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寒村 4

岩手県遠野市 未踏地域 仮称巨頭村


おそらく十中八九これがなんらかの事案性影響を発しているのだろう。

やり口としてはありがちだし、何より見た目が特徴的だ。

それはこの村において唯一の信仰を向けられる祠である。


「この事案性影響が外部からの影響を遮断する機能を有していることを考えたら原因になる『事案』は村の中にあるのはまず間違いない。加えて内部の製品がその支配を脱しないようにするにはそれがあくまで不可触の神聖なものだって思わせとくのが手っ取り早いんだよね」


信仰の発生と神格の発生には意外なことに一切の関連性がない。

神という存在がこの世に生まれ出でる以前から信仰というものは存在していたし、その中で神やそれに類する価値観も仮定されていた。

収斂による影響こそ多少は存在していたのかもしれないが、それでも当時から絶対的な力、主に自然現象やらに対する信仰やそれらに対する人格の仮定はなされていたのだ。

それ故に当時の人類も信仰というものの力は知っていたし、人工的にそれを作ることで他者を支配するという手法の開発は神々との戦いの時代には既に成し遂げられていた。


「じゃあ早く調査しましょう!」


「なんなら大島さんの手榴弾で破壊しても!」


「はいはい、焦んないの!」


原因になっているであろうものは見つけた。

ただそれは先に述べたように信仰の対象である。それも一万年以上にわたって祀られてきた類のものであることを思えば、不用意に触れることは現地住民との不必要な衝突を生みかねない。

一応彼らに対しては人類の側に立つ高位のシャーマンであると名乗ってはいるが、それでも祠の内部の調査については村の中で話し合いたいとお預けを食らっている状態である。

現状として、大嶋くんが事案性影響の範囲を測りに行ってくれてはいるものの、それぐらいしか進められる調査もなく、わたしたちには祠の前であほづらぶら下げてぼーっとしているより他ないのだ。

暇だと余計に不安になることはよくわかっているが、どうしようも無いので仕方なかろう。

若さゆえの先走った考えこそしているものの、決定権がこちらにある以上軽はずみな行動に出るタイプではない双子ちゃんである。

可哀想だがもう少し不安な時間を過ごしてもらうことになるだろう。


「あれ……?」


「博士」


双子ちゃんが指差す方を向くと村民が一人立っていた。

どうやら議論には今しばらく時間がかかるということで、その間私達をもてなしたいとの事だ。

仲間が戻り次第伺う旨を伝えると、その村民は去っていった。


「ってことだから大嶋くんが戻ったら行こう! もうお腹ぺこぺこだしね!」


「え”……」


「本気ですか……?」


「大丈夫だって! 毒味はするから!」



というわけで彼らの村の中でも一際大きな家に案内されたわけだ。

掘立式の住居だが、今までに見たことのない類の建築様式である。


「流石に一万年もあれば独自の文化も生まれるか……結構な大発見だよ」


「なんでそんなに落ち着いてるんです?!」


「そうですよ! のんびりしてる場合じゃないんじゃ」


「まぁまぁ、焦ったところでどうなるわけでもありませんし彼らにも敵意はなさそうなので良いじゃないですか」


大嶋くんと双子ちゃん、対照的な反応ではあるが別に大嶋くんも油断しているわけではない。

周囲をしっかり警戒してくれているしいつでも不測の事態に対応できる姿勢をとっているのはさすがという他ない。

おそらく自衛官時代にイラク派遣を経験している強みだろう。こういった場での現地部族との付き合い方はしっかり心得ているようだ。

友好的であれ理知的であれ、一万年にわたって隔離されてきた者達である。

こちらのどのような行動が彼らの逆鱗に触れるかわからない以上、このような申し出は受け入れるより他ないのだ。

武器の面でも訓練の面でも大嶋くんが村民達に劣るとは思えないが、彼らの事案的特性がどのようなものであるかは未だわからないのである。

私達の安全を確保するために最善の方法は彼らと友好的な関係を維持することだろう。


「わかりました……」


「そういうことなら……」


説明をしたら双子ちゃんも納得してくれたようだ。

そもそもが日本国内は文化を異にする部族とのやりとりというのが非常に少ない。

帝国時代であればそういう機会もある程度あったが『機構』が出来て以降はそのような話も聞かなくなっている。

それを思えば双子ちゃんのOJTとしてこの場は実にピッタリだと思うし、将来的に類似の事態に関する国際プロジェクトが立ち上がった際に『機構』内でも珍しい経験者として活躍ができるかもしれない。

