take it 11
群馬県吾妻郡草津町草津白根山
彼がこの場に派遣されたのは悪名高い黒部の研究所から『機構』の人員が派遣された事を確認したためだ。
もちろん他の研究所を軽視するわけではないが彼ら『co-op』にとって黒部の研究所はまさに恐怖の象徴と言っても過言ではない。
若き日の『将軍』守矢久作、『トゥエルブ・ナイン』赤須行人の両名によってなされた東日本における『co-op』最重要拠点の破壊は未だに語り種となっているほどだ。
その両名が所属している黒部の研究所の人員が投入されているとあって通常の保険業務の範疇である今回の偵察であっても人員の選定にあたっては最精鋭と呼んでも過言ではない彼に最新の装備を与えた上で行われることになったのも当然の話と言っていいだろう。
だが、『機構』はその想定を軽々と超えてきた。
『人類知の分館』『Dr.ストレンジライフ』『終末の楔』『日の出の魔女』等々……世界各国数え切れないほどの異名とそれぞれに相応しい功績を超常史に刻み込む千人塚長官の率いる部隊
『co-op』が彼女らと事を構えるのはここ十年来無かったことではあるがその業績はこの業界の者であれば嫌でも伝え聞こえてくる。
そんな相手であれば撤退も仕方のないことであるし、そもそも『co-op』は職員を大事にする組織だ。
現状を鑑みれば特に叱責されることもないだろう。
だが彼は『co-op』の仕事に誇りを持っている。
彼は超常研究者であると同時に保険の外交員でもある。今回『機構』に目をつけられた契約者も彼が担当していた研究者だ。
娘思いで人の良い彼の事を思えばこそ、放り出して自分だけが逃げ延びるなどという選択肢は端から持ち合わせていない。
それ故に彼は敵の前に立っている。
『求道者』諏訪光司
師である自称『セントジョージ』こと通称『マーシー教授』こと本名篠崎藤十郎と共に超常生理学の歴史に燦然たる金字塔の数々を打ち立てた彼はまさに生ける伝説と言っても過言ではない。
同じ道のはるか先を行く偉大な先達であり、平素であれば歓喜したであろうこの出会いも今この時にあっては考えうる最悪の障害と呼んでいいだろう。
幸いなことに目の前の諏訪光司は万全ではない。
当初引き連れていたのも第七世代『チャッピー』であり、先ほどなんらかの方法で空中投下された個体もおそらく第八世代ではあるのだろうがかなり損傷が激しい。
特徴的な八本腕ではあるがそのうちの二本は力なくぶら下がっているだけであり、また別の三本は動いてはいるものの他の腕のような筋骨隆々たるものではなく精々が子供の腕の様な細さと短さである。
製作の途上か、補修作業中のものであろう。であれば見た目以上に損傷は大きかろうし、先進型の強みである高度な制御機能に関しても制約があるとみてまず間違いはない。
勿論それでも諏訪光司の作品である。油断などできようはずもないがそれでもこの最悪な潮目の中で唯一と言っていい幸いな部分であろう。
思考のリソースを目の前の超常的事象に振り向けることができるのだから
「ふむ……やはり多脚は安定感があります。ただ体重移動の面でもう少し工夫が必要でしょう。せっかくのパワーを伝え切れていない。これは勿体無いと言わざるを得ませんな」
格闘戦において重量が撃力に及ぼす影響の大きさは人間であろうと『チャッピー』であろうと変わらない。
機械化を絡めることで業界でも有数のサイズと重量を誇るこの個体による打撃である。
いかに優れた格闘家であろうとも優に20tを超えるこの個体による打撃を受け止めることなど不可能なはずなのだ。
「人間の脳を用いるということは単に聖ジョージの仰るような人間の新たなステージへの到達という以上の意味がある。その辺りに関しては『記憶・エネルギー』に詳しく書いてあります。もしまだ読んでいないのであれば……いや、失礼あれを読んでいないなどというのはあり得ませんね、それほどの名著だ」
しかし目の前の大ベテランはただその場に棒立ちになったままそれを受け止めた。
還暦過ぎの老人である。
そこになんらかの超常的な技術が介入していることは明らかではある。
そもそも神格性事案やら強大なPSIやらを運用する『機構』であればその様な特性の人間かそれに類する実体が所属しているとしてもなんら不思議はない。
だが、手元の観測器を見る限りではこの場にある超常のエネルギーは先ほど自分が発生させた現実性-不平衡の非現実性エネルギーとPSI能力者が発生させた精神エネルギーの気中滞留影響のみである。
「不出来であることを恥じる心があるのであればあなたはまだ成長できる。道を間違えるのは若者の特権だ。それそのものに意味がなかったとしてもその経験は必ずやあなたの糧になる。勿論年寄りの諫言が今は耳障りに聞こえることも勿論わかっています。ただ、心の片隅にでも今日この日のことを置いておいていただければ私も老体に鞭打った甲斐があるというものです」
