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take it 10

緊急高速度補給投射システム

元々は軌道上に複数存在する『機構』の地球外事案対処拠点に対する補給物資の投射を目的に設計されたマスドライバーであり、一種のスリンガトロンと呼ぶべきものだ。

元となった設備は軌道投入を念頭に置き、赤道への距離が近い火山列島の海底に据え付けられている。

あくまで実用設備としての用に供されるこれに可能性を感じ目をつけたのは、甲信研究所の主幹研究員である千人塚由紀恵博士を筆頭とする『機構』内の技術開発有志グループであった。

彼らが開発するのはパワードスーツである。

それもただのパワードスーツではない。

ロマンと実用性を兼ね備えたパワードスーツである。

そんな彼らからすると、現地までトラックやヘリ、輸送機で運び戦線に投入……というのはどうにも満足できるものではなかった。


「登場シーンは大事だよ! ド派手に格好良く行かなきゃ!」


この思想のもと、あらゆる試作品が作成されたがどれも実用面での能力不足や、実用に足るだけの能力を有していながらも彼らの琴線に触れなかったりとその開発は難航を極めた。

そんななか、スリンガトロンを提案したのは東一研所属の高城博士(当時)であった。

彼はその手の専門家ではないが、出張先で目にした件のマスドライバー射出の光景にこれこそが自分達の追い求めるロマンだとの確信を得たのだという。

この有志は癖の強い『機構』職員の中でもその煮凝りとも言うべき人員が揃っている。

しかし、その優秀さにかけては皆が『機構』随一と言えるほどの人材が揃ってもいた。

元になったマスドライバーは一般でも研究が進められているスリンガトロンを完成させ、海底からの射出に際してはスーパーキャビテーションを利用するといったものであり、それですら驚くほどに高度な技術の賜物であった。

だが、彼らはそれでは満足しなかった。

一つに限られたスペースに設置するためには性能が不足している。

一つに人の真似をするだけではつまらない。

どちらに重きを置いていたかは当人たちにしか分からないだろう。

それでも従来の機能に加えて加速路上を高真空状態に保つことによる性能の向上、最適な円運動の算定による小型化および各部位の効率化等を行い完成品は全く新しい装備と呼んでも差し支えのないほどに洗練された作品となったのである。

小型の模型や設計図、新規技術の論文を引っ提げて本部に殴り込んだ彼らは、黒部湖湖底への設置許可と建設のための予算を勝ち取ることに成功した。

本来の目的としてはパワードスーツの効果的な戦線投入のためのものではあるが、宇宙開発の面でも時代の一歩先をいく装備であることは間違いない。

ただ、開発チームとしてもこの装備はあくまでも耐G性能面で補強したパワードスーツやそれ以外の精密機器を除く補給品の投射以外はそもそも想定していない。

それは従来の物を遥かに上回る加速性能、最高到達速度を持つがゆえの許容しうる欠点である。

『機構』におけるマスドライバーの役割はロケットとは区分されているし、そういった面を包括して彼らは開発に臨んだのである



片切信三主任高度情報管理員は非常に優秀な『機構』職員である。

古今東西通常超常のあらゆるハードウェアに精通していると同時に数学者としても高い水準の知識および経験を有している。

また、職務の経験上神格性事案に関連する超現実物理学や現在原理を軸とする投影位相幾何学についても一般的な『機構』の研究職員を上回る水準の知見を有している。

反面生物関係などにはそこまで詳しいわけではない。

そんな彼ではあるが、今目の前にある問題が如何に無謀かははっきりとわかっていた。

タンク内で調整中の『チャッピー』をタンク諸共投射用コンテナに入れてマスドライバーで放り投げる。

そもそも生物の搭乗など想定外だし、如何に強化されているとはいえ従来の物を遥かに上回る加速Gに耐え切れるとは到底思えない。

そんなことをするのであればまだ時間をかけてヘリで空輸する方が現実的だし、どうしてもマスドライバーを使いたいと言うのであれば爆薬を満載した上で砲撃の用に供する方が効率的である。

勿論この計画『プランB』を提案された際に彼は如何に無謀であるかを説明した。

結果としてそれは聞き入れられなかったが、最高責任者である千人塚博士が許可するとは到底思えないので一応形を整えるために準備はした。無駄になることが分かってはいたが、彼もベテラン職員である。

