寒村 3
神と人との出会い
それがどのようなものであったのかは地域によって様々だ。
恩恵を与えて信仰を得る真っ当で穏やかなものもあれば、その圧倒的な力をもって支配を目論んだ物騒なものまで、言ってしまえばこの世界に存在した信仰の数だけの出会いがあった。
自然との調和、万物に神が宿り時に人々を導き時に不可避の大災害を齎す大地に根ざした神々を持つこの国での人間と神々の出会いは完全に後者だ。
大収束に伴う天変地異や未完結な世界に起因する過去に体験し得なかった超常の数々を伴い訪れた神々はさも当然のようにこの島の王として君臨しようとした。
その当時存在したのは村に毛が生えた程度の小規模な人類のコミュニティ程度であり、数の利を活かした戦いなど臨むべくもない。
それでも当時の人類は神々に戦いを挑んだ。
その理由は様々である。
ある者は権力を手放したくないと、ある者は神々の求める人身供犠を受け入れ難いと……文化や政治に関する様々な理由付けが行われ、業界の考古学者達も様々な学説を発表しているが、当時を知る身としてはあくまでそれらは表面的な理由に過ぎなかったように思う。
もちろんその感覚は何か根拠があるものではないし、超常が今より身近であった時代における感覚などというものがいかにあてにならないものだったかは重々承知してはいる。
それでも当時感じたあの感覚は信念や想いなどのように浮ついたものではなかったと思う。
ありうべからざる異物に対する本能的な忌避感
この世界に存在しなかった現実を上回る現実性を持った存在を、現実の構成要素として本能的に認めることができなかったことに端を発していたように思う。
当時は近代的な兵器どころか鉄器すらないような有様であった。
そんな状態で普通の人類が個々が超常を成しうる神々に挑んだところで戦いにもならない。
そう思われがちではあるが、現実にはその戦いは拮抗した。
既にこの世界の一部となっていた非現実と精神エネルギーを用いる技術は、その当時の支配階級の中にしっかりと根付いていたし、それらを扱う手法については現代以上に進歩的でもあったからだ。
また、大収束の直後であったことが人類側には有利に働いた。
安定と均衡が崩れ、飽和した超常エネルギーがこの宇宙を覆っている状況下において自然発生的な超常的変異は頻繁に発生していたし、当時の人類の中には人為的にそれらを発生させる技術を持ったコミュニティも存在していたのだ。
地域単位で繰り広げられたものとはいえ、不安定な世界における全面超常戦は未だに多くの傷跡と未解明の『事案』をこの世界に残し続けている。
岩手県遠野市 未踏地域 仮称巨頭村
当地に伝わる伝承と私の知識を組み合わせて考えればこの村『巨頭オ』として知られるこの村の正体というのも見当がつくというものだ。
即ち太古の超常戦における『事案』牧場の生き残りである。
あの頃の私たちはいち早く神格性事案の側についたため詳しいことはわからないが、このような場所についてはいくつか見覚えもある。
「えっと……じゃああの『事案』達は」
「神様連中とやりあうために品種改良された人間ってところだろうね」
事案生実体達との話を終えて車に戻った私はみんなにざっくりと状況を説明した。
彼らの鳴き声と思われていたものはかなり昔の言葉だ。それこそ『みしゃくじ様』の祝詞クラスに古いものであり、世界線の収斂の作用によってもはや伝え得なくなっている筈のものである。
地域差によってなかなかに難儀はしたが私の覚えている言葉と彼らの言葉は多くの語彙を共有する言語であるらしくどうにか意思疎通を図ることができたわけだ。
「それならこの領域を抜け出す方法も……」
「残念だけど彼らにもわからないっぽいね……そもそも彼らは人類としてじゃなく単なる兵器として『生産』された立場だろうからね、この領域はそういう製品が脱走しないように作られたものだと思うから当然っちゃ当然だろうけどさ」
双子ちゃん達がしゅんとする。
気持ちは分かるし大嶋くんの様に難しい話が始まった途端に外に立哨しに行くと言えない立場である。
研究職種の仕事はこういった事態の解決と解明なのだ。専門外もいいとこだろうが頑張ってもらうより他ないだろう。
「幸いなことに彼らは比較的穏やかだし友好的、おまけに知能レベルはかなりのものっぽいからね……そこに私たちが加われば状況を打開する方法の一つも浮かぶとは思うんだけど」
そう普段であれば、だ。
もちろん『機構』職員たるもの、不意の遭遇における事案対処の現場においても冷静であることが要求される。
ただ、要求されたからといってそれを確実に満たせるのかといえばそういうわけでもない。そもそも要求が全て叶うような世界であれば今頃私は双子ちゃんオススメの美味しい山の幸を食べていた筈だし、少なくとも空調の効いた清潔な研究室のソファでゴロゴロしている筈である。
特にこればかりは訓練でどうこうできる類の話でもない。特に自由な発想力が必要な研究職種であれば尚のことだ。
普段と比べて冷静な判断力を欠いた状態の双子ちゃんに『天才安曇兄妹』としての実力を遺憾無く発揮してもらうのは少々厳しいだろう。
思えばがっさんが来たばかりの頃はうちの研究室もかなり暇な方だったのでそういった部分も含めて丁寧なOJTを施すことができたのだが、双子ちゃん達は来て早々激務の中に放り込まざるを得なかったのだから、この状況の責は私にあると考えるべきだろう。
もちろん一番悪いのは十河の爺であることは言うまでもない。部下の育成の時間ぐらい取らせろってんだまったく!!
