take it 12
群馬県吾妻郡草津町草津白根山
「諏訪先生、お疲れ様」
生臭い穴蔵から私たちが這い出した頃には既に岡部氏の姿は無くなっていた。
流石に平文で送信した内容を文字面通りに受け取った訳ではないだろうが、私たちが地下壕内へと進出していた事を知ったのだ。
『機構』の部隊が騒動の主役の元に辿り着いた上で、その生存に望みを持てるほど『co-op』も夢想家ではなかったと言うことだ。
実際のところ私たちは件の研究者の殺害は行っていないので、さっきの放送こそが真実なのではあるがどのみち岡部氏がそれを知ることはないだろうし知ったところでどうなる訳でもない。
被害は大きいしとんでもなく目立ってはしまったが私たちの勝利と言って良いだろう。
この勝利の立役者は残念なことに諏訪先生だ。
「諏訪先生?」
その諏訪先生は私がかけた声にも気付かない様子で立ち尽くしている。
なかなかに激しい戦いだったようなので鼓膜をやられてしまったのだろうか?
そう思って彼の肩を叩くと、そのままそこに崩れ落ちた。
「え……?」
「博士! 退いて!!」
すかさず猪狩くん達が駆け寄り応急処置を始める。
目立った外傷は無い。だが、はっきり言ってもう手遅れ……肩に触れた時に感じた感触も穏やかな表情を浮かべる顔の異常な白さもどちらも私の経験則からそう判断できるだけのものだ。
こんなあっけない最期、あっけない別れ……そういうものだと頭では分かってはいるものの、溢れ出す涙を止めることはどうやら出来そうに無い
群馬県前橋市
環境科学研究機構
関東統合管理局北関東分処・群馬支部合同庁舎
理事会へ今回の案件の報告を終えた訳だが、会議室内は異様な沈黙に包まれていた。
いや、沈黙というのは正確では無いかもしれない。呻き声や溜息はふんだんに聞こえているのでいっそ喧騒の最中と表現しても間違いでは無いだろう。
いつものごとくディスプレイ越しなのでそれぞれの表情を見ることは出来ないものの彼らがどの様な表情をしているのかは簡単に分かる。
露見半径は概ね半径80km、爆発の閃光に関しては関越道からも視認できたほどだったそうだ。
加えて黒部湖湖底から射出された高速度飛翔体二発は超高高度からの落下の際に生じた圧縮断熱による発光により広い範囲で俗にいう火球現象の様なものをみせた。
幸いにも戦闘によって生じた直接の露見は対処できないほどでは無いものの、広範囲の不特定多数に常ならざる営みの気配を気取られるという今回の結果はかなり大きな悩みの種を残す事となった。
本部、統合管理局、支部といった統制業務を行う関係各所がどうにか事態の極限化に向けて動いてこそいるものの、この情報が氾濫する時代にあっては完全な痕跡の消去は難しいだろう。
端的に言えば派手にやり過ぎてしまったということだ。
『まず……今次案件の解決に感謝する。ただ……その、なんだろうか……他にやりようは……』
いつもはハッキリ物事を語る二葉理事も今回は歯切れが悪い。
「無いですね」
とはいえ私としてはこれが最善とまでは言わないまでもこれ以外にやりようが無かったというのはハッキリ言える。
「もちろん本来の『てけてけ』漏洩事態のみの対応であればもっと小規模に片付ける事もできたでしょうが、案件対応中に齎された『co-op』新規業務の情報を鑑みれば今回のように大規模な対応を取らざるを得ませんでした。結果としてこれだけ衆目を集める事とはなりましたが『co-op』職員の介入があった事を思えば職員の損耗自体を大幅に抑えることができました。現場で持っている情報ではこれが限界であったと言わざるを得ません」
『それは……まあ……』
『いや、実際その通りだろう。類似案件に慣れた九一研ですら敗北を喫したほどの相手だ。この程度の被害で済んだことを喜ぶべきだろうよ』
元四宮理事の後を引き継いだ四日市理事が言う。
『それよりも今は『co-op』の用いた技術の解明に努めるべきでは無いかな?』
