寒村 2
岩手県遠野市
環境科学研究機構 環境科学大学校 遠野分校舎
「博士!! お疲れ様でした!」
「お水です! どうぞ!」
拍手に送られて引っ込むといつになくテンションの高い双子ちゃんが出迎えてくれた。
「あ……ありがとう」
手渡してくれたペットボトルの水は冷たくて美味しいが、しかし東北まできて南アルプスの、と言うのも何だか妙な気分である。
どうせなら奥羽山脈の天然水とか売っていないんだろうか? まあ水の味の違いなんてわからないので何でも構わないのだが……
「素晴らしいお話でした!」
「今の在校生が羨ましいです! こんな貴重なお話を聞けるなんて」
「やめてよ痒いなぁ……」
手前味噌全開で言えば私はこの業界では世界でも指折りの研究者であることにまず間違いはない。
その立場から考えれば双子ちゃんの言葉にもある程度納得はできるものの、所詮は心意気の話をしただけでありそう言う演説じみた分野において言えば私たちの様な研究者は適任とは言い難いことも十分理解している。
そんな私の話などでここまでテンション上げていただけると言うのはいいお客さんという以上にちょっと心配になってくる。本物の扇動家やスパイ、要するに全般職種のような人々の手にかかったら一瞬で手球に取られてしまうのでは無いだろうか?
情報本部主催の研修とか集合教育とか受けさせた方がいいかもしれないなぁ……今度佳澄さん辺りに相談してみるか
「あれ? 大嶋君は?」
「いや……それが……」
「顔洗ってくるって……」
「ああ、なるほどね」
本来の予定は1時間程度だったが興が乗って結構長引いてしまったからなぁ……
「ホント信じられないですよ!」
「あんなにいい話だったのに!」
「いやいや座って他人の演説聞くなんて普通は寝るからね? それでなくても訓練明けについてきてくれたんだから」
この期間中うちの研究室付のDSの皆はかなり激しい訓練の予定がしっかり入っている。
もちろん指揮官である大嶋君は各種訓練の計画立案から実施に至るまで全てをこなしているのだ。
「「それはそうですけど……」」
価値観の押し付けは良くないし、そもそも大嶋君達DSの皆は確固たる己を持った堅牢な戦士である。
研究室で普段のほんわかした姿ばかり見ているとその辺りは理解しにくいのだろうが……だとするとKSSOFあたりの訓練に参加させてみるのもいいかもしれない。うん、若いうちしかできないことだろうし!
「そんなことより! 一番重要な仕事が残ってるでしょ?」
「一番重要な……」
「仕事……ですか?」
「忘れないでよ……! 山菜そばに川魚! ジビエ! それがあるから来たんでしょ!」
今回の旅行の目的である。かつて双子ちゃんが見つけた隠れ家的な名店だ。
小さな村にあったそうだが、なんと温泉旅館とかもあるらしいのでこれはいかなきゃバチが当たるだろう。
ここには長野支部のヘリで来たが、帰りはそんな豪華な送迎をお断りしてある。
何てったって東北なのだ。山の恵みは甲信越にも引けを取らないだろうからそれだけの価値は間違いなくあるだろう。ああもう今から楽しみだ。
「本当に食べ物と温泉の事になると……」
「いや、多分これが本物の天才のらしさなんじゃ……」
双子ちゃんとお喋りに興じていると、ようやく大嶋君が帰ってきた。うん、目が赤い!
「博士、お疲れ様です。素晴らしいお話でした。いやぁ感動しましたよ!」
岩手県遠野市
岩手県は広い上にど田舎、おまけに山やら森やらも非常に多いので支部の車も長野支部同様クロカンやらの比率が非常に高い。
もちろん他県の支部のように覆面仕様のクラウンだとかも揃っているが、今回は案件で来ているわけではないし空いている車で四人乗れれば何でも良いとは言ったがまさか現行型のランクルが用意されているとは思わなかった。
これだけデカい上に走行距離もまだ一万キロ行ってない新車同然の車だ。流石に私が運転すると返す時に岩手支部の職員が悲しい気持ちになってしまいそうなので、運転は大嶋君に丸投げするほかない。疲れているだろうに申し訳ない……
「やっぱり自然が多いと走っていても気持ちがいいですね!」
大嶋君はがっさんほどでは無いにしても車好きであり、運転も楽しめるタイプなのがせめてもの救いであろう。
帰りの新幹線はグランクラス奢ってあげるからね……
「いや……自然って事なら長野県もどっこいどっこいのクソ田舎じゃないですか」
「修、それ藤森さんの前で言ったら怒られるよ?」
「いやいや、流石の藤森でもそれは……いや、そうでもないか?」
「県って辺りが問題を難しくしてるね、市って言っとけば逆に褒められそうではあるけども」
そういうわけでみんなで楽しくドライブ中である。目的地は自転車で行ける程度の距離らしいが、一般車両通行禁止の林道やらがあるので車では多少の迂回が必要だ。
その辺りも含めて双子ちゃんの常人離れした記憶力があるのでまあ問題にはならないだろう。
お腹が空きすぎて一刻も早く到着したいところではあるが、安全第一が基本だ。
「それにしても二人とも学校行ってたのって10歳とかの頃でしょ? よくそんな渋いお店見つけたね」
「いやぁ……あの頃は頭の中the小学生だったんで……」
「山とか川とか虫取りとかではしゃぎ回ってたら偶然たどり着いた感じです」
「お店も迷子になった先で途方に暮れてたら店主さんが助けてくれて」
「迎えが来るまでご飯食べてなってご馳走してくれた感じなんです」
なるほど、人情噺だ。
それと同時に二人が年相応の楽しみを得られていたのもかなり意外だった。
環境科学大学校は基本的に他の学位取得が可能な大学校よりも在校生の平均年齢が高い。そんな中に放り込まれた二人である。大人であることを強いられる辛い日々だったのかと思っていたがそういうわけでもなかったらしい。
まあ仲の良い二人である。価値観の共有は身内で自己完結できていたという事だろうか?