十部の研究者である以上は他人の持っていない経験や知識というのはそれだけで大きな武器になるものだ。


「それじゃ、せっかくのご馳走だし頂こうか?」


彼らの作法について不勉強であることは伝えてあるし、守るべきルールがあるのなら教えてほしいとも伝えたところ、好きなようにどうぞと言ってくれたのでできるだけ上品にいただくことにしよう。

基本的には果実や野生肉、昆虫の類のようだ。植物の新芽を加工したようなものもあるが、見慣れない見た目だ。


「ん……意外と美味しいね」


メインディッシュらしき蒸し焼きの肉を食べる。

塩味は薄いが非常に柔らかで爽やかな味がする。閉鎖された領域内であることを思えば塩を得るのは難しいだろうから仕方がないだろう。その代わり数種類の植物を用いたのであろう味付けは実に独特で美味しい。しっかりアク抜きされたドングリが砕いて塗されているのが良いアクセントになっている。


「それ……なんの肉なんです?」


「さぁ? でもやらこくて美味しいよ? 食べてみ?」


修くんも恐る恐る肉を口に運ぶ。数度咀嚼し、表情が華やいだ。


「でも不思議ですね……これだけ狭い範囲しか無いのに動物の肉が手に入るというのも」


大嶋くんも舌鼓を打ちながら言う。なにやらボディーランゲージで村民たちと盛り上がっているのだから恐ろしい子である。


「そうだね、半径2キロだっけ……この範囲内で大型の生物が自給自足できるってのも妙な話だよ」


気になったので村民に尋ねてみると人間以外の野生動物は比較的頻繁にこの領域に侵入してくるのだという。

どうやら農耕技術はかなり未熟なようだが、肉食を主体としている食生活ゆえか彼らの体格はかなり立派だ。


「博士……」


「どうしたの? 食べないの?」


何故か梓ちゃんだけ青い顔をしている。具合でも悪いんだろうか?


「その……骨を見てみてください」


言われてもう半分くらいになった肉を見てみるとどうやらなんらかの獣を丸々蒸しているらしく骨が見え始めていた。


「あ……あー……なるほどね」


それは人間の骨だ。

厳密には通常の進化を経たホモ・サピエンスのものでは無いだろう。おそらく彼らの……それも乳幼児のものであろう。


「みんな、吐いちゃダメだよ」


おそらくこれは最上級のもてなしの形だ。そういった風習を持つ民族は多いし、食糧の供給が乏しいこの村の懐事情を考えた時にその風習が生まれることに違和感はない。

『事案』を食べることでどのような悪影響が生じるかわからないので帰ったら精密検査を受けた方が良さそうだ。

可哀想に、修くんは顔を真っ青にしてそれでも笑顔で食事を続けている。


「流石に危ないからそれはあんまり食べない方がいいかもね……私がどうにかするからみんなは他の食べな」


こう言う時私の身体は便利だ。

どうにかこうにか出された食事を平らげて村民に丁寧に礼をいう。

彼らの反応を見る限り許容できない不手際はなかったようで一安心だ。

その後しばらく村民と歓談し、習俗やら信仰やらについて教えてもらっていると、他の村民達より立派な服を着た一団がやってきた。

恐らくこの村において枢要な地位にある者たちだ。

であれば祠の調査についての決定が下ったと言うことなのだろう。

彼らの内の一人が進み出でて言うところによれば、私の来訪は古くから言い伝えられていたそうだ。

自分達とは姿の異なる人間が神聖なる戦いに優れた戦士である自分達を誘う為に迎えに来ると……

そしてそのものが祠に行き、外の世界への道を示してくれるのだと

恐らくそれは私のことを示しているのではない。彼らを、この場所を作った何者かが彼らを神々との戦いに投入するために回収に来るから、それに素直に従う様に作られた言い伝えであろう。

しかし、せっかく誤解してくれているのだから態々正すような必要もない。彼らには気の毒だが彼らの存在理由は遥か大昔に既に消え去っているのだ。



祠の中に入ると巨大な石が祀られていた。よほど大事にされていたのか劣化が少なくて非常に助かる。

表面に刻まれた古代文字は偽書として事実上の秘匿状態に置かれている神代文字よりも遥かに古いものであり、現代まで残っている種々の文字とは起源からして完全に異なる完全に人類由来のものである。

そもそも収束によって多種の言語に置換されるか、そもそも存在自体が消えてなくなっているような代物であることを思えば、この領域を覆う事案生影響がどれほど強大なものなのかわかると言うものだ。


