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寒村 1

岩手県遠野市

環境科学研究機構 環境科学大学校 遠野分校舎


「ささ、こちらへどうぞ!」


「ど……どうも」


岩手県の山奥、御伽噺の類などではなく本当に妖怪やらの類が多い場所に降り立った私は、柄にもなくVIP待遇で迎えられていた。

ここは『機構』のエリート研究者を育成するための環境科学大学校専科遠野分校舎、双子ちゃんたちの母校である。

環境科学大学校は学芸員や司書を養成し、表向きの『機構』が行なっている学術振興の基幹要員を育成するための大学校という事になっている。

その業務は東京都多摩市に所在する本科多摩本校舎で実際にお題目通りに行われているもののそれは単なるデコイに過ぎない。

重要な役割はここを含む専科分校舎が担っており、全般職種における上級職員育成のための恵比寿分校舎、海洋部の今治分校舎、航空部の小笠原分校舎、直協職種における指揮官養成のための富士分校舎、同じく自衛隊の指揮幕僚課程相当の教育を行う千歳分校舎がそれぞれ設置されている。

ここ遠野分校舎は医療含む研究職種職員の養成機関であると同時に研究職種職員の承認に伴う各種の教育課程も実施されている。

いわば未来の『機構』の中心と言っても過言ではないほどの重要施設である。


「はぁ……噂には聞いてましたけどでっかいっすねぇ……」


大嶋くんが間抜けな声を出す。


「それになんか小綺麗っていうか……すげぇ……」


「千歳とか富士も綺麗じゃない? 掃除が行き届いてて」


声にピッタリな間抜けヅラこそしているが、彼は両分校舎において過程を修了している。更に防衛大出身なので実は超エリート調査員だ。そうは見えないが……


「いや、そういうんじゃないんですよ……なんて言いますか……お洒落?」


「へぇ……よくわかんないや!」


色々思うところがあるのだろうが、私もちゃんと大学校に来るのは初めてなのでその辺りの感覚はない。

今まで行ったことのある千歳や富士も大嶋くんや羽場主務の様子見に行っただけのことだ。


「ま、分かんないことだらけだろうと思って大卒の三人についてきてもらったわけだけどさ」


大嶋くんは役に立たなさそうだということはよくわかったが、うちには最強のガイドがいる。


「今日は頼りにしてるからね、二人とも」


大学校が『機構』のシステムの内に組み込まれて初めての遠野分校舎の卒業生である安曇兄弟だ。

『機構』の若手のうちで最高と言われる二人の天才をガイドにするなんていやぁ、贅沢!


「いえ、その……」


「私たちも暫く来てなかったんで……」


「二人が在学中はまだ校舎も完成していなかったですからね」


「へ……?」


ここで校長先生こと蓬原主務研究員からの衝撃の一言だ。


「あの頃はまだ廃校とその周りにバラックがあるだけでしたね、地上設備は」


「一応地下の実習施設とかは完成してたみたいでしたけど」


『機構』の研究職種がやりそうな話である。

ガワも含めて全て完成してから使い始めればいいものを、要の部分が出来上がったからと喜び勇んで使い始めてしまう。

その予測を蓬原主務にぶつけてみたところ概ね正解とのことだ。いや、子供じゃないんだからちょっとくらい我慢しようよ……

いや、それを抜きにしてもよく考えたらこの二人は一年しかここにいなかったわけだし……人選ミスったかな? ま、いいか!

何しろ用事が済んだら二人が在学中にみっけたという美味しい食堂に行く予定なのだ。それを思えば施設の案内など些事も些事だ。

ただその前にしっかり仕事をしなくてはならない。

まあ普段の仕事をと比べれば遊びのようなものだ。スナック感覚でこなせる程度である。

何をやるのかといえば学生たち向けの講演会だ。

非常に手前味噌でくすぐったくあるが、私は超常分野においては世界的に有名な科学者である。特に徳川期以降はかなり沢山の発見に関与してきている。

勿論その発見全てを私自身の手柄であると公言することは、私の有する事案的特性が厳に秘されるべきものであることから難しい。

その代わり一般の超常関係者向けには『超常研究の大家である千人塚一族』というカバーストーリーが用意されており私はその一族の末裔ということになっている。

そんな名門に生まれた美しき天才お嬢様のお話を聞けるとあらば学生たちのやる気も大きく向上することは間違いないはずだ!