『私もね、それにはね、全面的に同意します、はい。少なくともね、責任問題だのなんだのはね、この理事会でやるべきことではね、ないと! 思うわけであります』
それに一色理事も同意する。
『あらあら、責任の追求の場は気まずい様ですね』
『それはどういう意図でね、仰っているのか!』
『あら、お分かりにならない? 折角背任に問われなかったというのにこんなにも物事が見えていない方だったなんて』
『五木理事! 流石にその言は無いでしょう!』
挑発的な物言いの五木理事に元八戸理事から職責を引き継いだ八街理事が声を荒らげる。
なんだか妙な流れになってきたなぁ……いつもの事とはいえなんだかなぁ……帰っちゃダメかなぁ……
『落ち着かんか!! 今はくだらん政治闘争なぞしておるべき時ではないとわからんのか!!』
これまたいつも通り十河の爺さんが一喝して場が収まる。
『そ、それじゃあ取り敢えずそれぞれ各部で専門の博士を選任して技術解析に努めていきましょうよ! 幸いうちには優秀なスタッフが揃ってる事ですし! ね、千人塚博士!』
「はぁ……」
続いて三國理事が発言する。喧嘩が治るまでこっちに振らないで欲しいものなのだが……
『ああ、それが一番だろうな……それと申し訳ねえんだが、しばらく本部の聴取もあるとは思うが協力してもらえるか?』
「はい、それに関しては勿論」
六角理事が強引に会議を閉める方に持って行ってくれたおかげでどうにか私は修羅の巷から解放された。
会議室を後にしてエントランスに向かうとがっさんをはじめとしたうちの研究室の主要メンバーが私を待ってくれていた。
「あらら、どったのみんな?」
「いえ、最期に一度諏訪先生に……挨拶してから帰ろうって……」
「そっか……そうだよね……」
数字で見れば被害はかなり抑えられた。
だがうちからすればかなりの大打撃である。
「うん……行こうか……」
新潟県長岡市
環境科学研究機構新潟医療センター
「横手さん! 後生です! 後生ですから!! 私も参加させて下さい!」
「ダメです! まだ寝てて下さい!」
「タダとは言いません! 聖ジョージのサイン入りの病理解剖セットを差し上げます!」
病室に入るや否や聞こえてきた騒々しさ……なんで病院で医者二人が騒いでるんだ? 病室では静かにするべきではなかろうか?
「……す、少しであれば」
「おおっ!」
「ダメに決まってんでしょ!!」
「げ……」
「博士……!」
「げってなんだげって!! 折角お見舞いに来てやったってのに!」
全身包帯ぐるぐる巻きの諏訪先生、流石に全身の皮膚を剥いだ後なのでこづくわけにも行かない。
「横手先生もこんな状態のミイラ男を甘やかさないで下さい! 死んだらどうすんですか!」
「す……すみません……」
「ったく……」
正直諏訪先生は死んだものだと思っていた。触れただけでは脈も無かったし呼吸も止まっていた。
だが、そんな状態でも猪狩くん以下の医療チームは応急救護を続けており、きっとそれは最後まで仲間の生存を諦めない美しくも悲しい努力だと私は誤認した。
そう、誤認したのだ。
医療チームは全員諏訪先生に何が起きているのか完全に理解していたのだ。
『生体式エネルギー変換機構』
諏訪先生が好んで『チャッピー』に搭載するアーカイブ0027『学校の怪談』由来のエネルギー収集技術である。
諏訪先生は驚くべきことに自分の体内、皮膚と内臓にその機構を搭載していた。
腹の中に私が『チャッピー』用に開発してあげた畜力装置を仕込んで防御機構として利用していたそうだ。
私に無断で……
手術に協力した医療チームのみんなにはしっかりお説教をしてあるが、当の諏訪先生は流石にまだだ。
巨大な余剰エネルギーによって多臓器不全を起こしかけていたのだ。見た目以上の重体なので仕方がないとはいえ、なんだかモヤモヤする。
「そんで、諏訪先生は何を騒いでんのさ」
「おおっ! よくぞ聞いてくれました! 件の『てけてけ』の調査に是非とも私を参加させて頂きたく! これだけ特異な技術です! 必ずや私の知見が役に立つものと--」
