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秘境駅 1

甲信研究所 千人塚研究室


最近めっきり冷え込むようになってきたおかげで、私の引き籠もり癖にも磨きがかかって来てしまっている。

仕方ないことだ。長野県が寒いのがいけない!!


『-それで次の…聞いてるのかな?千人塚博士』


「ずずっずるずるずーっ…聞いてますって!大丈夫大丈夫」


人が食事してる時に連絡してくる方が悪いのだ。カップ麺は二分半から食べ始めるのが至高!それを妨げる事は何人たりとも許される事では無い。


「それより忘れてるのかも知れないから言っときますけど、うちをジェットババア専従にしたのはあなたですよね?なんでこう次から次へと案件を持ち込もうとするんです?」


『だから捜索は秘書科と支部で引き受けているだろう?それならば我々に優秀な研究者を遊ばせておく余裕はないよ』


…くそっ!折角久々に好きな事を好きなだけ研究出来るサービスタイムひゃっほうっ!のはずが…


「ちっ…覚えてましたか」


『残念ながら私もまだまだヤングなのでね』


「…」


『…』


『次の案件だがその前に…君はネットロアは詳しいかな?』


おい、嘘だろ?無かった事にしやがった!いや、それよりも…


「陰謀論系はそんなにですけど、洒落怖は好きですよ?面白いしたまにホンモノ混じってますし」


『ほう!それはよかった!それならば楽しんで貰えると思う』


次はそういう系か…伝承性事案は三國理事の担当だが、手に負えなくなって十河の爺に泣きついたのだろう。三國理事は理事会一の癒やし系だ。キャラクターもお伽話由来でお椀に乗った一寸法師である。強力なPSI能力者らしいが、うちの所長とトップ争いを出来る程の情け無いおっちゃんでもある。


「それで…どの話しです?一口に洒落怖って言っても色々ありますけど」


うちの特徴を考えれば超科学系だろう。平行世界に転移する『異世界の行き方』や『時空のおっさんシリーズ』なら面白そうだ。


『正式な書類は後で守矢所長から渡されるが、タイトルは…ああ、これか…『きさらぎ駅』だそうだ』


おおっ!名作じゃないか!だが…


「えっと…本当にあったら嬉しいし、調べてもみたいんですけど…うちじゃ無い方が良くないですか?」


『きさらぎ駅』は有名なネットロアで、電車に乗っていたら突然見たことの無い駅に着くみたいなやつだ。

ネットでこの話が盛り上がった後に機構も調査に乗り出して同じくネットロアで有名な精神に作用する情報性事案『猿夢』の影響による二次被害だと結論付けられたはずだ。


「『猿夢』…N1031の波及影響なら医療研究所とか宗谷(宗谷研究所)の方が適任じゃないかと」


丙5情b-N1031『猿夢』は、船の航跡の様に精神汚染波形を残して行くらしいが、現状浜収で電磁的に座標を固定されているから今更調べるまでも無いとは思うのだが…


『いや、どうやら実は猿夢とは関係が無い可能性が出てきてね…まあ詳しいことはフィールドレポートを読んでくれれば分かると思うが…引き受けてくれるかな?』


あの『きさらぎ駅』が存在するというのなら是非も無い!


「やりましょう!」


さあ、聖地巡礼だ!!



「みんな!仕事だよ!」


私が研究室のみんなに声をかけていると、守矢所長が大慌てで走ってきた。


「ふぅ…やっと見つけた…千人塚博士何してんの…」


「あっ、所長!十河理事からの書類ですか?」


「書類?君何を言ってるの…?今日は新人さん来る日でしょうが!」


「しんじんさん…?」


…あっ!!そうだ忘れてた!!


「あー…あはは…」


「忘れてたね」


「そんなまさかー…」


「…」


「…」


「完全に忘れてました…」


それにしてもわざわざ来なくても電話してくれれば…あぁ、デスクに置きっぱだ…


「なんだか色々ご迷惑を…」


「いいから行くよ!もう所長室にいるから!」



甲信研究所 所長室


諏訪先生、がっさん、大嶋君、静代さん達四人の姿が見えないと思ったら、みんな新人さんの出迎えに忘れずに来ていた様だ。


「博士…どこ行ってたんです?」


「あはは…ごめんごめん、ちょっと立て込んでて…」


「えっと、遅れてごめんなさい…私が研究室長の千人塚由紀恵主幹研究員です。よろしく」


今回うちに加わるのは情報分析やネットワーク上に存在する情報性事案の解析の専門家である高度情報管理員だ。各研究室に一人以上配置される事になっているが、うちの高度情報管理員は一昨年くろ収で発生した大規模管理離脱事態で殉職して以来、長らく欠員になっていた。だが今回ようやく念願の補充が来たというわけだ。


「あっ…え…えっと…その…しゅ、主任高度情報管理員のかたっ…片切しっ信三でしゅっ」


うん、ザ・ギークって感じ!最高だ!!

