take it 9
群馬県吾妻郡草津町 草津白根山
歪な八足歩行のそれも、可能性の追求の形と考えれば実に喜ばしいものであると彼は思う。
多脚自体は彼も通った道であり、その時の経験からすれば姿勢制御と身体操作能の出来は讃えられるべきものだとも思う。
外装が整っていないことに関しても精一杯の努力の跡が見える本体性能を見れば微笑ましい試行錯誤の結果であり、今後の成長に期待を感じこそすれ、咎めるような気にはなれない。
実際歪な『それ』は彼の作り上げた作品2体をいとも容易く無力化してみせたし、そのうちの一つの戦闘については彼も感心するほどの本体性能を披露してみせた。
しかし、問題はもう一つの戦闘にて明らかになった問題点
勢い余って負った損傷の中に見える脳を代替すると思しき機械、それが彼の芸術家としての矜持を傷つけた。
『チャッピー』は生命の造形の新たなる境地を提示するものであり、同時に新たなる人類の有り様の提示でもある。
即ち造形美と機能美の両立であり、その両者の根幹は生命の持つ美しさであり強さである。
なるほど、制作の利便性を思えば多くの枢要な部分を機械に代替することに理はあろう。
しかし、それで失われるあらゆる超常に対する人類固有の耐性と『チャッピー』であるが故の耐性を思えばそれは即ち生命の強さと美しさへの否定と言っても過言ではない。
嘗て彼の師であり、『チャッピー』をこの世に生み出した偉人、自称『st.ジョージ』こと通称『マーシー教授』こと本名『篠崎藤十郎』は言った。
『チャッピー』こそが人類の未来であり、生命への讃歌である。と
機械の美しさをそこに加えること自体は彼も否定はしない。
生体機能とそれを拡張する機械の融合には彼自身もロマンを感じさえする。
だが、あくまでもその主役は眩いばかりに光り輝く生命であるべきだ。それを履き違えることはこの美しい生命讃歌を貶め数々の奇跡と努力によって育まれた生命そのものを冒涜することにほかならない
それ故に彼は心の底から湧き上がる怒りを感じているのである。
そこにあるのは私怨やらの安い怒りなどでは断じてない。
遍く生命の矜持を一身に背負った、正に正義の怒りそのものであったーー
「ええ……」
「うわぁ……」
私の横でがっさんと静代さんが同時に嫌そうな声を上げた。顔も実に嫌そうだ。あれ……? なんか気にさわるようなことしたっけ……?
「どうしたの……二人とも」
「いえ、諏訪先生の頭の中見えちゃって……」
「それが私の方にも流れて……」
なんだそういうことか、まあつまり諏訪先生は恙なく平常運転だということだろう。
せっかくの『チャッピー』が破壊されて落ち込んでいたらどうしようかとも思ったが、杞憂だったようだ。
「博士……正義ってなんですかね?」
「生命賛歌ってなんですかね?」
「知らないよそんなこと! 気になるんなら本人に聞いてよ……」
「いやぁ……それはちょっと……」
「体調崩しそうなんで遠慮したいです」
「お二人とも手厳しいですね」
「正常な判断力のある優秀な部下って事だね、鼻が高いよ」
しかし現状を見るとそんな優秀な部下達を持ってしてもかなり劣勢であることは間違いない。
多脚歩行の大型の生体兵器は『チャッピー』かそれに類する類のものであることは確実である。強化されているとはいえ生物が耐えうるとは思えないほどに大量の火器や防衛システムが積載されているのも、専門外の私からすればまあそういうこともあるんじゃなかろうかという程度のものだ。
今のところどうにか3中隊と『鵺』が献身的な遅滞戦闘を行なってくれているので目標の潜伏していると思われる地下陣地へは到達していないが、そちらに戦力が裂かれてしまっているせいで突入作戦は中断中だ。
常識的に考えれば、静代さんを投入してぺちゃんこにして貰えばいい。
だが、今回の敵は静代さんの存在を把握しているのか、それとも純粋に対峙する相手へのハラスメントとしてなのかはわからないが実に効果的で嫌な手法を用いてきた。
『3回見たら死ぬ絵』
一般的にそのような呼称で知られるネットミームは溶けた生首が椅子に乗っかっているようなみるからに不気味なものだが、あれはあくまでも都市伝説としてのカバーストーリーでありその絵自体もポーランドの画家の作品である。
ただ、カバーストーリーが流布されているということは本物があったということでもある。
ネット上に何の説明もなく公開されたその絵画は極々普通の風景画だったのだが、その実としてかなり高度な致死性有害情報としての特性を有していた。
訓練を受けていない人間が曝露すればまず即死、耐性訓練を積んだ『機構』の特殊部隊員ですら3回見れば脳が完全に活動を止めてしまうほどの強力なものだ。