……

………

…………

そうだった今日は静代さんを連れてきていないんだった。

ツッコミ待ちにしてもなんだか恥ずかしい……本当に口に出さなくてよかった……


「どうしました?」


「うえっ?! な、なんでもないよ! 平気平気大丈夫!」


一人で勝手に恥じらっているとこちらを訝しんで大嶋くんが声をかけてきた。

おかげで変な声が出てしまった。ダメだね、冷静さを欠いては何をしたってうまくはいかないものだ。落ち着いていこう!


「やっぱり……」


「緊張します?」


心配そうな表情の双子ちゃん……いや……なんだか誤解されているようだ。

恥を晒さなくていい分有難いような逆に恥ずかしいような……


「大丈夫だって! それにエリートって言っても所詮はまだまだひよっこどころか卵みたいなルーキー達でしょ? 楽しくフランクにお話するだけだよ」


「え……?」


「それって……」


「博士、もしかして……」


誤解を解こうと発した言葉だが、三人のリアクションが思っていたのと違う……


「はっはっは! 流石は千人塚家の方です。いやはや豪胆だ!」


豪快に笑う蓬原主務

なんだろう……嫌な予感しかしないぞ……?



登壇してみるとなるほどあの四人の反応の意味が分かった。

巨大な講堂の中には私が思っていた若者たち以外の姿が実に多い。客席は薄暗いので正確にはわからないが現職の『機構』職員たちだろう。

近隣の研究所の手隙の職員かとも思ったが、遅れて沖縄合同連絡会所属の宇賀神博士御一行が入ってきたところから察するに全国から研究者が聴きにきていると見てまず間違いはないだろう。

ちょっとかなり話が違うような気がするんだけど……

そもそもなぜこんな仕事を引き受けることになったのか、その話は先日『co-op』と事を構えたすぐ後に遡る。



「うちの子を八部に? いやですよ、本人が希望しているんならともかく」


色々後処理を終えた後にソファで寛いでいると十河の爺さんから連絡があった。

要件は八街理事ががっさんに熱烈なラブコールを送っていると、ざっくりいえばそんなところだ。

勿論がっさんの立身の役に立つのであればいいが、そもそもあの子は十部での業務を希望しているし、身についている広範な『事案』に対する知識も技能も十部の、それもフィールド系の研究室むきの適性である。

本来の専門である工学という面では宇宙絡みの八部の研究者たちにも引けは取らないだろうが、そもそもの性格が屋内に篭って研究開発に没頭するタイプではない。

その辺りも毎期の人事報告書に丁寧に書いておいたと思うのだが……


「それに仮にあの子が希望していたとしても今すぐ引き抜かれたら業務が回らなくなりますよ? ただでさえ諏訪先生も入院中でうちが持ってる案件全てを把握しているの私とあの子だけなんですから」


『ああ、済まない言い方がよくなかった。私が提案しているのは小笠原研究員に八部への技術協力をお願いしたいという事だよ』


「技術協力?」


『うむ、ところで巫女殿は『ダイダロス計画』は知っているかな?』


「月軌道に超常管理プラットフォームを打ち上げるUNPCCのプロジェクトですよね?」


通常の社会が再び地球外の開発に力を入れ始めたことに対するUNPCCの国際プロジェクトだ。

そもそも宇宙空間は無数の事案性実体が存在する超危険地帯だ。そんな場所に民間資本が入ってくるとなれば私たち超常側の勢力も地球上だけで超常管理業務を行なっているわけにはいかなくなる。

確か計画の実行が決定的になったのは国際宇宙探査共同グループの月軌道プラットフォームゲートウェイ計画が現実味を帯び始めてきた頃だと記憶しているが、ともかくごく最近始動した計画だ。