癖の強い研究者たちとうまくやっていくためには多少の妥協は必要であると言うことを知っているので提案に乗っかりはした。

繰り返しになるが、どうせ聞き入れられることはないと思ってのことである。

それがまさか承認されるとなって彼は慌てた。

準備自体は完璧にしてある。問題はそこではない。

この『プランB』は明らかに現状の危機を利用した狂人諏訪光司の享楽の発揚である。

『機構』の火消し役と名高いかの千人塚博士がそれを認めると言うこと自体が明らかに異常事態なのだ。

千人塚博士から示された計画は多少本来の『プランB』からの修正があったとはいえ、大筋としては諏訪医師の提案に則っている。

彼の明晰な頭脳を持ってしてもこれが状況を打破しうるとはどうしても考えられず、むしろ不確定な要素が介在することによって状況の悪化を招きかねないとさえ思えた。

それ故に彼は一計を施すことにした。

彼の職責における裁量権の範囲で



諏訪光司はたった一人で件の『チャッピーモドキ』の前に立っていた。

調査員部隊や無人機による攻撃が止んでいるのは彼の指示である。どのみち小火器程度では役に立たないし、その背に積まれた防御装置の前にはそれらも無意味である。

機能としては小笠原主幹研究員が研究開発を進める防護装置と似通っているが千人塚博士と小笠原主幹の言葉によればあくまでも不完全な理論を下敷きにした不完全な代物なのだという。

ただ、そんなことは彼にとってはどうでもいいことだ。

差し当たって彼が見据えるのは目の前にある偽物である。

ついでに現在味方が直面している危機もだなと彼は付け足すように思った。


「おやおや、これはこれは……まさか千人塚長官だけでなく諏訪博士までおいでとは……」


なんとも自信に満ち溢れている。

彼は敵の態度をそう受け取ったが、それもそうだろうとも思う。

何しろ圧倒的優勢を保っている上に、彼が企図を達成するのも時間の問題なのだ。誰であろうとも消化試合では弛緩しようというものだろう。


「そうか、なるほど先ほどの『チャッピー』はあなたの作品だったのですね! 道理で出来が良かったわけです」


「おやおや、それは皮肉ですかな?」


「いえいえ、私があれを討てたのはあくまでも相性の問題です。それでも同じ道を志す者としては質の高さに敬服せざるを得ませんとも」


なんとも楽しげに話す敵。

岡部と言うらしい彼の言葉に諏訪医師は眉を顰める


「同じ道……?」


「その通り! 私も貴方も命の美しさに魅せられた『チャッピー』技術者だ。『機構』などに属していたとしてもその心根は変わりないでしょう?」


「何を仰っているのかはなんとなく理解ができます」


言葉の意味は、だ。

むしろそれは同好の士の常套句でさえある。


「そうでしょうとも! であれば『機構』では貴方の理想が叶えられないということも十分にご理解いただけるのではないですか?」


「はっはっは、こんな状況でヘッドハンティングとはなかなかに豪胆ですな……ですが些か考えが浅薄だ」


「本当にそう思われますか? この旗色で? であれば流石の諏訪博士も衰えたと思わざるを得ませんね」


「ふむ……いくつか誤解がありそうです。まず一つに貴方と私の道は違う。いや、歩むべき道筋は同じなのでしょうが貴方は王道から外れている。それは可能性の追求の名目すらも逸脱した生命への冒涜だ」