「これって『みしゃぐじ様』ですか……?」


「いんや、仮にそうだったとしたらこんな風に脱出方法を探ろうなんて思ってないはずだよ?」


「確かに……少なくとも感じるレベルでの精神汚染はなさそうです」


「私の推測が正しければこれはもっと古い時代のやつだね、ただ技術の種類としては同じような系譜だろうけど」


『みしゃぐじ様』自体、どの様な技術体系の中でどうやって生み出されたのかは未だに謎な部分が多い。

一応アーカイブ0027『学校の怪談』で使用したものに関しては茅野博士が継続して研究を行っているものの、それも捗っているとは言い難い状況らしい。まあそこも含めて本人は非常に楽しそうだが……


「「解除は……」」


「うん、多分できると思う。この本体に彫ってある文字、ざっくりだけど使い方が書いてあるみたい。ちょっと待っててね……」


なにぶん古い文字だ。

おまけに私の知っているものとは微妙に違う部分も多い。地域差程度のものではあるだろうが使い方を間違えれば何が起きるかわからないような代物であることを思えば慎重にいくべきだろう。

しばらく調べてようやくある程度理解した。音声での操作である点は『みしゃぐじ様』と同じだが、操作方法や機能はこちらの方がいくらか単純である。うん、いける!!


「よし、〇〇、○〇〇〇〇、〇〇〇〇」


これでいい……はずだ。


「それじゃあ試してみよう!」



岩手県 遠野市


村を覆う境界は無くなっていた。初めて使う機械をうまく扱えるなんて私もそろそろコンピューターお婆ちゃんを名乗ってもいいかも知れない!

この試験の成功を喜んでくれた村民たちだが、流石にそのまま彼らを連れて人里に行くわけにはいかないので暫くはお留守番である。

まずは大学校にある支部の出張所に行って事情を説明して周辺の封鎖をお願いしなくてはだ。

本来なら電話で済ませたいところではあるのだが、思い掛けない通信途絶だったせいか、私達の空携帯は未だ不通のままである再起動をしても変わらないので一度技術課に診てもらった方がいいだろう。なんかしらの事案性影響によるものならすぐ新品に交換してくれるだろうし……


「あー、また渋滞ですね……」


「こんな田舎なのに……」


「お祭りでもやってるんでしょうか?」


「お祭りかぁ……この後早めに終わったら覗いてみても楽しいかもね」


そんな風に呑気に話しながら漸く大学校に辿り着いた。

渋滞は多いはカーナビも使えないわで行きよりもかなり時間がかかってしまった。


「ごめんくださーい!」


出張所に入るとそこには誰もいない。おかしいな……みんな早上がりだろうか? 電気も消えてるみたいだし……


「留守でしょうか?」


「かなぁ……学校の方に行ってみよっか?」


最悪通信さえ出来ればいいのだ。どうせ支部の人員は盛岡から来ることになるんだし別にいいだろう。


「止まれ!! 誰か!!」


そう思って校内に入るといきなり武装した調査員に誰何された。学校のセキュリティ硬くない? というか外から見える場所なんだけど……


「甲信研千人塚由紀恵主幹研究員、ほか3名」


とはいえかなり殺気立っているので素直に従っておくべきだろう。


「IDを確認します」


「はい、どうぞ」


私からIDを受け取った彼らは目視確認だけで返してきた。これまた妙だ。警備なら情報端末を携行しているはずだし、それを通して本部と照会するはずなのだが……

恐らく同じ懸念を持ったのだろう大嶋くんが殺気立つ。


「すみませんが校長のところまで一緒に来ていただけますか?」


「待て!」


移動を促した調査員と私の間に大嶋くんが割って入る。


「君らの所属と階級は?」


「遠野警戒小隊の松崎一等主査です」


「同じく綾織二等主査です」


「なぜIDの照会をしない? それにこの警備はなんだ?」


偽物であることを警戒しているのだろう。だとすればここはすでに敵対勢力の制圧下にあると言うことになる。

二人の調査員は顔を見合わせる。


「IDを出せ」


大嶋くんに命じられた二人は恐る恐るといった体でこちらを見る。あ、そっか


「彼はうちの大嶋主幹調査員だよ」


大嶋くん名乗ってないもんなぁ……見た目も迫力あるから若い調査員的にはめちゃ怖いだろう。

私が紹介したので安心したのか大嶋くんにIDを手渡す二人


「本物みたいですね……大丈夫だとは思いますが一応警戒しておきましょう」


「うん。それでどうなってるの?」


「それが……」


私の問いに答えたのは松崎調査員だ。


「少し前に外部電力と通信が完全に途絶して……規定通りに増強警備と周辺偵察を行っている状態です」


「だから端末を使わなかった……いや、使えなかったのか……」


なんだか嫌な予感がする……


「博士……」


「これってもしかして……」


「ぽいかもしんないね……とりあえず蓬原さんとこ行こう! 話はそれからだ!」


一難去ってまた一難、それも後者は……やっちゃったかどうかはわからないが……さてどうなることやら……

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