そもそも最低限の超常対処であれば各国の超常管理機関がそれぞれ独自に打ち上げているステーションやら何やらがあるし、国際協力が必須の対地球外事案安全保障においては八部自慢の超高速往還機、ロシアが誇る深宇宙監視・攻撃プラットフォーム『ポラリス』アメちゃんの切り札であり地上・宇宙両方に大規模な破壊をもたらしうるオーパーツ通称『ブラックナイト』欧州の人気者『ラピュタ』の超大出力マスドライバーなど各国の技術の粋を集めたオーバーテクノロジー全部盛りの様な道具を組織の垣根を超えて運用する体制が整っているので問題なかったのだ。

だが人類がその活動圏を拡大する段階に入ったとしたら現在の備えでは明らかに不十分であり、目下予期される不備に備えるための大規模プラットフォーム建造計画が『ダイダロス計画』である。


『その通り。小笠原研究員はレールガンの開発・運用をはじめとした数々の功績をあげているだろう? だからこそ必要となるあらゆる機器の開発に力を借りたいとのことだ。勿論引き抜きという形ではなく非常勤スタッフとしての参加という形になるようにしている。長期プロジェクトにはなるが先ずは数週間程度向こうでの業務を行なった後は以降それほど長く研究室を空ける様なことにはならないだろう。私としても彼女のような優秀な人材をそう易々と手放す気はないのでね』


「うーん、まあそういうことなら本人にも話はしてみます。命令じゃないってことは本人の希望は考慮してくれるんですよね」


『ああ、勿論だとも』


そういうことであればがっさんに不利益はないだろうし、元来モノづくりが大好きな子である。

趣味にも合うだろうし今後の『機構』内でのキャリアを考えれば広く顔を売っておいて損はないだろう。スペシャリストよりオールラウンダーが重宝される十部での勤務を希望している以上、顔が広いに越した事はない。


「しかし宇宙絡みで工学系……私でもよかったんじゃないです?」


これでも天文は結構キャリアが長いし、宇宙開発競争の時代にロケットで打ち上げられた経験もある。おまけに技術開発は私のライフワークだ。あれ? 本当に私向きの案件じゃないか、これ……?


『私が巫女殿を手放すわけがないだろう!!』


珍しく十河の爺さんが声を荒らげる。


『あ……いや、そのなんだ……』


「ふーん……なるほどね()()


話の裏側が見えてきたなぁ……


『いや、だからそういう話では……隠善! 何を笑っているのだ!』


「要職にあるんならエコ贔屓はしないほうがいいとは思うけど、個人的には嬉しいよ? 私のためにそんなに必死になってくれるのもね」


『巫女殿……顔と声が笑っている様だが?』


「あれ? あっはっはこりゃ失敬!」


これだけ巨大で重要な組織の最も力ある指導者の一人がまるで子供の様な反応である。

同じく子供じみた独占欲も彼の立場には相応しくないとは理解しているが、それに絆されてしまっているのも事実だ。


「全くズルいんだから……」


『おほん! ではその話はそのように取り計らって貰えるとありがたい』


わざとらしく無理矢理話を打ち切ってきた。残念、もうちょっとからかっていたかったのだが


『ああそうだ、もう一つ頼みがあったのだった』


「年寄り相手に畳み掛けるのは良くないと思います!!」


『いつも人を爺呼ばわりしておいてよく言う……だが、いつものように追加の案件を押し付けるわけではない。それに関しては安心してもらいたい』


なんだ、無自覚なのかと思っていたら自分がブラック企業経営者体質なのを理解していたのか……まあどのみち厄介なことに変わりはない。自覚しているのも無自覚なのもそれぞれ問題があるが、そもそも過剰な労働は悪だ。

休暇こそが唯一絶対の正義であるということに関しては自信を持って断言できる!!