彼の言葉は飽く迄紳士的である。

かつて自身を最も追い詰めた相手に対してさえ常に礼節を持って接してきた。


「そしてもう一つ、貴方は我々を……彼女を侮りすぎている」


しかし彼の態度は必ずしも内面を真に表したものではない。


「お見せしましょう。私の……私たちの歩んできた理想を!!」


その言葉とともに迸った閃光と強烈な爆風が異形もろとも敵を包む

それは言葉の代わりに彼の内心にて燃え盛る怒りをこの世界に示す鮮烈な意思表示

道と友

彼の最も大切な二つを愚弄した不心得者を誅する炎であった。



それは計画には無いものだった。

『チャッピー』を高速度補給投射システムで放り投げたとしてもどうせ強烈なGによって使い物にならなくなる。

その事を念頭に片切主任高度情報管理員があくまでも自らの裁量の範囲内で行なった仕掛けである。

勿論彼に責任者である千人塚博士が認めた計画への拒否権はない。

そのため『チャッピー』の投下については計画通り行う。

ただ、弾道計算と投下方法については彼に一任されており、方法の一つとしてこの攻撃を行なったのだ。

上空で物量投下傘を以って『チャッピー』を補修用タンクもろとも投射用コンテナ外に引き出して落下傘降下を行わしめる。

その上で投射用コンテナの余剰積載量を用いて爆薬を搭載、先んじて高速で落下するコンテナを起爆する。

堅実な爆撃という手法で敵を無力化し、諏訪医師との約束である『チャッピー』の戦域へのデリバリーは爆発の後にゆっくりと落下傘降下で行われるというものだ。

これならばトンチキな『機構』の研究者の思いつきと今やらねばならない敵の無力化を同時になす事ができる。

場慣れしたベテランらしい堅実な手法である。


『おやおや、片切さんに良いところを持って行かれてしまいましたかな?』


「え、あ……その……」


『はっはっは、お気になさらず。彼の成し様に憤る同僚を持てたことは嬉しく思いますよ?』


「はぁ……」


幸いにも諏訪医師は良い方に受け取ってくれた様である。

思い込みの激しさも彼らのような人々にはありがちなものであるし、特に彼はその煮凝りのような人物である。

逆上してしまうことが懸念ではあったがどうやらそれは杞憂だったのだろうと、彼は胸を撫で下ろす。


『しかし、幾分か残念でもあります。この様子では検死もままならないでしょうから……『co-op』の職員の情報を得る珍しい機会だったのですが……』


『慶雲』からのリアルタイム映像を見る限り敵の生存はほぼ無いと見て問題はないだろう。

搭載された炸薬は約8tのトリトナール、投射量だけ見ればアメリカが誇るMOABと同程度である。

味方への被害を防ぐために遅延信管を無理矢理に取り付けてあるためエアバースト弾の利点であるマッハステムの発生による超広範囲への加圧効果こそ期待できない。

それでもこれだけの炸薬量である。生物の生存など期待するのが間違いであろう。


(むしろなんで諏訪先生は無事なんだろう?)


本来であれば敵との問答などは想定外である。

地表下での爆発とはいえどあれだけの至近距離で強烈な爆風に晒されて無事というのはいまいち納得できなう部分でもあった。

それでも片付いたことには変わりない。

予定が前倒しになった事を上司である博士に連絡しようとした彼は、ふと上空の『白虹』に備え付けられた計器が異常な値を示していることに気付いた。


(X線……?)


反応としては微弱である。それに散発的な放射であり現地の人間の健康被害という面では無視できる程度だろう。

だが、明らかに人工的な作為の感じられる放射であることも間違いない。

そうこうしているあいだに件のX線は波長が徐々に変化していく。

より短波長に変化していくそれは見る間に閾値を超えた--



『す、諏訪先生! げ、げ……現実性崩壊をか、観測、しました』


「それはそれは、なんとも芸達者なことです」


無線越しにも緊迫感の伝わってくる声音を聞きながらも諏訪医師は余裕の表情を崩さない。

それはあくまでも経験の差によるものである。


「なるほどなるほど、『機構』という組織には対話という概念が足りない様です。私は構いませんが他の方にはなさらない事をお勧めいたしますよ」


煙の中から出てきた敵はほぼ損傷がない様に見える。

非現実を成した兆候たる現実性崩壊反応を検出している以上さして驚くべきことではないが、目の前の『チャッピーモドキ』に搭載できる程度の資材でこのレベルの非現実をというのはこの分野においては『機構』以上の技術水準を彼らが有していることの証左であるとさえ言えるだろう。

そもそも『機構』は超常の使用に関してはかなり慎重である。

『co-op』の様な超常使用団体とは正反対の性質を持つ組織であるがゆえにそれも当然のことだ。

漏洩・露見を防ぐことは勿論可能な限り超常を無力化しなければならない都合上、新規開発は消極的である。

それが『機構』である。


「しかし破れ被れの策とはいえ感心しません。この様に短気を起こす敵がいるかもしれないことに目を向けるべきだ」


腕とも脚ともつかない巨大な肢による打撃が諏訪医師を襲う。

圧倒的な質量を誇る打撃である。彼のような老人などまともに受ければ骨すらも残らないだろう。


「ふむ……やはり機械制御ではこの程度が限界ですか……なんとも嘆かわしい……いくら非現実の盾で身を隠したとてその身が、心が劣っているのでは宝の持ち腐れというものでしょう」


しかし諏訪医師は表情一つ変えずにその場に立っている。

打撃は確実に彼を捉えていた。精々185cm程度の身長が持ちうる質量も高が知れている。

それでも敵は彼の医療要員用の白い防護外衣に触れたところでその動きを止めた。


「しかしまあ道を踏み外した若者に道を示すのも先達としての大切な仕事……見せて差し上げましょう! 生命と共に歩む事を突き詰めた者だけが至る技術の精髄というものを!!」


その言葉に呼応するかの如く響いた咆哮

聴くものの心を騒つかせる圧倒的な異物

まさに美とロマンの究極たるそれを伴って

世界最悪の狂科学者の聖戦が始まった

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