世界中のあらゆるネットワーク上に無作為に流布された本物だが、被害が大きくなる前にUNPCC各国の事案管理組織が初動で対策をとり、現在ではアップロードを検知するとそれが如何なる場所からであれ即座に削除され同時に犯人の居場所が通報されるシステムが全世界規模で構築されているのでほぼお目にかかることは無い。
だが今回の敵はその絵画の複製を全身の至る所に貼っている。
かなり頑丈な素材は身を守る装甲板としての役割と有害情報兵器としての役割を果たしている。
シンプルながら実に効果的な手法であると言っていいだろう。
致死性有害情報について極限までシンプルに削ぎ落として説明をするのであれば正常な脳の働きを阻害する情報である。
視覚情報として伝達される過程で曝露者の死を脳に誤認させる。
機序に関してはそれぞれの個体によって異なるが、致死性と名のつくものに関してはもたらされる効果は同一である。
脳機能の阻害を行うという特性上死なないまでも錯乱したり記憶障害をおこしたりと非常に厄介なものであり、それ故に静代さんを曝露させる危険は犯せない。
そもそもちょっと生きているとはいえ未だにだいぶ死んでいる静代さんである。
そんな訳のわからない状態の彼女が曝露した際にどのような影響が出るかなんて想像もつかないし、何よりうちの大事な子である。死んでしまうのはとても嫌だ。
「あの、思ったんですけど……」
「どったの?」
口を開いたのは修くんだ。
「見ない様にして周囲諸共一気に押しつぶすことってできないんでしょうか?」
「あー……出来たらよかったんだけどね、ブラインドタッチ」
「うう……面目ないです……」
ブラインドタッチは私が勝手に呼んでいる技名だ。
要するに対象を見ない様にしてPKを行使する技術のことだ。
色々静代さんの力について調べる段階で勿論それができれば便利だろうと思い色々試してみたが今のところうまく行った試しがない。
静代さんが言うには額と両眼で相手を見据えて集中力を高めて「ん”ん”ーっ」ってやるとPKができるらしい。
この辺りはかなり感覚的なものなので彼女の言った説明以上は詳しいことは分からないが、要するにちゃんと見なきゃダメらしい。
「あ! じゃあ精神エネルギーをぶち当てるのはどうです? あれなら狙わなくてもいけるんじゃ」
「藤森ちゃん……『チャッピー』相手だよ?」
「ああ、そうですよね……」
「本当に面目ないです……」
どの程度の強化が施されているかは分からないが、精神エネルギー受容体バイパスは『チャッピー』作成の基本のきである。
おまけに生体による減衰が非常に激しい精神エネルギーの特性を加味すれば岡部氏を直接狙うのも厳しいものがある。
何せ背中に乗っかる用のスペースが設けられてその周囲はしっかりと囲まれているのだ。
「なんだか最近いいとこ無いです……こうなったら目覚めろ私のごっどぱうわー……出ろ〜出ろ〜……」
「……出た?」
「……手汗しか出ないです……」
まあそりゃそうだ。
そんな簡単に出るんなら苦労しない。
そもそも後天的に神格を得た後に随意的能力行使に至るまでにはかなり長い年月を有するのが一般的らしいし、それだって神格性事案として生まれついた者たちとずっと一緒に生活してやっとと言うのだから、先般やってのけたような拮抗性ハローを背負っての能力行使が奇跡のようなものなのだ。
研究テーマとしては非常に面白いが、この緊急事態で頼ろうとするには些かか細すぎる。
「さて、専門家の先生はどう? 素人相手にだいぶやられちゃってるみたいだけど」
こうなってくるとやはり頼りは諏訪先生だ。
とはいえ持ってきた『チャッピー』は二体ともやられてしまっているのでどうしようもないかもしれないが……
「ええ、こんなこともあろうかと……片切さん『プランB』です!」
『ええ……ほ、ほんとに……そ、その……や、やるんですか……?』
……嫌な予感がする。
この業界の人間なら一度は言ってみたい台詞を吐いた諏訪先生だが、こう言う時のマッドサイエンティストの行動は大抵事態を悪い方に転がすと相場が決まっている。
「ちょっと、『プランB』って何? 何も聞いてないんだけど?」
「ご安心を! お任せください!」
ダメだ。話にならない。
であれば片切くんに聞くしかないだろうと無線機のレシーバーを手に取る。
と、同時に右手に感じた強烈な衝撃と耳朶を震わす銃声
見れば諏訪先生が腰に構えた煌びやかなリボルバーの銃口から煙が上がり、私の手元のレシーバーが粉々になっている。
嘘だろ……このイカれポンチ撃ちやがった……!
