分担を行っているがためであり、所管理事である十河理事には感謝してもし切れないと彼は思っている。
「私としては所長の方からあまり独り言以外の音が聞こえないのが不安で仕方ないのですが……」
呆れ顔の羽場主務調査員が言う。キーボードを叩く音もペンを走らせる音も、判を突く音も非常に散発的である。
暇になったとはいえ、現状として超過勤務の真っ只中であり泣きつかれて手伝っている彼としては黙ってとっとと仕事を片付けてほしいと言うのが正直なところである。
「だ、大丈夫だって! ちゃんとやってるから!」
「まったく……こんなことならとっとと帰るべきでした……」
「わー! ごめん急ぐ! 超急ぐから!!」
とはいえ、と羽場主務は思う。
平素であればこれ以上に忙しく、赤須博士や飯島博士の研究室に助けてもらってやっと回せていた所長室業務をそこまで事務処理能力の高くないこの二人で回せているあたり本当に平和になったものだと
今日の超過勤務さえ残務量から勘案して所長室のスタッフを定時退勤させたものによるものであって、急ぎの決済を所長が見落としてさえいなければ二人も今頃は家路についていたほどである。
「はぁ……まあ急いでミスがあっては元も子もありません。コーヒーでも入れてきますからゆっくりやりましょう」
「うう……面目ない……」
「なに、新兵の頃に戻った気分です。たまにであればこう言うのも悪くありませんよ」
二人は羽場主務の初の研究室付の頃からの付き合いである。
所長のポカミスをどうにか誤魔化すのは最早恒例行事と言ってもいい。
ひとたび現場に出れば英雄とすら讃えられる二人のベテラン、しかし机に向かえば時代遅れのロートル二人の穏やかで長い夜は始まったばかりである。