何やら説教をしていた諏訪光司は腹を押さえ奇妙な動作をし始める。
人間ポンプの一発芸の如く彼は口から何かを取り出した。
「今日はまず痛い目をみて苦い思いをしていただきましょう」
言うなればそれは電池だ。
彼の上司である千人塚博士に無理を言って開発してもらったそれは純粋なエネルギーを一時的に閉じ込めておくという通常の科学においてはまさに空想の産物、SFの世界にのみ存在する類のオーバーテクノロジーとも言える。
流石にそんなものを通常の科学で作り上げるなど千人塚博士を持ってしても至難の技であり、結局はアーカイブ0027『学校の怪談』由来の超常技術が用いられる事になった。
それでもその有用性は計り知れないものであり、いくつかの研究室と合同で現在も研究が進められている。
広く世に出すことはできないが、超常世界にエネルギー革命を齎しうる世紀の発明品と言えるだろう。
それを諏訪医師は敵に向けて放り投げた。
未だ未完成であり不安定極まりないそれは、敵の硬い外皮に触れると同時に弾けた。
内部に充填されたエネルギーが大気中に放出される。
安全のために一方向へのベクトルが付与されたそれは砲弾でも対戦車ミサイルでも貫けなかった『チャッピーモドキ』の外皮を貫く。
物質との衝突によって運動エネルギーを生じさせる事により、敵の脚一本を粉々に吹き飛ばした。
「ほう……これはなかなか……」
あくまで目的外使用である。
どのような結果がもたらされるのか彼自身分かってはいなかったが、武器として用いるという可能性の発見は開発者である千人塚博士も喜んでくれる事だろう。
実際がどうであれ彼はそう固く信じている。
ともかく試してみたい事は終わったので彼は本来の主役に場を譲る。
バランスを崩した『チャッピーモドキ』に即座に飛びかかった『チャッピー』はまともな状態の三本の腕をもって軽業師の如く襲い掛かる。
外部の損傷こそ激しいものの、全体の制御を司る拡張脳もそれぞれの位置に備えられた補助脳も概ね七割程度の機能を保っている。
設計思想として生物、特に人間を下敷きにしている彼の『チャッピー』である。
各部位の有機的な連携と機能の代替は特に時間をかけて設計した部分なのだ。それ故にこれほどの損傷を受けてなお戦いの用に供することができる。
制限してあるとはいえ痛覚は存在している。
しかしそれは自律行動下の闘争性をより加速させる。
凶暴性は即ちホモ・サピエンスを地球上の覇権的種に押し上げた最も重要な要素であろう。
兵器としての『チャッピー』の作成においては忌避される傾向の強い本能の発揚は、しかし諏訪医師の設計哲学の中にあっては最も重要な部分でもある。
外部からの指令を受ける、目標を確認、動作する。
戦闘間に必要となる当たり前のプロセスを限定的制御化における本能的闘争は大幅に短縮しうるのだ。
「--即ち貴方が命令を出しているときには既に私の作品は行動を起こしている。機械やらコンピュータやらがいかに発達したとはいえ現場レベルでこれだけの速さを実現できるほどでは無い」
『チャッピーモドキ』の制御装置からのびるパイプを噛みちぎった『チャッピー』を呼び戻した彼はその巨体を愛おしげに撫でた。
敵の巨体に対してこちらは精々5t程度の重量しかない。
より先進的になればなるほど大型化していくのが常識の『チャッピー』において第八世代でありながらこれほどに小型軽量というのは異例と言って良いだろう。
それは彼の持つ技術力の高さを示すものであると同時に可能な限り本来脳が認識している身体の大きさ形状に近づける事による反応速度の向上を狙ったものである。
事実、満身創痍と言っても過言ではない彼の『チャッピー』は比較的万全な状態の『チャッピーモドキ』を圧倒し続けていた。
「これだけ開けた場所だ。貴方が何の拘りも持たない戦闘員であれば近代的な火器を揃えて事に臨むべきだった。であればまだ勝利の芽もあった事でしょう。だが貴方はその道を選ばなかった。それは貴方が誇り高い研究者であり芸術家であるからだ。そんな貴方であればより高みに至る事だって難しいことではないでしょう」
それでも彼は先達として優しく語りかける。
彼が愛するのは人体の未知、そこにある果てなき可能性
そしてそれを追い求め足掻き続ける人の営みそのものだから
「今日のところは退くといい。私は追いません」
それ故に若い芽を摘むのは彼の『道』に反する行為である。
人体の神秘を己の時代で全て明らかにできるなどという思い上がりは彼の明晰な頭脳では抱き用がない事であるし、それ故に次の世代を担うべき才能は大切に育むべきだと考えている。