高度情報管理員は大抵ギークっぽければぽいほど優秀な傾向がある。当たりを引いたかな?


「これからよろしくね、片切管理員」


楽しい仕事に優秀っぽい新人さん、上機嫌で握手を求める。


「あ…あ…う、うわぁぁぁっ!」


「ど…どうしたの?」


いきなり頭を抱えて蹲ってしまった。…何か怖がらせるような事をしてしまったのだろうか?


「こんなに優しく迎えて貰えるなんてきっと罠だぁ…念願の主任に昇格して現場に出られるって言うのもきっとウソだったんだぁ…この後きっと特別調査員の代わりに事案の餌にしようとしてるんだぁぁっ!!」


「え…えええ…大丈夫だよ、そんな事しないよ?」


いや、待て…この様子は異常だ!まさか情報性事案の管理離脱事態?ESP能力者による襲撃?


「大嶋君周辺を警戒して!静代さんは敵性PSIに備えて!諏訪先生、がっさん、片切君は私の後ろに!!」


完全に臨戦態勢だ!!来るなら来い…


「何やってんの君達…」


「片切君の様子見たでしょ!なんか異常が起きてる!はやく警報を!」


「あー…そういう…」


なんて暢気な!これでよく所長が務まるものだ!


「彼ちょっと人よりネガティブなだけだよ?」


「は…?」



甲信研究所 千人塚研究室


「ごめんね、私ったら完全に早とちりしちゃって」


「い…いえ…」


いや、今思い出しても恥ずかしい…顔が熱い、多分体温25℃くらいありそう。

所長室を後にして待機室で研究室のメンバーと片切君を引き合わせた後に、ミーティングルームに来たわけだが…よく考えたらまだ書類が届いていないから会議もクソも無いわけで…


「ですがまぁ、ある程度物事をネガティブに考えるのは大切でしょう。何しろ何が起こるか分からない現場ですから」


「ですね、更にうちはボスが底抜けにポジティブですから」


「大嶋君、なんか馬鹿にして無い?」


「いやいやいや、そんなことは無いですって!」


こんな具合で割と和やかに過ごしている。


「あっそういえば博士、片切管理員にあれ渡しました?」


「んっ!忘れてた!!いやぁ久し振りだったもんですっかり抜けてたよ」


自室に戻って『あれ』を取って来て片切君に渡す。


「こ…これは…?」


「暗号文!甲信研に配属された管理員にはこれを解読して貰うことになってるの!まあ一種の通過儀礼みたいなものかな?」


「解読が終わるとご褒美が手に入るので、頑張って下さいね!」


「おぉ!私も入ったばっかなんでよく分かんないですけど頑張って下さい!!」


がっさんと静代さんが応援する。甲信研は各職種通過儀礼があるが、一番難易度が高いのがこの暗号解読だ。答えが彼の職場である解析室のキーパッドの基本設定番号になっている。

ちなみに研究員は雇用期間がオーバーした特定調査員の処分、医療研究員と医官は事案によって殺害された特定調査員の死因当て、調査員は完全装備アンド仮設指揮所機材携行でのアルプス縦走からの先輩達との連続組み手、技術班は機械の分解、施設班は大食いからの所内のピット一周匍匐前進だ。


「あ、俺が時間計りますね!」


大嶋君がストップウォッチを準備する。


「過去最高記録は今宗谷で主幹になってる陣馬管理員の7時間32分なので記録更新目指して頑張ってみて下さい」


「それじゃあよーい…スタート!」



「『きさらぎ駅』ですか…」


「そう、知ってる?」


「いや、私は初耳ですね…」


「がっさんは…こういうの知るわけ無いよね」


「あはは…勿論です!」


「俺もあんまりネット見ないんで…すんません」


「私知ってますよ!『あくあらいん』で行くんですよね!」


「惜しいっ!それ木更津!」


一通り通過儀礼の思い出話に花を咲かせた後、ネットロアの『きさらぎ駅』についてどの程度知っているのか確認する。

結果全滅だ。意外と知名度無いんだろうか?いや、多分片切君なら知っているだろうから後で確認してみよう。


「あ…あの…」


「その『きさらぎ駅』の調査が次の仕事ですか…」


諏訪先生が少し不満気なのは生体相手じゃ無さそうだからだろうか?