経験が必要な状況だが、経験を積むにはこの状況を打開する必要がある。
……堂々巡りもいいとこだ。もういい! めんどくせえ!!
「よし……予定変更! 会議はおしまい! 彼らの村を調査しに行こう!」
幸いなことに経験以外の能力面では二人は既に一線級だ。
であればこの場の状況、これ自体を使って慣れてもらうことにしよう。
実地でのOJTこそが経験を積むための最善の方法だ!
「博士って時々とんでもなく無鉄砲ですよね……」
村落の中を案内してもらっていると修くんがそんなことを言ってきた。はて、とんと思い当たる節が無い。
「普通こういう時って第一に外部との連絡を取ることに注力するべきなんじゃ……」
梓ちゃんもそれに同調する。
確かに常に上部指揮系統との連絡を確保するのはこの仕事をする上では非常に重要なことだ。
そもそも一人二人、ともすれば研究室で考えてみたところでそこに所属する人間の知識、技能、経験と言ったものはたかが知れてるし私達の上には『機構』というこの国の超常における人類の集合知の結晶とも呼ぶべき組織が控えているのだ。
三人寄れば文殊の知恵とはいうものの、その基準に照らせばこと超常に関する限りは文殊菩薩ですら知恵が足りない。
それ故に今回のような異常事態においては全国各地の専門家の知恵を結集して対応する必要があり、その辺りは仕事上の基本ルールの一つである臨場研究行動規範にもしっかり明記されている。
「そうは言ってもねぇ……この状況で原因の究明を後回しにして通信の復旧だけ出来るとは思えなくない?」
「それは……」
「そうですけど……」
もちろんルールを守るのは大事だ。
特に『機構』におけるそれらは虚飾を省き、ただ業務の遂行と職員の安全を守ることに特化したものであり、それこそ歴代の超常管理機関で得た知見や日々更新される業界の常識に合わせて日々進歩している。
そんな感じでとんでもなく洗練されているので基本的にはその通りに行動すべきだと思うし、手がかりがない時に徒手空拳で調べ物をする際の道標にもなってくれる。
だが、所詮は過去の膨大なケーススタディからまとめられたものであり、未知が当たり前のこの仕事ではそこにこだわり過ぎるのもあまり褒められたものでも無いのだ。
「それじゃ、双子ちゃん! 現状考えられるこの空間異常の正体は?」
「正体……ですか?」
「それが分かれば苦労はないんじゃ……」
「ざっくりこうなんじゃないかな? で構わないよ。こういう時は想像力を働かせるのは大事だからね」
「うーん……少なくとも神格性事案の介在はないような気がします」
少し考えて修くんが答える。
「その心は?」
「領域に対して環境光が偏向せずに入ってきている様なので……+不平衡の強い環境下だったらこうはならないかなって」
「さすがは物部博士んとこ出身だね。うん、良い着眼だ!」
「そういうことなら-不平衡も精神エネルギーもなさそうですよね……気温も変わらないから-でない事は明らかですし、精神エネルギーでこれだけのことをやろうとしたらそもそも私達が生きてるはずないですから」
「いいね! 流石!!」
この地球上に存在する『事案』のおよそ96%程度が三大超常エネルギーに関連すると言われているがそれ以外の雑多な『事案』も存在している。
ざっくり4%とはいえ母数がとんでもないのだからこの仕事をしていればたまには出くわすこともある程度のものだ。
「「……それ、最悪じゃないですか!!」」
ただ、めずらしくないからといってちょろいかと言えば全くそんな事はない。
なんなら現実に対して強烈な改変作用をもたらす三大超常エネルギーと比較して個々は小さい超常科学的作用が複雑に絡み合っていることが多いので機序の解明に必要な労力はこちらの方が格段に大きいほどである。
簡単に言ってしまえばとんでもなく面倒臭いのだ。少なくとも一切装備がない状態で挑むような代物では絶対にないと言っていい。
「一応私の知ってる時代の技術だから完全に未知ってわけじゃないけどね……ただ昔は今みたいに情報の共有ができてたわけじゃないから、それこそ隣村レベルでもわかんないことの方が多かったりしたくらいだし」
「博士ってその時代……」
「九州にいたんですよね?」
「うん、正直当時の東北なんて宇宙より遠かったよ」
「「ええ……」」
真面目な双子ちゃんを揶揄うのは楽しいが、伝えた情報は真実だ。
それでなくても早々に神々の側に降ることで天地の戦いまでの長い間安全を確保した身である。