仮にそれが敵であったとしても
「それでも……私は……私たちは退かない! 退けない!!」
最早制御も儘ならない『チャッピーモドキ』から聞こえる声
死さえ厭わない覚悟の篭った声音に諏訪医師は小さく溜息をついた。
思えば市井の研究者達を守り育み続けてきたのが彼らである。
現状として『機構』と敵対こそしてはいるものの、国内における超常科学技術発展に貢献してきた智慧の守護者たる彼らの使命を思えば撤退や降伏という選択肢はそもそも存在しないのだろう。
残念には思う。それでもその確固たる意志に裏打ちされた自己犠牲は形は違えども同じく知識を担うものとして実に好ましく輝いて見えた。
「そうですか……貴方も貴方の『道』を貫く真の芸術家だ。であれば最早言葉は不要! 全霊をもってお相手しましょう!!」
せめて苦しめないように……
『放送!! 放送!! こちら千人塚博士 対象の死亡を確認!! 繰り返す! 対象の死亡を確認!!』
そんな最中彼の耳に異常な通信が入った。
コールサインを使わない上にアナログの平文……
「なるほど……相変わらず粋な方です、貴方は--」
正直マッドサイエンティスト同士のポケモンバトルなんて想像するだけで胃もたれするし、後処理のことを考えたら勘弁してほしいというのが本音である。
それでも諏訪先生の『プランB』を限定的に承認したのはこれが最も手っ取り早い方法だからだ。
即ち諏訪先生を囮にして私たちは投入可能な全戦力を持って対象が潜伏しているだろう地下壕に突入、確保または無力化を目指す。
非常にリスキーではあるが敵方の人間の少なさを考えればこれがベターだ。
勿論諏訪先生が拉致されたり岡部氏と意気投合して連れ去られる可能性もないではないが、その辺りはしっかり片切くんに頼んである。そういう兆候が見えたら諏訪先生もろとも甲信研秘蔵のサーモバリックで吹き飛ばす算段だ。
「みんな、注意してね! ドジって防護服を破かないように!」
効果的でないかもしれないなどと言っている余裕はないので持ってきたV剤をふんだんにぶち込んでの突入である。
正直密集陣形でサクサク進んでいく精鋭達には無用な注意喚起ではあろうが……
第一次突入でかなりの数の『テケテケ』を排除できていたらしく、遭遇も前回と比べれば全然少ないらしく内部の確認出来ていないドアは残り一枚になっていた。
「うわぁ……あの隙間……」
がっさんが心底嫌そうな声音で言う。
その視線の先、金属製の最後のドアは突入前からひしゃげている。
それはまあいい。
それより問題は尋常でない量の『てけてけ』がその隙間に蠢いている点だ。
幾重にも重なったそれらの下の方は重量に耐えかねて圧死してしまっているようだ。うん、実にグロい! 防護マスクをしていてよかった!
「あれが発生源っぽいね……」
「TNTを使います、下がって!」
「ほい、よろしく!」
時折漏れ出てくる『てけてけ』を素早く排除しながら『鵺』の面々が結構な量のTNTを扉の内側に放り込む。
起爆は念には念をで有線式だ。
轟音と共に金属製の扉が吹き飛び、続いて粉々になった『てけてけ』の色んな汁が吹き荒ぶ
「うへぇ……帰ったら防護衣交換だねこりゃ……」
ゴーグルについた汁を手袋で拭うと既に小県ちゃんを先頭にうちの子達が突入を始めていたのでそれに続く。
危険だが一番槍はうちで努める。
何があるか分からない以上は研究室が先陣を切るしかないからだ。
部屋の中は外の数倍ひどい状況だった。
床は足の踏み場もない程に『てけてけ』だったもので覆われてしまっている。
「博士……あれは?」
大嶋くんが指差す先には机に突っ伏した腐乱死体と、こちらには目もくれない一体の『てけてけ』の姿があった。
腐乱死体は身なりからしてこの研究施設の主だろう。死後それなりに経っていそうだがそれはまあ良い。
「モドシテ……モドシテ……モドシテ……」
問題は『てけてけ』の方だ。
言葉を話す『てけてけ』など聞いたこともないし、『Tキット』の操作らしきこともしている。
「なんかまた面倒臭そうなことになってんねぇ……」
「あ……! 博士! 諏訪先生!」
奇妙な光景を呆然と眺めていた私にがっさんがいう。そうだ! 完全に忘れてた!
「そうだったそうだった! 宮田くん無線機! アナログの平でお願い!」
「平……ですか?」
「うん、バリバリに傍受されやすい感じでよろしく!」
ぱっと見かなり強そうな『チャッピー』が相手なのだ。きっと諏訪先生も苦戦中だろう。
これだけ削られた状況な上に今回の仕事はもう済んでいる。
「もう疲れちゃったしマッドなおサイコさんには帰って貰おうよ。 放送! 放送!! こちら千人塚博士--」