「あ! そろそろですよ!」
「あの看板の先です!」
双子ちゃんが指差す方を見てみるとかなりボロボロの看板があった。
「こず……村でいいのかな?」
だいぶボロボロで文字の判別が難しい。
「あれ……? 前来た時は」
「お食事処この先12kmってなってたと思うんですけど……」
「看板新しくしたんじゃないですか? もう十年近く前なんでしょう?」
「「ああ、そうですよね!」」
木製の看板であることを思えば劣化具合もまあ納得できる。
しかし妙な感じだ。既視感というか何というか……
そのまま細い砂利道を進んでいくとラジオが完全に入らなくなった。結構な山の中である。集落の人たちは生活大変だろうな……
「あれ……? 空携帯も圏外だ……」
「ホントだ……なんだろう……」
双子ちゃんが言っていたので私の空携帯も確認してみる。やはりこちらも圏外になっている。
『機構』が保有する低軌道衛星を利用した通信装置である空携帯はこういう僻地でこそ真価を発揮する品だ。衛星に何か問題が起きたのか、それとも……
「あ……『巨頭オ』……」
そこでようやく思い出した。名作ネットロアであり詳細が語られることも後日談が投稿されることもなかった謎の多い怪談
通信関係の情報こそなかったものの、それ以外の状況があまりに現状と似通っている。
「え? 何ですそれ」
「きょとうお?」
この車両は非武装である。
大嶋君のことだから多少勝手に武器は携行しているだろうが、それでもあの話に出てくる事案性実体はあまり友好的とは言い難い。
「大嶋君!! 引き返して!!」
「アイマ……なんだあれ?」
フロントガラスの先にいたのは人間に近い形状の何か
巨大な頭を持ち、両腕を体にピッタリとつけた状態でこちらを見据えている。
それが結構な数いるのだ。間違いなくあの話に出てくる事案性実体だ。
奥に見える寒村が『巨頭オ』が本来示していると言われる『巨頭村』だろうか?
「囲まれましたね……どうしますか?」
大嶋君の言葉通り今通ってきた道にも連中が集まっている。V8 4.5リッターのツインターボディーゼルのパワーと車体の堅牢性を信じて突破するか否か……
「突破しよう。流石にクラクション鳴らしまくってエンジンも吹かしまくればビビってくれるでしょ……多分」
「アイマム! みなさんしっかり掴まって!!」
言うが早いかランクルの巨体が急発進する。
加えて暴走族ばりの騒音を立てているお陰か件の事案性実体も恐れを成して道を開けてくれた。
あの怪談通りならあとはこのまま逃げ切れるはずである。
「博士……おかしいです」
「うん、確認してる。まずいねこりゃ」
そう逃げ切れるはずなのだ。
だが実際はどうかと言えば側面の景色はどんどん流れていっているのにも関わらず、前方に見える村との距離は一切変わらない。どう言う類のものかはわからないが、未知の事案性影響であることはまず間違いがないだろう。
思えばこの遠野はマヨイガの伝承のある地域である。完全に油断していた。
そうこうしている間に事案性実体達が大きな頭を振りながらこちらに向かってきた。
「博士、二人を連れて逃げてください。俺が食い止めます!」
どこから取り出したのか機関拳銃を手にした大嶋君が言う。
「いや、この状況でそれは悪手だよ……事案性影響下から脱する方法もわからないんだから……」
「しかし……!」
敵がどの程度の知性・技術力を有しているかはわからないが、車に立て籠っている方が研究者三人が丸腰で外に飛び出すよりは幾分かマシだろう。
どうにかその間にここから脱出する方法を見つけられればいいのだが……
「うわぁ!!」
車を取り囲んだ事案性実体達が車体をバンバン叩いている。ホントやめてほしい。借り物の新車だぞ!!