九州地方での人々の成した超常を読み解き戦いに関わってはいたが、双子ちゃんに言った通り当時の九州と東北では宇宙とまで行かなくても交流のない北半球と南半球の少数民族もかくやというほどに隔絶されていたのではてさてどうなるものか……
「ああ……せめて平泉あたりまで出られれば……」
「アーカイブにアクセスできないだけでこんなに心細いなんて思わなかったです……」
「まあ古代の遺物相手だとそうだよね」
人と神、神と神、人と人……
長い戦いの歴史があるこの国において超常の体系は幾度となく途絶え、また新たに生まれ出でていることを思えば頭の中にある知識だけでそれらをどうこうしようというのはあまりにもナンセンスだ。
通常であれば通信網を通じて平泉にある藤原文庫通称『アーカイブ』から類似の『事案』に関する情報を取り寄せて手がかりにするのが常であるし、コネさえあれば当時を知る神格生事案に知識を求めたりちょうて……皇室の資料を見せてもらうこともできる。
今回であれば諏訪や出雲、なんなら三國理事あたりの助けを得られれば割とすぐに片付きそうな気もする。なんせ当時人類と戦っていた神々の直系である。パパママからなんか聞いてる可能性が非常に高い。
「こういう手がかりがなんもない時ってどうすれば良いんでしょう?」
「やっぱり原因究明よりも通信の復旧を急いだ方が良いんじゃ……?」
「また堂々巡りなことを……こういう時に大事なのは基本に立ち返ることだよ?」
「基本……」
「ですか?」
「そう、小学校とかでやるんでしょ? この時の作者の気持ちを述べよって」
長野県大町市 信濃大町駅前 居酒屋『睡の華』
「はぁ……たまらん!! やっぱりみんな働いてる平日の昼間に飲む酒が一番美味しい!! 親父さーん! こっち生追加ね!!」
信濃大町駅近くのささやかな飲食店街の一角、小さな居酒屋である『睡の華』はまだ昼過ぎだというのに似つかわしくない賑わいを見せていた。
常連の団体客が店を貸切にして宴会をしているからだ。
「藤森さん……飛ばしてますねぇ……」
「……いや、静代さんも大概なんじゃ……」
川島調査員は佐伯静代の前に並んだ無数の空になった徳利を見ながらいう。
「あはは、やっぱり運動した後はお酒が美味しくって……川島さんは今日は控えめですね?」
「流石に昼間っからへべれけで帰ったら奥さんに怒られますんで」
「ああ、なるほど……」
川島調査員の妻は支部の技術課職員である。
平日に酔っ払って帰るのはもちろんだが、そもそも激務で知られる支部職員にそんな姿を見せるというのは夫婦仲に甚大な亀裂を入れかねないというのは現代の常識に疎い彼女といえども理解できる。
「なぁに言ってんですか! 今日は帰しませんよ!!」
「あーもう! 酔っ払うの早過ぎだろ! 絡むな絡むな!!」
「あーあー、藤森さん暴れないでくださいよ! 溢れてる溢れてる!!」
雑巾を持って宮田調査員が駆け寄ってくる。
彼は彼で既に半裸である。
「なんていうか……飲み方が個性的ですよね、うちの人達……」
「あ、えっと……あんまり、その……綺麗じゃないというか……」
それを眺める小県調査員が側の片切管理員にいう。
「いや……そこまでは……うん、そこまでですね。飲み方が汚い!!」
千人塚研究室付き調査員の飲み方の汚さは最早甲信研の伝統であり、各所で有名である。
「もし……その、えっと……いやだったら……言えば帰る事はできると……」
「ありがとうございます。でもなんか意外といやじゃないんですよね」
「あ、それ……その、えっと……なんかわかります……」
側から見れば山賊の酒盛りもかくやという風情ではあるが、中に入ってみると妙な居心地の良さがある。
完全自由参加であり、責任者である千人塚博士の性格上同調圧力のようなものもほぼない風土にあって異常なほどに高い参加率を誇る理由でもあるだろう。
かくいう片切管理員もそんな空気に魅せられた一人である。
訓練に補助要員として参加したとはいえ、元来こういった場を好むタイプではなくおまけに下戸だ。
「静代さーん! ダメですよそんな日本酒!! 親父さーん! 横笛! 横笛持ってきてー!」
「横……笛……?」
「出たよ藤森の南信州原理主義過激派……」
「確か諏訪の酒だったと思いますけど……」
「あ、良いですね! 飲んだ事ないんで」
「えっ……ダメですよ!! 人生の十割損してますよ!! 親父さーん急いで! 静代さんが危ない!!」
「良いですね、こういうの」
「は、はい。その……楽しいです」