「そう…ただまだ十河理事からの書類が来てないから詳細は分かんないけどね」


「うーん…今のうちにネットロアの確認をしておいた方がよさそうですね…俺の方でフィールドチームにも確認させておきましょうか」


「…あの」


「うん、お願い。どこに手掛かりが隠れてるか分かんないからね」


「ネットの怪談かぁ…私役に立ちますかね?オカルト系はあんまり詳しく無いんですよねぇ…」


「いやいや、ネットロア通りなら平行世界跳躍とかテレポートとかそういうのの可能性もあるよ?」


「あ…あの…」


「テレポートなら私の方が上手いですよ!木更津まで連れて行きましょうか?」


「あはは、何と張り合ってんの-」


「あの!!」


「うっひょ!!」


びっくりしたぁ…


「ど…どうしたの?トイレは廊下出て右だよ」


いきなり大声出すもんだから変な声が出てしまった。


「あ…いえ…その…ました」


「ん?」


「できました…」


「出来たって…?」


いやいや…


「まだ40分くらいしか…」


「63、52、11、b、94、28、c3、76、69、58、aa、84、193…です」


うそん…合ってる


「えっと…42分52秒68ですね…」


「わぁお…新記録…」


全員が静まり返る。状況が理解できない。


「そ…その…」


「うおぉおおおおっ!!すげぇ!!すっげえ!!」


「ひっ!!」


「大嶋君!掲示板に張り出してきて!」


「アイマム!!」


「博士、各研究室にメール一斉送信完了です!」


「オーケイがっさん!待機室の皆にもお願い!」


「任せて下さい!!」


「いやはや…睡の華の予約しておきますね」


「先生、けち臭い事言っちゃ駄目だって!翡翠亭の宴会場といい部屋予約して!足が出たら私が持つから」


「おぉ!太っ腹ですね!」


「こんなめでたい時に使わないでいつ使うのさ!」


「あのぉ…博士、私と片切さん置いてけぼりなんですけどぉ…」


おっと、いけないいけない…すっかり舞い上がってしまっていた。


「ごめんね、あんまりにも凄いからつい興奮しちゃった」


なにせ10年以上振りの記録更新に加えて恐らく不滅の大記録達成だ。


「片切君本当に凄いね!天才だよ、本当に!!」


「う…うわぁぁぁっ!罠だ!罠だ!簡単な暗号解かせて舞い上がったところでどん底に突き落として僕の事を嘲うつもりなんだ…うわぁぁぁ!」


うん、概ね予想通りの反応だけどね…


「片切君、とりあえずその番号君のマシンが置いてある部屋のパスワードだから行こう」


言いつつ手を取って案内する。

多少強引にしないと話が進まなそうだ。



「うわぁ…」


片切君が感嘆を漏らす。それもそのはずだ。彼専用のマシンは世界最高水準のスーパーコンピュータなのだ。

これが、うちに管理員の補充がなかなか来なかった理由でもあるのだが…

全国の主要研究所のうち、各研究室にこれだけの設備が整っているのはうちと五島(五島研究所)の二カ所のみであり、この二カ所に配属される高度情報管理員は実働要員最高位の主任以上でかつ厳しい選考を突破した者で無くてはならないからだ。


「これが…僕のマシン…」


「そうだよ?わざわざ陥れる為にこんな凄いマシンに触らせると思う?」


「い…いえ…」


「じゃあ、本当に君が凄いから私達が喜んでるって信じてくれるよね?」


「は…はい…」


「うわぁ…なんか悪女っぽいです」


付いてきていた静代さんが言う


「失敬な!」

用語解説

『高度情報管理員』

『機構』に於ける職域の一つであり、2012年度から正式な職種となる。

主な業務内容は研究室毎に配属されての情報解析と、情報性事案への対応である。

規定により各研究室に一名が配属され、専用の電算機を用いて業務を遂行する。

その特性上、数学的素養、ソフト・ハード両面の高い電算機関係の知識・技能が求められる。

『通過儀礼』

『機構』の特定の研究所や部署において職員相互間で継続的に行われる非公式の行事

主に新規配属される職員に対して歓迎と試みの意味をもって行われる事が多い。

現在でも通過儀礼が存在するのは三大特定管理研究所、山陰研究所、東北第二研究所、航空部硫黄島出張所飛行課、父島天文観測所、本部特別所掌部の一部のみであるとされる。

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