修君の悲鳴に併せるようにロックの音が2回響いた。流石に場慣れしたベテラン調査員だ。細かい対応の妙が光っている。
「「博士! なんか変な声出てます!!」」
「大丈夫! セミかなんかの声だと思って!」
「「そんな無茶なぁ……」」
相手も多分生き物だ。見たところ口もあるので鳴き声ぐらい発するだろう。
不幸な事に私と大嶋君はこういった不意の遭遇にも慣れてはいるが、二人はこう言うシチュエーションは2回目だ。
『機構』職員としてもなかなかのハイペースではあるが、やはりまだ恐怖が先に来るのは仕方のない事だろう。
あのがっさんですらうちに来たばかりの頃は肝試しで泣き出してしまったりしたほどである。流石にまだ彼らには経験値が足りていない。
さて、どうしたものか……
「せめて散弾銃の一丁でも持ってくるべきでした……手榴弾で道を開くくらいしか方法が無いですね……」
「ホント職質とかされると面倒だから爆発物はやめときなよ……まあこう言う時はありがたいっちゃありがたいけどさぁ」
調査員のみんなが勝手にプライベートで携行している火器類については『機構』としてもある程度黙認しているが、所轄の一般の警察官からの職質でそれらが明らかになると書類が増えて面倒なのだ。
『きさらぎ駅』を始め不意の事案遭遇事態や敵性工作員の襲撃などで助かった回数も多いのであまりうるさく言えた話では無いが……
「しっかし……えぐい見た目の割に攻撃は大した事ないね……」
やっていることは奇声をあげながら車体をバンバン叩いているだけである。
いや、待てよ……なんか違和感がある。
そうか、だとすると彼らのこれは攻撃なんかじゃない……!
「な……駄目です!!」
「「博士!!」」
事案を信じるのは愚かだ。
だが、数少ないチャンスを怯えて逃す事ほどでは無いだろう。
私はドアを開けて車の外に飛び出した。
長野県大町市
環境科学研究機構 甲信研究所 千人塚研究室
「もしもーし! 聞こえてますか?」
『はい、聞こえてますよ静代さん』
佐伯静代調査員は現在東京都調布市に所在する八部施設に滞在中の小笠原富江研究員との通信を行なっていた。
『機構』の切り札と『機構』が世界に誇る天才の二人ではあるが、この通信は何か特別な業務に資するようなものではない。単なる雑談である。
「本当に凄いですよね……こんなに離れてるのにこうやって顔を見て話せるなんて……電信も進歩したんですねぇ」
『そんなお婆ちゃんみたいな……』
「お婆ちゃんって……うちの中なら平均より若いですよ!」
『あはは、中央値でお願いします。それでそっちの様子は変わりないですか?』
「そうですね、大嶋さんが最近訓練できなくて調査員のみんなが弛んでるからってえらい張り切ってたり猪狩さんが諏訪先生が留守のうちに横領されてる物品を目録にするって張り切ってる以外はみんな好きな研究したりして過ごしてますよ」
『あー……目に浮かびます。そういえば博士の講演会って今日でしたっけ?』
「はい。お昼前におーと……へりこぷたーで向かいましたよ。私に言ってくれれば一瞬で着けるのに……」
『それは……まあ……ね? でも私も聴きに行きたかったなぁ……』
「私もです。流石にあんまり専門家の前に姿を見せるのは良くないってお留守番になっちゃいましたけど」
『うーん……あっ! そう言えば私の同期が遠野分校で働いてるんで映像が無いか聞いておきますよ』
「本当ですか! じゃあ一緒に観ましょうよ! ちゃんとあん・まりーでお茶菓子も準備しとくんで」
『いいですね! それにしても博士達今頃どうしてるでしょう?』
「もうほーむ・しっくですか?」
『そう言うわけじゃ無いんですけど、こっちの人たちみんな真面目で……いい事なんでしょうけど何だか十部とのギャップが凄くて少し気疲れしちゃいました』
「ああ、そういう……でもまあ博士のことですから楽しく岩手を満喫してると思いますよ? 仕事が終わったら安曇さん達オススメのご飯屋さん行くんだって張り切ってましたし」
『ぶれないですねぇ……はしゃいでたら事案見つけちゃったりとかもしてそうですよね』
「あはは、流石に博士でも無いですよー」
『ふふ、流石にそうですよねー』
「静代さーん! どこですかー! 出てこないと置いてきますよー!」
「あ、藤森さーん! ちょっと待ってください! すぐ行きます!」
『どうしたんです?』
「あ、この後訓練の打ち上げで『睡の華』に……なんか最後バタバタしちゃってすいません」
『いえいえ、飲みすぎないように気をつけてくださいね?』
「はい! 小笠原さんもなんか必要なものとかあったらすぐ言ってくださいね!」
『はい、それじゃまた』