『今の所の予定では小笠原研究員が仕事を引き受けてくれ次第千人塚研究室を戦力涵養のために後備研究室指定しようと考えている』


「えっ……マジです?」


『ああ、大マジだとも』


後備研究室指定、かくも甘美な響きのそれは要するに一時的に第一線超常対応の業務を外れるということを意味している。

大体が案件対応中に基幹要員を喪失したり、新たに専門外の事案対処能力を獲得するための準備期間として指定されるもので、早い話が自習みたいなもんだ。

24時間働く事を本気で美徳と思っている類の十河の爺さんの口から聞くことなど端から諦めていた類の話である。


『その間『アゴ』は百鬼夜行と五島で『ジェットババア』に関しては南関東で受け持つ事になるので申し送りの書類の準備を--』


「バッチリ準備できてます!!」


『は……?』


いつ何時何があってもすぐに休暇に入れるように申し送りの書類は準備万端整えてある。

我ながら段取り上手すぎて恐ろしい!


『う……うむ……それでだが、この期間中に君にはやってもらいたいことがある』


「労働以外ならなんなりと!!」


『……』


「……」


『おほん、まあ巫女殿からすれば慣れたことだ。未来ある若者たちに少し手習を教えてやる程度のちょっとしたことだとも--』



そう言われて引き受けたわけだ。

当初の予定通りの若人たちだけであればもっと気楽だったのだが、こちらをみているものたちの中には若者というには些か年嵩の者が多い気がする。

まあ私に言われちゃあ彼らも嫌だろうが……


「そんなわけで、超常事物と言っても全てが計測可能な超常エネルギーを発しているわけじゃない。そもそも三大超常エネルギーですら収束で齎された比較的新しい概念だって事を頭においておかないといざって時に慌てる事にもなりかねないからね……そう、例えば『みしゃくじ様』っていう事案性物品なんかは超常エネルギーを駆使する神格性事案やら妖怪やらに対抗するために当時の人類が基底世界の物理体系の枠内で作り上げたものでその事案的特性と相まってエネルギーの検出という形ではその全容を捉える事が難しい」


ただ一方的に話す講演という形なのはせめてもの救いだ。

こういった事は好きでは無いが、旧軍時代からの慣れもあるので舌は滑らかである。


「『Nowhere is Now,Here』英語を覚えたての中学生が作ったような『機構』のスローガン、初めてみた時にダサいと思った人も多いと思う。かく言う私もその一人だけど、反面この言葉こそが私達が向き合っているものを最も的確に表しているって言っても過言ではないとも思う」


それに今回任されているのはあくまでも心意気に関する話であり、専門的な話では無いのも救いだ。

流石の私もこれだけの専門家がこちらを睨んでいる中で何の準備もなく学術的な話をするような度胸はない。


「宇宙誕生から138億年が経過していると言われているわけだけど、その中で私たち人類が確認できている収束は第一期以降、そうなってくると何が超常で何が通常なのかっていう境目だって正確なところは誰にもわからない。だからこそこの世界の全て、自分の感じた全てを疑わなくちゃならない。一般の人々であればもし自分達が水槽の中の脳だったらその中で幸せに暮らしていればいい。でも私たちはそうはいかない。自分達が置かれた状況、そうなった経緯を解明してどの様な形であれ人類を存続させていかなきゃいけない」


ともかく普段と比べれば楽な仕事だ。

ルーキー達にいいとこ見せて双子ちゃんおすすめの美味しいものを食べる。なかなかに充実した岩手旅行ではないか!


「見えるもの、見えないもの、『事案』、進むべき道、平穏そのどれもがどこにも無いのが当たり前……だからこそ私たちが、そして『機構』の未来を担う君たちこそが知恵を、力を、持てる全てを用いてその存在を証明し、切り拓いて当たり前にここにある世界を守り育み支えていかなければいけない。ここにいる皆はそれを成し遂げられるだけの才覚を認められた。得られる賞賛は決して多くは無い。報酬だって市井で君達が得うるものと比べれば微々たるものかもしれない。それでも君達が真にこの世界を支える柱たり得る事を私は信じてる。予定より長くなっちゃったんでこの辺にしとこう。君達と一緒に仕事ができる日を楽しみに待ってるよ」

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