「武器を降ろして下さい!」
周囲の調査員のみんなが諏訪先生に銃口を指向する。
半ば弛緩していた空気が一触即発の事態に一気に張り詰める。
みんな実に反応が良いし、適切だ。
だが……
「大丈夫、みんな銃を降ろしていいよ」
「ですが……」
諏訪先生がイカれていることにも厄介な自由人であることにも疑いはないが、少なくとも現状として敵意がないことはわかる。
勿論その辺りは敵同士だった頃に何度も殺意や敵意を向けられてきた経験によるものだから当時を知らないうちの子達が警戒するのも当然のことだと思うし、むしろ一回死んどいた方が良いんじゃないかとも思う。
だが、今はまだその必要は無い。
「諏訪先生……これだけ教えて? 勝てるんだね?」
「ええ、勿論ですとも!」
自信に満ち溢れた笑顔で断言する諏訪先生
彼の経験を鑑みればこの程度危機ですら無いと言うことだろう。
彼の能力は誰よりも見てきたつもりだし、誰よりもその被害に遭ってきた自信もある。
であればこそ、諏訪光司が勝てると言うのならば、それを信じることこそが事態を打開する最善手なのだと認めざるを得ないだろう。
「はぁ……わかった。それじゃあ諏訪先生の『プランB』をベースにこの後の動きを決めよう」
「良いんですか……?」
心底嫌そうな顔の大嶋くん。
普段の諏訪先生とは仲が良いが、それはあくまでも普段の諏訪先生とであればだ。
スイッチの入った彼を嫌がるのはうちの調査員の長としての職責上当然のことだろう。
「ろくなことになら無さそうな気がするんですけど……」
がっさんに関しても大嶋くんと同意見らしい。
というかほぼ全員が直感的な忌避感を感じている様子だ。その点で言えば私も同じである
「小笠原さん! 何言ってるんですか! 諏訪先生が言うんですから間違いないですよ!」
梓ちゃんは……なんか天才らしからぬ状態なのでまぁ……うん気にしないでおこう
「恋は盲目のレベル超えてませんか……? えっと……新参者の私が言うのもなんですけど……その、梓主任なんかヤバい精神汚染影響出てません?」
小県ちゃんが言いたいことを言ってくれたのでちょっとスッキリした。
こんなんでも精神鑑定は以上なしなのだから恋する乙女は恐ろしいものだ。
「出てませんよ!!」
うーん、諏訪先生を自由にさせるとなると大騒ぎだ。
旗色的には完全に諏訪先生不利といったところだろう。
うちの子達の意見は出来る限り尊重したいし、平素であれば入念に議論をしてから決断を下す様心がけてはいるが、今はわかりやすく緊急事態だ。
余程滅茶苦茶な計画であれば認めるつもりはないが、少しでも可能性がありそうなら責任者としての権限でやらせるつもりでいる。
だがどちらになるにせよまずは全容を知らないことには始まらない。
今必要なのは議論より説明である。
「ほら、みんな静かに! とにかく何を企んでるのか聞かないことには始まらないでしょ」