「却下!!」
「なんと?!」
「なんとじゃないよ! 寝てろ!!」
今回発見された知能を有すると目される『てけてけ』の特異性は明らかだ。
そもそも『てけてけ』は非現実性を有する人型実体を作成するための超常生理学入門キット通称『Tキット』によって誤って作成される失敗作だ。
そもそも『Tキット』で作成できる人型実体も知能を有さないものであり、入力された非現実性エネルギーに応じて超常的回復力を有する人間のクローンである。
寿命自体も精々2、3日であり本能も反射すらもない単なる人形のようなものだ。
それに対して『てけてけ』は本能は有している。
とは言ってもあるのは無尽蔵の食欲のみであり、脳の構造に異常があるのか人間を好んで襲う。
それ自体はいい。今回発生した大部分の『てけてけ』はその例に漏れない程度のものだった。
だが研究施設で発見された『てけてけ』は少し違っている。
限定的とはいえ人語を理解し反復とはいえ機械の操作も行うと来ている。
さらに問題なのはDNA情報だ。
『Tキット』に使用される胚は大幅に改変されているものの1960年代に北海道で事故死した10代の女性由来のものだと同定されている。だが今回の『てけてけ』はそうではない。
発見された腐乱死体と97.6%で親子と認められるという鑑定結果が出た。
非現実性を伴う改変がなされているのでその辺りを考えれば確実に親子とみて問題ないだろう。
そして、それを裏付けるような研究者の日記も施設内で発見されている。
『Tキット』で得た知見を生きた人間に用いた新たな技術だ。
結果として錯乱した『てけてけ』によって研究者は殺害され、『てけてけ』のレシピのまま固定された『Tキット』を件の『てけてけ』が操作することによってあれだけの数の『てけてけ』が生成されたのだろうというのが能登研の見立てである。
ここからは私の推測だが、あの『てけてけ』のいう「モドシテ」という言葉は変わり果てた自分の姿に対する絶望を表しているのだろう。
それ故に研究者が生前にやっていた動きを真似して『Tキット』の操作を反復したのでは無いだろうか? それが自分を元に戻す方法だと信じて……
「それで、どんな感じで進めるんです?」
「取り敢えずは生体を精密検査しようと考えています。能登研からは安全性に問題はないとのお墨付きは得ていますが何が仕込まれているかわからないので」
「せめて解剖の段階では参加させて下さい」
「それじゃ早く治さないとだね、ちゃんと大人しくしてるんだよ?」
「はい……かしこまりました……」
不承不承といった様子の諏訪先生を残し、私たちは潟医研を後にした。
勿論マーシー信者や諏訪信者でない先生方にちゃんと話を通して
長野県大町市
環境科学研究機構 甲信研究所 千人塚研究室
ようやく帰ってきた我が家……やはり湯上がりにソファでグータラする時間が至高である。
今日の晩御飯は何食べよう? ずっと自衛隊式戦場グルメだったから今日はあっさりしたのが食べたいなぁ……塩ラーメンとか……
「結局ラーメンなんですね……」
静代さんに考えを読まれてしまった。折角の優曇華のお守りも付けなければただのおしゃれな木彫りのネックレスだ。
「まあねぇ……今日の食堂の日替わりラーメンは……あー家系かぁ……いいや、これにしよっと! 静代さんはなんか食べる?」
「ええ……あっさりはどこに……私はおうどんとかに……あ、冷たいおろしのおうどんにします。頼んじゃっていいですか?」
「大盛りご飯も忘れないでね! 諏訪先生はどうする? ああ……そっかいないんだった」
「なんだか静かですね……」
「ホントだよ。いたらいたで騒々しいけどいないとなるとほんのちょっとだけ寂しいね」
「ふふ、素直じゃないですね」
「ええー、そっかなぁ?」
幸い今生の別というわけではない。
しばらくの間はこんなのも悪くない……いや、素直にいえば寂しいのは嫌だな……
全く、あの性格でここまで心配させるとは諏訪先生も幸せな男だよ、ホント--




